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 「さあ、学校だ!!」

 村に堂々と住むことが決まった翌日、ステアは大張り切りでクレイの学校の準備をしていた。

 「インクと羽ペンは必要だな?紙はいるか?」

 「あー……たぶん、学校で貸してくれるよ」

 「そうか!着て行く服はこれでいいんだな?」

 「ああ、問題ない。ほら、クレイ、ちゃんと食べろ。昼まで持たねえぞ」

 クレイはさっきからホットミルクばかり飲んで、パンも卵料理も残している。オレが言っても、一口食べるとフォークを置いてしまう。

 不思議に思ってクレイの顔を覗き込むと、少し顔が引きつっている。

 「もしかして緊張しているのか?」

 「……そんなことないよ」

 クレイがふいと視線を逸らした。

 やっぱり、緊張しているようだ。

 「心配することないぞ。ミック達もいるんだから」

 「……うん」

 クレイはオレの言葉に小さく頷いたが、それ以上食は進まないようだ。いつもなら喜んでお代わりするミルクも、一杯だけで終わった。

 ステアはそんなクレイには気づかず、初登校に興奮している。

 「今日はどんな授業があるのだろうな?先生はどんな人だ?専門はなんだ?どんな話を聞けるのだろう?」

 「……お前、授業に口出しすんなよ。お前は生徒じゃなくて、保護者で見学するだけなんだから」 

「わかっている。しかし、クレイの先生となる人だぞ。気になるじゃないか。そうだ!近いうちに先生を招いて食事をしよう。じっくりと教育について語りたい」

 ステアは珍しいことに、青白い頬を上気させている。

 (そういえば、こいつも魔法の先生だっけ。同じ職に就いている人に親近感持っているのかな?)

 オレはクレイの残した朝飯を食べながら、楽しそうに支度をするステアを眺めていた。

 女性の姿をしているだけに、身支度にも時間をかけているようだ。オレの忠告を聞いて、派手すぎず、質素で地味な装いをしている。

 ただ、やはり生地が良いのか、仕立て屋の腕が、素人目にも良い服とバッグと靴だった。

 しかも、ステアの元が良いだけに、どんな服を着ようとも美しく見えてしまう。

 (ま、これは仕方ないか……)

 「さあ、そろそろ時間だ。遅刻は厳禁だぞ。クレイ、支度は済んだか?」

 「はい、師匠」

 クレイは引きつった笑顔でそう答えた。

 ステアはようやくクレイが緊張していることに気付いたようだ。

 「……そうだ!クレイ、おいで。今日は地面が濡れているから、空を歩こう」 

 ステアはそう言って、クレイに手を差し出す。

 クレイと手をつなぐと、ステアは魔法の言葉を唱えた。二人の体が浮き上がり、森の木々のてっぺんまで浮かび上がる。

 クレイはこの空中散歩が大好きだ。

 いつもなら、空からクレイの楽しそうな笑い声が振ってくるのだが……今日は聞こえてこなかった。

 「うーん……そんなに緊張しなくてもいいんだがなあ……ってか、オレも一緒に連れてってくれよ……」

 オレは先に行く二人を見上げながら、後を追った。

 ステアの魔法の残渣が、金の光となって空に漂っていた、



 村の公民館に着くと、そこには子供だけでなく、村の大人たちも集まっていた。

 人々の中心にいるのは、ステアとクレイだった。空を歩いてきた二人を見て、集まってきてしまったのだろう。

 「今のは魔法かい?」

 「素敵な魔法ねえ」

 「吸血鬼ってのはすごいんだなあ」

 村の人々が口々にそう言うのが聞こえる。

 「おはようございます、ステアさん。こちらがクレイ君ですね。今日からよろしくお願いします」

 この村の学校の先生である、ミルドレッド女史が、元気な声で挨拶しているのが聞こえた。

 去年この村に赴任してきたアリス・ミルドレッド先生は、教師専門の大学を卒業した人で、こんな田舎町にはもったいないほどの学歴を持っている。ついでに、大学に通えるほどの財産を持つ家のご令嬢だ。

