死に損ないのロジック
「────────────────────────────────」
「・・・・・・・・・?」
いつまで経っても攻撃が来ない。
恐る恐る目を見開いてみると、そこにはまたも不可解な光景が広がっていた。
神凪 緋雨が、その場に倒れていたのだ。
「なんだ・・・・・・・・・これは。」
しかし緋雨さんは気絶したわけでも、ましてや死んだわけでもない。安らかに眠っていた。
「とりあえず撤退だ。すぐにこの部屋から出るぞ。」
僕は言って、三人で即座に階段を駆け下りる。こんなドタバタ騒ぎがバレたらマズい──いや、どうせすぐにバレちまうだろうが、それは少しでも遅い方が良い。つまり朝比奈ちゃんから身を隠そうとした僕らは、こちらもまた安らかに眠っているという京さんの寝室へと駆け込んだ(今思えば、大した意味の無い悪あがきだと思うけど)。
「男性の寝顔をいつまでも描写しているわけにもいかないものね。需要がないもの」
遊海ちゃんはとぼけたようにそんなことを言う。
先ほどの戦闘でそれなりに疲労も疲弊もしたはずなのだが、それすらも窺わせない余裕な態度だった。
頼もしいというか、なんというか。
「そうですね。寝顔なら可愛い女の子でないと。」
そう言って暗望は、敷かれた薄い布団の上で、毛布を被って眠る京さんを見下ろす。
彼女は僕が予想していたよりもずっと幼い風貌で──────どうだろう、山茶花姉妹や元の朝比奈ちゃんよりも小さいのではないだろうか。
推し量るに、齢は未だ一桁だろう。
彼女はとても幸せそうな安心した表情で、すうすうと寝息を立てている。
「しかし、やっぱり迂闊だったかな・・・・・・。」
さすがに幼子と戦闘にはならないだろうけれど、展開上、ここまで来て京さんが厄介でないはずがない。ましてや、僕は歳下が苦手なのだ。何を考えているかわからないから。
「それより、どうして彼は急に寝落ちたんです?」
暗望が、半ば放置されかけていた疑問を拾う。
そう、本当に誂えたようなタイミングだった──シャットダウンという言葉が相応しいくらいの不自然さだ。
「・・・・・・多分、衝動に駆られたまま、自由に動き回っていたから力を短時間で消耗しすぎたんじゃないかしら。」
遊海ちゃんが、推測だけどね、と付け加えてそう話す。
「噂で聞いたことがあるのよ。死体のパーツを繋ぎ合わせて、人為的に──人工的に造成された«最強»がいるってね。彼はその力を全力で発揮して戦う代わりに、一日に数時間くらいしか活動できなかったわ。といっても、それはまだ不完全体だからみたいだけれど。」
なるほどな。
力の極端な消費。
人工的な«最強»というのもまた嫌な試みだが、面白いことを考えるやつもいるものだ。決して遭遇したくはないけれど。
「じゃあ単に、あれはエネルギー切れってことなのか・・・・・・ならしばらくは充電中だろう。助かった。早いうちにここから抜け出そう。」
まずすべきことは、僕ら三人と洞木の«裏側»の捜索。
目処をつけられているわけではないけれど、こういう危険性の高い場所にいるよりはマシだ。
そう思い立つと、丁度近くから朝比奈ちゃんと思しき悲鳴が聞こえた。部屋の甚大な破壊跡を見つけたのだろう──────思ったより時間はないらしい。
僕らは京さんの寝室の窓を開け放ち、そこから飛び降りた。
・
「洞木 唯一は僕の裏側だ」
これ以上なく分かりきったことではあるが、僕はそれとなく口にしてみた。
「知ってるわよ、そんなこと」
「知ってます、そんなこと」
「だから感覚的には、僕らは自然と惹かれ合うはずなんだよ」
頼りない話だが、多分そういう因果は働いているはずだ。
吐き気のするほど奇想天外で。
嫌気のさすほど奇々怪々で。
怖気のするほど魑魅魍魎で。
そういう認めたくない因果、因縁が間違いなく作用している。
嫌になるくらい。
厭になるくらい。
