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無題  作者: ねろ
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«地獄表»・不外 魁

『僕の人生は滅茶苦茶だ。』



私立八宮高校2年1組に属する凡庸にして無個性、平々凡々な一介の男子高校生、つまり僕は苛立っていた。

いや、そもそもその物言いすらも些か正確さに欠けていることだって否めない。しかし正鵠を期す言い回し、それを探す気すら起きないのだ──────故に、この蟠る心情を形容するには、そうとでも言う他にあるまい。言葉に宿る罪悪を遣わす僕にしては、脚色も誇張も無く、なかなかどうして味気ない、つまらない(いい)になってしまうけれど、この場合はつまらない謂であることが何よりも最善で、つまらない謂でなければ何よりも最悪なのだ。

沸々と沸き起こる破壊衝動を抑圧するべく、僕は放課後である今現在も目を伏せて机に突っ伏している。端的に言えば寝ているフリ──なのだが、他人と無関係、無関心、無干渉を決め込みたい時、一人で考えたい時には僕は決まってこうするのだった。

壁。

城壁。

城塞。

自分と他人の一切を隔絶する、孤独の籠城。

洒落た風に表せばそんなものだが、実際は然程(さほど)と言った感じだ。その実、己の狂気を殺すための自己防衛と呼ぶのが相応しいだろう。

今安易に他人と話すと、どうにかなってしまいそうだ。


「やっほー!」


「・・・ってあれ、シンくん。おーい。もしかして怒ってらっしゃる?」

そして厄介なことに、僕のそんな複雑な心中をいとも容易く見透かす同級生が、僕にはいるのだ。こうも簡単に勘づかれてしまうと、心がささくれ立つことも心に波風を立てることも、どうやら生半(なまなか)ではないらしい。


「ああ・・・菱森。やっほー。」

僕は彼女の天真爛漫な笑みを見据えて、ただ無気力に手を上げる。


「別に怒っているわけではないよ。」

僕は全くの嘘を吐いたつもりだが、しかしこれも(あなが)ち虚言とも言い難い。言わばやり場のない怒り──矛先のない怒気。然るべき方向性を喪失した憤怒。そんなものは総じて無意味で、最早存在していないに等しい。


「ただちょっとだけ、どうしたものかと思案していてね。」


「ふむ。フランス語で犬は?」


chien(シアン)


「せいかーい。で、今度は何?いつも懊悩としているシンくんだけど、今回はいつにも増してヤバそうじゃん。相談なら乗るよ?」


「洞木が襲われた。」


「・・・・・・・・・・・・。」

僕が放ったその一言は、陽気な菱森を沈黙に陥れるには充分すぎるほどに充分だった。


「一週間前のことさ。出血多量、全身骨折、意識は未だに戻らない。昏倒だ。今は京さんが──────」


「は、犯人はっ!?」

身を乗り出すように、慌てて菱森はそう尋ねる。周囲に気を遣うということも、僕に気を遣うということも既に念頭にはないらしく、なかなかの大声が教室に響いた。話題が話題なので、もう少し人目を憚ってほしいものだと思うけれど、まあ致し方あるまい。

そう。

それこそ、話題が話題なのだから。

仕方がない。


「わからないよ。倒れているところを僕が見つけた形だからね・・・・・・それも朝比奈ちゃんが捜索している。」

«全知全能(アンサー)»の称号を有する朝比奈 夜月の腕前をもってして、一週間も見つからない──それは既に、この上ないくらいの緊急事態を知らせる警鐘だった。

そして同じく京さんの集中治療も同時進行で、今日まで一週間続いたのだ。勿論、今も続いている。


「い、行かなきゃ・・・」


「え?」


「早く行かなきゃっ!洞木くん、死んじゃうかもしれないよ!?」


「まさか。そんなこと──────」

ない。

とは言えない。

軽口すらも叩けない。

寧ろ可能性としては、助かったのが奇跡と言っても過言でないくらいの重傷だったのだ。

比喩ではなく大虐殺(カルネーゼ)を思わせる負傷ぶり──そんな中でも尚一命を取り留めたのは、«最終形(エンド)»・洞木 唯一の有する、その強大にして凶大にして狂大な力ゆえのことだろう。


「わ、私、洞木くんにいっぱいお世話になったんでしょ!?いつか恩返しをしたいもん!まだ死なれちゃ困るよっ!」

なるほど。

«大虚鳥»を取り込んだ後の菱森は、身体に異常がないか簡易的な検診を受けに度々«命題»の事務所へやって来てはいたけれど、洞木にだけは会ったことなかったな。

恩──────ね。

それなら僕だって、死ぬほどある。

それなら僕だって、殺すほどある。

死ぬ理由としては不鮮明だが、生きる理由としては充分だ。

放蕩無頼な洞木ならあるいは、恩返しなんて義理堅さを鬱陶しがるかもしれないけれど、そう、少なくとも僕らの側には、そうすべきだという意志があった。


「そうだな・・・よし。行こうぜ。」

僕は(おもむろ)に立ち上がり、菱森にそう言う。それはどこか、今回のただならぬ異常事件に身を落とすことへの踏ん切りがつかない自分の背中を押しているようで、微小にして矮小な、しかし確固たる決意のようでもあった。

