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無題  作者: ねろ
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«毒牙»・楸 銘天

1階には電気が点いていなかった。

仄暗さが不穏なまでに渦を巻いていて、それ故に僕らを呑み込まんと大口を開けて構える怪物のように見えた。

ただ目を凝らして見えるのは、受け付けカウンターのようなスペースと、そして先の見えない廊下だけだ。


「・・・・・・?」

だがそんなことは所詮些事に過ぎず、僕は人の気配がないことに違和感を憶えていた──というより、そのことにのみ頭が囚われていたのだ。


1階に人がいない理由はなんなんだ?

逆に言えば、人がいるにしても2階からということであるのだが──それは何故?


「なあ・・・周防。ここ、本当に拠点(アジト)か?」

ここが«蠍»の拠点だと特定したのは山茶花姉妹である。

こういうのは本来なら朝比奈ちゃんの役回りなのだが、まあ今は致し方あるまい──彼女ほど迅速にとは言わずとも、間違えることなどないだろう。

情報としての正確さは、この姉妹だって信用できる。


「は?私を疑うのか」

周防はキレ気味で言う。

どうやら自分に相当な自信を持っているらしいが、しかしそれならば短気は損気という言葉の意味も学んでほしいところだ。

正確さは信用できるが、性格においては信用が皆無だから。


「疑うわけじゃないけど──だって・・・?」

そこで。

遠方の暗闇の中、きらり、と一筋の光が見えた。


「──────!」


「ヤバい、伏せろッ!!」

いち早くその光の正体を看破したらしい長門が叫ぶ。

僕と周防は言われるがままに地に伏せたが──次の瞬間。


「・・・・・・!!」

僕らの頭上を、轟音を伴った爆発が通過する。

これに当たっていたならば、恐らく僕らは一秒足らずで灰燼と化していたであろう、そんな威力の爆発。

周囲には濃い灰色の煙が立ち込め、僕はほんの少しだけ顔を上げた。

煙に包まれている中、一人だけゆらゆらと歩く人影が見えたのだ。


「ふ〜〜ん、ふん、ふん・・・・・・」

嫋やかな身体の線を見る限り、十中八九女性。次第に霧のような煙も晴れつつあって、優美とも言えようそのシルエットには、僕は見覚えがあった。

陽気に鼻歌を歌っている彼女は、そこで僕らの存在に気づく。


「あ、シンくんじゃーん。ちーっす。」

おちゃらけた感じで気楽そうに挨拶をする彼女の姿は、僕にとってはよく見慣れたものだ。

だがしかし──────。

だがしかし、見慣れたものだからこそ、彼女がここにいる意味が分からない。

理解ができない。

脳が混乱を起こしている。


「なんで・・・・・・お前がここに。」


「───────華道 林檎。」


「ふふ。驚いた?驚いたっしょ?」

華道 林檎。

僕の幼馴染であり、同級生。

一部の層から謎の人気を誇る、なかなか人当たりの良い少女。

補習と追試の皆勤賞。

いや、そんなことはどうでもよくて。


「これからもーっと驚く話をしてあげようか?」

唖然とする僕と山茶花姉妹の顔を覗き込み、彼女は意地悪く微笑する。


「・・・・・・いや。既にこれ以上なくサプライズだからな。もう流石に何を聞いたって驚かな──────」

無理に冷静を保とうとする僕の言葉が切れるのを待たず、彼女は微笑んでこう言った。


「実は私、«存在王(イグジスト)»なんだ。」







「──つまりお前はこう言うんだな?」

僕らは1階の廊下の端、会議室のようなところに身を潜めていた。

白色の長テーブルが4つ、囲むように並べられている。


「自身は元々『僕』を殺すためだけに教育を施され、同じように表の世界に送り込まれた。でも組織のやり方に辟易したお前は、謀反を起こした・・・と?」

そして彼女──華道 林檎は、己の裏切りを完全なものにすべく、左右田 上下の属するギルドを壊滅させようと単身で乗り込んだというのだ。


「そ。元々シンくんを殺す気はなかったんだよ。信じて信じて。」

信じられるか。

僕を殺す気がないってのじゃなくて、それに至る経緯の方。


「作り話・・・にしちゃ意味不明だが、現実にしちゃもっと意味不明だ。」

はあ。

言われてみれば、身の毛のよだつ話だ。

高校生にとって日常の大半を過ごす学校に、僕を殺そうと日々付け狙っているやつがいたとはな。

生殺与奪が同級生に握られている。

«存在王»。

非神ちゃんが素性を一切明かさなかった──否、一切明かせなかった存在。

正体不明こそが正体。


「ああ。組織の一員とはいえ、表の人物に扮しているわけだからね。あまり他のメンバーとは関わらなかったから・・・多分その子も、私とは会ったことないんじゃない?」


「それに正体を一切明かさないと言えば、組織の中では鴫野さんだし──。」

鴫野?

初めて聞く名だ。

組織の中──って、一員か?


