最終
それは異形の見てくれだった。
目の前に投げ出された肉塊。
生命の消失を感じさせる、無機質な肉塊。
鷺沼鷲巣──だったもの。
転がる両の目玉。
顔の原型を留めない、絶望をひたすらに物語る首。
悪魔の力を宿した左腕。
同じく魔の両脚。
生々しい深傷が溢れかえる胴体。
「う・・・・・・っ!?」
咄嗟に湧き上がる吐き気を堪えるが、口内には胃酸の心底不快な味が広がった。
それでもその死体──否、もっと端的に、骸と言うべきか。
その骸から視線を外そうとしなかったのは、そこにある違和感を確認したからだ。
右腕が──────無い。
というと、やはり。
「悪魔と鬼はどうしたって相容れない。僕は悪魔の部分を寄り分けて、人間の部分だけを喰らった。」
そこで声がする。
己のしたことを、実に事も無げに語る人間の声が。
渺茫に広がる闇夜の中に、一人。
気力というものをおよそ感じさせない出で立ちの青年が立っていた。
サイズの大きめなグレーのパーカー。
黒いジーンズ。
赤いスニーカー。
ところどころハネている黒い髪。 単純に『少年』と形容するだけで事足りる風貌である。
顔には医療用ガーゼなどが部分的に当てられていて、痛々しさ──怪我の痕のようなものを感じさせた。
身長は僕より少し小柄なくらいだろうか?
暗闇にも負けず劣らずといった虚無的な瞳で、こちらをじっと睨めつけている。
「まるで食べにくい。手羽先のような奴だったよ、彼は。僕は食べ物の選り好みはしないけれど、悪魔だけはどうしたって無理だ。残すしかないんだよ。」
どこか自己保身から来る弁明のような、言い訳がましさを思わせる話し方だ。
「それで?僕に用があるんだろう?」
簓木は言う。
「人を喰う存在を恐れたってところか・・・・・・気持ちは分からないでもない。今までそういうことをわざわざ言いに来た人々もいた。でもさあ、君たちだってそうだろう?皆、下等生物を喰らいながら生きている──それとも食物連鎖そのものを否定する気かい?」
「・・・・・・下等生物、じゃあない。お前は人間だろうが。」
「ははっ、僕は鬼だよ。」
肩を竦めるようにして、片目を伏せつつ簓木はそう返す。
その言葉は自虐的にも聞こえたが、そんなことは僕には無関係だ。
「例えばそこの彼──鷺沼鷲巣と言ったっけ。彼だって、悪魔の部品を自身に取り込む時、人を喰らったわけだろう?」
「えっ?」
その言葉を、僕は危うく聞き逃すところだった。
同時に脳内で鷺沼の話を回想する──が、しかし、そんなことは確かに何も話さなかった。
他の悪魔の部品が気づけば吸収されていた、としか・・・・・・。
「うん?知らないのかい。彼は悪魔の部品を吸収するために、その部品の所有者を喰らった。食べやすくするために、切り裂いて、噛み千切ってね、ホラ・・・・・・。」
身振り手振りを交えて、より生々しく説明する簓木。
その余裕綽々な態度に尚更、腹が立って仕方がない。
「彼に対しては何も思わないのかい?事実、僕と彼の──簓木 鶫と鷺沼 鷲巣の差異は一つ。鬼か悪魔か、それだけだ。どちらも人を喰らい、どちらも人間をやめている。」
「そう言われると返答には窮するものがあるけれど・・・でも、食人を犯したという点においては、お前らは総じて同罪だ。僕はお前たちを許せるかと問われれば、断じて許せないと答えるよ。」
「その上で聞く。お前は──────。」
深呼吸の末に、僕は意を決してその問を突く。
「お前はお前の存在を許せるのか?」
「許せるよ。何より僕自身の為だからね。」
重みを有しているはずのその問いに、平然と、何事も無いように答えてみせる簓木。
「お前・・・人間じゃねえよ。」
心の奥底から際限なく湧き上がる、ありったけの嫌悪感を滲ませるように──唾棄するように、僕は言い放つ。
「そう言ったろ。僕は鬼だ。」
その言葉を合図に、彼の足が僅かに動いた。
身体能力の極限強化──だったら、次の動きは予測が容易い。
対応できるかどうかはともかくとして、だが。
つまり狙うべきはこの一瞬だ。
見逃すな。
「──────だったら、僕もッ!!」
簓木がこちらへ超速で駆動してくるのを見越して、咄嗟に目の前に転がるそれを掴んで喰らう。
そう、«喰らう»。
「な・・・!?」
今にも踏み込みそうだった簓木が愕然とし、その動きを止める。
そりゃあそうだろう。
そうに決まっている。
僕が口に入れたのは、鷺沼鷲巣の«目玉»と«両脚»なのだから。
瞬間を狙っての行動なので、流石に胴体は喰えなかったが・・・しかし、これでも充分だ。
「これこそが僕の狂気だ──────お前と同じ舞台で戦ってやる。簓木 鶫ッ!」
ハンムラビ法典の教えだったか。
目には目を。
歯には歯を。
食人には食人を。
狂気には狂気を。
但し。
鬼には──────悪魔を。
この時の僕は。
本当の意味で──本当の意味でなくとも。
人間をやめた。
「不死性・・・・・・とでも言うつもりか?」
こちらに一層鋭い睨眼を向ける簓木。少なくとも、僕の浅はかな思慮は数秒足らずで看破されたようだった。
「そうだよ。鷺沼が悪魔の部品を吸収するために人を喰らったのなら──人間をやめるために人間を喰らったのなら、その点では僕も同じだ。悪魔の不死性が無ければ、あんたの攻撃には耐えられそうにないからな・・・・・・。」
不死性。
地獄に堕ちた時に有していたスキル。
それを使えば──使いこなすことさえ出来れば。
「いいだろう。僕も認識を改めなきゃあいけないらしい。
君は餌でも食物でもなく──────敵だ。」
敵。
こちらを真っ直ぐに指し、簓木 鶫はそう言った。
僕を«敵»だと。
そう言ったのだ。
「悔いて死ね、«罪悪»ッ!!」
「覚悟を決めろ、«半死半生»ッ!!」




