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無題  作者: ねろ
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寂寞に眠る

「へえ、それでその志賀さんたちは失踪した後輩の女の子を捜しているわけですか。」

見慣れた«命題»の事務所。その背景に溶け込むように、僕の後輩・暗望 闇樹は居座っていた。

彼女は特異な«式神遣い»であり、僕と同様に表の世界で暮らす«対岸»の住人。言ってしまえば、秘密を共有できる人間の一人である。

しかしその全てを韜晦するような物言いと、どこか人を値踏みするような態度から、僕は彼女に苦手意識を抱いていた。


「そう。同じ桐葉校の生徒で、彼女らの一つ下の後輩──三春坂(みはるざか) 美晴(みはる)さんが、二週間前に突如、奇妙な失踪を遂げた。」

これだけならまだ、警察に届け出れば済む話だ。尤も、彼女らはそれで解決などできないほどに只ならぬ事態が起こっていることは半ば理解していたらしいのだけれど。


「そして何よりも奇妙なのが、その直後、彼女らのクラスに転校生がやってきたことだ。名前は五瀬(いつのせ) 彩香(さいか)──何がやばいかって、その転校生の容姿が、三春坂さんそのものだからだ。」

瓜二つだとか、そういった次元の話ではない。背丈や顔つき、体格などの外面的な細部に至るまで。

行方不明になった三春坂さんと全く同じ見た目をしているのだという。僕は実際に見たわけではないので判断しかねるけれど、志賀さんたちが切羽詰まったこの状況で嘘をついているとも思えない。


「しかし性格や挙動だけが元の彼女とは正反対だと言うのでしょう?全く謎ですねえ。奇怪さ極まれりです。それで先輩、原因に思い当たる節は?」


「ないよ・・・だから暗望、お前を呼んだんだろ。«普通じゃあないもの»の取り扱いに長けているのは、何よりもお前だと思って。」


「へえーっ。先輩が私を頼りにしてくださったわけですね。嬉しいな嬉しいな、ふふっ。」

さも僕を嘲るように、絶妙な棒読み具合で言う暗望。一通り僕の神経を逆撫でし終えてから、短く「さて」と言い、椅子に腰掛けている僕の後ろにぐるりと回り込んだ。


「見た目は疑いようもなく同一。普通ならばそれだけで転校生という肩書きは疑わしいですけれど、学校側は何故かそれを受け入れているわけですね?」


「うん。ちなみに三春坂さんの失踪は知られていない。それは彼女の少し特殊な家庭状況に起因しているところもあって・・・まあ、未だに欠席扱いされているだけだ。行方不明を知るのは志賀さんたち3人だけ。」


「これを«怪奇»として見るなら、そうですね──────いくら先輩でも、ドッペルゲンガーはご存知でしょう?」

ドッペルゲンガー。

それならば僕も知っている。

如何にも本人のように振る舞う謎の存在であり、そして本人と偽者が出会えば本物が何らかの原因で死を遂げてしまうというアレ。

もちろん一般的には都市伝説の域を過ぎないけれど、僕としては立場上、そういうものを頭ごなしに否定することは出来なかった。


「確か、本人を殺した後は本人とすり替わって同じ生活を送り続けるんだろう?誰にも気づかれないもんだから、その人の存在も、その人の死すらもなかったことになる。なかなか気味の悪い話だ。」


「そうですね。ですからその五瀬さんという方を三春坂さんのドッペルゲンガーと看做すのですよ。」


「・・・いや、待てよ。性格は真反対なんだぜ?だから周りから怪しまれてんだ。ドッペルゲンガーだったら完璧に擬態をしなきゃいけないから、性格も寄せるんじゃないのか?」


「それは擬態すべくして行った擬態でしょう──────そうじゃあないんですよ。」

・・・・・・?

