19
「さあ、学校だ!!」
村に堂々と住むことが決まった翌日、ステアは大張り切りでクレイの学校の準備をしていた。
「インクと羽ペンは必要だな?紙はいるか?」
「あー……たぶん、学校で貸してくれるよ」
「そうか!着て行く服はこれでいいんだな?」
「ああ、問題ない。ほら、クレイ、ちゃんと食べろ。昼まで持たねえぞ」
クレイはさっきからホットミルクばかり飲んで、パンも卵料理も残している。オレが言っても、一口食べるとフォークを置いてしまう。
不思議に思ってクレイの顔を覗き込むと、少し顔が引きつっている。
「もしかして緊張しているのか?」
「……そんなことないよ」
クレイがふいと視線を逸らした。
やっぱり、緊張しているようだ。
「心配することないぞ。ミック達もいるんだから」
「……うん」
クレイはオレの言葉に小さく頷いたが、それ以上食は進まないようだ。いつもなら喜んでお代わりするミルクも、一杯だけで終わった。
ステアはそんなクレイには気づかず、初登校に興奮している。
「今日はどんな授業があるのだろうな?先生はどんな人だ?専門はなんだ?どんな話を聞けるのだろう?」
「……お前、授業に口出しすんなよ。お前は生徒じゃなくて、保護者で見学するだけなんだから」
「わかっている。しかし、クレイの先生となる人だぞ。気になるじゃないか。そうだ!近いうちに先生を招いて食事をしよう。じっくりと教育について語りたい」
ステアは珍しいことに、青白い頬を上気させている。
(そういえば、こいつも魔法の先生だっけ。同じ職に就いている人に親近感持っているのかな?)
オレはクレイの残した朝飯を食べながら、楽しそうに支度をするステアを眺めていた。
女性の姿をしているだけに、身支度にも時間をかけているようだ。オレの忠告を聞いて、派手すぎず、質素で地味な装いをしている。
ただ、やはり生地が良いのか、仕立て屋の腕が、素人目にも良い服とバッグと靴だった。
しかも、ステアの元が良いだけに、どんな服を着ようとも美しく見えてしまう。
(ま、これは仕方ないか……)
「さあ、そろそろ時間だ。遅刻は厳禁だぞ。クレイ、支度は済んだか?」
「はい、師匠」
クレイは引きつった笑顔でそう答えた。
ステアはようやくクレイが緊張していることに気付いたようだ。
「……そうだ!クレイ、おいで。今日は地面が濡れているから、空を歩こう」
ステアはそう言って、クレイに手を差し出す。
クレイと手をつなぐと、ステアは魔法の言葉を唱えた。二人の体が浮き上がり、森の木々のてっぺんまで浮かび上がる。
クレイはこの空中散歩が大好きだ。
いつもなら、空からクレイの楽しそうな笑い声が振ってくるのだが……今日は聞こえてこなかった。
「うーん……そんなに緊張しなくてもいいんだがなあ……ってか、オレも一緒に連れてってくれよ……」
オレは先に行く二人を見上げながら、後を追った。
ステアの魔法の残渣が、金の光となって空に漂っていた、
村の公民館に着くと、そこには子供だけでなく、村の大人たちも集まっていた。
人々の中心にいるのは、ステアとクレイだった。空を歩いてきた二人を見て、集まってきてしまったのだろう。
「今のは魔法かい?」
「素敵な魔法ねえ」
「吸血鬼ってのはすごいんだなあ」
村の人々が口々にそう言うのが聞こえる。
「おはようございます、ステアさん。こちらがクレイ君ですね。今日からよろしくお願いします」
この村の学校の先生である、ミルドレッド女史が、元気な声で挨拶しているのが聞こえた。
去年この村に赴任してきたアリス・ミルドレッド先生は、教師専門の大学を卒業した人で、こんな田舎町にはもったいないほどの学歴を持っている。ついでに、大学に通えるほどの財産を持つ家のご令嬢だ。
「いやだわ、ご令嬢なんて。私はもう35よ」
先生はそう言って笑うが、育ちの良さが彼女の全身から溢れ出ているのだ。
35歳と言うが、オレから見れば20代で通るくらい若々しく、溌剌とした人だ。
ミルドレッド先生の、明るい笑顔を見て、笑わない子供はいない。
クレイも、先生に笑顔を向けられると、少しだけリラックスしたように微笑んだ。
