第四部 幕切れ編 束縛少女 埜逆崎櫻 8
「アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!アハハハッハハハ!!!アハ、アハアハアハ!!!
ヒ、ヒィヒィ…ヒィ…」
アルカホールが喉に引っかかってむせ返りながらも少年はまだまだ笑い続けた。
投影された映像に映る琉架と櫻。ちょうど魔王城の前での光景が中継されている。
「アハアハアハ…ケ、ケッサクだ!!グランギニョルのこの俺が描いた絵よりステキな絵だ!!ナァ、見てみるがイイ、瑛椰!!イマ俺はヒドク思い知らされているンだ…己が浅墓さを…コンナに俺の脚本を逆手に取ったヤツは初めてだ…アハアハアハ…コノママ本当の意味での『大量殺戮兵器』にしてやろうと思っていたのに…逆に殺すことで…アハアハアハ…事実は小説より奇なり…作り物を現実が追い越している…アハアハアハ…ステキだ、ステキにスバラシイ…アハ、アハハハハ」
少年はグラスに注ぐのももどかしく瓶のままアルカホールを煽る。口元からアルカホールが零れびちゃびちゃと床を汚すのも構わずにグイグイと飲み干すとガラリ、とその空瓶を投げ捨てた。
「どうされます…?主の計画とは違ってきていますが…脚本の修正は…?」
銀髪の青年はちらり、と少年の顔色を窺った。
「デキルか…こんなステキな絵のアトでは凡てが蛇足、蛇足だ…ここで幕切れ、それほどフサワシイことはないダロウ?アハアハアハ…俺もマダマダだ…この絵はサスガに思いつかなかった…
…俺から謝礼を差し上げとこう…このステキにキチガイなフタリに…」
「…?」
青年は櫻はともかく、琉架までキチガイと称する主の考えがまったくわからなかった。
「フン…オマエにはマダわからないか…?アノ女がなんで斬られたカ…」
少年は詰らない横槍を入れられたかのように不機嫌に眉をひそめた。
「戒音嬢を庇ったのでしょう?」
「…ソンナコトはあるわけないだろ…、モット、モット身勝手な理由だ…アノ女の目を見ればわかる…一度たりとも戒音のほうをアノ女は見なかったんだ…眼中にないってヤツだ…
マァいい…ステキなものを見せてもらった俺からの感謝の気持ちダ…サゾやあのフタリも喜ぶだろう…
瑛椰…任せたぞ」
「了解しました」
軽く頷くと青年は姿を消した。
少年は一人笑い声を上げ続けながらアルカホールを求めてうろつき始める。
「オーイ…酒だ…酒をもってコイ…モット熱くてドロリとした飛び切り強いヤツをだ…今こんなミセモノをやっているんだ…酒を…オーイ…ヒヒ、ヒィヒィヒィアハアハハハハハアアッハハハハハハ!!
こんなにステキな光景…アハアハアハアハ…」
そしてよろけて床に転がり、それでも少年は映像を眺めながら笑い続けた。
「アハアハアハアハアハアハアハアハ…ケッサクケッサク…だ…」
目の前で繰り広げられた光景に戒音はただ、ごくり、と唾を飲み込んだ。身体は血に塗れていても致命傷はない。血が流れすぎたせいか、少し視界がかすんで見えるのだけれど。
もはや、あの二人の間に戒音の入る込む余地、というのはちっとも残っていないように見えた。
生きていることを素直に喜べないのは戒音は初めてだ。ただぐったりとした身体の重さと血に這い蹲るよりも屈辱的な敗北感だけを感じていた。
戒音はよろよろと立ち上がる。
「どこへ行かれるというのです?戒音嬢」
銀髪の青年は恭しく戒音に頭を下げる。いまだあちらこちらではパニックに襲われた人の声が響き渡り、誰もこの青年に気付くはずがない。
「…ッ!!お前ッ!!全然、全然うまくいかなかったじゃないかっ!!ちが…戒音のことだってただ、利用していただけっ…」
あまりに手際のいいギロチン台からの櫻の脱出劇だけに戒音がその結論に至るのひどく当然だった。
「ふ…何をおっしゃられる…私はきちんといいましたよ。貴女にはその役を演じていただきたいだけだ、と。役者が舞台を降りても舞台では次の場面に移り演目は続いていく。当たり前のことではありませんか?
わたしたちの考えた演目の幕切れは戒音嬢、貴女の思う反逆者処刑のシナリオよりまだ先まで続いていただけのことですよ。それに貴女だってしばらくの間は英雄としていい思いをしたでしょう?
