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第四部   幕切れ編  束縛少女 埜逆崎櫻 1

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第四部   幕切れ編  束縛少女 埜逆崎櫻


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 目に見えて櫻の衰弱は酷かった。いまや本当にぶら下げられている肉の塊と違わず殆ど身動きをしない。殴られれば殴られるまま上体を揺らすし、刃物を滑らせれば少し身体を強張らせるだけでろくに悲鳴の一つも上げやしない。そしてそれ以外の時間は眠っているのか、起きてるのか、うつろな目をただただ開いているだけだ。そして今日も拷問が終わり、また地下牢内は闇に閉ざされた。

 水滴の滴る音のみが聞こえる。今聞いた音はいつの音だったっけ?ほんの少し前か?それとも一刻ほど前か?あるいは一日前?一年前?闇に閉ざされると時間の感覚がどんどんとその中に一緒に溶けていってしまいそうだ。

「アハアハアハアハ…ダカラいったジャないか…所詮、オマエは羊だと…追われ追い詰められ追いやられ殺されるだけだと…オマエの大好きな大好きな琉架はオマエになんといった、ナァ…?

 とても大きな大きなアイの言葉をくれたダロウ?

 誰もが本当の意味ではオマエなど信じちゃいないのサ…」

 仮面をかぶった少年は櫻のほほに手を伸ばす。が、この少年は映像なので触れることはない。その指はほほをすり抜ける。

「……」

 櫻は聞こえているのかいないのか、うつろな目をじっと地面に向けたままだ。血に塗れたガラスがそちらこちらに転がっている。少年はその仮面を櫻に寄せる。奇妙な光景だった。まさにグランギニョルの一幕、というものはこんなものかもしれない。

「どうする…?このママここで死ぬカ…?ナァニ、だとしたらすごく簡単だ…流れに身を任せていればいい…だけどヨク考えるがいいナ、『価値無し』…オマエはどうしてここにいる…?本来なら次期魔王でもおかしくない長子、それを『価値無し』と決めつけたのはダレだろうな。

 オマエを『価値無し』の上に反逆者に仕立て上げたのは誰だ…?ソシテそんな言葉をスグに信じてオマエをドンゾコにタタキ落とす言葉を用いたのは誰だ…?オマエはいま、誰に遠慮する必要がある…?

 刀を振るい血に塗れ臓物を浴び悲鳴に歓喜するのにナゼ躊躇う理由がある…?

 ソモソモ…イッサイガッサイがオマエにとっては過ぎ行く陽炎みたいなものだ…ココでの生活も…学校での出来事も…アノ女と過ごしたトキでさえ…タシカなものなんて一つしかないことはわかっていたハズだ…握る刀とそれを振るうお前に与えられる視線、ソシテそのときに味わうナマアタタカイぬめりダケが世界のスベテじゃなかったか…?殺しの場所が欲しいならイクラでも用意してやるぞ…」

「…ひとつ」

 シナリオを描いたのがこの仮面の少年だとしてももはやそれは櫻には意味を持たないことだ。戒音に呼び出され、そしてグランギニョルがそれを後押しした。それはどうでもいい。もう思い知らされたのだ。けっきょくはどこまでも櫻は孤独なのだ。一瞬で繋がりなんて断ち切られてしまう。どこまで行こうとこの背負った十字架は重く圧し掛かるだけだ。これが櫻を放っておくわけがない。冥府魔道が逃げることを許さない。外から伸ばされる救いの手などありはしないのだ。全てはかりそめでただどん底に叩き込むだけなのだ。ならいっそそれに身を任せて堕ちるところまで堕ちるみればいい。ただし…避けることのできない救われることのない冥府魔道ならその手ごといっそ引きずり込んでやる。

「ア…ナニカ言ったか…?」

「ひとつだけ、聞いてくれるならわたしはお前の元にくだるのをためらわない、なの」

「フム…まぁ、我々にできることでアレバ…飲んでやらぬこともないナ…いってみるがイイ…」

 少年は仮面の顎に手を当て考え込むそぶりをした。

「わたしは、あの女を斬りたい、なの」

 それが戒音を指しているのか…あるいは琉架を指していたのかわかりやしない。ただその黒い目の奥で何か見ているものに逆らいがたいものがゆらゆらと揺らめいているのが見えた。妖しいその目の光はただため息が出るほどにおぞましい。背徳に塗れた悪魔主義の至高の芸術のようにさえ思えた。そしてそういう意味でいえばこうやって吊るされている、埜逆崎櫻という存在自体がまさにそれに思われてしまう。見るものを捉えてやまない、血塗れの立像。