「一緒にお勉強しましょうね。さあ、中に入って。みんな待っているわ」
公民館の中に入ると、子供たちは既に中にいた。先生たちと一緒に入って来たクレイを、興味津々という様子で見ている。
「クレイ!」
後ろの方の席から、ミック達三人がクレイに向かって手を振った。
クレイは三人を見て、ほっとしたように手を振り返した。
子供たちは全部で20人ほど。下は5歳から、上は12歳まで。
男が11人、女が9人。
「おお!子供たちがこんなに沢山!!」
ステアは室内にいる子供たちを見て、何やら興奮し始めた。
オレとステアは邪魔にならないように、教室の後ろに二人で立っている。
「おい、お前、子供の血は飲めないんだろう?」
「そうだが?」
「なんで、そんなに興奮してんだよ?」
「興奮するさ!吸血鬼は子供が少ないんだ。魔法を教えようにも、教える子供がいないんだ。しかし、人間はいいなあ。こんなにも沢山の子供がいて。教師としてのやりがいがあるだろう、羨ましい限りだ」
ステアはそう言って、ミルドレッド先生を見る。本気で羨ましく感じているらしい。
ミルドレッド先生は、クレイを教室の前に出して、自己紹介させようとしていた。
「クレイです、よろしくお願いします」
クレイは硬い表情で挨拶した。
「みんな、わからない事は教えてあげてね。それじゃあ、席は……」
ミルドレッド先生がそう言った時、子供たちの一人が手を上げた。
「なあに?シメオン君」
先生に名前を呼ばれると、シメオンは立ち上がった。
「クレイ君は、吸血鬼なの?」
シメオンの質問に、少しだけ騒がしかった教室がしんと静まった。子供たちが全員、クレイとステアを交互に見ている。
「……違います、僕は、人間で……師匠に……ステアに拾ってもらいました」
「それじゃあ、ケビンがお父さんなの?」
女の子のジェナが言った。
ジェナは子供たちの中でも一番年上で、かなり大人びた子だ。明らかに違うと知っているのに聞いてきている。
「ちげーよ」
オレが答えると、ジェナとその近くにいる女の子たちがクスクスと笑い始める。
「でも、ステアさんとクレイと住んでいるんでしょう?お父さんとお母さんと子供じゃないの?」
「そうよ。そうじゃなきゃ、変だわ」
女の子たちの言葉に、クレイは困った顔でオレ達を見る。
「変ではないぞ」
オレが口を開く前に、ステアが言った。
ステアの声は良く通る。
今は、弱弱しくて張りの無い声音をしているのにもかかわらず、ステアが喋り始めると、子供たちは途端に口を閉じ、耳を澄ました。少しだけ背筋が伸びた子もいる。
「私はクレイの先生なのだ。ミルドレッド先生と同じだ。クレイに魔法を教えている。昔から魔法使いの弟子と言うのは、師匠の家に住み込みで修行するもので……」
「魔法使い!?」
「クレイは魔法を使えるの!?」
子供たちの驚きの声が、ステアの言葉をさえぎった。
教室中が一気に騒がしくなる。
「みんな、静かに!」
ミルドレッド先生が注意するも、騒ぎは止まらない。
「ねえ!魔法使って見せてよ!」
「お願い!」
前の方の席にいた女の子がクレイにそう言うと、他の子供たちも一斉にお願いを始めた。
「だ、だめだよ、今はできないよ」
クレイが困ったように答えた。
「どうして?魔法使いなんでしょう?」
「俺はまだ、弟子だし……杖もないし……」
「えー?杖が無いとできないの?」
「そんなはずないよ、オレ、都で魔法使いを見たけど、何も持ってないくても火を出してたよ!」
「ばあか、それはマジシャンだよ。魔法使いじゃなくて」
「ほらほら、みんな、静かになさい!」
ミルドレッド先生の声が強くなった。
大半の子供たちはそれで静かになったが、それで静まらない三人組がいた。
クレイと顔見知りのローワン達だ。
「魔法みたいよ!魔法!」
机をたたきながら「魔法!魔法!」と連呼する。
(あいつら……)
悪い奴らではないのだが、ひとたび面白いものを見つけると、それを煽らずにはいられないのが、ローワン達の悪い癖だ。
その時、ステアが前に出た。
教室の真ん中を突っ切り、クレイの隣に立つ。
騒いでいたローワン達も、ぴたりと口をつぐんだ。
