«虚剣癖»・悲鳴 國佳
早い話が、同類項は惹かれ合うということだ。
スタンド使いじゃあないけれど、彼女──切裂 遊海とて、言い方を変えれば剣豪のようなもの。
同じく剣客である悲鳴の行方を探るに際して、彼女を当たってみる価値は充分にある。
遊海ちゃんは正確に言えば暗殺者だから隠匿こそするものの、剣客である悲鳴は己を隠すことはしないだろう──と、そういう読み。
というか、ただの希望的観測に過ぎない。
非神 匣火と接触してから2日後。
僕は遊海ちゃんの家に訪れた。
「で?またなかなか厄介そうな話を持ってきたじゃない。」
透明なグラスに注がれた麦茶で唇を潤しながら、ナイフ使いはそんなことを言う。その余裕綽々とした冷淡な態度はもう慣れたもので、僕にとってはどこか安心さえする。
「そんなことで安心しないでよ、気持ち悪い。」
こういう悪辣非道な毒舌も含めて。
いつも通りだなあ。
「でも洞木くんが襲われたってのは、確かにこの上なく異常事態よね。」
「だろ?だからその幹部ってのを探しててさ・・・とりあえずボスってのか左右田 上下、どちらかに辿り着ければ大当たりなんだ。そしてその手がかりになりそうなのが«虚剣癖»──悲鳴 國佳なんだけど。何か知ってる?」
「知ってはいるけど──何なら戦ったことだってあるけど。でも今どこにいるかなんて分からないわ。ラインを交換したわけでもあるまいし。」
「へえ・・・戦ったことあるんだ。どんなやつだった?」
「どうも何も、剣の腕が達者なただのご老人よ。でも4本の悪刀なんてのは使っていなかったわ────あの頃は確か、«詭刀»という一本の巨大な竹刀を使っていた気がする。」
「竹刀?一本の竹刀で、遊海ちゃんを相手どったってのか?」
相手どった──あるいは字面に準えて、太刀打ちしたとも。
それは何とも恐ろしい、恐怖に満ちた話だ。
文字通り、悲鳴を上げたくなる。
「まあね。私もなんとか勝利を収めたけれど、それだってかなりギリギリだし。今思えば性格の悪い爺だけれど、実力だけは認めざるを得ないわ。それに──」
切裂 遊海。
彼女を突き動かす根源は忠義であり、忠誠であるのだが、しかしそれらを語る以前に、やはり彼女にも殺し屋としてのプライドというものがあるのだろう。殺気立った妖しげな瞳を大きく見開き、彼女はこう続けた。
「──それに、私が殺し損ねた初めての相手よ。」
曰く、それは彼女が13歳の頃の話であるらしい。
殺し屋稼業をやるにあたり、初めての単独任務だったそうだ。
まあ遊海ちゃんくらいのレベルにれば、初めてだったという未熟さは、言い訳にも何にもならないが。
遊海ちゃんが今18歳だから、あれから5年──か。
竹刀・«詭刀»が変容し、4本の悪刀を扱うようになっている。
その実力が衰微することは一切ないようだし、日々腕前を研鑽しているとなれば、余計に厄介になっていそうだ。
「・・・いや、そうじゃない。」
そんなことはどうでもいいのだ。
問題はどうやって接触するかなんだけれど──────。
「あ」
遊海ちゃんはそこで不意に、何かを思い出したかのような声を上げた。僕の思考を一も二もなく遮断する、鋭い声である。
「そういえば、私が奴と戦った時もそうだった──────悲鳴 國佳は、一日の大半を自分の道場で過ごしているのよ。」
「道場って・・・どこだよ、それ?」
「博多」
・
博多。
つまり福岡県。
僕の住まいは東京で、そこからとんでもない距離が開いている。
「流石になあ・・・。」
高校生の身で周到な用意も無しにいきなり九州まで旅立つのは無理があるんじゃないだろうか。
「と、いうわけで。」
僕は平日の放課後、一度帰宅してから«命題»の事務所に向かった。
ある人物に連絡をとろうと思い立ったのである。
別に自宅から電話をかけても良さそうなものだが、相手が相手だ、万が一の可能性を考慮しておくに越したことはない。
平穏のふりをした世界に傷がつくことだけは避けねば、という意識がある。
そういう細かなこと──外面というか、体面というか。
緊急事態に直面しているこの状況で、形振りかまっていられないからこそ、形も振りも一度気にかける必要性は否めない。
僕は事務所内の洞木の部屋の扉を開ける。
彼の眠る布団の横で椅子に腰掛けて電話しようと思ったが、そこには洞木や他の面々の看病に付きっきりの京さんが熟睡していた。
目の下の隈もなかなかひどく、見るに堪えない窶れ方をしている。
今現在は彼女にとって貴重な睡眠のタイミングだ──それを妨げるわけにはいかない。
ならば、と僕は場所を変え、少々逡巡した挙句、結局は僕自身の部屋に入った。
閉じ籠るように扉の鍵を閉め、隅の壁に凭れる。別段、洞木の部屋に行こうと思ったのはなんとなくに過ぎない──それが仮に自分の部屋だったところで、大して困ることもないと思った。
思っただけだが。
今の僕は、もっと別のことで困っているし、悩んでいる。
ような気がする。
気がするだけだ。
気がするから何だ?
「もしもし。」
心地好い静寂を妨げる無機質にして痛烈なコール音の後、幼さの残る可愛げな声が響いた。
「ああ・・・もしもし。舞姫さんですか?」
「うん。どうしたの?また兄貴がやらかした?」
絶対的な暗殺者。
神凪 舞姫。
今現在昏睡中の神凪 緋雨の妹。
彼女にもまた、背負わざるを得ない宿命があり、過去があり、そういう点においては良い協力者なのだが──しかし彼女は主に関西や九州の方で活動しているのだった。
「今は何しているんですか?」
「んーとね。鹿児島の方で«植物人間»と戦ってる。」
「・・・なんですって?」
「だーかーらー。植物だよ。植物。尤も、正鵠を期す言い方をするならば地底人の一種らしいんだけどね。」
植物人間?地底人?
何を言っているかわからないぞ。
「あのね。今、植物人間とか地底人とか、そういうのがいっぱいいるの。簡単に言えば、«自然»そのものと戦ってるわけ。」
すごいな。
ちっとも簡単じゃない。
「・・・・・・«自然現象»そのものが、人間を襲っているってことですか?よく分からないけど多忙そうですね。頼むのはやめておこうかな。」
「そうだよ、なかなか理解が早いじゃん。頼むって何?何の話よ?」
「神凪 緋雨さんが危険です。諸々は省きますが、博多のある道場に身を置いている剣客を見つけてほしくて。」
「名前は」
急にその陽気そうな声色が変貌し、冷えて荒んだそれへと変わった。
「悲鳴 國佳」
「承知」
通話はそこで途切れた。
情報を聞き出したいから殺すのは駄目だって言い忘れたな・・・あの様子じゃあのブラコン妹、めちゃくちゃ怒っているぞ。
どうやら生け捕りも期待しない方が良いのかな──まあいいか。
さて、こっちはこっちで«反英雄»・才刃 無敵の調査にあたるとしよう。
そろそろ人に頼りっぱなしもいいところなのでね。
反英雄主義者には、正義の鉄槌を──もとい悪魔の豪拳を下してやるとするか。




