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師匠が城に戻って来た。
「お土産だ!クレイ!」
そう言って、師匠はパンをテーブル一杯に並べた。
見たことのあるパンもあれば、初めてみる形のパンもあった。チーズが混ぜ込んであったり、チョコレートが乗っていたり、贅沢なパンもあった。
「いろんなパン職人の元を回ってみた。どの職人も素晴らしい造り手だった。材料もそれぞれこだわりがあって……」
「お、これ、美味そう」
師匠が話している途中だというのに、ケビンはパンに手を伸ばす。師匠がその手をぴしゃりと叩き、ケビンを睨みつけた。
「話を聞け。このパン一つ一つに、素晴らしい成り立ちが隠れているのだ。話を聞き、それから食べろ。一噛み一噛み材料を味わいながら食べるのだ」
「……その話、すぐに終わるのか?」
ケビンは面倒くさそうに言った。
この四日ほどケビンと一緒にいて、ケビンはあまり勉強というものが好きではないという事がわかった。
というのも、クレイが魔法の勉強をしたり、字の練習をしていると、いつの間にか傍にやって来て、クレイの手元を覗き込んでは「これ、いつ終わる?」と聞いてくる。
あとどのくらいかかるかを答えると、「それじゃあ、一緒に昼飯作ろうぜ」とか「この後、村に行かないか?」とか「森の奥に行ったことあるか?案内してやるから遊ぼうぜ」とか言ってくる。
お前はやることは無いのか?と聞くと、「特に無いなあ」と呑気な答えが返ってきた。
ケビンは畑を持っていると聞いていたので、その世話はいいのか?と聞くと「うーん、種まきはもう少し先だし……あ、一緒に行くか?」と楽しそうに聞いてきた。
畑仕事というものに興味があったので、その日はケビンの畑に行ってきた。
かなり広い土地を持っており、その土地の半分くらいに冬の野菜が実っており、もう半分には何もなかった。ただ、土は耕されたばかりのようだった。
「これ、この白菜はこの前のスープに入れた奴だぞ。でかいだろう」
畑の野菜を自慢するケビンは、得意げだった。自慢したくなるのもわかるほど、立派な野菜たちだった。あんなふうに、自分で野菜を作れるにようになれば、食べるのに困らなくなるだろう。
クレイは無性に畑が欲しくなり、ケビンに「畑を持つにはどうしたらいいんだ?」と聞いた。
「この辺の土地は無理だと思うけど、家で育ててみる分には良いんじゃないか?庭があっただろう?」と応えてくれた。
クレイの家である古城は、ステアの持ち物だ。勝手に庭を畑にするわけにはいかない。
「それじゃあ、ステアが帰ってきたら聞いてみようぜ。道具はオレが貸してやるからさ」
ケビンはそう約束してくれた。
クレイはさっそく、春に種をまく野菜について勉強したいと思い、ケビンを質問攻めにした。でも、ケビンの答えの多くは「テキトーにやってる」という参考にならないものだった。
テキトーじゃなくて、ちゃんと教えろと言っても、「そう言われてもなあ……土を耕して、種をまいて、水をやって、肥料をやって、虫を追いだせば大きくなる」と言う。畑仕事はしたことのないクレイだが、いくら何でもおおざっぱすぎる説明だと感じた。
「習うより慣れろがオレのモットーだ!今度種を蒔くときに一緒にやってみようぜ」
そう言って笑った。
「このパンはデニッシュと言って、パンの生地とバターを何度も重ねることによって、独特の食感を……」
「おお、本当だ、サクッとしてる」
師匠が解説する隣で、ケビンはさくさくと良い音を立てながら、パンを頬張っている。
「話を聞け!」
「見てみろよクレイ。このパンの中身。本当に層になってる」
ケビンがパンを半分に割ったものをみせてくれた。本当に層になっている。最近作り方を覚えたパンは、こんなふうにはならない。
「どうしてこうなるんですか?師匠?」
クレイが聞くと、ケビンに怒っていた師匠は、「うおっほん!」と咳払いして、自慢げに説明をしてくれた。
