«毒針»・楸 蒼天
「喰らえええッ」
謎の男は、両腕を掲げて刺棘を絶え間なく射出する。
それらは蛇のように──螺旋のように畝って僕らを追いかけた。
「林檎、下がってろ!」
彼女の武器はあくまで改造銃──本体を攻撃することに特化しすぎているため、こうして一定の距離をとらざるを得ない場合、それは極端に弱体化してしまう。
故に、拳に武装した僕が前線に踏み込むという体系をとっていた。
「お前らは弟の何なのだァッ!」
拳で殴る度、毒の刺棘は次々と捻切れる。効率は至って最悪だが、しかし今採ることのできる方法の中では最善と言えよう。
「『敵』だぜ!!」
無数の毒針を掻い潜り、«罪悪»を敵の懐へと叩き込んだ。
重々しい音が響き、悪魔の腕に迸る紅の血脈が胎動する。
「ならば死ね──────!!」
男が激昴して僕を地に叩きつけようとした時、背面からの追撃があった。
「貴様がなッ!」
山茶花姉妹。
如何にも少女らしい矮躯の2人が高く跳躍し、«咎ノ匕首»を男の背中に突き立てる。
肉を裂く音がして、そこから赤い花弁が散った。
「ぐ・・・・・・うッ!?」
またも彼の生傷だらけの顔は激痛に曲げられ、そしてそれを上回る狼狽と困惑で男は後ろを視認した。しかし、既に彼女らは別の地点へ避難していた。
勿論。
背面から奇襲されれば、意識せずとも後ろを確認してしまうだろう──だから。
「くっ・・・・・・今だ、林檎ッ!!」
僕はその殺戮砲の弾道から転がるように逸れて合図を送る。
「オーケー・・・«屍山血河»。」
「塵芥すらも残さず『射殺』しろッ──────!」
その呼び声と共に、銃口が一条の暗黒に呑まれた。
・
「──────待て」
動かなくなった謎の男を傍目に次へと進もうとしたが、どうやら発声できる程度には体力が残っているらしかった。
「まだ生きてるな。殺しておくか?」
僕は林檎に訊ねるが、言っていて、何とも自分らしくない言葉だと思った。
ほんの前まではただの人間だったのにな──ガラクタのように積み上げられたその回想に、今は亡き過去に、未練がましい郷愁がないと言えば嘘になる。
変わってしまったな、と。
良くも悪くも。
感傷に浸るのだ。
「お前らは何故・・・どうして、銘天を追う。」
破れているであろう臓器の痛みに耐え、血を吐きながらも掠れた声で彼は問う。
「言ったろ。そいつは僕らの『敵』──────家族を守ろうとするならば、僕にだって守るべきものはある。」
守るべきものというより、救うべきもの。
救うべきものというより、拾うべきもの。
一度捨ててしまったものを、一度手放してしまったものを、失ってしまった喪失を。
僕はこれから、拾いに行くのだろう──拾いに行くのだ。
「そうか」
「楸 蒼天──俺の名だ。これで俺は、少なくともお前達にとって忘れ難き記憶となった。」
彼──楸 蒼天は、濁った瞳を向けたまま、少し誇らしげにそんなことを言った。
宣戦布告のようであったが、降参宣言のようであったが、何よりも勝利を声高に歌う戦士のようだったと思う。
ざまあみろ、と言わんばかりだ。
くだらない、と思ったが。
「・・・いや、すぐに忘れてやるよ。あんたは僕の中で生きることはできない。」
「でも、もしかしたら──あんたとは仲良くなれたかもな。」
僕は気怠げに呟いてから、間を置かずにこう続けた。
「安心しろ、嘘だよ」
かつて朝比奈ちゃんから授かった拳銃──S&Wの引き金を引いた。
