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コウモリが飛び立つのを見届けてから、オレは一旦自分の家に帰った。
クレイが熱を出してからというもの、しばらく古城に入り浸っていたので、家の中の事をまるでやれていない。案の定、家の中は埃っぽかった。
しかし、もう、日が暮れて掃除をするのは面倒だったので、オレは必要な荷物だけを持ち出し、静かに扉を閉めた。
家を出ると、村の中にある飲み屋の明かりが見えた。今夜は沢山の人が集まっているらしい。
(……久しぶりに行こうかな……)
ふと、古城で一人でいるクレイの事が頭に浮かんだ。今夜は昼の残りのスープとパンを食べると言っていたし、一人でも問題はないだろう。
(あいつ、しっかりしてるしな……)
オレは、荷物を手に飲み屋へと向かった。
「お、ケビンじゃねえか!お前、最近どこにいるんだ?全然見かけないけど」
飲み屋に入ると、中にいるおっちゃんたちから声をかけられた。
ほぼ、全員酒で顔が赤くなっている。
「ちょっと、色々な」
「森に入ってんだろう?まさか、本当に吸血鬼がでたのか?」
一人の言葉に、どっと店内に笑いが起きる。言った本人も笑っている。
村の人間には、クレイとステアの事は秘密にしている。ウォルバートン先生にも秘密にしてもらっているのだ。
いずれ、クレイが学校に通う事になれば、何かしら言い訳を考えなければならないが、まだ、何も考えていない。
「森の古城で妙な魔法陣を見つけたんだよ。近づいちゃダメだぞ。あれは呪いの魔法だ」
オレが真剣な顔で言うと、一瞬、おっちゃんたちは静かになったが、すぐに大笑いが起きた。
「そりゃあ、大変だ」
「あっはっはっは!とうとう、この村にも魔法使いがやってきたか!」
「良いじゃねえか、観光名所になるかもよ?」
「何年先の話だよ?」
全員、全く信じていない。
昔も、そんな事がちらほらあったのだ。
森の中に洞窟を見つけて、地面がほのかに光っているから魔法を疑ったが、実はただのヒカリゴケの一種だったとか、諸々。
たぶん、今回も自然のいたずらか、子供のいたずらかと思われているに違いない。
そこへ、マギーさんがやって来た。
この店はマギーさんと旦那さんが切り盛りしている店なのだ。
「あ、ケビンさん久しぶり。あれから気になってたのよ。お弟子さんどうなったの?」
「え?」
「ほら、ええと、ご友人の村にいる、頑固なお弟子さん。ご飯を食べなくて痩せちゃったって言う……」
「あ、ああ、あの子ね」
一瞬、クレイの事がばれているのかと思ったが、違った。
「ええ、マギーさんの言葉を友人に伝えました。親方に話をしてもらったら、わかってもらったようで、ちゃんとご飯を食べるようになったようです」
マギーさんはほっとした表情で微笑んだ。
「そう、良かった。心配だったのよ。でも、ご飯を食べているなら安心ね。痩せた子供なんて見たくないわ」
マギーさんは笑顔でそう言って、オレにビールとおつまみを出してくれた。
「なんだい?なんの話だい?」
近くにいたおっちゃんたちが、話に食い込んでくる。マギーさんの話を聞くと、「子供が食わねえのはいけねえな」とか「でも、その子は根性があるな。うちの弟子たちも見習ってほしいぜ」とか「いやいや、それは親方が悪いよ。健康管理も含めて見てやらなきゃ、子供がかわいそうだ」と、談義が始まった。
「一時期、都の方で問題になっただろう、
煙突掃除の仕事をしている親方が、子供を使っているんだが、危険なうえにほとんど奴隷扱いをしていたせいで、何人も死なせたって事が。な?あっただろう?あれは煙突内で煙を吸ったって事例もあったが、ほとんど食べさせずに餓死させたり、寒い思いをさせて病気で死なせたりって酷い状態だったらしいぜ」
「あったなあ、新聞で見たよ。都会の人間はなんて奴らだと腹が立ったねえ」
「痩せた子が歩いていたら、私だったらすぐに親方に文句言いに行ってやるよ」
「当然さね。煙突掃除の親方たちは、酒浸りで、子供の世話もまともにできないやつらだったって言うじゃないか。仕事が終わったら放り出してたって。家も親も無い子供が、どうやってご飯が食べられるんだい?温かい場所を作れるんだい?全く、どうしようもない鬼畜だよ」
マギーさんたち女性たちも集まって、全員が怒りを表している。
少し前に、新聞にその記事が載り、この平和な村でも大騒ぎになったのだ。この村からも煙突掃除の親方の元へ弟子入りした子供がいた。その子は無事かと村人総出で親の元へと聞きにいったものだ。幸い、その子は無事だったが、帰って来たその子に話を聞くと、環境はひどいものだったらしい。
その事件が報道されたおかげで、今、煙突掃除夫の数は激減しているらしい。
そして、この事件は他の仕事にも影響している。幼い子供を弟子にする仕事場には、そのほとんどすべてに行政から監査が入ることになったのだ。行政の予想通り、子供を安い給料でこき使っているところは沢山あった。
それからというもの、弟子入りする子供の年齢が幼すぎると問題視されたり、子供たちの働く場所の環境をどう整えるかという話し合いが行われていると聞く。
「子供はね……これは働き始めた人間になら全員にあてはまると思うんだけど、まだ、何も知らないんだよ。悪い大人はその無知さにつけこむのさ。どんなにひどい環境でも親方から「これが当たり前なんだ」「お前の親もこうして下積みしてきたんだ」って言われれば信じてしまうんだよ。だって、彼らは何も知らないんだもの。田舎から出てきた真っ白な子なんだよ。何が正しくて何が間違っているかなんて判断しようがない」
「そうだ。だから、周りが見ていてやらなきゃいけないんだ。せめて、ちゃんと食べているか、寒い思いをしていないか、ちゃんと眠れているかってな」
「助けを求められる子なんて、どれくらいいるんだろうね。特に真面目で、仕事を紹介してもらった手前、簡単には逃げ出せないと道が断たれている子は、何年も必死で耐えてきたっていうじゃないか。恐ろしいよ。あんなことができる親方がいるなんて」
「こういう時は我が儘で、我を張れる子の方が安心できるんだよな。声を上げてくれるだけ、誰かが異変を感じてくれるから」
「…………」
店のお客たちの言葉に、オレは思わず立ち上がった。
「あれ?どうしたの?ケビンさん」
みんなが不思議そうな顔でオレを見る。
「あ、あの、今夜は帰ります。ごちそうさまでした」
オレはそう言って、代金を払って店を出た。