「そもそも無理に洞木くんを見つけなくてもいいんじゃない?目的がズレているわ。私たちが優先すべきは三春坂 美晴よ。」
「そうだけどさ・・・まあいいや。」
反駁しようと思ったけれど、やめた。この曖昧な気持ちを上手く伝えられるか不確かだからな。
うーん。
「じゃあ順当に、学校へ向かうか、三春坂さんの家へ向かうか、どちらかだ──────どちらからにする?」
「そりゃあ家からでしょ。今はまだ深夜よ。学校にいるはずないじゃない。」
そう言われて空を見上げれば、たしかにまだ夜だ。正確な時間は分からないが、多分一時か二時頃、草木も眠る丑三つ時──────そんなところだろうか。
そんなことを言ったら、家へ行ったところで人が起きている可能性は低いけど。
「じゃあ、そうしよう」
僕は志賀さんから予め預かった、三春坂さんの住所をメモした紙をポケットから取り出して歩き出す。
まあ、これがある限り大丈夫なはず・・・家の位置が入れ替わってるとか、そんな有り得ないことがない限り。
「ところでさ」
「«人工の最強»について、詳しく聞かせてくれない?」
「はあ?噂で小耳に挟んだだけだから、別に詳しく知らないけど・・・・・・やけに引きずるのね。」
呆れたように遊海ちゃんは言う。
「と言っても、さっき話した以上のことは話せないわ。」
「どこかの怪しげな研究者たちが集まって、«究極の人間»を人為的に造成している──まあある種、単純な試みよね。不死身と同じくらいには野望に溢れている。」
不死身。
その言葉を聞いて、僕は思い出す。
鷺沼鷲巣──先代悪魔。
彼は自分の命すらも資本として、最終的には人間を超越するという禁忌を成し遂げた。
言わば現世を離れて、地獄へと移動したってところか。生前に彼の抱いていた、頂点に立つという野心こそ、それこそ単純明快な望みだ。この上なく瞭然としている。
「究極の人間──そんなフレーズに惹かれた人は多いだろうな、やっぱり。」
人智を超えた存在。
何でも出来る人間。
という形容では些か簡素で、簡単で、簡易で、どこか味気ないくらいに全能。
否応なく黒色の狂気・洞木 唯一を想起させる──僕にとっては、彼こそ究極───ではないが、最終形だと思う。
人類の最後。
人類の最終。
あらゆる面において行き着いた«完成形»。
僕のような、日々を辛うじて生き延びているような罪悪遣いには羨ましい限りだ。それがあろうことか僕の裏側、いや対偶の存在だと言うのだから、全く。
面白い。
「救いがあるとすれば、まだ不完全だってことね・・・・・・力の制御が不可能だから、今はギリギリ監視下で隔離しておくことが出来る。」
「はは・・・そこまで言うと隔離じゃなくて管理かもな。」
半ば自虐気味に僕は笑う。
ならば究極を目指すその計画に携わった人々は、一人の例外もなくその人造を『人間』として認識しないだろう──体のいい『道具』か『武器』って思われるのが関の山だ。
究極。
それは喩えば、フローチャートのように人の人生は分岐していて、分離していて、十指では到底数えきれないほどの選択肢に溢れている、そんな中で唯一、その人間としての在り方に«終焉»を見出した試みだ。
終焉。
終わり。
これ以上はない──終着。
限界点。
臨界点。
そういう意味において、洞木 唯一も素知らぬ人工の彼も、共通して«終わった人間»ということだろう。僕らのような凡俗と、そして非日常の蔓延る«対岸»に潜む奴らとさえ、その一切合切を一線によって画している。
終わった人間。
完成した人間。
終わらない人間。
続く人間。
«最終»と«終焉»。
どうも、ただの偶然とは思えない。
それこそ、くだらない因果律が存在するようにしか──────。
「いや・・・・・・冗談だろ。」
僕は嘆息して肩を竦める。
いつの間にやら荒唐無稽なジョークを考えるのが得意になってしまったらしい。
何が厄介かって、こんなくだらない冗談で、こんなつまらない雑談で、想起したのは僕自身にまとわりつく«悪魔»のような因果だった。