やはり、作り方が違うらしい。
「お!こっちも美味いぞ。これはチーズが濃厚だなあ……」
「勝手に食べるな!この老いぼれが!」
「老いぼれ言うな!お土産なんだから、食べてもいいだろう!」
「これはクレイのために持って帰って来たのだ。お前のためじゃない!」
「クレイは小さいから、こんなにたくさんは食えねえよ」
「だからって、お前が食べるな!」
師匠とケビンの喧嘩を、クレイは両手にパンを持ちながら見守っていた。
ケビンは確かに一番に口をつけているが、パンの半分は必ずクレイにくれる。
さっきから、ケビンが食い散らかしているパンの半分がクレイの手や皿の上に置かれるから、クレイの前には半分こされたパンがいっぱいだ。
「ああ、そうか、お前も食べたかったんだな」
ケビンはそう言って、クレイに渡した半分のパンをさらに半分にちぎって師匠の口に押し込んだ。
あまりのことに、師匠はパンをくわえたまま、呆然とケビンの顔を見ていた。
「クレイ、お前もお師匠さんに言いたいことがあるんだろう?こいつがパンを食ってる間に言っちまえ。そうじゃないと、明日の朝までかかるぞ」
ケビンにそう言われ、クレイは師匠の顔を見る。
師匠はパンを咀嚼しながら、クレイを見てくれた。
「師匠、掃除が終わりました。城の中は綺麗になりました」
「(もぐもぐ、ごくん)そうか!この広さを一人でやるのは大変だっただろう!」
「一人じゃないです。あの……ケビンも手伝ってくれました」
師匠の顔が不満そうにゆがむ。
「しょうがねえだろう?こいつはちっちゃいんだ。高い場所まで目が届かねえよ」
ケビンが言って、天井を見上げる。
この城の中で、一番天井が高い場所は5メートルくらいある。
その場所にはステンドグラスが埋め込まれており、掃除する前、そのグラスは埃を被っていた。埃を綺麗に払い終わると、ステンドグラスは日の光を反射して、綺麗に輝きだした。
「そんなもの、空を飛べば……ああ、そうか……」
師匠がしまったと言うように、頭を手でぴしゃりと叩いた。
「人間は飛べねえの。その代り、梯子っていう便利なものを使うんだよ」
ケビンはクレイを見て笑った。
クレイも微笑む。
この四日間、ケビンはクレイの勉強の邪魔をしながらも、色んなことを教えてくれた。
裁縫のやり方、掃除の仕方、森の中の探索、村へも出向き子供たちと仲良くなった。
そして、あんまり認めたくはないが、クレイはケビンが一緒にいてくれて、安心を感じるようになった。
この森の中の大きな古城に一人きりでいるのは、本当は寂しかったのだと気づいた。
大人が一緒にいてくれるという安心感を、クレイは久しぶりに味わった。
師匠も大人なのだが、ケビンとは少し違う。人間と吸血鬼の違いだろうか?ケビンは師匠は全く気にしない事を気にしてくれる。
一人で何でもできると思っていたが、やはり、大人の助けがあるのは有り難いことなのだとわかった。
「……お前たち、なんだか仲良くなってないか?」
師匠が不満そうにつぶやく。
「当たり前だろう?オレ達は四日も一緒に暮らしていたんだぞ。当然、仲良くなるさ」
「……むう……」
眉間に皺を寄せる師匠を見て、クレイは何かがまずいと感じ取った。
「師匠が帰って来てくれて、嬉しいです!このパンのお土産も!」
慌ててそう言うと、師匠はすぐに機嫌を取り戻してくれた。
「うむ、わかっている。そうだ、このパンの話をしてやろう。これに練り込んであるチョコレートには歴史があって……」
師匠が、南の大陸のカカオというチョコレートの原料の木の実について語ってくれた。
師匠の語り口調は、思わず聞き入ってしまうほど滑らかで、その内容はクレイの知らない事ばかりで、とても面白い。
クレイはいつものように、師匠の言葉を聞き漏らすまいと一心に耳を傾けた。
ケビンが「もう、いいだろう?お茶でも飲もうぜ」と音をあげるまで、師匠の世界のパン講座は続いた。