取るに足らない、ちっぽけな決心である。

あるいは決死とも。

僕らは白い校舎を足早に抜ける。

変わり映えしない普段の日常を、抜け出す。







«命題»事務所に着くと、そこは既に世界の果てのような有様だった。喩えようもない虚無的な葬列が整然と成されているかのような風で、皆沈痛な面持ちをしている。和気藹々とまでは言わずとも、普段はそれなりに騒がしいところであるはずなのに──それが皆。

ただの一言も、発していない。

もしも仮に、今の彼らは総じて生命反応を一切示さない傀儡なのだと言われれば、僕はそれを一も二もなく信じただろう。

隣で愕然としている菱森も恐らくは同じことを考えているはずで、だからこそ心臓の鼓動がけたたましく警告する。

これは。

これではまるで、時を止めたようだ──────と。

僕はそんなことを思った。


「時を止めた──か。ふん。」

突如、声が響く。

停止した世界に、若い男の声が響く。


「かもな。ガキにしては良い比喩をするよ──尤も、俺の«能力»は比喩ではないがな。」

続けてそう言った彼は、そこで漸く姿を現す。

何処から出てきたのか分からない──まるで、瞬間的にいきなりそこに出現したかのように。

彼はそこにいた。


紅く染めた髪をかき上げ、全てを冷笑するような視線をこちらへ向ける。首からは悪趣味な刺青が覗いていて、黒い半袖のTシャツ一枚で活動するその姿は、どうにもラフという印象を強く受けた。


「そこの弱そーなガキとお嬢ちゃんのために自己紹介してやるからよく聞けよ──俺の名前は不外(ふがい) (さきがけ)。二つ名としては«地獄表(ヘルテーブル)»。」


「地獄・・・え・・・・・・?」

僕はその異常な空気を拭うように、やっとの思いで振り絞るように声を発した。

地獄。

そのある意味で聞き慣れた単語は、僕に良からぬことを想起させるには事足りる。


「ああ?あの地獄のロリっ娘姉妹とは関係ねーよ。単に言葉遊びさ。«時刻表(タイムテーブル)»と掛けてるってワケ。センスあるだろう?まあ名付け親は俺ではなくボスだがな。」


「ボス──って、なんだよ。お前は一体、何を・・・・・・!」


「ボスはボスだよ。まあ『あの人』とか『リーダー』とか『キャプテン』とか呼ばれてたりするけど。斯く言う俺も今日はボスの命令でここにやってきたのさ。」


「勘違いすんなよ?殺し屋ギルドとかそういうくだらねえ集団じゃあないぜ。ボスの標的はあくまで«命題»だ。」

そこでまた、心臓がどくん、と強く打つ。

«命題»への攻撃──なぜだ?


「しっかし、ここはホント面白いとこだよなぁ。そんなんだから、まずは俺が«時を止めた»ワケだが。」


「俺は催眠術師さ。しかし人の意識を«束縛»する専門のな。だから時を止めたってのはあくまで比喩に過ぎないが──しかしこの上なく言い得て妙だぜ。」


「俺は人の意識をキツく«縛る»。大抵はそれでノックアウトさ。個々人の深層意識に流れる時間すらも停止した。そして静止した。意思を持たない傀儡の完成──ってのを、全員分やったんだぜ?医者は運悪く逃しちまったけど。すげえ疲れ──────」

僕は無言で«罪悪»を武装し、不外の顔面のすぐ横を振り抜いた。彼は驚いたように退転し、大きく見開いた眼で僕を見つめる。


「何すんだよ・・・危ねぇなあ。人の話は最後まで聞くもんだろ?それともアレか?お仲間がやられちゃったってんで、お前はまんまとキレたのか?」

首筋の刺青を撫で、揶揄うように笑いながら不外は言う。

駄目だ。

僕はここで激昴しちゃ駄目だ。

暴れちゃ駄目だ。

下手に出れば、菱森すらも巻き込む──それだけは。

耐えろ。

耐えろ耐えろ。耐えろ。

耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ。

──────────絶えろ。


「«罪悪(デッドエンド)»」

あらゆることを思考の外に放り出した僕は、短く呟いて、再びその拳で不外の胴体を狙う。

しかしその禍々しい右腕の重みは、呆気なく冷たい空気を切り裂いただけだった。


「はっはっはっ──────そう来なくっちゃ«悪魔»じゃあねえよ!でも今は大暴れするわけにはいかないぜ・・・そういう展開はあまりにもいただけねえ。今日は勧誘に来ただけなんだからさ。」

不外は愉快そうに笑い、そして気づけば精神が崩壊しつつある僕の真後ろに立っていた。


「お前ッ──!?」


「言ったろ。意識の盲点を突くことにかけて、俺の右に出る者はいねえんだ。」

彼は静かに呟く。

その声は如何にも酷く、甚だ深く、何とも冷たく、僕の心を縛り付けた。

歴然とした力量の差を見せつけられた気分だ──そして洞木だけでなく、緋雨さん達も行動不能になってしまったことを考えると、既に僕らは見えない敵に相当追い詰められているらしかった。


「ほれ、招待状さ。」

そう言って僕の上着のポケットに小さく折り畳まれた紙を滑り込ませ、怯える菱森を傍目に玄関から去って行った。


僕ら二人は茫然自失としてしまい、その場から暫く動くことはできなかった──────不外 魁。

«地獄表»の名を持つ催眠術師。

彼との邂逅は、そんな目も眩むようなものだった。

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