«最強»と似ている、実に単純明快で、実に簡単明瞭な«不死身»というスキル。僕は悪魔の部位の中でも、頭脳と心臓、特に核心となるその二つは未吸収なため、まだ人間としてギリギリ踏みとどまることができている──────言わば、ほんのちょっと回復力の高い人間というだけなのだ。理性は保てているし、知性も保てている。表で生きていて、その平穏や平和が失われたことはない。
これは紛うことなき事実。
でも、半分は既に侵されている。
これは紛うことなき真実。
別に、僕だって迷わなかったわけじゃないさ。
誤魔化しと調弄しで生き続けて──続き続けて、成り行きに身を委ねて行き着いた先が、こんな哀れな結末だと、誰も予想だにしなかった。憐憫の視線すらも未だ冷めやらぬ死に急ぎ。
困惑したし、躊躇したし、狼狽したし、韜晦したし、低徊したし、低迷したし、厭世したし、混乱したし、疲労したし、疲弊したし、思考したし、思案したし、思索したし、嫌悪したし、後悔したし、失敗したし、失意したし、喪失したし、絶望したし、失望したし、切望したし、懺悔したし、諦観したし、悲観したし、放棄したし、放置したし、咽泣したし、逃走したし、逃避したし、愚弄したし、愚考したし、愚行したし、愚問したし、愚答したし、苦悩したし、放心したし、呆心したし、葛藤した。
自暴自棄になったことだって、実を言えばある。
自殺を試みたことは──まだないけれど、それでも、いつ手を出したっておかしくなかった。
自分は人間ではないという因果。
自分は悪魔であるという因縁。
自分は日の目を見て歩けないという必然。
自分は陰影に溶け込めないという自然。
自分は人を愛せないという偶然。
自分は人を憎めないという超然。
その代わり自分を酷く嫌い。
その代わり世界を痛く厭う。
但し終わらない。世界は無常に続き続ける。
但し終われない。世界は無情に続き続ける。
こんな僕でも、«終わり»には不相応だと、昔、誰でもない誰かが僕に言い放った。
何でもない何かを僕に言い放った。
最後。
最期。
終着。
終結。
終幕。
終一。
終悪。
終束。
終約。
終落。
終厭。
終縁。
終延。
──────────終焉。
「ほら、着いたわよ。」
訥々と溢れ出す自己嫌悪を抑圧するべく、独白めいた思考をしていた僕──そしてそんな僕の上の空な意識を覚まさんとして、若干その澄んだ声を張り上げて呼びかける遊海ちゃん。
はっとして周囲を見渡すと、確かにそこには志賀さんに見せてもらった写真と同じ建物が視界に入った。
地図経路のメモと照合しても間違いない。
さすがに近所ってだけあって、土地勘が上手く作用したのか──尤も、僕は目的地も据えずに朴訥と歩いていただけだが。
ええと・・・«正反対»の世界だから、ここが三春坂 美晴の裏側──五瀬 彩香の家ってことになるんだよな?
そしてここに三春坂さんがいる可能性がある、と。
恥ずかしながら僕は物憶えの良い方ではないので、その一軒家を記憶するという意味のもとでその外観を何度も写真と照らし合わせた。
ふと、そこで違和感に気づく。
違和感というより、不自然。不審な点。
そこから少し離れた──といっても距離はあまり開いておらず、数メートル先、最寄りの右折点くらいのところだ──そこらへんに、カーディガンを纏って周囲を見渡す、明らかに挙動不審の女の子がいた。
どこへ行くふうでもなく、ただ何かを見ているのか、それとも何も見ていないのか、それすらも定まらないほどに視線が泳いでいる。
やがて心底不安気な表情の彼女は、その様相を観察する僕らと目が合うわけだ──するとまあ、なんとなく予測できていたことだけれど。
脱兎の如く、彼女は走り出した。
「なっ・・・・・・!?」
「ま、待てっ──────!」
僕はこれまたベタな台詞を叫び、深夜の住宅街を思い切り踏み出す。




