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「学校に行くぞ」
ステアがそう宣言した。
朝食の席でのことで、オレとクレイは焼き立てのパンにバターを塗っているところだった。
クレイはステアの言葉を聞いて、笑顔になった。
「村の学校ですか?ローワンとミックとジャックが通っている学校ですか?」
「そうだ。あの三人の子供が通っている学校だ」
クレイは嬉しそうに、椅子に座ったままで跳ねた。
「俺、勉強頑張ります!」
「うむ。精進するのだ。学校では人間社会についても学べるだろう。文字や算術ばかりではなく、私の知らない事も教えてくれるはずだ。私も行く」
「は?」
「師匠もですか!?一緒に勉強するのか!?するんですか!?」
クレイはさらに目をきらめかせた。
「ちょっと待て、お前は行けないぞ」
オレは慌ててそう言った。
オレの言葉に、ステアは不思議そうな顔をする。
「なぜだ?私は人間社会についてはクレイ並みの知識しかもっていない。いや、それ以下だ。つまり、私は勉強の必要な吸血鬼なのだ」
「いや、でも、お前、大人だし……」
「何!?大人は学校には行けないのか!?」
「行けないの?」
ステアとクレイが驚いた顔でオレを見る。
「ええと……そうだなあ、大人は学校には行かないなあ……」
「ふざけるな!子供の頃に学校に行かずにいる人間は沢山いるじゃないか!そういうやつらはどこで勉強するんだ?」
ステアはオレが嘘をついているとでも思っているのか、怒ったように聞いてくる。
「ええと……大人は仕事をするんだよ。そこで、直接社会勉強するんだ」
「……仕事をしながらだと?」
「まあ、そうだな」
オレは、自分でも自信が無いままに、そう口に出した。
自信が無い理由はいくつかある。
学校というものができて、まだ100年と経っていないはずだ。それも、最初の数十年は、学校に行けるのは金持ちの子供だけだった。
6歳になった子供は、全員就学を義務付けるという法律はできたが、それが守られているわけではない。貧しい家庭では仕事が優先だ。子供も一緒に働くことで、ようやく家計が支えられている家は沢山ある。
そんな子供たちはどこで勉強をするのだろう?
商売については体で覚えるだろう。
しかし、文字や算術をどこで習えるのだろうか?
結局、そういう知識は、金持ちだけが持ち続ける物になっている。
「……仕事をしながらだと?そんな事が出来るのか?」
ステアはブツブツと呟きながらも、一応は納得したようだ。
「ふん、それならば、見学だ。それくらいはできるだろう?」
「ああ、まあ、それくらいなら……」
学校とは言っても、金持ち校のような立派な学舎があるわけではない。
使うのは村の公民館だし、公民館が使えないときは青空学習だ。
「よし!それではクレイ。食事が終わったら用意するぞ。着て行く服を選んでやる」
「はい!師匠!」
「おい、ちょっと待て、あんまり高そうな服は着るなよ」
「なに?初登校なのだぞ。一番いい服を着て行くに決まっているだろうが」
「……だめだ。っていうか、学校ってのはそんなにきちんとした場所じゃないんだよ」
ステアはおそらく、人間の中の金持ちが通う学校をイメージしているのだろう。もしかしたら、行儀作法に厳しいとか、メガネとスーツを着た教授がいるような場所を想像しているのかもしれない。
「オレの言葉を信じろ。クレイ、学校に行くときは泥だらけになってもいい恰好で行け」
「…………」
クレイは困ったようにオレとステアの顔を見る。
ステアは不満そうだったが、「わかった、経験者の言葉を信じよう」と言ってくれた。
クレイが学校へ通うには、もう一つ解決しなければならない問題があった。
オレは当然、ステアは人間の格好に扮して学校へ行くと思っていた。
