«共鳴»・非神 匣火
『善性なんてくそくらえ。』
・
11月中旬ともなれば、東京の街はだいぶ冷涼だった。
乾いた風が吹き荒ぶ中、結構な厚着をした寒がりな僕は道の橋を歩く。臆面もなく気楽そうに構えた暗望の背中を見据えながら、葉を落とす街路樹に嘲られているような気分になった。
この時もまた、どこか自分のしていることの突飛さに可笑しさが込み上げる。端的に言えば、現状を飲み込めていない。現実を受け入れていない。まるで出来の悪い物語を眺めているようなくらいの感覚でいた。
待ち合わせ場所の小さな公園にはブランコや滑り台など、幼い子供用の遊具でそのスペースが半分以上は占められている、あまり人目につかないようなところであった。高校生二人が神妙な面持ちでここを訪れるには些か不相応で、何よりも不自然なところがあったのだけれど、既に来ていた彼女──«共鳴»・非神 匣火はそんな僕の不安、いや不穏をより加速させた。
「・・・・・・・・・っ。」
少女らしい矮躯。朝比奈ちゃんや山茶花姉妹よりも幼く、齢はまだ一桁のように見える。
弱々しさの象徴のようなか細い手足。小動物のような怯えた表情。
寒さに震えているのか、どこか身に力を入れているようだった。
そしてその瞳には、明らかに恐怖の色をたたえている。
「やあ、«共鳴»。来たよ。」
そんな異常ともとれる彼女の様子を微塵も意に介することなく、暗望は手をひらひらと振って挨拶した。
「こちらが例の先輩さ。君の救世主になってくれる人。」
そう言って暗望は、わざとらしく一歩退く。そうなれば必然、僕は一歩前に出るわけで、このよく分からない少女と話さざるを得ないのだ。
「初めまして・・・暗望の先輩だよ。救世主になれるかどうかは分からないが、話くらいは聞かせてくれ。」
僕はそう言って古びた木製ベンチに腰掛ける。
勿論その『話』というのは、こちら側の都合に則った意味合いも多分に含んでいる。つまりは組織について──だ。
「・・・・・・あなたは怒っている。」
外気に負けず劣らずの冷涼な声で、その少女は開口一番にそう呟いた。
「私たちの組織が«命題»を襲ったことに──怒っている。」
彼女からその話題を持ち出してくるというのは、半ば計算外のことだった。罪悪感なんてものを端から期待しないつもりでいたので、その後ろめたさを込めたような口調には、どこか違和感すら憶える。
「そりゃ違いないけど・・・でも、君に怒ったって仕方がないだろう?僕は君に、その組織とやらについて教えてほしいけれど。君も暗望の話によれば、少なからず何かを抱えているらしいし。」
窘めるような、諭すような。
なるべく穏健な調子で僕は言う。
言うというより、言い聞かせる。
「組織は組織。話せと言うなら全員について話す。私の知る限りの全てを教えるつもりでいる。」
「でも、私を助けようとはしないで。同情もしないで。別に、不幸だとは思ってないから。」
冷涼──というか、ここまで来れば尤もらしい意味を込めて、冷酷と形容すべき口ぶりだ。
どういうことだ?
僕は助けを求めるように暗望に視線を遣るが、彼女はブランコに座りながらスマートフォンを眺めていた。
「じゃあ・・・お言葉に甘えて。全員分、教えてもらうとしよう。」
「わかった。誰から聞きたい?」
僕はそのあっさりとした承諾を聞き、上着のポケットから一枚の紙を取り出す。
それは『招待状』と称され、不外が去り際に僕に渡したものだった。
ここには組織の構成員と思われる全員の名前が書いてあり──残念なことにボスは除く、だが──実態が不明でも、名前だけは事前に抑えておいたのだ。
「誰からって言われてもな・・・あまり知っているわけでもないし。順繰りに頼むよ。」
「・・・«虚剣癖»・悲鳴 國佳。」
「こいつは文字通り、剣豪。組織一の年長者だけれど、剣の腕は未だ衰えを知らない。«悪刀»の使い手。」
「悪刀ってのは?」
「悲鳴さんの手下──というか、武器。己の刀を擬人化したもの。全部で4本あって、それぞれ«不明丸»、«否定丸»、«非存丸»、«絶望丸»と名づけられている。」
「次に«存在王»。でも私は、この人の本名も実態も知らない。正体不明という点では組織でも一際目立つ人。何も知らない、何も明かさない。」
「ごめんなさい。役立たずで。」
そう言って、非神少女はぺこりと頭を下げる。二つ名に反して正体不明──そんなものを説明させようという気はないので、僕は優しく気にしないように言うだけで留めた。
こうも卑屈になられてはやりにくい。
「次、«反英雄»・才刃 無敵。こいつは己の正義を絶対とする、ヒーローを目指す暗殺者だよ。正義のためなら殺人すらも厭わない、眩しいくらいの正義の英雄。私と同い年。」
「へえ・・・それも嫌な正義だな。非神──さん?と同い歳、か。」
「呼び方は何でもいい。私は9歳。」
