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無題  作者: ねろ
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詰み

「おはようございます。よく眠れましたか?先輩。」

精神の深い奥底、心の芯を素手で掴みにかかるような、そんな容赦の無さを込めた透明な声で僕の意識は覚醒した。


異常な程に簡素なその小部屋にいたのは、何を隠そう僕の後輩、暗望 闇樹本人だったのだ。


「う──────」


「うわああああああああっ!」

一拍溜めてからの悲鳴。

思わず身を捩るが、しかし身体が意図したように動かない。


「・・・・・・って、え?」

清白なシーツの敷かれた一人用ベッドの上に、僕の身体は縛り付けられていた。

縛り付けられていた──というか、拘束具らしきもので手足が固定されている。

否。

拘束具らしきもの──ではない。

紛うことなき拘束具である。

すげえな。実際にお目にかかったのは初めてだぞ・・・・・・。


「そう叫ばないでくださいよ。怖いなあ全くもう。話すことも話せません。」

口笛を吹きながら、気楽そうにくるくるとターンする暗望。

ご機嫌そうで何よりだ。


「怖いのは君の方だ・・・・・・一体どこの後輩が先輩を誘拐して拘束するんだっての。」

そうだ。

記憶が戻ってきたぞ。

僕は確か、山茶花姉妹の依頼を最終的に承諾した後、" 一緒に帰る "という約束を反故にしたことを謝る意味も兼ねて、近場である林檎の家まで遊びに行こうとしたのだった。

そこからの帰宅道、突如意識が薄れて──────。

現在に至る、か。


「いえいえ違います先輩。私がしたのは誘拐ではなく略取ですよー。」


「略取・・・。あれ?それって誘拐と何か違うっけ?」


「ええ。誘拐は言葉巧みに騙すこと。略取は暴力的手段を用いることです。言葉は正しく使わなきゃ駄目ですよ。」


「余計タチが悪いじゃねえかよ!」

言葉巧みに騙す、という言い草はなかなか彼女のイメージに相応しいものがあるけれど。


「それに厳密に言うなら、略取も少し違いますかね。今回先輩を気絶させるに際して私が用いたのは、武力でも、暴力でもありません──────式神です。」

式神。

以前はそれにまつわる、ある事件に巻き込まれたものだ。

在るべくして在る不思議。

在るべくして在る不可思議。

端的に言えば、«普通じゃないもの»。


「・・・ごめん、暗望。シリアス展開を広げようとしているところ悪いんだけど、どうしても看過し難いところがあるからツッコミを入れても構わないか?」


「? ええ、構いませんけれども。ツッコミは先輩の本分ですからね、ご随意に。」

そうかよ。

それじゃあ、遠慮なく。

深呼吸して、僕は思い切り叫ぶ。


「なんで僕、上裸なの!?」

流石にスルーできるか、こんなもん!

そのくせして真夏日、冷房がついているから少し肌寒いんだよ!


「いやあ。細身に引き締まった良い肉体ですよね。筋肉質って言うんでしょうか?素敵です。腹筋に触ってみても良いですか?」


「駄目だ、触るな!つーか質問に答えろよ!僕は気絶している間に服を脱がされるようなキャラじゃあないだろうが!」

そんなキャラ、聞いたことねえよ。

誰だ。

ドッキリが悪趣味すぎるわ。


「特に意味はありませんよ。理由もありません。つまるところは興味本位ですね・・・冷房消します?今18℃設定ですが。」


「はあ!?馬鹿じゃないのか、いくら八月と言えどそんな極端な設定をするな!早く消せ!寒いわ!」


「ぎゃあぎゃあ騒がれても困ります。私は性格が悪いのでそこまで言われると消したくなくなりますけれど・・・・・・でも上裸先輩に対する嫌がらせの一環とは言え、流石の私も少し寒いですからね。素直に消してあげましょう。」


「・・・人を上裸先輩とか呼ぶな。あと嫌がらせの仕方がえぐすぎるんだよ君は。」

もう少し後先考えろ。

主人公兼語り部が風邪を引いたらどうする。


「別にどうということはありませんよ。その時は私が語り部を務めます。」


「おいちょっと待て!それもなかなか看過しかねるぜ・・・語り部という定位置を失ったら、僕は本当にモブキャラになってしまう!」

だってさ。

名前もないんだぜ、僕。

敢えて、ということなんだろうが、不遇じゃないか?


