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 ステアに連絡を取る魔法は、なかなか見つからないようだった。クレイが読める古代文字はほんの少しなのだから、これは仕方ないことだろう。魔導書の一ページには200を超える単語が書き込まれている。その中から、3つの単語を探し出すのはかなり大変だ。

 子供たちも、休み休み魔導書のページを捲っている。

 やっているのは魔法探しだけではない。

 子供たちはミルドレッド先生をも巻き込み、ステアを村に連れ戻すにはどうしたらいいかを話し合っている。

 村の大人たちには、まだ話をしていない。

 できる状態ではない事は、オレが確認していたので、しばらく待てと言ってある。

 もう少し時間を置き、村人たちが落ち着いてから、なにか行動を起こそうと言ってある。

 しかし、その行動も、なかなか決まらない。

 「ステアさんが優しい人だってことはみんな知ってるわよね。それじゃあ、何が問題?」

 「仲間の吸血鬼がまた来て、村を襲うって思ってるんじゃない?」

 「……そんな事ないよって断言できる?」

 話し合いはすぐに行き詰ってしまう。

 子供たちは吸血鬼の事をほとんど知らないのだ。知っていることと言ったら、悪い噂ばかり。

 オレだって同様だ。吸血鬼は人間の血を主食とする魔族で、お宝をたっぷりとため込んでいる、ということしか知らない。

 彼らがそんな文化を持ち、どんなコミュニティを形成し、どんなふうに生活しているかなんて、まるで知らない。

 村人たちが心配しているように、一人の吸血鬼に引き寄せられて、他の吸血鬼がやってくるかもしれない。そして、ステアではない吸血鬼は村の人間を襲うかもしれない。

 この、「かもしれない」を否定できる材料がオレ達にはないのだ。

 マーテルは早々に考えるのをやめ、魔法探しに没頭することにしたようだ。

 「吸血鬼の事はステアさんに聞かなきゃわからないわ。とにかく、魔法を探すわよ」

 子供たちにそう発破をかけていた。

 子供たちが目を血走らせながら頑張っている中、オレの元に一匹のコウモリがやって来た。

 そいつは、ステアの使い魔だった。



 オレはコウモリのあとを追い、こっそりと村を出た。

 子供たちとクレイは学校、村人たちも仕事に精を出している時間だ。

 誰にも気づかれないように森に入り、どんどん奥へと向かう。

 かなり奥に進んだ時、オレの知らない道が現れた。

 (冒険者時代なら、絶対に行かないな……)

