惨虐
何かを見落としている。
何を見落としている?
分からないが、僕の頭の中から、その情報だけが綺麗に欠落しきっている。
目線の先には悪魔のパーツが複数転がっているような、そんな惨憺たる光景が見える。
鷺沼鷲巣の遺体でもあるけれど、しかしそれを喰らえば悪魔を吸収したのと同義であることを確認したんだったな。
そして、身体中のあちこちから薄煙を発して身体の自然回復を待っている簓木の姿。無表情だ。
「?」
はて、と僕は首を傾げた。
激しい攻防を繰り広げたけれど、それでも依然として戦況はあいつの方が有利なはずだ。
不死への部分覚醒に慣れない僕を相手にしているのだから当然、被弾数も少ないだろう。
事実、僕は数発しか奴に拳を入れられていない。
なのだが、回復の際に発する煙の量が少し過剰に多くないか・・・・・・?
???
それに、回復速度も遅すぎる。
«鬼»の力──«半死半生»を用いていたならば、大抵の傷は、たとえそれが致命傷であれ、2秒以内には回復していたはずなのに。
「おい、何ぼーっとしてんだ?早く来なよ・・・鬼はここだぜ。」
僕が怪しんで近寄らずにいると、簓木は固く結んでいた口元を僅かに曲げて不快そうな表情をしてから、数度、手拍子をした。
鬼さんこちら手の鳴る方へ、ってことだろう。
鬼はお前だ。
「いまいち洒落になってねえぞ──僕は«悪魔»だっ!」
低空を飛翔するように駆けて、右腕を真っ直ぐに振り抜く。
「はっはっは、そうだったなァッ」
奴も突進してくる僕を目掛けて綺麗な回し蹴りを放つ。
「────────!!」
結果的に言えば、やはり僕は劣勢であった。
身体のバランスを崩した僕の«罪悪»は空虚な空間を切り、代わりに簓木の放った重々しい蹴撃か僕の顔面を横から蹴り抜く。
またも視界が溶暗、暗転。
蹴り抜かれた僕の首は、今頃空の彼方を綺麗な放物線を描いて飛んでいっているのだろう──勿論、すぐに消滅してしまうが。
「畜生・・・・・・お前、何をしたッ」
突然、簓木が叫ぶ。
「は?」
言葉の真意を掴みかねる発言だ。
流石に些か不可解である。
何をしたかと問われれば、僕は何もしていない──寧ろ今までの戦況から判ずるに、僕は" された "側なのだ。
しかし僅かに悪魔の魔眼を凝らせば、その答えも自ずと見えてくるものがあった。
「腹──────か・・・それ?」
簓木鶫の腹部。脇腹。
そこは確か、僕が一度«罪悪»でぶち抜いた箇所なのだが、
そこの負傷が、未だに回復しきっていないのだ。
先述した通り、鬼悪魔問わず異形の回復力としては大抵の負傷は数秒で完治する。
しかし僕が攻撃したのは数分前──なのに何故、未だに腹部だけが破れたままなのだろうか?
回復力の不作用。
治癒力の不機能。
虚偽の──────不死。
「思い当たる節が毛頭皆無というわけじゃあない・・・あるよ。ある。恐らくだが原因は、彼だ。」
気味の悪い笑みを浮かべつつ話す簓木だが、その目には未だ尚黒々とした殺意だけが渦を巻いている。
「彼?」
「おいおい、解らないのか?彼は彼だよ──鷺沼鷲巣。先代悪魔、今は君の血肉の一部になったであろう彼だって。」
「鷺沼鷲巣を喰らったのは・・・・・・そう、君がここに来るほんの数時間前だ。恐らくその時に何かされたと見るのが自然だろうなあ?・・・例えば、後にここに現れるであろう君に鬼討伐の全てを託し、華麗に散った、とか。」
鷺沼鷲巣が?
僕に任せた、だって?
「・・・いや、簓木。それはないよ。だって、奴は人類の頂点に立とうとしていたんだぜ?それほどの野心家が、わざわざ他人を信頼するはずがない。」
「おっと、信頼じゃあないよ。自惚れるなって──君が今まで誰かに信頼されたことなんてあったかい?否、君が今まで誰のことも信頼したことがなかったのと同じくらいにはないはずだ。
簓木鶫がしたのは«信用»──だから彼は賢かったのさ。狡猾な策士だ。推測するに、君がここに来ることも、君が目的の為に悪魔を取り込むことも、全て全て全て全て全て計算済みだったろう。」
それを聞いて僕はたじろぐ。
僕が鷺沼を取り込むことが──計算済みだった、だと?
