第斜話 半死半生・簓木 鶫
不死身という特性は卑怯だ。
姑息だ。
狡猾だ。
チートだ。
ズルだ。
先延ばしだ。
後回しだ。
誤魔化しだ。
調弄しだ。
瞞しだ。
──なんて戯言も、死ねば口に出来ない。
恐らく思うことすらも出来ないだろう。
死ねばそれまで。
死ねばそこまで。
その点においては、これから語られる簓木 鶫はやはり特殊だった。
彼の有する能力──『半死半生』。
それを厳密に言い表すならば、不死身とは意味合いを些か異にするものがあるのだが、しかし大まかな分類上では不死身とほぼ同義だ。
傷の修復。
ではない。
傷の修正。
でもない。
限度などなく、限界などなく、極限まで高められた超回復力による負傷の«取り消し»だ。
取り消し。
初めから傷など負っていなかった。
ということにする。
ということになる。
事実の改変。
真実の改竄。
──とも、また少し異なるのだろうけれど。
とにかく僕はこれから、その普通じゃあない人間と渡り合うことになる。
あくまでも普通で在り続ける僕が。
悪魔でも普通で在り続けようとする僕が。
戦う。
大事な何かのために戦う。
それに際して、何か言わせてもらえるとするならば──そうだな。
傷など。
痛みなど。
きっと消せない方が良いのだ。
消さない方が良いのだ。
狂気そのもの──洞木 唯一。
破壊の豪腕──神凪 緋雨。
全知全能──朝比奈 夜月。
放浪人──桜木 葉落。
二面性──菱森 希心。
幼馴染──華道 林檎。
復讐心に呑まれた男──有栖川。
六百年生き続ける憑物──大虚鳥。
嘯言弄語の式神遣い──暗望 闇樹。
地獄の番人──山茶花姉妹。
生死の往来人──柊 雪都。
悪魔狩り──鷺沼 鷲巣。
そして、僕。
きっと彼ら彼女らだって、何処かに負った傷を抱いて生きている。
その傷で生きている。
その傷で出来ている。
僕らは過去に負った数多の傷で。
作られている。
だからそれすらも取り消してしまうのならば──その痛みすら、忘れてしまえるのならば、そいつはもう、死んだ方が良い。
生きているべきではない。
さっさと斃れ。
『背負わずに生きられたなら、どれほど気楽だったろう』
あの後。
あの後がどの後かと言うと、菱森の胸部に僕が魅入られ、そして入院患者である彼女にガチ泣きして愚痴った挙句、優しく慰められるという超展開の後のことを言うのだが──とにかくその後、僕は途轍もない気恥しさに潰されそうになりながら病室を出た。
別れ際の菱森の笑顔をまた眩しいもので、それが余計に羞恥心をかき立てる。
「あー・・・カッコわり。何やってんだ僕・・・・・・。」
溜息もつきたくなる。
自己嫌悪。
とは違うか。
次からどうやって彼女と顔を合わせたら良いのか分からなくなったことは気がかりだけれど、しかしながら僕の中の問題が一つ解決したのもまた事実で、どことなく晴れやかな気持ちで病院の廊下をき出す。
歩き出す、その時。
「・・・!? あ、すいませ──っ」
こちらに向かって歩いてきた背の高い男性と、すれ違うようにぶつかってしまった。
咄嗟に謝罪の言葉が口をついて出たものだけれど、しかしこの時の僕の本音を語らせてもらえるならば、それは有り体に言って恐怖だ。
恐怖。
胸部ではなく、恐怖。
驚愕にも近い。
だって、まるで突然その場に現れたかのように、その男は全く存在感を発していなかったのだ。
一体いつからそこにいた?
稀薄──ではない。
«無»だ。
男はじろりとこちらを睨めつけるように見てから、
「気にするな。」
と短く言った。
疲れ果てたような低い声。
整髪料によってオールバックで上げられた髪。
漆黒のスーツ。
長い脚。
人を値踏みするような目。
無表情で板チョコを齧っている。
どの要素をとってもそこから感じ取られるのは«虚無感»で、どの要素を取らずともその感覚だけが強く僕の心に残り続けた。
30代くらいの壮年の男。
「む・・・君はここの病室に入院している少女と面識があるのか。知り合いか?」
少女?
少女と言ったか、こいつ?
「ええ・・・確かに面識は、まあ、あります。同級生ですから。」
「ほう。同級生──ね。安易に" 友達 "などという安い言葉を使わないのは好感が持てるな。そんな言葉には中身など何も無い。何かがあるとすれば、それは«虚無»だ。」
中身など無い。
意味など無い。
虚無があって。
絶無がある。
彼はそう言った。
僕が菱森を同級生と形容したのは、決してそんな弄れた意見を持っていたからではなく、先程のやりとりが脳内を過ぎったからなのだけれど・・・。
彼女を友達と呼ぶことを、ほんの一瞬、躊躇した。
「あの。菱森を──彼女を、知っているんですか?そもそもあなたは一体誰なんですか?」
質問という形式をとったものの、最早知っているとしか思えない。
間違いなく知っているのだろう。
が、一応念の為。
「ああ、知っている。知っているよ。俺は彼女の" 友達 "だからな。名前は神威 鮫弦という。別に覚えておく必要はないが。」
「覚えておく必要もないし、考え込む必要もない。菱森という女に俺という男の来訪をわざわざ教えておく必要も──ない。
お前らはまだ、向き合うべきものが残っているはずだろうからな。
ではさらばだ。二度と会わないことを望むよ。」
神威 鮫弦はそう言うと、嘲るような笑みを浮かべ、そのまま僕の横を通り過ぎる。
廊下を反対側へと進む彼の後ろ姿を、見えなくなるまで見送る。
その足音もやがて聞こえなくなり、僕はそこで漸く我に返った。
「なんなんだ、あいつは・・・?」
抱いた印象としては──そう。
有栖川。
彼を彷彿とさせるものがあった。
服装も何となく似ていたのも相俟って。
決定的な違いがあるとすれば。
有栖川には«復讐心»があって。
神威 鮫弦には«何も無かった»。
いや、今気にするべきはそこじゃあない。
神威と菱森の関連性──関係性だ。
あいつはさっき、" 菱森という女 "という形容をした。
伝聞形式で別の人物から彼女のことを聞き知ったという見方が自然だろうか?
ただ、菱森のことを聞き知るなんて──それこそ、«大虚鳥»と関係のある人物か、菱森 雪都と関係のある人物としか・・・・・・?
「菱森 雪都、か────!」
僕は思わず駆け出した。
頭より先に体が動いていた。
病院内だということもあってなかなか全力疾走は憚られたのだが、しかし今はそれどころではない。
神威の行き通った通路を走り、階段を高速で駆け下りる。
神威 鮫弦は。
菱森 雪都について、何か知っているかもしれないじゃあないか。
だとしたら、絶対に逃すわけには行かない。
ここで失敗したら、本当にヤバい──────!!