銀色の銃身。重々しい音。飛散する血飛沫。虚ろな表情。絶命の声。項垂れる屍。指の痛み。束縛からの解放。温もりの喪失。
広がる深紅。敗北主義者。いたたまれなさ。否めぬ虚無。贖えぬ絶無。
いろんなものが刹那にして渦を巻いた。
「さて、進もう」
何気なく林檎は口にする。
口にするが、その言葉にはどうしようもなく空疎にして空虚な、つまり言い知れぬ虚しさが拭えずに張りついていた。
僕と山茶花姉妹は一瞬顔を見合わせたが、即座に前を向いて歩調を合わせる。
「楸 銘天の«蠍»での立ち位置はどのくらいなんだろうな」
「そう上じゃあないと思うけれど。ただ家族という体で活動しているなら、立場なんてそう意味を為さないんじゃない?」
「そんなもんか」
余計な死者を出さないためにも、早めにご登場願いたいところだ──僕はそんなことを考えながら嘆息する。
「ん・・・」
上の空になった僕の意識は、結局ポケットの小さな振動に呼び戻された。
振動の元である携帯を取り出すと、画面はあくまで無機質にメッセージ着信を知らせている。
ある種の非常事態である今現在の状況下においては無視したいところだが────引っかかったのは、その送り主が«破壊»、つまり意識不明のはずの緋雨さんであったことだ。
僕は歩調を徐々に緩め、他に気づかれないようにその内容を確認する。
「・・・・・・・・・!」
あまりにも唐突すぎて、平静な表情が崩れ去るのを身に感じた。
咄嗟に口元を手で覆う。
「どうかした?」
画面から目を逸らして前を向けば、怪訝そうな顔をしてこちらを見つめる林檎と、不審そうな顔をしてこちらを睨む山茶花姉妹の姿がある。
「いや・・・別に。何でもない。何でもないっつーか、何もない。ただの迷惑メールだ。全くびっくりしたぜ。」
僕に有利な点を挙げるとするならば、林檎は馬鹿だということだ。
少なくとも、悪意の伴わない虚言を易々と看破するほどに聡明ではないし、賢明でもない。
そして残った姉妹たちも、さして興味もないらしく、すぐに視線を前に戻して歩み始めた。
思えば、僕の周りの人間は皆ドライなんだな。
悲しくなる。
「しかし蒼天さんがやられるとは思わなかったなァ〜〜〜」
「──────!?」
突如、またも台詞の挿し違えを疑うほどに不似合いな、不釣り合いな台詞が聞こえた。当然ながらその声の主に心当たりなどあるわけがなく、その奇妙に間延びした声が不快感だけを煽り立てた。
「知ってるよ〜〜〜君たち・・・。どォ〜〜〜〜せこの僕を狙いに来たんだろォ〜〜〜〜?」
四方を見回すが、そいつと思われる人影はなく、また気配もない。
くぐもった声で、どこから響いているのかすらも不明瞭だ。
「ンン〜〜〜・・・仕方がないから出てきてあげるとしようかなァ」
「長門、離れろッ!!」
そう叫んだのは姉の周防だ──間一髪のところで長門は転がるように横向きに跳ぶことで回避に成功した。
何の回避かなど、言う必要はあるまい。
「ハッロォォォ〜〜〜!!君たちが血眼で捜している楸 銘天──もとい、«四面平等»の左右田 上下サマのお出ましだぜェェ〜〜?」
グレーのコートに身を包み、サングラスをかけた若い男が出てきた────地面の中から。
地中と言ってもここは屋内なのだが──まるで水中から手を出すような感覚で、左右田は出現した。
長門の足元に潜んでいたのだ。
こいつは«超毒師»のはずじゃあないのか──!?