 オレは念のために持って来た短剣を握り直してから、その道に足を踏み入れた。

 魔法の力場に足を踏み入れた感覚を覚え、辺りを確認すると、草葉の陰に魔術印が施された石が転がっている。

 ステアの魔法だとわかる。

 オレはほっとして、コウモリの後を追いかける。

 すぐにステアの姿を見つけることができた。

 今日は本来の姿だった。

 「なんだ、一人か?クレイは?」

 「今、学校だよ」

 「ああ、そうだった。いかんな。お前たちと離れてから時間の感覚が無くなっていた」

 ステアは苦笑して首を振る。

 ステアは元気そうだった。顔色は悪いが、それはいつもの事だ。いつも通り、仕立ての良い、皺ひとつない服を着て、背筋を伸ばしたステアがそこにいた。

 別れた時は厳しい顔をしていただけに、ステアが笑顔を浮かべていることに、オレは安堵していた。

 「クレイは元気だよ。お前と別れて寂しがっているけどね。村の子供たちも」

 「子供たちが?」

 「ああ、お前を追いだした村の大人達の事を怒って、お前に何とか連絡が取れないかと今、必死に魔導書を捲っているよ」

 「おやおや……」

 ステアは驚いた顔でオレを見る。

 「子供たちが一番怖い思いをしたと思っていたのだが……そうか、それはなんというか……」

 ステアは嬉しそうに微笑む。

 「強い子たちだな。わかった。私から彼らに連絡を取ろう。別れの挨拶になってしまうが……」

 「……やっぱり、行くのか?」

 オレの言葉に、ステアは驚いた顔をした。

 「当然だろう。あんな事件を起こしたんだ。いくら私がか弱い女性のふりをしたからと言って、村人たちを説得するのは難しいだろう」

 「……まあ、そうだけどさ……」

 「驚いたな。お前は私が出て行くことに、一番に賛成すると思っていたが……」

 「え!?なんでだよ!?」

 「なんでって……ここはお前の終の棲家だろうが。平和を乱す私は、早めにいなくなってほしいのではないのか?」

 「……そりゃあ、最初はそう思ってたけど、もう思ってねーよ。オレ達……お前とクレイと三人でうまくいってたじゃねーか」

 オレが拗ねたように言うと、ステアはますます驚きの表情を浮かべる。

 「なんだ……お前、気に入っていたのか」

 「……まあ、悪くねえかなって……って、オレの事はいいんだよ。クレイの事はどうするつもりだ?」

 「もちろん連れて行くさ。次住む場所もいくつかあたりをつけてある。今度は失敗しないようにできる」

 ステアはすがすがしいともいえる笑顔を浮かべてそう言った。

 いや、おそらく、ステアは村から追い出された事について、それほど気にしていないのだ。

 自分が人間から恐れられる存在だと知っている。おまけに、ステアは人間について勉強不足だった。

 この村での出来事は、これから人間社会に溶け込むための手始め。いい勉強になったくらいにしか思っていないのだろう。 

 「今度は少し大きな町に行ってみようと思っている。良い教師のいる学校も見つけた。ミルドレッド先生も良い先生なのだが、やはり、教育力が違う。行政もしっかりしていて、高い互助機能が備わっている町だ。スラムと呼ばれる集落はあるが、クレイがいたような場所ではなかった。良い町だ」

 ステアは楽しそうに語る。

 次の町での暮らしを楽しみにしているようだ。

 ああ、行ってしまうのか……とオレは寂しくなった。

 ほんの短い間だったが、ステアとクレイと過ごした日々は、オレにとって楽しい日々だったのだ。

 冒険者を引退し、この村で平穏な日々を過ごしていたオレにとって、驚くほどの刺激的な日々だった。

 「……すぐに行くのか?」

 オレの質問に、ステアは「いいや」と首を振る。

 「もう少し時間がかかりそうだ。それまでクレイを頼む。礼はする」

 「ああ、心配すんな」

 「クレイにはそれとなく言っておいてくれ。必ず迎えに来ると。ああ、でも、クレイが魔法で私と連絡を取る方が先かもしれんな」

 ステアはそう言うと、嬉しそうにほくそ笑んだ。

 「?何笑ってんだ?」

 「笑うさ。クレイはメーラの攻撃を魔法で耐えていたというじゃないか。防御魔法などほとんど教えていないというのに」

 ステアは本当に嬉しそうに、くふふふと笑った。

 「メーラ?あの吸血鬼の子供の名前か?」

 「そうだ。あのバカは私の元弟子でな……」

 嬉しそうに笑っていたステアの顔が、苦々しいものに変わる。

 「勉強嫌いで見ていられず、親元に帰したのだが、どうやら私に新しい弟子ができたことを知って、嫌がらせに来たらしいのだ。人間の弟子を取ったと聞いて、子供ながらにプライドが傷ついたらしい」

 やっぱりか。ミルドレッド先生の慧眼に感服しながら、オレはステアの話を聞いた。

 「あの後、親元に連れ帰ってたっぷりと説教しておいた。もう、この村に来ることは無いから、安心しろ」

 「そうか、村人たちが安心するよ」

 オレがそう言うと、ステアは微笑み「それではまたな」と言って、翼をひらいた。

 ステアが飛び立つと、魔法の力場は消えた。魔法印の書かれていた石は消えてなくなり、後には何も残らなかった。


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