「そもそも後先考えろなんて──あなたには本当に言われたくないですよ。口幅ったいことを言いますけれど、因循姑息のその場凌ぎで生きてきたあなたが言えることではありませんよねえ?」

暗望はゆっくりと小躍りするように、軽やかな歩調で僕に歩み寄る。

それからベッドの側で屈み、僕の腹筋に触れる──────のではなく、手足を締め付ける鉄製拘束具を順番に解いていったのだ。

自身の体に気を遣いながら、僕はゆっくりと上体を起こす。


「うーん・・・そう言われると立つ瀬がないな。立つ瀬がないと言うより、遣る瀬無い。」

返す言葉も──無い。

反論など、出来るはずもない。

後先。

未来のことを、これからのことを、そして、自分のことを考えて行動したことなんて──指折り数えるまでもなく、ない。


「先輩は甘いんですよ。甘ったるくて気持ちの悪い、砂糖みたいなお方です。他人のことを本気で思って──想って、考えて──鑑みて、いるのでしょうけれど。そうして、他人のために四苦八苦、孤軍奮闘なさっているのでしょうけれど。しかし」

そう言いかけたところで、暗望はソレを僕の額に突きつける。


女子高生という肩書きにはとても似つかわしくはない、真っ黒でいっそ絢爛な雰囲気すらも放つ鉄身の。

「犠牲は正義ではありませんよ。何も考えることなく、まるで押し付けるように振り撒く自己犠牲は──────さながら、愚かだ。」

それは、拳銃だった。


「──────暗望・・・ッ!?」


「お願いがあります──何でも屋、«命題»の一員という存在である先輩ではなく、存在に縛られない、誰でもない、何でもない先輩にお願いをします。依頼ではなく──至極身勝手な、自分勝手な。」

重厚な銃身を突きつけたまま、何かにうんざりしきったような、疲れ果てたような表情で暗望は言い捨てる。


「私はこれから大戦争を仕掛けます。その時は──頼みましたよ。」

恐らくこれが暗望 闇樹の本性なのだろう。

本音ではなくとも、本性なのだろう。

それは多分、暗澹たる闇のように──惨憺たる暗黒のように。

その刹那に、滾るような黒い憎悪を浮かべて、寧ろ清々しいほどの語調で放たれた、そんな台詞が静寂を保つ部屋に響き渡った。

静寂の代わりに齎されたのは、沈黙だ。


「なっ・・・、戦争って。」

その言葉の放つ威圧に呑まれてしまう。

威圧というよりは、単に意味、か。


重々しさ。

物々しさ。

禍々しさ。


戦争?

何のことだ──それは。


「知っていますよ。分かっています。私を追う、愚かな輩がいるのでしょう?二人ほど。」


「それは・・・・・・。」

なるほど、そうか。

山茶花姉妹のことがバレている。

地獄の番人に、地獄そのものに追われる身であるということなのか。

今の彼女は。

それほどまでに──逼迫しているのか。


「まあ、そうと言って言えなくはないでしょうね。式神遣いは言わばイレギュラー。あの«禍中»と比類するほどに、どこにも関与せず、何にも干渉をしない存在ですから。」

«禍中»が無色ならば。

私は白と黒、善悪の合間──灰色なのですよ。

暗望はそんなことを、逸る悪意を抑えるかの如く、陽気な声色で言ってのける。


「私を快く思わない人間も、少なからずいるのですよ──否、«人間»ではないのかもしれませんけれどね。それこそ«禍中»を忌避する者共のように。ふふっ。」

暗望はそこで、漸く銃を下ろす。


「私の推測が正しければ、今頃あの二人は«命題»という駒を獲得しようとしているはずですよ。多分、あなたにでも依頼するんじゃありませんか?顔見知りとしてね。」

あれ。

僕は一度地獄に堕ちたことを、暗望に教えたっけか?

