第究話 反世界・黒白
突然だが、あなたはあなた自身をどう定義する?
ここまで抽象的で漠然とした、曖昧模糊な質問もなかなかないだろうと思うけれど、いやしかしそれでも聞いてほしい。
この世の中はありとあらゆる全てに流動性が伴う。
端的に言えば、常に変化し続けているのだ。
もちろん速いか遅いか、程度の差こそあれ、一瞬でも留まるようなものも、一時でも止まるようなものもない。
世界は流れ流れる。流れ行く。
朝日と月光に街は抱かれる。
邂逅と別離を繰り返す。
過去には想いを馳せ、未来には不満や不安を託す。
感情の起伏、往来。
そんな中で──変わり続けている世界の中で、唯一変わらない自分自身を、変われない自分自身を、あなたはどう捉える?
今回の物語は、そういう話だ。
前触れも前置きもなく、いきなり世界の«対極»に触れてしまった僕がそこで見た、自分自身の在り方を。
少しだけ話そう。
聞いてくれるか?
『死にたいと思わなかった日なんて、一日だってなかった。』
「よお、シンくん。あんたに依頼が来てるぜ。」
10月18日。
ありとあらゆる«破壊»を専門とする、«命題»における戦闘要員──即ち神凪 緋雨さんは、筋トレをしながらも僕に突然そう告げた。
「僕に・・・ですか?名指しで?」
依頼は基本的に、手が空いている人間が手当り次第に受けていくというケースが最も一般なのだけれど・・・それこそ大がかりな組織の破壊依頼で緋雨さんが駆り出されるような例外はあるにしたって、僕がわざわざ指名されるのか?
「おう。依頼人は地元の女子中学生みたいだぜ?はん、随分モテモテじゃあねーかよ。」
茶化すようなことを言う緋雨さんは、僕に件の依頼書を手渡した。そのまま僕の猜疑心を介することもなく彼は自室へ移動する。
一階の居間には、僕一人だけが取り残された。窓が風に吹かれてかたかたと揺れる。
「・・・なーんか、おかしいよな。」
わざわざ僕を名指しする理由ってのが、そんなもんあるのかよってな。
そんなことを言いながら、僕は一応その依頼書に目を通す。
依頼者は地元の──というか本当に近所の名門中学・私立桐葉女子中学校の生徒三人。
内容は・・・・・・『怪奇現象の調査』。
うーん。
なるほどね。
まあ、一口に怪奇現象なんて銘打ったところで、その詳らかな内容は本当に多種多様だから一概には言い難いな。
それなら月嶋さんあたりに丸投げしてみても良さそうなものだけれど。
「・・・とりあえず、話だけでも聞いてみるか?」
僕は眠い眼を擦り、記載されている電話番号の数字をゆっくり携帯に入力する。『呼出中』の文字と共に、無機質なコール音が数度響いた。
「はい。志賀です。」
若い女性──というよりはやはり、女の子と形容した方が正確だろう。幼さの残る声が通話の向こうから聞こえる。
「えっと・・・もしもし。«命題»です。ご依頼を承りましたシンですけど。」
僕が話すと、志賀と言うらしいその少女は心底安堵したように嘆息した。
「よかったあ・・・。引き受けてくださったんですねっ!詳しいことは実際に会ってお話したいんですけれど、明日はお時間ありますか?」
「大丈夫ですよ。それじゃあ明日の午後、駅前の喫茶店でお会いしましょう。」
僕は相手の承諾を受けて電話を切る。まあ、立場上依頼を易々と断れるもんでもないしな。地元の女子中学生はそんなにやばい案件を持ち込まないだろう。
・・・・・・持ち込まないよな?