「ち、ちょっと待って。鴫野──って、誰?」

僕は非神ちゃんからその名を聞いていないし、何なら不外から預かった招待状にすらその名は記されていない。


鴫野(しぎの) 不可思議(ふかしぎ)狙撃手(スナイパー)だよ。」


「・・・組織の人員って、一体何人いるんだ?」


「んーと。私の知り得る限りでは12かな?」


「僕の知らない名前が、あと5つもあるのかよ・・・・・・。」

不外のあれは何だったんだ。


「まあ私はもう裏切った身だから、何なら全員分のデータを改めて君のパソコンに送っておくよ。尤も、ここから生きて帰れたらだけど──────。」


「生還・・・ね。さっきの爆発を仕掛けた張本人が何言ってんだか。」

因みに爆発の正体とは、林檎の武器である二丁拳銃であったらしい。

遊海ちゃんがナイフを握るように、彼女は改造銃に手を出していたわけか────それも元は、僕を殺戮するために。

嫌な話だ。


「で、私たちは3階へ向かうのか?」

長門が訊ねるが、その視線と声色には咋な敵意が混じっていた。

無理からぬことだとは思う──実際彼女たちからしてみれば、協力を依頼されて連れてこられた建物の中で、いきなり殺されかけたようなものだ。しかもその犯人が依頼主の知人となれば、懐疑的になったって致し方あるまい。

尤も、彼女らは死なないのだが。


「そうだね。3階の東棟。それより下は全部私が派手にやっちゃったからさー。多分、5、6人くらいはもう死んでいるんじゃない?」

派手に、か。

見れば、確かに壁にはところどころ亀裂が入っていたり、焦げ跡が残っていたりする。

あの暴力的な攻撃を何発も放ったわけだ──想像したくない。


「それでも5、6人ってのが嫌な数字だな」


「そこはほら、一族構成のギルドだからねえ。雑魚がいないのよ。全員それなりに実力者だから──でも安心して。まだ楸さん──もとい、左右田さんは殺してないはず。」


「ふーん・・・なら良かった。とりあえず、ここからは敵襲に要注意ってことか」


「そういうこと」

僕は特に思うこともなく«罪悪»を武装したし、林檎は«屍山血河(コープス)»と呼ばれる改造銃を構えた。

語るべきことも、騙りたいこともなく、何も思わず、何も考えず、暫し無言のままに僕らは敵地へ侵入した。

名前も知らない高層ビルの3階、東棟へ。

荒唐無稽で最低最悪の物語は、今も拙劣ながらに着々と進んでいる。

止まることなく。

終わることなく。

化物のように。

続き続ける。


「なんてね」

僕らは階段を昇る。



当然と言えば当然なのだが、3階には電気が点灯していた。暗がりに視界が慣れた分、その鬱陶しいくらいの眩しさを見せつける蛍光灯の数々には苛立ちを憶えたが、まあ僕もそれほど気が短くはないので、不承不承スルーして進む。


「・・・・・・・・・・・・。」

そしてしばらくの間進み続けると、もう一つの人影が視界に入った──今度は紛うことなき未知。名も知らぬ男が、ただ立ち尽くすように構えている。


ぼろぼろの布切れのような白い服を身にまとっており、覗く肌には新旧を問わない無数の傷が見えた。

錆びた足枷の鎖──その先には、重々しい鉄球が括りつけられている。

手首にも同様、奇妙な色をした痕が残っていた──手錠で鬱血したような、痛々しさ。

武器は握っていない。素手だ。


「──────────ッ!?」

その男は、ふらりと前に倒れ込むかと思えば──手刀で僕らが一瞬前まで立っていた地面を『切り裂いた』。


「いや・・・手刀じゃあない。」

よく見ると、彼の腕からは無数の鉄針が飛び出ていた。

数秒前にはなかった刺棘が、まるでそれぞれ瞭然とした意思を持つ生物のように蠢き、そして周囲を無作為に刺し穿つ。

無理矢理にも獲物の捕食を想起させる、想像を絶する光景だった。

あれも彼の能力なのだろうか?


「おい・・・なんだよアレ」

僕は危機を察知して退転する。

奴の攻撃は一撃が大きい種類のそれといったのが幸運で、つまり距離をとれば林檎に質問を投げかけるくらいの時間的余裕はあった。


「知らないよ。殺せばいいんでしょっ──────!」

しかし林檎は半ば投げやりに答えて、即座に«屍山血河»を乱射した。

黒色に光る無数の波動が駆け巡り、謎の男を射抜く。


「ぐ・・・・・・ッ」

そこで漸く、謎の男が呻き声を上げる。激痛に思わず膝をついて、それでも僕らを睨みつけた。


「なあ、おい!僕はあんたと戦いたいわけじゃあないんだよ────楸 銘天。そいつの居場所を教えてくれ!」

呼びかけるように叫ぶ。

横から「私はどっちみち全員撃つけどね」という林檎の不満げな声が聞こえたが、とりあえずは無視。


「無理だ。安易に弟の居場所を教えるわけには──────」


「いかないッ」

男は駆けるように立ち上がり、苦痛に顔を歪めながらも長い脚部を振り抜いた。

鉄球が力任せに横から飛来する。


楸 銘天が弟──。

そうか、このギルドの構成員(メンバー)は全員血が繋がっているのだった。ならばこいつ、楸 銘天の兄か?


「うおおおおおおおッ」

その攻撃を防いだのは山茶花姉妹。彼女らは小柄だからこそ、比較的長身なその男の回し蹴りの軌道外にいた。


「無理な抵抗は止せ、さもなくばお前を殺すッ」

「無駄な抵抗は止せ、さもなくばお前を殺すッ」

2人の声が反響するように響く──────が、しかし。


「やってみろォォォッ!!」

怒号を上げた男は、山茶花姉妹の身体を容易く振り払い──振り払うより投げ飛ばすと言った方が正確なくらいだが──そのまま武装した僕と林檎に突進してきた。


「«罪悪(デッドエンド)»」

「«屍山血河(コープス)»」

僕らはそれに呼応するように各々の武器を構え、正面から男へと駆動する。

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