予想はしていたものの、しかしそこまで幼い子供が二人も組織に属していて、僕らを狙っている。
当選、裏の世界・«対岸»において年齢の差など取るに足らぬ瑣末なものだということは僕だって重々承知していた。
高校生が請負人をやる時代だ。
小学生が暗殺者をやっていたって、何らおかしくない。
「次、«地獄表»・不外 魁。頭の悪い催眠術師──私はこいつ、嫌い。人の精神、意識を縛る。嫌な奴。」
「辛辣だね・・・。」
「嫌いだもん」
まあ、あのキャラクターを好く人は好事家と呼べそうだ。
僕も苦手。
「次は・・・・・・。」
そう言って、突如非神さんは話すのを止めた。表情にはどこか躊躇いを憶えている風であって、顔色も蒼白だ。それこそやっと見知らぬ人、つまり僕に慣れていた様子だったというのに、再度恐怖の色を取り戻している。
「ごめんなさい・・・この人は、話せない。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい──────。」
「・・・・・・? うん。そんなに謝らなくてもいいけど。」
僕はそう言いつつも、渡された人物表に目を通す。
あと教えられていないのは──«四面平等»。左右田 上下だけだった。
おかしいな。
暗望曰く、この名前は目の前の少女・非神 匣火からしか聞き出せないらしいのだけれど・・・・・・。
「ひっ、うっ、ううう・・・っ。」
やがて幼き少女は声を上げて泣き出してしまったため、僕は慌てて彼女の背中をさする。
「わ、わかった・・・いいよ。無理しなくて──君の方の事情ってのも、今無理して話さなくてもいい。落ち着いた時に教えてくれ。」
「ちがう」
しかし彼女は、涙ぐむ声で強く言った。僕のコートの袖を引っ張るようにして、真っ赤に腫らした眼でこちらを見つめる。
「今話したい。」
今話さなければならない。
«共鳴»の名は、そう語った。
「私の両親は、組織に人質にとられている。」
彼女の口から開口一番に飛び出したのは、そんな言葉だった。
「幼い頃から開花していた、私の能力──言わば«共鳴»の能力を見込んで、組織は私を捕らえようとした。強制的に人員として配置するため。」
「それに抵抗しようとした私のお父さんとお母さんは捕まえられたの──変な薬を飲まされて、殆どの身体機能を停止させられちゃって。」
「『両親を死なせたくなければ、私たちの仲間になれ』って。向こうは私本人の能力を欲しているわけで、承諾さえ得られればそれで構わないから。」
薬──────«超毒師»。
その時に両親を捕縛したのが、恐らくは左右田 上下ってことだろう。ならば無理からぬことだ。
素知らぬ毒薬を用いて両親を人質に捕らえる組織──齢一桁の幼い少女にとって、それはトラウマにしかならない。
暗望の言っていた特殊な立場ってのは、つまりこういうことか。
他の人員とは違い、彼女は恐怖で隷従させられている。
支配されている。
「・・・もういい?」
沈黙に耐えられなくなった非神ちゃんは、大粒の涙を目尻に浮かべたまま言った。
「ああ、いいよ・・・わかった。じゃあ、最後に一つ。」
「君が君の両親を救いたいと言うならば、最後に一つ教えてくれ。」
「不外はボスと呼んでいた──────組織の元は、誰なんだ?」
「わからない。ごめんなさい」
この問にだけは、彼女はひどく落ち着き払って、また同じように頭を下げた。
「そっか」
別にいいよ、と。
僕は答えた。
・
非神 匣火と別れ、公園からの帰り道を僕らは歩く。
「まあ、メンバーについて知れただけで収穫かな・・・。」
«存在王»など、正体不明の存在もいくつかあったから、まだ完全な情報とは言い難いが。
「肝心なとこは不確定のままですねえ。まあ彼女にしては頑張った方です・・・何せ、初対面の人と話せたんですから。」
「そんなレベルなんだ・・・・・・。」
「まあ、相当な臆病ですからね。それでも私の『家族を救ってくれる』という言葉に、どこか希望を抱いていたっぽいですが。」
それを聞いて、僕はまた深く思案する。
家族。人質。特殊な境遇。
服従。屈従。隷従。
「まあ、これでも請負人さ──助けられるなら助けたい。」
そのためにも、左右田 上下に接触する必要性がより高まったと言える。しっかり素性が聞けたのが、«虚剣癖»・悲鳴 國佳と«反英雄»・才刃 無敵か──どうにかして接触したいところだが。
「«虚剣癖»なら、ギリギリいけるかもしれませんよ?」
相変わらず頬を切るような鋭い風の中で、暗望は笑みを崩さずそんなことを言った。
「え?」
「だって彼は剣豪なのでしょう?刃物の使い手ってのは、例外なくプライドが高いですからねえ──────。」
「・・・・・・あ。」
確かに。
悲鳴 國佳を知っているかもしれない人間が、確かにいた。
それは方向性こそ違えど、彼と同じ鋭刃をゆうに使いこなす殺し屋。
即ち、切裂 遊海である。




