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 「ちょっと、人間の料理を観察してくる」

 そういって、ステアは古城から姿を消した。


 ステアが旅に出て三日ほどが経った。

 クレイが一人取り残されて、不安になるのではないかと心配していたのだが、それは無かった。

 「師匠はしょっちゅう出かけてる」

 クレイはそう言って、ステアがいなくなった古城で、一人で生活を始めた。

 朝、一人で起きて、一人でご飯を食べて、家の掃除をして、自分の服を洗濯して、魔法の勉強をして……

 オレが手伝おうかと言っても、自分でできると譲らない。しかし、手伝わせてくれることもある。靴下に穴が開いているのを見つけた時に、オレが「縫ってやろうか?」と聞くと、「教えてくれ」と頼まれた。

 針と糸を使うのは初めてだったらしく、指先を傷つけながらも、一人で靴下の穴を塞ぐ事が出来た。

 不格好な出来上がりだったが、嬉しそうに何度も靴下を見ていた。

 「裁縫が好きなのか?」と聞くと、きょとんとした顔をして首を横に振った。

 「そうじゃなくて、これができるようになれば、もう、穴の開いた服を着なくていい。穴は塞いだ方が服も長持ちするだろう?誰かに頼まなくても自分でできるようになる」

 クレイは嬉しそうに言った。

 「スラムでも服を縫ってくれる女の人がいた。オレもやりたかったけど、針も糸も無かった」

 そこでやっと気づく。

 わかっていたことだが、クレイは子供なんだ。まだ知らない事が沢山ある。

 いくら、一人で生きていくのが当たり前だという目をしていても、まだまだ生活するための知恵というものを、知らなさすぎる。

 (うん、絶対に学校が必要だ。ステアが帰ってきたら、説得しよう)

 字の勉強や魔法の勉強は、ステアが大喜びで先生を務めている。しかし、人間が人間として生きていくための知恵は、人間と交わらないと学べないものだ。

 料理の仕方も、裁縫の仕方も、掃除の仕方だって、クレイはきっと知らない事があるに違いない。

 (しかし、どうすっかなあ……オレも先生をやれるほどの人間じゃあないし……いやでも、そんな事言ってたら、クレイはいつまでたっても……)

 クレイは裁縫を終えると、掃除を始めた。

 杖を手に、呪文を唱え、箒を動かしている。

 これはステアがクレイに与えた課題で、ステアが帰るまでに、魔法を使って城の中をピカピカに磨いておくようにというものである。

 火をつける魔法よりは簡単なのか、クレイは上手に箒を操り、床を掃いている。

 (オレに教えることってあるのかな?)

 クレイの様子を見ていると、そんな気分になって来る。

 裁縫はやり方を知らなかっただけで、クレイはちょっと教えると、すぐにやり方を覚えるのだ。針で指をさしても怖がらないし、途中で飽きて放り出すことも無い。

 子供は、裁縫のような根気を要することが嫌いだと思っていた。

 クレイは靴下の穴をふさぎ終えると、今度はボタンの縫い付け方を聞いてきた。知識を吸収することが貪欲で、その技術を身に着けようと、とことんまで頑張るのだ。

 そんなクレイを見ると、自分の怠慢さが際立ってしまうようで、少しやるせない。

 掃除をするクレイの邪魔をしないように、オレが外に出ると、郵便受けにステアの従者である蝙蝠が止まっていた。

 ギーギーと一鳴きし、比翼をばたつかせる。

 その声を聞いて、クレイが駆け出してきた。

 「師匠の手紙!?」

 蝙蝠はクレイを見ると、もう一度ギーっと鳴いた。すると、クレイの頭上に一枚の封筒が現れる。

 クレイは嬉しそうに手紙を受け取る。

 封を開けると、ステアの顔が浮かび上がって来た。

 『クレイ、元気か?ご飯はお腹いっぱい食べているか?』

 ステアの顔が喋り始めた。

 クレイはステアの顔を見て、「はい!師匠!」と元気いっぱい返事をする。

 『留守にしてしまってすまない。しかし、もう少しかかりそうだ。本日の課題は、私の従者を魔法で捕まえることだ。手紙の返事は彼に託してくれ。捕まえないと私に返事を送れないぞ。頑張れ』

 「はい、師匠!」

 クレイは嬉しそうにそう言った。

 ステアの顔が消えた。

 「便利だなあ、魔法ってのは……」

 クレイに手紙を見せてもらうと、ステアの顔が言った言葉が、文字として書かれていた。現代語と古代語の二種類の文字が見える。

 この手紙はクレイが文字を覚えるための練習でもあるのだ。ステアは掃除の他にも、手紙で課題を与えてくる。

 魔法の練習に、文字の練習に、日々の家事仕事に、クレイは本当に忙しい。

 クレイは郵便受けに留るコウモリを見上げ、「すぐに返事を書くから、待ってて!」と言って、城の中に駆け込んでいった。

 (でも、その忙しさを嫌がってないんだよなあ……子供って、どんな子でも遊びたがりだと思ってたのに……)

