第四部 幕切れ編 束縛少女 埜逆崎櫻 6
「死尽…その刀、私の、なの。返せ」
死尽も今や櫻が何をしようとしているのかがわかって喜んで刀をギロチン台の前に転がした。
「ああ、ごめんね、気の利かない弟で」
ミシリ、とギロチン台が軋みをあげる。構わず右手を伸ばす櫻に耐えきれず遂に壊れる。
「ひゅう、こいつは驚いた。特別製の拘束の魔式が刻まれているはずなのに…
それすら『価値無し』の姉さんの前では意味なし、か」
「けひひひひひひひっ!!!撒け、撒け、ぶち撒けろ!!!」
櫻は刀を握るとそのまま器用に自らを拘束していた場所を切り刻んだ。
二秒後には細切れになったギロチン台が積み木の山のように重なり合っている。
「死尽、もう一本は、なの?」
「もちろんここにあるよ、姉さん」
櫻は死尽の言葉を待たずに『八裂列刀』を握り締める。
そして獲物を狙う、もはや残酷さしか感じない笑みを浮かべて地上を見下ろした。
いまだもうもうと黒煙がわきあがる中、右往左往している民衆の群れ、群れ、群れ。
ギュイイイイイイン、と脳みその中で鳴り響く。握った刀が、手の平が。すぐにすぐにと。ああ、なんだあそこいっぱいある。
「けひひひひひひっ」
櫻はバルコニーから飛び降りる。両手にはしっかりと刀を握り締めて。
「ああ、姉さん、あまり久しぶりだからってあまりがっつかないように」
死尽は、ま、きこえていないだろうけどね、と付け加えてニヤニヤと笑った。
櫻は刀を城壁に向かってつきたてながら降りる。ギャリギャリと耳障りな音と破片が飛び散る。
ずだり、と櫻は裸足のまま地上に降りるとぐるぐると辺りを見回した。
目のあった群集は悲鳴をまたあげた。爆発に引き続いての櫻の登場に混乱はより混沌に満ち、辺りを支配する。
「ひぃっ!!!」
「か、『価値無し』だっ!!!」
「殺されるっ、こここここ、殺されるっ!!」
「許して、許してっ!!」
「にげ、にげろぉっ」
思い思いに喚きながら足をもつれさせ、押し合いへし合いしながら少しでもここから離れていこうとする。
それを見て櫻はああやっぱりこうだ、こうでなくては、と思う。そして、笑う。
「ひっひひひひひひっ!!!」
「な、なんで…?死刑に、死刑になるはずなのっ…どうして、ここに…」
戒音は腰を抜かして無様に地面を転がった。櫻の顔に張り付いた笑みは笑みと呼んでいいのだろうか?
自らの見定める殺す風景を、まるでとても上手な絵が描けた、というような幼い喜びを隠そうともしない。特等席での処刑見物、そのはずが櫻の目の前という今や死に向かう指定席に変わっている。
「ちょうどいい、なの」
ゆっくりと獲物を捕らえる櫻の目。
戒音は心臓をわしづかみにされたように身動き一つできなくなる。いや、動いても同じなのだ。あの刀より早く動くことができるものなどいない。
「死火っ!!」
戒音は火炎を手の平から放つ。いくら相手が『価値無し』であれど、『価値無し』であるが故、魔力に対する抵抗は絶無、そのはずが…
「ひっひひひひ、けひひひひっ!!!啜り笑えっ!!八十っ!!」
櫻の手で白い刀が踊る。剣圧の前にすぐに掻き消された。
「花火にもなりやしない、なの」
いまだ真っ白な刀を舐めると櫻は戒音を見下した。
「ひっ、や、し、ころ…あぁ…」
戒音は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらもはや自分が何を言っているわからない。
「泣く?鳴く?ねぇねぇどんな風に?なの」
櫻の手が閃いた。戒音のほほにひとつ、傷が走る。
「あ、あぁぁぁっぁぁぁぁッ!!!!!!」
ほとばしる絶叫。
「痛がり、痛がりだっ!!!けひひひひひっ!!!安心する、なの…そんなのじゃ死にやしない」
二度、三度、続けて何度も何度も櫻の手が閃いた。戒音の目ではその動きを追うことなどまず無理だ。
そのたびに細長い傷がどんどんと戒音の身体に走っていく。そのたびに戒音は絶叫を上げる。確実に殺される。頭の中を覆ったその考えがもはや逃れられない事実であることはわかりきっていた。死ぬ、死ぬ、死ぬ?それは何よりも戒音が恐れていたこと。
制服の袖が、スカートの裾が、櫻の刀でズダズダに、そして赤く染まる。
そのたびに櫻は笑う。とても笑う。それは全然少女のようには見えない。針の飛んだレコードのように、とても同じ生き物の笑い声とは思えない。
「ひひひっひっけひひひひっ!!!」
戒音はもはや思い知らされた。グランギニョルが執拗にこの目の前の存在にこだわった理由。あまりにもわかりきっていたことじゃないか。戒音はなんだ?『ヒトデナシ』の戒音は誰もに蔑まれた。櫻はなんだ?『価値無し』の櫻は誰もに恐れられた。
そうだ、答はあまりにシンプルだった。役者が違う。
だからといって素直に死を受け入れることができるわけがない。