「ふん、そんなことか…?アハアハアハアハアハ…構わない、構わないぞ…イクラでも好きなヨウニやるがイイ…マァ、サスガに我々でもスグにオマエをそこから解放することはデキない…スコシ時間がかかるがその間、セイゼイその炎に絶やさず薪をくべればいいサ…我々はその瞬間をナニよりも心待ちにするモノだ…」

 櫻は吊るされたまま、満足そうに口元を歪めた。そこには悪意に満ち溢れて。ここまで感情を露にした櫻は初めてなのかもしれない。


「ふむ…この生徒…あまり素行がよくないですね…」

 琉架はファイルをめくる手を止めた。

「指導ッスか!?指導ッスか!?ルカ先輩直々の地獄の生徒指導ッスか!?

 ひゃあっほぅ!!久々ッスよっ!!血沸き肉踊るッスー!!」

 ぐるんぐるんと意味もなく戒音は腕を振り回す。

「赫紗…あれ、うるさい」

「はぁい。戒音ぁ、琉架さんが怒ってますよー」

「お、怒ってなどいないッスよっ!!あれは、嫁に対する照れ隠しッスよっ!!いわゆるツンデレッ!!ついつい皆の前では冷たい態度だけど実はってアレッス!!間違いないッス!!」

「誰がツンデレですか、誰が。あまり人の誤解を招くようなことは言わないこと、いつも言ってますよねぇ、戒音?」

 琉架はニコニコと笑う。が、ほほ辺りがぴくぴくと引くついているし、その後ろに圧倒的な圧力を感じてしまう。

「ひ、ひぃっ!!なんすか、なんすか!?折檻ですかっ!?ドメスティックバイオレンスすかっ!?」

「まぁ、なんだっていいです。とりあえず一発殴らせてもらいますね。赫紗、抑えて」

「はぁい、琉架さん」

 がばっと後ろから戒音を羽交い絞めにする赫紗。

「な、なんすか、これ一体なんってプレイッスか?愛の形は人それぞれと戒音も聞いたことあるっスけどこんなプレイを目の当たりにするのは戒音は初めてッスよっ!?ましてや体験するなんて思いもよらなかったス!!」

 じたばたもがきながらいまだに喚いている戒音に琉架はゲンコツを落とす。

「えい」

「ギャー!!こ、これは48の生徒指導技のひとつ!!天地貫通撃ッ!!頭の天辺から与えられた衝撃がそのまま足元まで伝わりまともに立つ事さえできなくなるという禁じ手の一つッスー!!」

「よくもまぁそんなにべらべらとくだらないことがいえますねぇ」

 なんて、琉架は苦笑いをした。いまはこのただ騒がしいだけの戒音のこともありがたく思える。

 『紫』の部室には平穏が戻っていた。以前と変わらない三人の部室。

「さて、いつまでもこんなことやってないで指導に行きますか。とりあえず戒音、腕章を出してくれません?」

 琉架はファイルを小脇に抱え込むと戒音を振り返る。

「はい、どうぞっ!!」

 そうやって差し出された紫の腕章に琉架は首を振った。

「ああ、この普通の腕章じゃなくて…ほら、儀式とか会議に出るときにつけていく…『独立のパープルオブインディペンデント』専用の…」

 それは通常の腕章と違い、学園の紋章と金刺繍が施されたまさに権力の象徴という腕章だ。

「え…なんで、アレが必要になるッスか…?」

 戒音は目を伏せた。そこに怯える様な色が見えた。思わずカバンに戒音は目をやる。だけど琉架も赫紗もそんな些細な戒音の変化に気付けずにいた。

「だって、いまから行くのは『柔らかい頭のブルーオブフレキシブル』のところですよ?頭ごなしに言っても口答えされるのはわかってるんですからあまり好きなやり口でないとはいえ私も権力を傘に着ていかないと…」

