第四部 幕切れ編 束縛少女 埜逆崎櫻 5
「戒音…」
「なんッスか?ルカ先輩」
戒音は処刑が楽しみで楽しみでしょうがないらしく顔一杯に笑顔を貼り付けたまま琉架を見た。
琉架はためらいながらも言う。今更なにもかもが手遅れでどうしようもないけれど、戒音にただニコニコと櫻の処刑を見守って欲しくなかった。少しは胸を突き破りそうな痛みを感じてもらわなければいけない。自分のしたことの重さを、いや、そんなものは琉架にだってわかりやしない。ただ、ただ櫻を陥れたことを素直に許して、のうのうと戒音を笑っていさせるわけにはいかない、と琉架は思う。
「けっきょく、どっちがグランギニョルだったんですか?あなたと、櫻さん」
じっと琉架は戒音の目を見た。冷たい目の色。戒音の表情がみるみると引き攣りさっきまでの笑顔はあっという間に姿を消してしまう。戒音は血の気のうせた青い色をしながら唇をぶるぶると振るわせた。
「ルカ先輩…な、なにを…」
「血に濡れた腕章、『鳥刺し男』の印の入った杭と小瓶…戒音がそんなものをどこで手に入れ、なにに使ったのか、わたしはいくら考えてもわかりませんでした…でも、これは戒音の勝ちですね…
私にはそれを用いて櫻さんをあそこから助ける方法が思いつかなかったし…それに櫻さんはもうわたしの手の届かない場所に行こうとしているから…」
「……戒音は、戒音は」
だけどその言葉を最後まで続けることはできなかった。
激しい爆発音が辺りに響き渡る。
衝撃が吹き荒れ琉架と戒音もゴロゴロと地面を転がった。
なんだ?なにが起きた?
琉架は何とか目を開け、反射的に城へと目をやった。バルコニーの真下からもくもくと黒い煙が上がっている。
そちらこちらで悲鳴、怒声、わめきが飛び交う。
ギロチンに首と手首を固定されたままの櫻は呆然とただその様子を見下ろしていた。
ガシャガシャと鎧を鳴らしながら兵士がバルコニーに駆け込んでくる。
「死、死尽様っ!!城内で爆発が起きましたっ!!また、地上においても数箇所、同時に爆発がっ!!国民が動揺を起こしていますっ!!死尽様、指示をっ!!はやく、皆を落ち着かせなければ怪我人がますます増えますっ」
死尽は兵士に目をやるとにやり、と唇を歪めた。
「は、はははっはははっ!!あ、あはは、あははっははっ」
額に手を曲げ狂ったように死尽は笑い声を上げた。
「死、死尽様…?」
兵士は驚きに目を丸くしたままだ。
「いいんじゃないの?愚民が何人死のうとさ…そんなの一向に僕には関係ないことだよ。
ねえ、そう思わないか?」
ちらり、と死尽は櫻に目をやった。
「……」
櫻は目だけ上げて死尽を見る。
「死尽さまっ、い、一体なにをおっしゃられているのですかっ」
「大丈夫、すぐに自由にしてあげるよ…」
それだけいうと死尽は兵士たちに目をやった。
「なぁ、君たち、ここに集まってくれないか?僕直々に君らに指示を与える。
とても大事なことだよ。この事態をなんとかするためにはね…いや、先に進めるためには」
お互いの顔を見合わせながら、それでも兵士たちは死尽にいわれるがまま、目の前に並び始めた。
「じゃぁ、君らに番号を与えるよ。左から一番。一番右の君は七番って事だね」
死尽はいつの間にか、櫻の刀を手にしていた。それは新聞もその行方を追うことを断念した魔王の腕を素材に打ち鍛えられた二振りの刀の一つ、真っ白い刀身は、『黒剣八十』だ。
「指示を与える。一番から七番、全員…死ね」
死尽は言葉と同時に両手を閃かせた。櫻の目ですらその動きは追うのがやっとだった。
一番から七番、全員の首が胴から離れ、転がり落ちる。死尽はそれを拾うと地上に向かって投げ落とした。
突然上空から降ってくる生首に地上はますますパニックに陥る。
悲鳴と血の匂いが止まない。
「お、お前…」
