再来
暗望の拉致監禁とも言えよう暴挙から解放されて二日が経過した。
夏休みがやっと後半に差しかかってきたあたりで、僕にはもう補習の予定もなく、しかしだからといって別の予定があるわけでもなく、ただ漫然と、なんとなく散歩がしたくなったのだ。
じっとしていたくなかった、とも言える。
そんなわけで昼頃、学校近くの商店街をふらつきながら、僕はまたも思考していた。
題目は勿論、暗望 闇樹の仕掛けるという大戦争について。
山茶花姉妹の依頼について。
そして僕の立場について。
「裏切った────か・・・・・・。」
声に出してみるものの、しかし実際のところは些か意味合いを異にするものがある。
裏切ったなんて物言いでは、僕が暗望の味方をするかのような印象を与えてしまうことがあるのだろうけれど、それは違う。
全くの誤解だ。
暗望の語る言葉に納得出来ないまま、そうも立場を転々とするわけにも行くまい──つまるところが、山茶花姉妹の依頼を一時保留にさせていただくと言ったところになるのだろうか。
反故ではなく。
あくまでも保留だ。
先延ばしであり、様子見である。
「あ、シンくーんっ!」
背後から響く快活な声。
意識が一気に呼び戻され、その方向を振り向く。
「おお・・・・・・?」
先に言っておくと、だ。
僕は視力が悪いわけではない。
寧ろ両眼共に2.0だ。
けれど、後ろから無邪気な笑顔でこちらへ駆け寄る彼女が菱森 希心だと気づくのには、少しばかり時間がかかってしまった。
若干息を切らしつつ、僕のところまで彼女は走り寄ってきた。
「はあ・・・っ、シンくん。久しぶり。最近どう?補習はもう終わったの?」
「ああ・・・えっと、うん。まあ終わったよ。────菱森?」
「うん?」
「どうしたんだ、その髪型・・・と、服は?」
僕が彼女を彼女とすぐに認識出来なかった理由は、つまりそこだった。
一貫して肩あたりまでの長さで切り揃えたショートカットだった菱森が、髪を伸ばしていたのだ。
少し長めになった髪を、二つに分けて結んでいる。
服装も服装で、彼女らしくなく、太腿あたりまで短くデザインされたジーンズに、グレーのパーカーという──なんというか、ラフな格好をしていた。
こんな菱森は初めて見るんじゃあないだろうか。
どことなくその意外性溢れる変貌ぶりに、思わず出る言葉も絶えてしまう。
「あー、これ?・・・まあ、いろいろあってさ。触れてほしいところではないかな?私も私で、頑張っているんだよ。」
意味ありげに笑う菱森。
つーか、その瞬きはなんだ?
ウインクのつもりなのか?
下手くそすぎるだろ・・・。
「うーん?まあ、わかったよ。お前が触れてほしくないなんて言うなら、僕は敢えて触れたりしないさ。」
「へえ。シンくんにしては珍しいね。」
「え?」
「シンくん、本人が隠そうとしたところで退かないじゃん。手を振り払おうとしても、『おい待てよ』って掴んでくるタイプ。困ってる人は執拗なまでに助けようとするからさ。そうやってすんなり退いてくれたことが、少し意外。」
人を助ける。
人を助ける。
人を助ける。
その言葉に篭る重圧は、今にも僕の心を押し潰そうとしていた。
菱森 希心──────。
僕はお前を、助けられなかったんだよ。
お前は知らないかもしれないけれど。
僕はお前を、救えなかった。
だから、そんなことを。
『よお。久しぶりじゃあないか────元気にしているかな、俺の«獲物»。』
「な・・・・・・ッ!!?」
場違いなまでの空気の読まなさだった。
台詞を一部分だけ挿し間違えたのではないかと(メタ発言)疑うくらいに、場には不相応な、不釣り合いな、そして" 不穏 "な声が響く。
『車椅子だとどうにも移動しにくくて困るよなあ。しかし道すがら、血眼で追っている最中である悪魔の«右腕»、そしてオマケと言わんばかりに«大虚鳥»がセットで歩いているんだからな。これは逃すわけには行くまいよ。』
車椅子をゆっくりと動かしながら、鷺沼 鷲巣はそう言った。
悪魔狩り。
人間擬き。
「え・・・・・・シンくん?誰なの、あの人。お友達?」
「僕にあんなお友達はいねえよ!」
友達自体多くはないが。
いないわけではない。
『やあ、お嬢さん。見知らぬ人間や素知らぬ人間に対して強い警戒心を抱くのは良いことだよ。尤も俺は人間ではなく悪魔だがね────くくっ。』
底抜けに明るい声で、気さくな青年というふうを装った鷺沼。
若々しく一目で分かるほどの美形なだけあって、«普通じゃないもの»に関する素養が皆無な一般人が見れば、ただ即座に魅了されてしまうだろう。
ただ、僕と菱森はそうはいかない。
「後日にしてくれ」
『は?』
「あんたは僕を今ここで殺そうと目論んでいるのだろうが、それを後日にしてくれ、と言ったんだ。彼女が居合わせているんだぞ・・・。«大虚鳥»と言え、今は記憶を失っている。人格が二つに分離しているんだ。その特殊性くらい、お前だって知らないことはないだろう──だから!」
『・・・ああ、はいはい。わかった。彼女を巻き込むまいとしているわけだ、君は。なるほど感心するぜ、殊勝な心がけだ──────でも。』
『断るッ!!』
鷺沼は車椅子から尋常ならざる脚力で跳び出し──否、飛び出し、そして一瞬にして僕らとの間合いを極限まで詰めた。
なんなんだ、コイツは!
街中だというのに戦闘や流血沙汰も厭わないってのか・・・登場人物として最低限のマナーは守れ!
「きゃあああっ!!」
可愛らしい菱森の悲鳴を耳に捉えながら、僕は必死に右腕に«罪悪»を宿し、戦闘態勢に入ろうとしていた。
しかし、それも鷺沼自身の嗚咽に似た声により遮られる。
『なあ・・・ッ────!?』
僕の右頬を、金属光沢のある黒色に輝く飛行物体が横切った。
物凄い勢いで空を寸分の狂いもなく、乱れもなく駆け抜けるソレは、やがて軌道の延長線の果てにある鷺沼の胴体に深々と突き刺さる。
バランスを崩した身体は、そのまま無様に地面に転がった。
「ふう・・・危ないなあ全く。あの不死身の男の調査に出向いた矢先、こんな修羅場に出会すとは予想だにしなかったわ。
何でも知っている私とは言えど、この展開が訪れることは知ってこそいても、予測は出来なかったかな。」
振り向くと──────。
右手に4本の特殊形状のナイフを携えたゴスロリ少女が立っていた。
朝比奈 夜月。
«全知全能»。
「もう、何やってるの。」
「女の子の一人くらいしっかり守ってやりなさいな、シンくん。」
「・・・・・・・・・。」
なるほど。
女の子に言われちゃあ、おしまいだ。