・
午前10時。
駅前の喫茶店、壁際の席に備え付けられたソファに腰掛けていた。
「こんにちは。志賀 千穂です。」
少女はぺこりと頭を下げる。
僕とちょうど向かい合う形に座った彼女は、有り体に言って幼さそのもののような見た目をしていた。
身長めっちゃちっちゃいし。
顔つきも小学生と言ったところで多分バレない。
態度は大人びて・・・というか落ち着き払ってこそいるものの、その両サイドに同じく座る彼女の友人たちと比べると、やはりサイズ感としては相対的に見劣りしてしまう。
「樋川 彩葉でーすっ。」
と、僕から見て志賀さんの右側に座る少女が名乗る。
スポーツ慣れしていそうな褐色肌に、すらりとしたスタイル。
何というか、見れば見るほどアスリートを想起させるようなカッコイイ風の女の子である。
陽気そうな彼女は、既にオレンジジュースのお代わりを二度も済ませている。
「槙中 静夢。」
志賀さんの左側にいる少女は、こちらを強く睨みつけそう名乗る。
長い黒髪ポニーテールが特徴的で、どうしても僕としては遊海ちゃんを連想してしまう。
わざわざ" です "を付けないあたり、こいつはかなり嫌われていそうだ。まだ何もしていないが。
「何を見ている、貴様」
槙中さんは威圧的な鋭い声で僕に問う。
「いや、名前と顔を覚えないとなって・・・。」
「嘘をつくな。千穂に見蕩れているのだろう?彼女は私の親愛なる友人だ、手出しは決して許さないぞ」
む。
んん???
何やら変な言いがかりをつけられたものだ。僕は幼い女の子に手出しなどしないってのに(ケースバイケースって感じだけど)。
しかもえらくキャラの強い娘じゃないかよ。嫌いじゃあないぜ、そういうの。
「別にそんなつもりは毛頭ないよ。皆無だ。約束しよう。君の親愛なる友人には絶対手出しはしない。」
「そうだよしずむちゃん、やめようよ・・・この人は仕事で来てくれているんだよ?私に手出しなんてしないよ。」
「そうか、ならば良い」
志賀さんのナイスフォロー。
二人の間に何があるかは置いておくとして、彼女本人からの言葉に槙中さんは滅法弱いらしい。
「でもあんた、本当に解決してくれるのか?なんか見た目なよっとしてて、信用なんねーんだけど。手出しがどうとか言ってらんねーぞ。あたしたちは今、手も足も出ない状況になってんだ。」
樋川さんが強めの口調で、懐疑的なふうにそう言った(手も足も出ないだって、なかなか上手いじゃん)。
まあ信用されないのも無理はない。傍から見れば男子高校生一人に何ができるのだという話である。
但しそれは、僕が純度100パーセントの人間なら、という話だがね。
「解決・・・しよう。なんなら信用も信頼もしてもらわなくたって構わないさ。僕だって見知らぬ女子中学生の責任なんてものを負いたくない。」
「なんだとッ」
俊敏に席から立ち上がり、僕に詰め寄った槙中さん。なるほど性格的にも激情型、手も足も出ない状況下だって手が出やすいわけだ。
さすがに物言いが率直すぎてマズかったか?まあいいや。
「そうだろう?僕は何でも屋とは言えど、ワケもわからないものは背負いたくないさ。でも僕は引き受けるよ。これは紛うことなき僕自身の意志で、ならば負うのは僕自身の責任だ。」
「僕は君たちを救うわけでも、助けるわけでもない。ただ同じ目線で、同じ視点で、君たちと一緒に解決策を探す。一緒に考える。逆に言ったら、僕にできることはそれくらいなのさ。どう?大したことないだろ?」
あえて戯けたように話す僕。
『物は言いよう』という言葉が独り歩きしているみたいな人間である。だがこれも、言い方によっては僕の大事な取り柄の一つであったりもするのだ。
「わかりました」
疑念を隠そうともしない樋川さんと、怒りを露わにする槙中さんを制するように、静かだがそれでいて強い口調で志賀さんは短く言い放つ。
「わかりました。わざわざお越しいただいたのですから、私たちはあなたを信用します──改めて、お願いしますっ」
そこで彼女は、強い決意を宿した目つきでこちらを見つめ、そしてゆっくりと頭を下げた。
「私たちを、手伝ってください。」
その躊躇の無さに、流石の樋川さんと槙中さんも驚きを隠せずにいるらしい。彼女らは依然として頭を下げようとはしなかったが、今となってはそんなことはどうでもいい。怒るわけでも呆れるわけでもないし、そもそも僕は頭を下げて物を頼むほどの人間ではない。
そういうのは敬意を示して然るべき人間への態度だが、まあそれをわざわざ言うのも無粋ってやつだ。
「いいよ、手伝おう。それじゃあ早速、用件を聞かせてもらおうかな。」
僕はなるべく自身の平静を保つべく、穏やかな声色でそう言った。