 『青』の仕事といえば学園内の情報統制。それはいわゆる国内国外の情勢についての情報から学園内で行われた戦技大会のレポートまで幅広い。ようは新聞部みたいなものだ。

「ああ・・・あの『屁理屈なブルーオブくいブル』さんがまた何かやらかしましたか?」

 いま赫紗が口にしたように『柔らかい頭の青』じゃなくて『屁理屈な青』と揶揄されることも多い。

「どうもこうもありません…これ、見てくださいよ…本当に頭が痛くなります」

 紙面を飾っていたのは『反逆者 埜逆崎 櫻』というデカデカとした文字。

 別に平常営業、と赫紗は今度は記事に目をやるとそこで琉架が言わんとしたことがわかって長ーいため息をついた。

『…(前略)…そこで本記事においては『価値無し』と称される埜逆崎 櫻の魔王暗殺計画を検証することにより『忌み子による親殺し』という神話から連綿とつづられ続けてきた物語の骨格を解体することによる文学的限界を考察してみたいと思うものである。もしこの事実が物語という視点で完全に理解することができるのであればもはや文学が現実を支配しているという事は自明の理であり反論は行いがたし、と本記事は規定する。故に本記事は現実における文学の影響の大きさというものを読者に再認識させることを主題とするものである。そして次に続くのは埜逆崎 櫻の事件を元として筆者がその詳細を埋めたルポルタージュである。まず読者にはこれを一読していただいてから事件の検証に移りたいと思うものなり』

 事件を扱った記事のはずが途中からノンフィクションレポの体裁を取り始め最終的には妄想小説にすり替えられようとしている。しかもこんなことは一度や二度どころではないのだ。そのたび琉架は注意をしに行くのだがほとぼりが冷めるとすぐにこうだ。

「あちゃぁ・・・」

「そう、あの頭でっかちの文学者気取りがまたわけのわからないことを・・・『青』がやることは新聞なんですから今の事件より今の僕が閃いた妄想を見てくれっていうんならそんなのは文芸部かなんかでテキトーにやれっていってるのにまた懲りずに…というかそれがやりたいならなんでこの学園に入ってきたんでしょうか…

 あんなのに限って権力振りかざすんだからこっちだって振り回すしかないでしょう?わたしの流儀じゃないですけど。儀礼用の腕章は戒音に任せておいたはずですよね?早く出して」

 琉架は手の平を差し出して戒音に催促する。なのに戒音は一向に動こうとしない。金魚のように口をパクパクさせて喘ぐのみだ。

「あ・・・あの・・・その・・・」

 戒音に腕章を出せるわけがなかった。あの腕章は櫻を罠に陥れるために血に染めたのだ。そしてそのまま櫻を王軍に引き渡したせいで計画が狂ってしまった。本当ならすぐに洗い落とすはずだったのに数日魔王城に軟禁され根掘り葉掘りいろんなことを聞かれた。その間に血は固まりこびりつき、洗濯してみても取れない。まぁ、めったに使うものでもないし、そのうち何とかすればいいと思っていたのだけど。今にして思うととんでもない浅はかだった。普段使いの腕章ではないことがすぐにばれてしまうからと儀礼用を使ってしまったのは。

「どうしたんですか?」

「ちょっと…あの…汚してしまったッスよ…アレ…だから…」

 へたに口を滑らせるとそれでもいいから、とか言われるから戒音は必死に言葉を捜し探しこの場を切り抜けようとする。妙に歯切れの悪い戒音の返事にさすがに琉架も首をかしげた。

「汚したってなんで?別に戒音がアレを使うことはないんだから汚すわけがないと思うんだけど…」

「あ、あの…ルカ先輩が知らないうちに洗濯して驚かそうとしてッスねっ!!途中でこけて泥まみれになっちゃってっ…!!それでシャワー浴びている間に洗うのを忘れていたというか、そんな感じッス、そんな感じなのッス!!」

「…?…?」

 琉架は腕を組んで首を傾げ頭を捻った。さすがに戒音もそう簡単に琉架が騙されるとは思っていなかった。もっと上手い出任せをいえば…っ!!でもアドリブに弱いのも戒音なのだ。ましてや相手は切れ者としても充分名を馳せる琉架。戒音はただ心臓の脈打つ音を悟られないようにじぃっと琉架を見守るだけだ。

「…しょうがないですね。あの『赤』が腕章無しにどれだけ人の話を聞くかわかりませんが…とりあえずいってみますか」

「はぁいっ」

 赫紗も続いて返事をする。そこで戒音はほっと胸を撫で下ろした。だけど琉架はそれを横目でちらり、と見ていた。今まで一度も戒音はそんな気を利かせたことがなかったのに。

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