「いいや、当たりだ。僕は紛うことなき«超毒師»だよ。獲物は自前の猛毒を以て蝕むように殺す──これは誇りであり、譲れない矜恃さ。」
「だがそれ以前に、僕はいろいろカラダをイジくられているからねェェ〜〜〜・・・早く言えば人体改造ってヤツ?今の能力はその一貫さ。スタンドで喩えるならグリーンデイとオアシスを併合しちゃった感じィ〜〜ッ」
なるほど・・・厄介さを的確に言い表した比喩である。
言い知れぬ猛毒を自在に調合・操作する上に、暗殺者として地中への潜伏も可能ってことだ。
人殺しを行うに際して、全ての手段に順応可能な能力を有する万能。
「つーか、林檎ちゃんじゃあないかァ・・・どうしたのォ?君の隣の冴えないヤツは僕らの«標的»だぜェ?」
先端を緑色に染めた長髪を触りながら、左右田は心底不思議そうな顔をして訊ねる。
林檎は舌打ちして、不快そうに固く閉口した。
「──────なんとか言えよ、オイ」
一瞬、陽気な声色を低く落とし、冷徹にして冷血にして冷酷さを滲ませるように言い放った。
そしてその魔手は──何よりも先に林檎に伸びる。
「させるかッ!!」
それにいち早く反応したのは周防だった。飛び上がって、短刀を左右田の白い肌に振り下ろす。鮮血に覆われて、深い傷口が開いた。その刀が怜悧であることの何よりも明確な証左となり得るほどには生々しい傷だ。
「痛ェェェ〜〜ッ・・・躾のなってないお転婆なお嬢様方だなァ」
「おい・・・洞木の毒を解け」
言葉とは裏腹にさほど悶えている封でもなく、ただ眼前の青年は血の滴る手を抑えて微笑んでいるだけだった。
「無理だね。僕にその気はないからさ。」
「そうかよ。言うと思ったぜ──喰い殺せ、«罪悪»ッ!!」
「だからさァ」
憤慨する僕に対し、呆れたように左右田は一歩後ろに跳んでから地中に潜った。まるで溶解するかのような見てくれである。
「そういう脳筋みたいなのやめてよねェ〜?興醒めだよ、ハッキリ言ってさァ・・・。折角この左右田 上下サマが直々にあらゆる手間を省いて出向いてやったのに・・・。」
「・・・ったく、そんじゃあこの僕が鮮烈な美しい虐殺の手本を見せてやるから、その身体を寄越せ──────裏切り者の«存在王»。」
声が鳴り響いてから数秒後、黒鉄で錬成されたような強靭な剛腕が地中から伸びる──対象は林檎。
不意を突かれた林檎は、回避も防御もできずに膠着してしまっていた──────そして嫋やかな体の腹部に無数の打撃を受け、その整った顔立ちが苦痛に歪む。
「んはぁ・・・・・・ッ!!」
瞬間的な殴打によって、叫ぶことすらもままならない彼女の口からは赤黒い半固形の液体が勢いよく飛び出た。
彼女は数メートル滑らかに飛び、そのまま床に強く打ちつけられる。華奢な身体が衝撃に軋んだ。
「林檎!?」
すぐさま駆け寄るが、既に彼女は完全に気絶していた。ただ息はある──負傷してこそいるが、回復はできる。何とかして彼女に治療を受けさせるためにも、ここから生還しなければならない。
「腕の«硬質化»さ──毒薬だって使いようなんだぜ?元々は僕に施された数々の人体改造を完璧に活かすために薬の開発を始めたんだからね・・・。」
本当は虐殺より自己強化なのさ、と左右田は言った。
己の能力を悠長に解説するほどの余裕ぶりが、どれだけに彼が精神的余裕を有しているかを明示しているように思えた。
「貴様ァ!!」
激昂した山茶花姉妹が再度突進する──突進するが、しかしその行動も甲斐なくいなされてしまう。
「ダメだよォ〜〜ッ、これから始まるのはチビッ娘たちにはちょいと刺激が強すぎる解体ショーだからさァァァ・・・・・・」
「ご退場願おうかァッ!!」
周防と長門、二人の髪を乱雑に掴んで引っ張り上げ、その矮躯を外へ放り投げる。
矮躯と言えど、彼女らとて中学生に相当する体格だ──そう容易に投げ飛ばすことなど。
出来るはずがない。
なのに。
遠方へと投擲された二人分の飛行は、僕らを取り囲む鉄壁によって強引に停止させられた。
鉄の音が嫌に重く響く────そして。
「これで3人気絶ゥ〜〜〜・・・«罪悪»の君は特別にそのままにしておいてあげるよ。解体するのは女の子じゃあないと映えないからさァァァッ」
昂る左右田はコートの両ポケットから無数のメスを取り出した。
どれも医療用ではないのが瞭然と分かるほどの、独特な形状をしている。
「«殺戮用メス»だよ・・・準備も無しに猛毒を使うワケにはいかないから、殺してバラして後で順々に死体を猛毒漬けにしてやるとしよう。」
「そんじゃあ──────」
左右田 上下は、ニヤニヤと吐き気を催すほどに気持ち悪い笑みを浮かべて、気絶する3人の元へとゆっくりと歩み寄る。
そしてそこで足を止め、こちらを振り向いて余裕綽々にこう宣言した。
「よーい、«解死»」