ステアが右手を掲げ、何かを呟いた。
キラキラとした雪の結晶が現れ、教室中に降り注ぐ。
「わ、わあ!」
子供たちは美しい結晶に目を奪われ、ぽかんと口を開いていた。
ミルドレッド先生も、驚きの目でそれを見ている。
「魔法とは……」
雪が消え、ステアが口を開く。
「魔法とは学習と修練の積み重ねである。何冊もの本を読み、多くの呪文を理解し、精霊とこの世の理を理解して初めて使ことができる。それには長い年月が必要なのだ」
ステアの言葉は子供たちには難しいものだったはずだ。しかし、その静かな口調には重厚な響きがあり、何かとても大切なことを伝えているのだと感じることができた。
「クレイはまだ、魔法の勉強を初めて日が浅い。彼が魔法を自在に使える日は、まだまだ先の話だ。師である私が傍にいないときには使う事は許されない。わかるかな?」
ステアはローワン達に向かって聞いた。
ローワン達は三人で顔を見合わせ、小さく頷く。
ステアはそれを見て、満足そうに頷いた。
「で、でもさあ、どうしてダメなの?危ないの?」
ミックが質問する。なかなか根性のあるやつだ。
ステアはにっこりと微笑む。質問を喜んでいるようだ。
「その通り。魔法は、素質のあるものなら、やり方さえ学べば使えるようになる。実際にクレイは既に火の魔法を体得している。しかし、これはできるようになっただけで、まだきちんと理解していない。火は料理をしたり、暖を取るのには便利だが、家を燃やしたり、人を傷つけたりするものでもある。クレイは火の魔法を使う事はできるが、制御することはできないのだ」
「……つまり、暴走させてしまう可能性があるのですか?」
ミルドレッド先生が聞いた。
ステアが頷く。
「そうだ。そうさせないために、私がいる。だから、私のいない場所で魔法を使うのは禁止である。たとえ、誰かに魔法使いであることを疑われても、絶対にしてはいけない」
ステアは教室中を見回し、静かな口調で言った。
冷たい印象を与えるその目で見つめられ、子供たちはさぞや背筋の凍る思いをしただろう。
「だが今は、私がいる。やってみるか?」
ステアはクレイの魔法の杖をどこからともなく出し、クレイに手渡す。
クレイは杖を受け取り、少し考えた後に、杖の先に火をつけてみせた。
「色を変えてみなさい」
ステアがそういうと、クレイは呪文を呟き、火を赤から紫に、そして、ピンクに変えてみせた。
子供たちが驚きの声を上げる。
「クレイはこれから、魔法を勉強していく。安全に、問題なく使えるようになるまでには長い時間がかかる。それまで、私はクレイの傍にいるつもりだ。魔法が見たくなったら、私の元に来なさい。勉強したいものがいれば教えよう。ただし、私は厳しいぞ」
「本当!?」
「俺!俺やりたい!」
「わたしもやりたい!」
「魔法が使えるようになるの!?」
「私もいいですか!?」
子供たちだけでなく、ミルドレッド先生までが手を上げた。
ステアは希望者が多いことに驚いたようだが、「問題ない。私は森の中の古城にいる。いつでも来なさい」と請け負っていた。
「そ、それでしたら、今から魔法についてお話をしていただけませんか?」
ミルドレッド先生が目を輝かせてそう言った。
さすがのステアも、この申し出には驚いていた。
「いや、しかし、今日の授業は……」
「大丈夫です!問題ありませんわ。みんな、魔法のお勉強をしたいですか?」
「したーい!!」
子供たちは満場一致で賛成した。
「そ、そうか?それならば……」
ステアは嬉しさを隠し切れずに、頬を赤くしながら、咳払いしていた。
クレイは魔法の勉強が嬉しいのか、緊張がほぐれた様子で、自分の席に座り、ステアの言葉を待っていた。
ミルドレッド先生も、一番後ろの席に座り、ノートと万年筆を取り出して準備していた。他の子供たちも、興奮を隠し切れない様子で、教壇に立つステアを見ている。
「それでは、魔法の基礎について、話をしよう」
ステアは、魔法の呪文書を呼び出し、それを広げる。
そして、約30分後、クレイとミルドレッド先生以外の子供たちは、全員、夢の中に落ちていた。
オレも気が付けば涎を垂らして寝ていた。




