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昨日の出来事の始まりは、オレとステアが隣村へと向かった後、しばらくして始まった。
その時、ミルドレッド先生は子供たちと一緒にいたらしい。クレイが魔法を使って箒を動かすのを、一緒に見ていたそうだ。
そこへ、黒い翼をはためかせ、あの子供の吸血鬼がやって来た。
彼はクレイを見て、開口一番こう言ったらしい。
「ふん、下手くそ。それでも、あの人の弟子なのか?」
新しい吸血鬼の登場に、ミルドレッド先生も子供たちも、近くにいた大人たちもかなり驚き、戸惑ったようだ。
ただ、相手が子供の姿だったのと、こちらを襲う気が無さそうだったので、対応が遅れてしまったそうだ。
子供の吸血鬼がステアの事を知っているような口ぶりだったこともあり、こちらに敵意を持っているとは思わなかったそうだ。
クレイは下手くそと言われたことにムッとしたようだが、それで喧嘩を売るような真似はしなかった。
「師匠を知っているの?」
子供の吸血鬼に向かって、そう尋ねたらしい。
「当然だろう。彼はオレ達の中でも有名な人なんだぞ。ここ200年で一番の魔術師って言われている人だ」
子吸血鬼の言葉に、クレイは驚きの声をあげたそうだ。その場にいた子供たちも、ミルドレッド先生も感心の声をあげたそうだ。
「そんな人に弟子入りしてるなんて、クレイ、すっげーなー!」
ローワンのこの言葉が引き金になったようだと、ミルドレッド先生は言った。
この言葉を聞いた子吸血鬼は、突然クレイに攻撃を始めたという。
「お前があの人の弟子にふさわしいかテストしてやる」
そう言って、火や雷をクレイにぶつけ始めたのだそうだ。
その攻撃は広範囲に及び、古城のパーティーに参加していた村人たちは逃げ惑い、クレイは必死に結界を作って、彼らを助けた。
その行動がさらに子吸血鬼の怒りに触れたらしい。
「あの……これは、私の勘でしかないのですけれど、あの吸血鬼の子供はもしかして、ステアさんの元お弟子さんではないでしょうか?」
ミルドレッド先生はそう言った。
「あの子は何度も、お前なんかあの人の弟子にはふさわしくないと言っていました。クレイ君は人間だから弱いとか、魔法の基礎がなってないとか、飛べないくせにとか色々と……その……あの子の年齢はわかりませんが、人間でいうと、ちょうど10歳くらいではないかと思います。先生を取られた悔しさのあまり、クレイ君をいじめに来た、という印象で……」
「…………」
オレはミルドレッド先生の言葉に頷いた。
「他の人からの話を聞いて、オレもそう思いました。今考えれば、ステアは気づいていたようです。隣村の女性から話を聞いた時に、当たりをつけていたのかもしれません」
ミルドレッド先生は「やっぱり……」と呟く。
「吸血鬼というものは、本当に強い生き物なのですね。子供の癇癪で、あんなことになるなんて……」
ミルドレッド先生はため息をつく。
オレは頷く。
吸血鬼のように魔力の強い存在は、魔力を持たない人間から見ると、存在自体が脅威なのだ。
ちょっと怒らせるだけで、こちらには被害がたっぷりと出る。
特に子供は危険なのだ。
ちょっとした遊びが、大参事を引き起こすことがある。
今回の騒ぎだって、あの子吸血鬼にとっては、ちょっといじめてやろうくらいの気持ちだったのかもしれない。
しかし、あの大きな雷の攻撃を受ければ、こちらには死人が出ていた可能性もあった。
だからあの時、オレは子吸血鬼を殺す決断をした。
もしかしたら、ステアの親戚か何かかもしれないとわかってはいても、だ。
その時の心境の苦さは今も覚えている。
どんなに危険な存在であっても、子供を殺すのは嫌なものだ。それが人間と似通った姿をしていれば、なおさら気分が悪い。
(……やっぱり、無理なんだろうか?魔族と人間が仲良く一緒に暮らすなんて……)
オレは、ミルドレッド先生と話をした後、大きなため息をついた。
言葉には出さないが、クレイはステアを恋しがっている。
あの子はまた、声を殺して我慢している。
「ねえ、ステアさんはいつ戻って来るの?」
ジェナの言葉に、クレイは驚いて顔を上げた。
ジェナだけでなく、他の子供たちもクレイの返事を待っていた。皆、笑顔だった。
「オレ、魔法って難しくて無理だって思ってたけど、あんなに格好良いなら教えてほしいな!」
「俺もー!」
「私もやってみたい!空飛んでみたい」
「助けてくれてありがとうってお礼言いたいしね」
子供たちの楽し気な言葉に、吸血鬼に対する恐怖心は無かった。
昨日、事が終わった時は大泣きしていた子供も、ステアの魔法のすごさを口々に褒めたたえていた。
「あの吸血鬼の子供を家に帰しに行ったのよね?」
「きっとあいつ怒られてるぜ」
「ステアさん、怖い顔してたもんねえ」
「クレイにあんなことしたんだもん。お父さんとお母さんにたっぷりと叱られてるわよ」
クレイは、そんな会話をする子供たちを、半分呆れた気分で見つめていた。
彼らは、村長や村の大人たちの顔を見ていないのだろうか?村長がはっきりと「村から出て行け」と言った言葉を聞かなかったのだろうか?
そこで、気づいた。
あの時、子供たちはいなかった。
吸血鬼を恐れた大人たちが、子供たちを家に隠したのだ。
クレイだけはケビンと一緒にいた。
あそこで、恐怖の対象を排斥しようとする大人たちの言葉を聞いて震えていたのだ。
アレを聞いてしまったら、今の子供たちのように能天気ではいられない。
「……村長が、出て行けって……」
「え?」
子供たちが驚いた顔をする。
「師匠は危険だから……出て行けって言われてた。師匠は出て行った」
「え!?なんでよ!」
ジェナが素っ頓狂な声を上げる。
「ステアさんは助けてくれたじゃない!なんでステアさんが出て行かなきゃいけないのよ!」
「ええ!?もう、帰ってこないってこと!?」
「お母さんは、あの子を送って行ったって言ってたよ。帰って来るんじゃないの?」
「俺に聞かれたってわかんないよ!」
クレイは思わず叫んだ。
叫ぶと同時に涙があふれてしまった。
誰よりもステアに帰って来てほしいのはクレイだ。あの時だって、ステアに行かないでと叫びたかった。
「師匠、なにも言ってくれなかったし……」
子供たちは困ったように顔を見合わせた。
「ケビンさんは?なんて言っているの?」
マーテルが聞いてきた。
「……なにも」
クレイは首を振る。
子供達はますます困ったように顔を見合わせる。
「……それじゃあ、あれから一度もステアさんと話して無いの?」
マーテルの言葉に、クレイは頷く。
「……それはひどいわね。ステアさんはクレイ君の保護者でしょう?いきなり追い出すなんて間違ってるわ」
マーテルは怒ったようにそう言った。
普段は滅多に怒らないマーテルが、怒りの声を上げたことに、子供たちは驚いた。
ジェナが何かを言おうとしたが、何を言っていいのかわからず、口をパクパクさせている。普段、こういう時フォローに入るのは、マーテルの役目だからだ。
「クレイ君、魔法で何とかできないの?」
「え?」
マーテルが何を言いたいのかわからず、クレイは首を傾げる。
「ステアさんに連絡をとれない?魔法で」
マーテルは真剣な目でクレイを見てそう言った。