櫻の声は、そして身体全身が震えていた。別に死尽に怯えているわけじゃないことは櫻自身がよくわかっている。鼻の奥まで届く、この錆びついた鉄の匂い。それを櫻の全て、が呼吸するように求めている。
頭がぼんやりとしてくる。全てが霧がかったように遠くへ、遠くへ、もっと遠くへ、ここではないどこかへと。
「どうしたの、姉さん?いまや僕とあなたは仲間じゃないか?」
返り血で顔をべったりと赤く染めた死尽はそれでも爽やかな笑みを浮かべる。まったく状況にそぐわないその有様。それでもそこには美しさがある。死尽は唇の周りの血をぺろりと舐める。
「そもそも初めて会った時は僕の、僕たちの姉さんはこんなものかと随分と失望させられたよ。でもひぃちゃんは随分と姉さんを気に入ってしまったようだし、だったら死んでもらわれては困るよね。僕はひぃちゃんが一番大事なのは変わらない、その次に大事なのはひぃちゃんが守りたいものだ。それに僕たちは血を分けた兄弟だ。
今あそこに並んでいた兵士たち、わかる?といっても姉さんが誰かの顔を覚えようとするなんて思えないけどあれは全部姉さんに拷問を加えた兵士たちだよ?許せるわけないだろ僕たちの血と肉は何よりも貴い。大罪だ」
「……全て仕組まれていた、ということ、なの?」
ともすれば飛んでいきそうな意識の中、櫻はなんとか声を絞り出し死尽に尋ねる。
「さぁね、それは僕にもわからない。僕も僕の役割しか知らされていないんだ。だからこの演目がどんな幕切れを迎えるか、ちっともわかりやしないよ。今回だって僕は途中参加だった。
姉さん、あなたが戒音に捕まって城に連れてこられたときにはすでに王城内ではあなたの尋問、その後の処刑、それで大勢が決していた。グランギニョルの描いた絵はあまりに完璧さ。一つ一つは何とでも取れる、ひょっとしたらそうかもね、という証拠、それがあまりにもたくさん用意されていたし国家委員会、あるいは近しいところに工作員もいたんだろうね、僕一人喚いたところですぐに握りつぶされてしまうぐらいに、全てが整いすぎていた。姉さんの処刑は避けようがなかったんだ。どうあがいても覆すことができない、それでも僕は姉さんを救いたかったんだ。それがグランギニョルに入る、という道しか残されていなくても。同族をぶっ殺すなんて何でもないことぐらいにね。
姉さん、僕は姉さんに憧れていたんだよ。ずっと、ずっと。
僕なんてほら、魔王になることを義務付けられた身だろう?幼いころからそういう教育を受けていてさ、そこで結果を出すしかなかった。僕は全然そんな事をしたくなかったけど周りからそういうものを求められて、そこで頑張って、認めてもらわないと不安でしょうがなかったんだ。僕だっていつ言われるかわかったものじゃなかったからね…『なぜ生まれてきやがった』、と。
だけどすぐにわかったよ。そんなのは豚の安心だ。お互いがグズグズに汚いものなのに群れあって安心してそれがどうなるっていうのかな。それよりは姉さん、ただ思うままに殺し続けて自らを追い詰めていった姉さんに僕は憧れていったんだ。
だから、そんな姉さんに下らないつまらない暴力を加えたゴミクズどもは許されざる罪を背負っているんだ」
ガツン、と死尽は首の落ちた死体を蹴った。櫻の目の前に今や死体が。そこからはぴゅーぴゅーといまだ勢いよく血が噴出している。間近に見た、切断面。
ごくり、と櫻は唾を飲み込んだ。ただ、もうそれから目を離すことができない。
「あれ、どうしたの、姉さん?そんなものじいっと見ちゃって」
死尽はもう一度、死体を蹴りつけた。その弾みで噴出していた血が櫻のほほにかかる。
「けひ…けひひひひひ…ひっひひひっ!!!けひひひひひひっひっ!!!」
ギロチン台にかけられたまま櫻は笑い声を上げた。どんどんとその声は高まっていく。
ぎょろり、と櫻は闇色の瞳で死尽を見据える