 コウモリがオレを見て、もう一度ギーっと鳴く。紙切れが一枚オレの上に現れた。

 何かと思って見てみると、そのメモ用紙にしか見えない紙切れには『水と新鮮な虫を』と短く書かれていた。

 「……ええと、腹減ってんのか?」

 オレが聞くと、コウモリはギーっと鳴いた。


 しばらくして、クレイが手紙を書き終えて戻って来た。

 「なあ、これ、間違ってないか読んでくれ」

 クレイが手紙をみせてきた。

 「いいのか?」

 「いい。大したことは、まだ、書けないし……」

 クレイは真剣な顔でオレを見てくる。

 頼られたことがちょっと嬉しくて、オレはクレイの書いた手紙に目を落とす。

 少々いびつだが、はっきりとした文字が書かれていた。文字がキザったらしく踊っているのはステアの教えのたまものだろう。

 『お手紙ありがとう。俺は元気です。ケビンも元気です。いっぱい食べた。魔法の勉強しています』

 数行の短い手紙だった。

 文章は書き慣れていないのがわかるが、文字を覚えて数日とは思えないほどの出来栄えだ。

 「……お前はすごいな」

 「それって、問題ないって意味か?」

 「ちょっと、間違いもあるけど……このまま出してもいいと思うぞ」

 クレイはさっと顔色を変えて、ポケットから新しい紙と鉛筆を取り出す。

 「どこが間違ってるか教えろ!」

 「でも、意味は通じるし……」

 「手紙はその人の顔を見ない分、丁寧に書かなきゃダメだって師匠が言ったんだ!教えろ!」

 クレイはオレの袖を掴んで離さなかった。

 「わかったよ」

 クレイの手紙を直し、オレも一筆書き添えてから封筒にしまった。

 その間に、オレが与えた水と虫を食べたコウモリは、満足した様子でオレ達を見ていた。

 「さて、あいつを捕まえるって、どうするんだ?」

 オレが聞くと、クレイは杖を構えながら、教えてくれた。

 「箒を掴むのと同じだ。でも、こっちは生き物だから、気をつけないと傷つけてしまう。これまでは、感覚をつかむまで、生き物を捕まえるのは禁止だと言われていた」

 クレイはワクワクとした口調でそう言った。

 師匠から術の解禁を許され、嬉しいのだろう。

 クレイが呪文を唱えると、杖の先から銀色の紐のようなものが現れた。それが、コウモリに向かって伸びて行く。

 コウモリは逃げなかった。銀色の紐を目で追い、静かに待っている。

 (捕まるように言われているんだろうか?)

 クレイがゆっくりと杖を振る。

 すると、紐がコウモリから右に逸れた場所でくるりと輪っかを作った。

 「ああ……」

 失敗したらしい。クレイが悲しげな声を上げる。

 もう一度トライするが、またしても、コウモリから逸れた場所で輪っかができる。

 「くそ!この!」

 コウモリは一切動いていないのだが、何故か紐は逸れるばかりだ。

 輪っかを作る一瞬に、クレイが妙に力んでいる気がする。

 「箒は掴めてるよなあ?それと同じ要領なんじゃねえの?」

 「わかってる!」

 クレイは悔しそうに、そう怒鳴り返してきた。

 それと同時に、コウモリが飛び上がった。

 ちょうど紐がコウモリの体に巻き付こうとしていたところだった。コウモリが逃げ、紐は蝙蝠が留っていた郵便受けに巻き付き……

 メコッという音を立てて、郵便受けがゆがんだ。

 「い!?」

 オレは驚いて目を剥く。

 郵便受けは木製だが、結構頑丈に作られているはずだ。なのに、ゆがんだ。一部木の板が折れている。

 「ご、ごめんなさい!怪我は無い?」

 クレイが慌ててコウモリの元へと向かう。

 コウモリは余裕を持ってギーっと鳴いた。

 コウモリが無傷である事を知り、クレイはほっとした顔をした。

 「む、難しいんだな……その魔法」

 「うん」

 クレイは一つ深呼吸をして、もう一度杖を構えた。

 コウモリの目がきらりと光る。

 どうやら、このコウモリはただのコウモリではないようだ。

 それから数時間、クレイの挑戦は続いた。

 コウモリは自分に危害が及ばない時は静かに待っているが、危ないときは逃げた。

 何度も失敗し、郵便受けの土台がぽっきりと折れた。

 それを見て、オレはクレイが掃除に使っている箒を確認した。驚いたことに、箒はただの木では無く、魔力の通った材質でできていることがわかった。

 折れないわけだ。

 ようやく、クレイがコウモリを捕まえられた時には、夕日が空を赤く染めていた。

 オレが何度も「もう、今日は諦めないか?」と聞いても、止めようとはしなかった。

 「夜になったらやめる」

 とは言っていた。 

 ステアから、夜になったら勉強を止めて、ご飯を食べて、風呂に入って寝るように言われているからだろう。

 (どうしてそこまでするんだろう?)

 オレは、何度も何度も呪文を唱えるクレイを見ながら、そう思った。

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