今は亡き彼女
『きゃはははははっ!!』
雑音。
彼女──レコ・アドミニストレーターの愉しげな笑い声を形容するには、その一言で充分に事足りる。
彼女の身体は白銀色の装甲らしきものに覆われていて、そこからもやはり、機械的な雰囲気を感じられる。
「こんにちは。グラハムくん──そして、«悪魔»。」
「・・・僕をその名で呼ぶなよ。僕はまだ人間だ。」
悪魔の身体を有してはいるものの。
人間としての在り方を、全て捨ててしまったわけではない。
ゆえにその呼称は──僕にとって最大限の侮辱だ。
「下がれ、少年。」
グラハムは短く言い放ち、代わりに一歩前へ出る。
「・・・お前が来るとは思わなかった。何用だ?レコ・アドミニストレーター。」
『別にー。何もないよ。この世界にはアッシュちゃんも皆もいないもんね。だから何でもないの。本当に──────』
『 «何も無い» 。』
レコの言葉を合図に、黒い文字が不規則な軌道を描き宙を舞う。
やがてその場に発せられた黒煙は自在に形を変え、二体、人間の形を象ってそこに現れる。僕に言わせれば、それはよく見慣れた姿の像だ。
「ダークサイド・プロトコル。オールコンプリート」
「ダークサイド・プロトコル。オールコンプリート」
瞭然と発せられた、対象を刺し穿つような鋭い声。呪いのような、未知の言語。
二人分の声が重なった音はまるで反響するかのように部屋全体に鳴り響く。
言うまでもない。
山茶花姉妹だった。
「あれは?」
グラハムが目線をこちらに向けないままに問う。
「地獄の番人──です。言わば死者の世界を仕切る役目を担った姉妹。まあ亡霊みたいなもんで、生者とは到底言い難い存在なんですけれど・・・・・・。」
現世と地獄を自由に往来することこそ可能だったはずだが、しかしそれにも時間的な制限はあったはずだろう。こうも易々と出てこれるわけはない──そして。
虚無的な瞳を濁らせた彼女たちの様子を見るに、というか。
見るまでもなく。
異常を宿したらしい彼女ら姉妹は、どうやらアドミニストレーターの眷属として僕らに敵意を向けているらしかった。
『それじゃあ!また会おうね、グラハムくんっ!』
実に愉快そうにけらけらと笑う邪悪な少女は、無邪気そうに見えて、邪気そのもののようだった。
レコ・アドミニストレーターと名乗る彼女はそこで──────消滅した。
山茶花周防。
山茶花長門。
彼女らは無機質な声色で宣告する。
「魔術師グラハム・ウェストン。貴様は咎を受けるべきだ──あらゆる全てを懺悔しろ。」
「魔術師グラハム・ウェストン。貴様は罰を受けるべきだ──あらゆる全てを後悔しろ。」
咎?
罰?
「ほう。何の咎だ?悪いが俺は、名も知らぬ矮小な女児どもに屈するつもりは皆無だ。」
「俺にはまだ、やるべきことがある。」
強固な決意。
僕は知っていた。
覚悟を抱いた人間の──強さ。
「貴様は此処にいるべきではない。」
「貴様は何処にもいるべきではない。」
山茶花姉妹も怯むことなく、より一層その睨眼を強くこちらへ向ける。
「ちょ、ちょっと待て!彼が受けるべき罰などないだろ?少なくともこの世界においては・・・・・・ッ!?」
そんな中で僕は説得を試みるが──しかしまあ、その甲斐などなく。
「「悔いを残して死ねッ!!」」
二人は同時に踏み込み、こちらとの間合いを詰める。いつの間にか、その手には短刀・«咎ノ匕首»が握られていた。
「聞いちゃいない・・・畜生っ。朝比奈ちゃんはコイツらの暴走の原因を調べろ!」
「おっけー!」
フリル付きの黒いスカートを両手でつまんで、可愛らしく廊下をとてとてと駆けて行く。
「グラハムさん、気をつけろ!あれに斬られるとやばいッ!」
次に僕は震えた声で告げる。
敵の狙いは何だ?