我々は充分に対価は支払っているつもりですが」
「な、何をッ…!!そんな、子供だましにもならないことで戒音がっ…!!」
「ええ、そうです。子供だましではありません。これは大人の契約、です。内容をきちんと確認しなかった貴女の方が悪いんじゃありませんか?大体…貴女みたいな二流の女優はこのグランギニョルの舞台に立てただけでも光栄なことですよ。その上、我々は事前に貴女に示した報酬は全て渡したでしょう。英雄の名と日向嬢の隣という空間。守りきれなかったのは貴女の手落ちです」
男はニコニコと笑いながら戒音の言葉を軽くいなす。戒音は歯噛みしながらも何一つ言い返せない自分に気付く。
「じゃぁ、そんな用無しのところになぜいまさら現れたの…?」
戒音は声を振り絞った。
「ええ、主から脚本の変更を命ぜられました…よかったですね、戒音嬢…
そんな貴女でももう一度舞台に上がれますよ」
そして青年は何もない空間から焼き鏝を取り出した。それは櫻に押されたあの焼印と一緒の…『鳥刺し男』の…
「ひ、ひぃっ」
見る見るうちに真っ赤に染まっていくそれに戒音は怯えた表情を浮かべる。
「女優は舞台の上では覚悟を決めるのが礼儀ですよ…大人しく…」
逃げようにも戒音の身体は指ひとつ動くことができない。いつの間にか、戒音は自分があの魔法陣の上に立っていることに気付いた。それは…戒音自身が櫻を陥れた、あの魔法陣だ。
「は、あうっひ、や、やめてやめてっ、あぁぁぁああああああああああ」
じゅうじゅうと湯気が立ち上り、戒音の皮膚を焼き鏝が焼いた。
「さぁ、最後の舞台、きちんと演じてくださいね…これは私からの餞別ですから」
そして青年は戒音の胸に残った焼け跡を、櫻にしたようにまるで昔に負った火傷のように見えるように癒す。
「そしてこれがあなたが握る、最後の小道具です」
戒音の目の前には二本の刀が宙に浮いていた。その形、そして鞘には見覚えがあった。その刀は…
「さいわい、櫻嬢もいまは気が気でない様子。自分の刀が消えていることにも気付けていません…
さぁ、それを手にとって…そしてこの演目の最後に花を添えてください」
じぃ、と暗褐色の目が戒音を見つめる。そうすると勝手に、手に刀が伸びていく。イヤイヤをするように首を振るが、それでも指先は刀を求めるのをやめない。
そして櫻の刀を握り締めた。頭の中にどす黒いものが爆発した。
呪怨死崩暗滅愚瑕血赫死壊腐流斬斬骨血絶屑臓冥魔罪穢破呪蔑蓄外奇痴紫黒奈塗疵死暗落酷残惨絶怪忌炎没懺嫌償重悪想虚空断罰欠穴臓死至腑病斬咎毒首獄終世絶屑臓負冥魔罪穢破呪伏界業傲魔焔呪怨死崩暗滅愚瑕血赫壊腐流斬斬骨血絶屑臓冥魔罪穢破呪蔑蓄外奇夜痴紫黒奈塗疵死暗落酷残惨絶怪忌炎没懺嫌償重悪想虚空断罰欠穴臓死至腑病斬咎毒首獄終世絶屑臓冥魔罪穢破呪伏界業傲魔焔呪怨死崩暗滅愚瑕血赫壊腐流斬斬骨血絶屑臓冥魔罪穢破呪蔑蓄外奇痴紫黒奈塗疵死暗落酷残惨絶怪忌炎没懺嫌償重悪想虚空断罰欠穴臓死至腑病斬咎毒首獄終世絶屑臓冥魔罪穢破呪伏界業夜傲魔焔呪怨死崩暗滅愚瑕血赫死壊腐流斬斬骨血絶屑臓冥魔罪穢破呪蔑蓄外奇痴紫不黒奈塗疵死暗落酷残惨絶怪忌炎没懺嫌償重悪想虚空断罰欠穴臓死至腑病斬咎毒首獄終世絶屑臓冥魔罪穢破呪伏界業傲魔焔月月月月月月月月月月月月
戒音の意識は弾け飛んだ。ただ、衝動だけが身体に突き抜ける。刀を携えた戒音はいまだに押し合いへしあいしながら逃げ惑う群衆の群れへと。
そして、刀を振るった、振るった、振るった。無造作に、悪徳に、血に塗れ、ただ思うがまま、突き動かされるまま。がつがつがつがつとただ餌にがっつく野良犬の様に貪欲に殺し続ける。
悲鳴が上がるたびに、血が舞うたびに戒音はなお刀を振るう。
「魔王の血族でもないのにあの刀を握れば…こうなることは当たり前ですね…
何しろあの刀は最愛の奥方を亡くしてしまい、この世の全てを憂い、呪った魔王の血肉から作り上げられた刀…意思も魔力も弱いただの魔族が握り締めればすぐにその意思に飲まれてただ、殺すことしかできなくなる…」
その光景を満足げに見届けると青年はまた音もなく姿を消した。




