25
オレとステア、ウォルバートン先生と領主と付き人の若者は馬車に乗り、ステアの魔法を使って空を飛び、隣村へとやって来た。
隣村の人々を驚かせないように、少し手前で地面に降り立ち、後は馬車を走らせた。
伝令からさほど時間をかけずにやって来たオレ達を見て、隣村の村長は驚いていた。
ステアの事を魔法使いだと紹介し、女性を治せるかもしれないと伝えると、すぐに女性宅へと案内してくれた。
女性宅では、女性の両親ときょうだい達が不安そうな顔でオレ達を迎えてくれた。
「ミッシェルを治していただけるんですか?」
女性の名前はミッシェルというそうで、年は18だという。
「手を尽くします」
ウォルバートン先生がご家族にそう言ってくれた。
部屋に通されると、ミッシェルはたしかに混乱しているようだった。
ベッドにいるかと思ったら、部屋の隅にうずくまり、苦しげな声を上げている。
その傍に、黒服を身にまとった聖職者がいた。
「あなた方は?」
手に十字架と聖書を持ち、ミッシェルの傍に跪いていた。眼鏡をかけた青年で、年はオレとそう変わらないだろう。
「医者と魔法使いと、その付き人だ」
ステアはそう言って、部屋の中に足を踏み入れる。
ミッシェルは、そんなオレ達を見て、恐ろしいものを見たかのように、目を見開いた。
その視線に、オレは思わず一歩下がる。
「うん、やはり魔法だ」
ステアが落ち着いた声でそう呟き、ミッシェルの元に近づいた。
ミッシェルはうなり声を上げながら、ステアにつかみかかろうとした。
ステアはよけず、ミッシェルに殴られる。
オレは慌てて駆け寄り、暴れるミッシェルを引きはがそうとする。
「大丈夫だ、ケビン。そのまま押さえていてくれ」
ステアは落ち着いていた。
聖職者が聖なる言葉を唱えているのが聞こえた。
一般常識で言えば、聖職者と吸血鬼は相対する関係にあるはずだが、ステアは怯えた様子も見せなかった。
ミッシェルの体を抱き締めるようにして、呪文を唱える。
ミッシェルは一度、体を震わせた後、力を失いぐったりとした。
「ミッシェル!」
様子を見ていた母親と父親が部屋に駆け込んでくる。
「もう大丈夫だ。どれ……」
ステアがミッシェルの呼吸を確認し、瞼をこじ開けて目を見る。
「うん。問題ない。失礼」
ひょいっとミッシェルの体を抱き上げ、ベッドへと連れて行く。
「おい、そういうのはオレに任せろよ」
ステアの怪力に驚いた父母と聖職者の顔を見て、オレは慌ててステアに耳打ちする。
「ああ、すまない。だが、この子を早く休ませてやりたくてな」
ステアはそう言って、呪文を唱える。暖炉に一瞬で火がともる。
母親がそれを見て小さく悲鳴を上げた。
「ああ、心配なさらずに。彼女は魔法使いですから」
ウォルバートン先生が、優しくフォローをいれてくれる。
「先生。彼女を診てやってくれ。もう、暴れることは無いはずだ」
「わかったよ」
ウォルバートン先生は聴診器を取り出して、ミッシェルの様子を診る。
暖炉のおかげで部屋が温まると、ミッシェルは目を覚ました。
「ああ、ミッシェル!」
「気分はどうだ?」
「パパ?ママ?」
ミッシェルは驚いた顔で、部屋にいる面々を見る。
ステアがミッシェルの顔を覗き込む。
「覚えているか?それとも、何も覚えていないか?」
ステアの声は不思議な響きを持っていた。
魔法を使っているのだとすぐにわかった。
ミッシェルはしばし、ぽかんとステアの顔を見た後、「覚えているわ」と呟いた。
「吸血鬼が来たの。10歳くらいの子だったわ。血をくれって言って……魔法をかけられたんだと思う、頭がぼんやりして……」
ミッシェルは気分が悪そうに、毛布を体に巻き付けた。
「すごく嫌な気分だった。気持ち悪いのに吐けなくて、ずっと苦しかった。さっき、ようやく気分が良くなったの。頭の霧が晴れたみたいに……」
「ふむ、体が冷えているね。温かいものを飲ませた方が良いかもしれません」
ウォルバートン先生がそう言うと、母親がキッチンへと下りて行った。
ミッシェルはステアを見上げた。
「あなたが助けてくれたのね。あなたの声を聞いたら、すごく楽になった。ありがとう」
ステアはミッシェルの言葉に、微笑んだ。
その時、聖職者が近づいてきた。
「あら、マックス?あなたまでいたの?」
ミッシェル嬢は頬を赤くして、更に毛布を体に引き寄せた。
「元に戻って安心したよ、ミッシェル。ありがとうございました、魔法使いさん。お名前は?」
マックスと呼ばれた聖職者が、ステアに向かって手を差し出す。握手を求めているその手には十字架のネックレスが巻かれていた。
(あれって、聖職者が魔族の変装を見破るときの手……)
以前、一度見たことがある。
人間に化けていた小物の魔獣を、こうやって聖職者が正体を暴いたのだ。
ステアは臆することなく、その手を取り握手する。
「ステアと申します」
「マックスです。よろしくお願いします」
二人は微笑みあい、手を離した。
ステアは女性の姿のまま、にっこりと微笑んでいた。