彼女らは僕に見向きもせず、一直線に刃を突き立て、黒い魔術師の元へ駆動する。
「こっちに来いっ、長門!」
僕は宙を駆ける彼女の身体を上から抑圧するように、片膝を支えにして掌底を食らわす。
「かは・・・ッ」
肺から空気が思いきり飛び出たらしい。苦悶の表情を浮かべ、体勢を崩して地面に転がる。
うーむ、悪いことしちまったかな。今度地獄に行った時に謝ろう。
「貴様ァァァァッ」
しかしこの上なく俊敏な動作で、即座に体勢を立て直して反撃を試みる長門。
横向きに振るわれた高速の手刀は、間一髪、僕の喉仏を切り裂くには少しばかり長さが足りなかったようだ。
いくら不死身性があるとはいえ、あぶねえな。
ぞっとするぜ。
「・・・・・・・・・?」
そこで僕は気づく。
気づくというよりは、勘づく。
何かおかしい。
部屋という区分されたスペースで戦っているのにも関わらず、"空間"が何か──────変だ。
慌てて周囲を見回す。
「周防がいない・・・!」
「はあああああああッ!」
叫び声の方向へ目線を向ける。
いつからそこにいたのだろう、山茶花周防が叫び、匕首を魔術師の身体に真っ直ぐ振り下ろしていた。
咎の鋭刃を。
突き立てる。
「・・・!?しまった、マズいっ!」
妹・長門の動きに翻弄されてしまった──翻弄というよりは、隔離。
周防とグラハムから僕を引き離すための囮ってわけか、しくじった!
「避けろッ、グラハム──────!!」
・
「・・・・・・・・・!?」
信じられない光景を──彼女らの実力を鑑みれば、信じるべきではない光景を目の当たりにした。
しかし信じるしかない光景だ。
「どうした?俺には何も無いんじゃあないのか?」
グラハム・ウェストンが──。
魔刀«咎ノ匕首»の刃を、素手で受け止めていたのだ。
「レコ・アドミニストレーターは何も間違ったことを言っちゃあいない。俺には何も無いのだろう。その通りだ。だから受けるべき咎も。罰も。罪も。死ぬべき理由も、残すべき悔いも──────俺には、無い。そういったくだらんものは全て」
「捨ててきたよ」
凝視すると、グラハムの身体の周りが仄かに光っている。
「自己強化魔術だけはお手のものでな。咎だろうと何だろうと、受け止めることくらいわけないさ。」
腕力は鬼神の如く。
皮膚は金剛石の如く。
脚力は韋駄天の如く。
彼の身体は、強化されている。
「邪魔をするならば容赦はしない。死んでもらう。」
グラハムは冷酷な声で言い放つ。
その響きには──やはり。
いつかの僕と同じ、狂気が篭っていた。
「!?」
グラハムに刀ごと引き寄せられていた周防が、不意に黒煙となって消失した。
それに引き続いて長門も、空間の中で塵のように何処かへ消えゆく。
「・・・・・・違う。彼女たちはあんな逃げ方はしない。地獄の番人として生きてはいるけれど、あの子たちは本来、もう既に死んでいるようなものなんだ。」
だから地獄に住み続けているわけなのだが。
幻影──────偽物。
レコ・アドミニストレーターが投影して創り上げた、死者の陰翳。
そうとしか考えられない。
「見つけたーーーっ!」
「見つけた見つけた見つけたっ!シンくん見つけたよっ!すごいでしょ!褒めて褒めて!!」
どたどたと騒々しく、廊下をものすごい速さで再び駆け戻ってきた朝比奈ちゃん。
手には情報操作用のタブレットが握られていた。
「・・・ああ。ごめん、その。調べてもらって悪いんだけれど、もう帰っちまったらしい。」
「そうじゃあなくてっ!アッシュ・ヘイムダルさんの居場所っ!分かったかもなの!」
ぴょんぴょんと心底嬉しそうに飛び跳ねながら、喜色満面の笑みを浮かべて目の前の少女ははしゃいでいる。
「アッシュさんが見つかるかもーっ!!」