 「いやだわ、ご令嬢なんて。私はもう35よ」

 先生はそう言って笑うが、育ちの良さが彼女の全身から溢れ出ているのだ。 

 35歳と言うが、オレから見れば20代で通るくらい若々しく、溌剌とした人だ。

 ミルドレッド先生の、明るい笑顔を見て、笑わない子供はいない。

 クレイも、先生に笑顔を向けられると、少しだけリラックスしたように微笑んだ。

 「一緒にお勉強しましょうね。さあ、中に入って。みんな待っているわ」

 公民館の中に入ると、子供たちは既に中にいた。先生たちと一緒に入って来たクレイを、興味津々という様子で見ている。

 「クレイ!」

 後ろの方の席から、ミック達三人がクレイに向かって手を振った。

 クレイは三人を見て、ほっとしたように手を振り返した。

 子供たちは全部で20人ほど。下は5歳から、上は12歳まで。

 男が11人、女が9人。

 「おお!子供たちがこんなに沢山!!」

 ステアは室内にいる子供たちを見て、何やら興奮し始めた。

 オレとステアは邪魔にならないように、教室の後ろに二人で立っている。

 「おい、お前、子供の血は飲めないんだろう?」

 「そうだが?」

 「なんで、そんなに興奮してんだよ?」

 「興奮するさ!吸血鬼は子供が少ないんだ。魔法を教えようにも、教える子供がいないんだ。しかし、人間はいいなあ。こんなにも沢山の子供がいて。教師としてのやりがいがあるだろう、羨ましい限りだ」

 ステアはそう言って、ミルドレッド先生を見る。本気で羨ましく感じているらしい。

 ミルドレッド先生は、クレイを教室の前に出して、自己紹介させようとしていた。

 「クレイです、よろしくお願いします」

 クレイは硬い表情で挨拶した。

 「みんな、わからない事は教えてあげてね。それじゃあ、席は……」

 ミルドレッド先生がそう言った時、子供たちの一人が手を上げた。

 「なあに?シメオン君」

 先生に名前を呼ばれると、シメオンは立ち上がった。

 「クレイ君は、吸血鬼なの?」

 シメオンの質問に、少しだけ騒がしかった教室がしんと静まった。子供たちが全員、クレイとステアを交互に見ている。

 「……違います、僕は、人間で……師匠に……ステアに拾ってもらいました」

 「それじゃあ、ケビンがお父さんなの?」

 女の子のジェナが言った。

 ジェナは子供たちの中でも一番年上で、かなり大人びた子だ。明らかに違うと知っているのに聞いてきている。

 「ちげーよ」

 オレが答えると、ジェナとその近くにいる女の子たちがクスクスと笑い始める。

 「でも、ステアさんとクレイと住んでいるんでしょう?お父さんとお母さんと子供じゃないの?」

 「そうよ。そうじゃなきゃ、変だわ」

 女の子たちの言葉に、クレイは困った顔でオレ達を見る。

 「変ではないぞ」

 オレが口を開く前に、ステアが言った。

 ステアの声は良く通る。

 今は、弱弱しくて張りの無い声音をしているのにもかかわらず、ステアが喋り始めると、子供たちは途端に口を閉じ、耳を澄ました。少しだけ背筋が伸びた子もいる。

 「私はクレイの先生なのだ。ミルドレッド先生と同じだ。クレイに魔法を教えている。昔から魔法使いの弟子と言うのは、師匠の家に住み込みで修行するもので……」

 「魔法使い!?」

 「クレイは魔法を使えるの!?」

 子供たちの驚きの声が、ステアの言葉をさえぎった。

 教室中が一気に騒がしくなる。

 「みんな、静かに!」

 ミルドレッド先生が注意するも、騒ぎは止まらない。

 「ねえ!魔法使って見せてよ!」

 「お願い!」

 前の方の席にいた女の子がクレイにそう言うと、他の子供たちも一斉にお願いを始めた。

 「だ、だめだよ、今はできないよ」

 クレイが困ったように答えた。

 「どうして?魔法使いなんでしょう?」

 「俺はまだ、弟子だし……杖もないし……」

 「えー?杖が無いとできないの?」

 「そんなはずないよ、オレ、都で魔法使いを見たけど、何も持ってないくても火を出してたよ!」

 「ばあか、それはマジシャンだよ。魔法使いじゃなくて」

 「ほらほら、みんな、静かになさい!」

 ミルドレッド先生の声が強くなった。

 大半の子供たちはそれで静かになったが、それで静まらない三人組がいた。

 クレイと顔見知りのローワン達だ。

 「魔法みたいよ!魔法!」

 机をたたきながら「魔法!魔法!」と連呼する。

 (あいつら……)