今一つ、彼女の言葉の真意を掴みかねる。悪ふざけでデタラメなことを言っているわけでもなさそうだし。

僕が言葉に詰まって思案していると、突然、その全てを切り裂くような鋭い声が響いた。


「その擬態が、もし周囲から怪しまれるために行ったものであった場合。そういうことでしょう?」

そう言って現れたのは、ご存知、切裂 遊海。

忠義と忠誠を生きる糧とする、ナイフ使いの殺し屋。

彼女は何故か、白いタオルを首にかけたまま、ジャージ姿で登場した。心做しか顔は紅潮しており、ポニテではないその艶やかな黒髪には雫が滴っていた。


「・・・・・・・・・どういうこと?」


「何よ。二度も言わなきゃ理解できないの?」

と、遊海ちゃんはいつもの如く辛辣な態度をとる。

その冷酷な視線ときたらもう、一般人じゃ耐えられないだろう。


「いや、なんで君がここにいるのって意味」


「ああ、失礼。少しお風呂を借りていたのよね。気づかなかった?」

事も無げに、平気でそんなことを言ってみせる遊海ちゃん。

なんだろう、自分の家じゃあないので言えないことだけれど、できれば許可をとってほしかった。


「・・・じゃあそのジャージは?」


「別に。JKをイメージしてみましたーってだけよ。というか私、年齢的には現役JKだからね。」

ナイフ使いは平坦な口調で意味のわからんことを言い放つ。いつものことと言えばそうなのだが、それでもその言葉の切れ味はナイフなどより数倍鋭利であった。

いろんな意味で。







「本題に戻るわよ」

先程までの乱入を気に負うこともなく(そりゃそうか)、彼女はいつの間にか話を仕切っていた。


「バレるために擬態を行った、だっけ?」


「そういうことです。先輩、もしこの一連の事件を«怪異»の仕業だとしましょう。人を連れていく怪異というのは別に珍しくないのですよ?」

連れていく──それはつまり、巻き込み型。

異変に気づいた周囲の人間を、次々と異変に巻き込むようなやつか。


「となると、その五瀬って人は志賀さんたちを何処かに連れていこうとしているのかもね。何処かというのは何処かよ。他に言い表しようもなく«何処か»。そして多分、三春坂さんは既にその中へ引き込まれている。」

遊海ちゃんがそんなことを抑揚のない声で言うもんだから、僕はそれが一刻を争うことの緊急事態だと気づくのに数秒を要してしまった。


「落ち着きなさいな。原因を突き止めるのが先でしょ。さてと、暗望さんとか言ったわね?«式神遣い»──名前は私も聞いたことくらいあるけれど。どう?思い当たる式神を知っている?」


「うーん。式神というのは本当に多種多様ですからね。もちろん類似したのがいくつかいますけれど、そこから絞り出すのは至難かと。」

と、不気味な微笑を浮かべたまま式神遣いは話す。


「思うに、精神面の«正反対»がキーワードだと思いますよ。さっき先輩も指摘していらっしゃいましたが、だって不自然じゃあないですか。完全な合致から、完璧な一致から、敢えて一点だけズレを作り出した──みたいな。」


「・・・・・・・・・。」

僕は少し押し黙る。

式神、怪異。

僕が今まで対峙したのは、«鴉» «狐» «蛇» «悪魔» «鬼»くらいか?

共通することは、実体を有する怪異は総じて動物から着想を得ているということ。

後者2つは架空の存在であるため怪しいが、生物であることには相違ない。つまりは人の信仰──都市伝説や街談巷説、道聴塗説から生まれるそれらは、生命から様々な脚色や誇張を経て派生したものだというわけだ。

だからもし、今回も同様の話だったとすると、次に対峙するのは・・・・・・何だろうか?


「ところで先輩。鯨の語源は何だかご存知ですか?」

今までの行き詰まりのような雰囲気を払うように、また無意味にも思える話題転換を為す暗望。


「鯨?・・・・・・さあ。なんだろうな。」


「やれやれ。先輩は本当に無学ですねえ?鯨の語源──────それは«黒白(くじら)»ですよ。」

暗望がそう言うのを辛うじて最後まで聞き届けるのと共に、僕は次第に意識が薄れていくのを感じた。

虚ろな視界の中には、昏倒して倒れ込む僕を見下ろして不気味に笑う、式神遣いの姿であった。


鯨。

黒白。

黒と白──正反対。

精神の別離。

精神の乖離。

自分の«裏側»が在る世界。


ばらけたピースがハマるような感覚に陥った僕は、同時にある種の確信めいた猜疑心を抱いていた。

今回の件もやはり、その奥底には暗望が深く関わっている──もしかしたら黒幕である可能性さえ捨てきれない。


その時僕は、どうするのだろう?

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