何故" 顔見知り "だなんて、そんな分かったような物言いをするのだろう?


「ですがそれも既に凡策でしかない。あの二人が陥るのは手詰みで──堕ちるのは、地獄です。」

僕はここでやっと気づいた。

僕が彼女を苦手とするのは、僕が彼女を不得手と捉えるのは、つまり暗望が僕とは真逆だからだ。

正反対。

というと、やはり洞木と被ってしまうのかもしれないが──違う。

それは多分、心の底から尊敬している相手を意識しすぎるがあまり、それを苦手意識と錯覚してしまうような、そんなありがちな心理なのだと思うのだが、とにかく、僕と暗望のスタイルは全くの対を為すものだった。

終を為すものだった。


僕が後先無しの見切り発車、因循姑息のその場凌ぎ、誤魔化し調弄しの瞞着撞着、ありとあらゆる詭弁を弄して必死に足掻き続ける、気持ちの悪いくらいに甘い、優しさ擬きの陶酔に満ち溢れた人間なのだとしたら。

彼女はその真逆を行く。

有り得ないほどに潔く、有り得ないほどに諦めが良く、有り得ないほどに要領良く振舞うことが出来て、決して波風を立てず、当たらず障らず、虎の尾を踏まず、いつだって間違えず、いつだって誤らず、いつだって正しさを引き当て、いつだって疚しさを突き立て、誰にだって、何にだって、たった一つの解決を提示する。

或いは彼女ならば、菱森の抱える憑神すらも、あの場で手遅れになる前に、スマートに解決できたかもしれない。

できたのだろう。

その後のあれこれも。

だから彼女は──────僕とは違う。

僕と最も遠い人間で、しかし僕の一番近くに位置する彼女。

いつからか後ろにいる彼女。

いつからかそこにいる彼女。

物語の聞き手としても、物語の語り手としても、暗望は非常に優秀な人物なのだろう。

先輩としては非常に誇らしくはあるけれど、しかし──寂しくもある。

寂寥感。

劣等感。

僕とは違って。

彼女はつまり──巧妙なのだ。

魍魎なのだ。


「跳梁跋扈する悪しき地獄の猛者、いや亡者を率いる愚かな姉妹。そしてその猛攻に真っ向から応じる式神の血統。語るも恐ろしきその大戦争が、もうすぐ始まろうとしています。


場合によっては、«命題»も«対岸»も、崩壊しかねない。」



「・・・・・・へえ。」

言葉に詰まる。

少なからず問題に首を突っ込んでしまっている僕は、多分ただでは済まない。そういった、即ち警告のような意味合いが含まれているのだろうけれど・・・。


「その時は、是非先輩に私の味方をして頂きたく思うのです。不肖この私、その愚かさに甘えさせてくださいな。」

そうして彼女は──突然、僕と唇を重ね合わせた。

僕を拘束具よりもずっときつく縛り付けるような、縛り続けるような、そんな笑顔のままに。

キスをした。


「──────!?」

動揺のあまりに固まってしまう。

声が出ない。

不意を突かれた──というよりまるで、不意を憑かれたようで、筆舌に尽くし難い変な気分だ。

抵抗する気にもなれず、だから僕は成り行きに任せて身体を委ねている。


「私が道を間違えた時は、ずっと傍にいてくださいね。」

ぷはっ、と口を離してから、そう優しく語りかける暗望。

身体が火照って、自身の心臓の鼓動をはっきりと感じる。

荒い呼吸を抑えるも、今にも僕の精神は溶解してしまいかねなかった。


道を間違えた時。

それは確か──そう。あの不死身の男からも、聞いた文言だ。

道を間違った時は、また遭おう──────だったか。


「・・・・・・・・・わかったよ。」

僕は不承不承といった具合に頷く。

了承、というよりは了解で。


この時初めて、僕は依頼人を裏切った。

山茶花姉妹を、裏切った。




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