そんなわけはない。
そんなはずはない。
馬鹿な、と否定したい。
だが・・・・・・もしそこまで、奴が本当に考慮していたならば、答えはもう一つしかないのではなかろうか。
「そうだよ、結論はもうとっくに出ている。奴は──悪魔の器に相応しいほどには狡猾で悪魔的だった«人間»・鷺沼鷲巣は、自身が死ぬところまで既に頭の中に入っていた。
つまり──彼が志していた野望は、即ち«自殺願望»でもあるんだよ。人類を超越するということは、あくまでも人間の枠に収まるつもりはないと言うことだ。人間と己を生死の境界線で明然と区切りやがった、彼奴は。」
ほんの少しだけ不満げに、簓木鶫はそう語る。
鷺沼亡き今となっては、それの全てが推測推論でしかないけれど、その仮説が間違いであるとは、最早僕は考えることすらままならなかった。
「じゃあ鷺沼は──達成したのか。生命すらも代償に、人間をやめた・・・・・・のか?」
「その通りだ。そして、彼が生前最後に働いた善行──いや、悪行と言っておいた方が据わりが良いか。それこそが今となっては肝要になった。」
「元々死ぬ気だと言うなら話は別だ・・・彼は自身に宿す悪魔の部品を捨てたところで何も困りはしないから。だからせめてもの悪足掻きとして、僕に«喰わせた»。」
「ッ!?」
それが意味すること──は、未だにピンとこないけれど、しかし凡その予想はつく。
鬼と悪魔はどうしたって相容れない。
だから残すしかない。
簓木がそんなことを語っていたのを思い出す。
「僕は頭は悪いけれど勘だけは良いからね──彼の狙っていることもすぐに理解した。言わば«食あたり»だよ。良くないものを食べてしまったんだ。」
「今思うに、あれは多分«牙»の部品だろうな・・・自身の悪魔の部分を切り取って、僕にダメージを与えるついでに、体内に放り込んだのさ。
攻撃を食らわせて。
悪魔を喰らわせた。
悪魔の部位が体内に流れ込むのはマズい──いくら鬼と言えど、内側の方がデリケートなのは人間と同じだ。しかし遅かった。放り込まれた«悪魔»と、僕の«鬼»が体内で対消滅、相殺されちまっている。」
だからなのか?
だから回復が──────機能しない?
遅いのではなく。
機能しないのか?
僕が逡巡していると、やがてそれを見かねた簓木が、わざとらしく大袈裟に両手を広げた。
戯けるように見えて、その実は降参の姿勢にも見える。
「僕はもう飽きた。ホラ、殺っちゃって構わないぜ?君の身体だって今は悪魔のソレだろう、適当に不要な部品を僕の体内に突っ込めばそれで終わりだよ。僕の回復能力及び身体能力は人間と同等、いや人間以下の矮小で卑小でどうしようもないものになる──そこを叩けばKOさ。」
「わざとらしすぎる。お前は詐欺師には向いてねえよ。」
僕は簓木の言葉の奥にある意図を大体見透かした上で舌打ちをして、あえてそんなことを言ってみた。くだらない挑発に乗るような感情で。
「だろうね。僕もそう思う──ありとあらゆる全てを騙した悪魔的な男が既にいるだけ、その称号は僕にはとても不相応だ。」
「どうした?今まで散々無辜なる人を喰らっておいて、己が命は至極簡単に投げ出してしまう僕を嘲るかい?笑うかい?それとも冒涜だと憤慨するかい?侮辱だと激昴するのかい?」
「────今となってはお前のことなんてどうでもいい。だが、殺せと言われて殺すことはできない。そこには絶対裏があり、黒があり、悪がある。罠だってのが見え見えだ・・・勿論、それだってわざとなのだろうけれど。」
多分、簓木の性格はかなり強かな野郎だ。その気になれば、大抵の相手は騙すことができると思う。
「だから僕は、お前を殺すべくして殺す。」
虐殺するべくして虐殺する。
惨殺するべくして惨殺する。
喰殺するべくして喰殺する。
「抵抗をしろよ、最後まで。それが僕とお前の、«異形»としての決着のつけ方だ。」
僕は一歩後ずさりをし、ズタズタに切り裂かれた衣服を纏った簓木を強く睨みつけた。
血の匂いが僅かに鼻をつく。
この時の僕は知らなかった。
«物語»は、まだまだ終わらない。
こんなもんじゃあ、終わらない。
絶対に。