 悪い奴らではないのだが、ひとたび面白いものを見つけると、それを煽らずにはいられないのが、ローワン達の悪い癖だ。

 その時、ステアが前に出た。

 教室の真ん中を突っ切り、クレイの隣に立つ。

 騒いでいたローワン達も、ぴたりと口をつぐんだ。

 ステアが右手を掲げ、何かを呟いた。

 キラキラとした雪の結晶が現れ、教室中に降り注ぐ。

 「わ、わあ!」

 子供たちは美しい結晶に目を奪われ、ぽかんと口を開いていた。

 ミルドレッド先生も、驚きの目でそれを見ている。

 「魔法とは……」

 雪が消え、ステアが口を開く。

 「魔法とは学習と修練の積み重ねである。何冊もの本を読み、多くの呪文を理解し、精霊とこの世の理を理解して初めて使ことができる。それには長い年月が必要なのだ」

 ステアの言葉は子供たちには難しいものだったはずだ。しかし、その静かな口調には重厚な響きがあり、何かとても大切なことを伝えているのだと感じることができた。

 「クレイはまだ、魔法の勉強を初めて日が浅い。彼が魔法を自在に使える日は、まだまだ先の話だ。師である私が傍にいないときには使う事は許されない。わかるかな?」

 ステアはローワン達に向かって聞いた。

 ローワン達は三人で顔を見合わせ、小さく頷く。

 ステアはそれを見て、満足そうに頷いた。

 「で、でもさあ、どうしてダメなの?危ないの?」

 ミックが質問する。なかなか根性のあるやつだ。

 ステアはにっこりと微笑む。質問を喜んでいるようだ。

 「その通り。魔法は、素質のあるものなら、やり方さえ学べば使えるようになる。実際にクレイは既に火の魔法を体得している。しかし、これはできるようになっただけで、まだきちんと理解していない。火は料理をしたり、暖を取るのには便利だが、家を燃やしたり、人を傷つけたりするものでもある。クレイは火の魔法を使う事はできるが、制御することはできないのだ」

 「……つまり、暴走させてしまう可能性があるのですか?」

 ミルドレッド先生が聞いた。

 ステアが頷く。

 「そうだ。そうさせないために、私がいる。だから、私のいない場所で魔法を使うのは禁止である。たとえ、誰かに魔法使いであることを疑われても、絶対にしてはいけない」

 ステアは教室中を見回し、静かな口調で言った。

 冷たい印象を与えるその目で見つめられ、子供たちはさぞや背筋の凍る思いをしただろう。

 「だが今は、私がいる。やってみるか?」

 ステアはクレイの魔法の杖をどこからともなく出し、クレイに手渡す。

 クレイは杖を受け取り、少し考えた後に、杖の先に火をつけてみせた。

 「色を変えてみなさい」

 ステアがそういうと、クレイは呪文を呟き、火を赤から紫に、そして、ピンクに変えてみせた。

 子供たちが驚きの声を上げる。

 「クレイはこれから、魔法を勉強していく。安全に、問題なく使えるようになるまでには長い時間がかかる。それまで、私はクレイの傍にいるつもりだ。魔法が見たくなったら、私の元に来なさい。勉強したいものがいれば教えよう。ただし、私は厳しいぞ」

 「本当!?」

 「俺!俺やりたい!」

 「わたしもやりたい!」

 「魔法が使えるようになるの!?」

 「私もいいですか!?」

 子供たちだけでなく、ミルドレッド先生までが手を上げた。

 ステアは希望者が多いことに驚いたようだが、「問題ない。私は森の中の古城にいる。いつでも来なさい」と請け負っていた。

 「そ、それでしたら、今から魔法についてお話をしていただけませんか?」

 ミルドレッド先生が目を輝かせてそう言った。

 さすがのステアも、この申し出には驚いていた。

 「いや、しかし、今日の授業は……」

 「大丈夫です!問題ありませんわ。みんな、魔法のお勉強をしたいですか?」

 「したーい!!」

 子供たちは満場一致で賛成した。

 「そ、そうか?それならば……」

 ステアは嬉しさを隠し切れずに、頬を赤くしながら、咳払いしていた。

 クレイは魔法の勉強が嬉しいのか、緊張がほぐれた様子で、自分の席に座り、ステアの言葉を待っていた。

 ミルドレッド先生も、一番後ろの席に座り、ノートと万年筆を取り出して準備していた。他の子供たちも、興奮を隠し切れない様子で、教壇に立つステアを見ている。

 「それでは、魔法の基礎について、話をしよう」

 ステアは、魔法の呪文書を呼び出し、それを広げる。


 そして、約30分後、クレイとミルドレッド先生以外の子供たちは、全員、夢の中に落ちていた。

 オレも気が付けば涎を垂らして寝ていた。

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