しかし、ステアが吸血鬼丸出しの格好で、学校へ行くと言いだしたのだ。
「そんな恰好で行ったら、一発で吸血鬼だってばれちまうだろうが!」
「それがなんだ。私は吸血鬼だ。当然、吸血鬼らしい格好で行く。先生方にも私は私であると自己紹介するぞ」
「ばっ!!冗談じゃねえ!!そんなことをしたら、村中大混乱だ!」
「私は別に、村の人間を襲いに来たのではない。話せばわかってくれる」
「わからねえよ!」
オレの言葉に、ステアは渋面を作る。
「お前、さっきから私を騙そうとしてないか?どうして、何もしない吸血鬼を村人が怖がると言うんだ?」
「……こんなことは言いたくないが、吸血鬼ってのは人間にとって恐怖の対象なんだよ。たとえお前が何もしなくても怖いんだ。何かされるんじゃないかって」
「何もしないと説明すればいい」
「信じない。絶対に」
「ふざけるな!村を襲う気満々の吸血鬼が、わざわざ襲う前に襲う相手の前に出てきて「何もしません」などと言うものか。襲うなら、何も言わずに襲う」
「そうだけども!冷静に考えればそうだけれども!!でも、何の力も持っていない人間は、そんな冷静には考えられないんだよ!お前だってそうだろう?お前よりも強い存在が……もし、吸血鬼を主食としている存在がいたとして、そいつが「何もしないから、一緒に勉強させてくれ」なんて言って近づいて来ても、食われないって信じられるのか?」
「…………」
ステアはぐっと詰まった。
「最初はおとなしくしてても、なにかの拍子に「やっぱりやーめた」って、襲い始めるかもしれないじゃないか。オレ達人間はそんな場合、抵抗ができないんだ。だから怖いんだよ。いくら、お前が村人を襲わないと言っても、お前の主食は人間の生き血だ。血を吸われるって行為は恐怖でしかないんだよ」
「…………ぐう……たしかに……」
ステアはオレの言葉を理解してくれたらしく、うなるようにそう言った。
その時、右足のすねに痛みが走った。
「師匠を悪く言うな!」
見下ろすと、クレイがかなり怒った目つきでオレを睨みつけていた。オレのすねを蹴り飛ばしたらしい。
「お前なあ……そこはめっちゃ痛いんだぞ……」
オレが脛を抱えてうずくまると、その頭を叩かれた。
「お前が師匠の悪口言うからだ!」
「いや、別に悪口言ってるわけじゃ……」
「しょうがないじゃないか!師匠は人の血を食べないと、生きていけないんだから!!師匠にはどうしようもないことで、師匠を責めるな!!」
「え、いや、責めているわけじゃ……」
「責めているじゃないか!師匠は何もしないって約束したら、何もしないんだ!人間の俺のことだって助けてくれる優しい人なんだ!お前、ダメダメばかり言ってないで、村の人たちを安心させる言葉の一つでも言ってみろよ!」
「そうだ。お前が言えば信じてくれるのではないか?お前は元冒険者だし、私と闘ったこともある」
ステアが名案だとばかりに、瞳を煌めかせてそう言った。
「そうだよ!ウォルバートン先生だって怖がってなかったじゃないか」
クレイもそれに乗っかる。
「あれは……あれは、オレが剣持って一緒にいたからで……」
「ならば、剣を持って隣にいろ。私が何かしたら、お前が責任もって止めると言え」
「ええー……いや、でも……」
クレイとステアに期待する目で見られ、オレはどうにも困り果ててしまった。
確かに、昔は腕のいい冒険者、剣士で通っていたが、今では野良仕事にいそしむただの農家だ。剣だって、つい先日、キッチンの扉を斬りつけた以外、振るってもいない。
ただ、オレの腕っぷしは村人全員が知っている。森から熊や危険な動物が現れたり、迷い込んだ魔獣が出てきたら、まず最初にオレが呼ばれる。
何度かそれらの危険動物を倒した実績もある。
(うまくいくか?)
オレは迷い、ウォルバートン先生に相談することにした。




