悪魔
鷺沼──鷲巣?
なんだ?
麻雀でもするのか?
『おいおい。確かに福本作品はなかなか面白いけれど、だからと言って俺と関係はないぜ・・・雀士じゃあない。ああいう遊びはどうしてか苦手でね。』
「じゃあ、その左手は・・・・・・一体、何なんだ?」
恐る恐る、僕は目の前の男──鷺沼に訊ねる。
『いいよ。教えてあげよう。』
鷺沼は笑って、車椅子の背中に凭れた。
『遥かなる過去──というほどでもない。今から僅か五年ばかり前の話になる。
『詳らかな話は省かせてもらうけれど、ある日俺の左手は悪魔のそれと化した。
『見ての通りだ。
『勿論ビビったぜ・・・だがしかし、それよりも幸福感の方が大きかったろうな。
『幸福だ。自分には他者と一線を画す力を手に入れた。──俺は満たされているのだ。
『そう感じた。
『けれど何なんだ?それからたったの二週間後、悪魔の«両眼»を有する奴がこの俺に奇襲をかけてきやがるじゃあないか。
『辛うじて俺は知略と奇策を巡らせて勝利したものの、しかし襲われた理由はいつまで経っても解らない。
『いや、寧ろ本題はここからなのさ。
『そうこうして思考している内に、気づけば俺は、全てを見通せる奇妙な眼を手に入れていた。
『そう。そいつが持っていた悪魔の目玉が、自然と俺に取り込まれたのさ。
『悪魔は取り憑く器を選ぶ──ということだろうか。』
『俺は快哉を叫びたい気分だったね!こいつは最高だぜ──この強大で恐大で凶大で狂大な力さえあれば、俺は人間を超越できる・・・・・・確かにそう確信したッ!!
『以来、俺は«悪魔狩り»として、悪魔の部品を有する人間を探して旅しているのさ──いずれ全ての部位を揃え、俺自身が悪魔になるために。』
「な・・・・・・っ。」
二の句が継げないほどに言葉が絶たれる。
まず、右腕以外にも悪魔の部位なんてものが存在したことに心の底から驚愕した──そして、それを集めようと試みる人間がいることも。
否。
こいつはもう、人間じゃあない・・・悪魔狩りはあくまでも呼称であって、同時に鷺沼は悪魔と化しつつあるのだ。
「それで、僕の右腕を取りに来た・・・・・・ってのかよ。」
まずい。
嫌な予感がする。
部活動に熱心な生徒が多いため、人通りはまだ少ないとはいえ、場所は学校の正門前だ──そして、もうすぐここに林檎がやってくる。
戦闘シーンだけは避けなければ。
『正解──よく分かっているじゃあないか。よく分からない方が幸せだっただろうがね。
とは言ったものの、俺の行動は遥かに迅速だぜ?未だに欠落している部位は、あと三つだけだ。』
「三つ・・・?」
全体でいくつあるのか分からないので何とも言えないが、しかし場合によってはかなり蒐集が進行していると言えそうだ。
『ああ、三つ。一つは«右腕»。一つは«頭部»。一つは«心臓»だ。在処も既に掴めているんだぜ?あとは回収に向かうのみなのさ──どうだ、本当に速いだろう。この俺より情報収集に優れている人間なんてのは』
鷺沼は──。
得意気に語りながら、しかし獲物を追い詰める蛇のような目つきで、猛禽類のような目つきで、獅子のような目つきで、そして。
悪魔のような目つきで、こう言った。
『" あと一人 "しか、いないだろうね。』
「────────────ッ!!」
僕は逃げるように駆け出した。
実際、逃げたのだろう。
これ以上あの男と関わるのはヤバい──そう直感したものの、あの男とは関わらざるを得ない──そうも感じていた。
林檎には後で謝っておくとして・・・とにかく、今は«命題»の事務所に向かわなければならない。
一刻も早く。
" 彼女 "が危ない。
・
「朝比奈ちゃんッ!」
僕は全力疾走の末、息を切らしつつもそこへ無事に辿り着くことに成功した。
鷺沼に関わってしまった時点で、無事かと言われれば決してそうではないのだが・・・・・・。
「何ー?今シンくんから頼まれてた、雪都って人の調査をしているんだから、邪魔しないでよ。」
広々とした廊下の奥から、そんな間延びした声が聞こえてくる。
よし。
無事だ。
一安心。
「ああ・・・・・・いや、そう言えば頼んでいたっけな。でも、朝比奈ちゃん。」
僕は敢えて試行するように、出来る限りの慎重を期して彼女に問うた。
「それって本当に、可能なのか?」
「・・・・・・? 何を言っているんだか。変なの。いつも言っているでしょう?私に知らないことはない。知らないという概念を知らない。それが私。」
やっぱり──。
彼女はやっぱり、いつもの如く、お決まりのやり取りのように、そう返す。
「・・・・・・言ってたな。そういや。」
何でも知っている、規格外の頭脳。
ありとあらゆる情報の全てを、裏の裏まで調べ尽くす技術。
その実力は、側にいる人間が、つまり僕自身が、身をもって体感している。
だとすれば。
僕の仮説が正しいならば。
悪魔の頭部の持ち主は、朝比奈 夜月──この幼い女の子だ。
「な・・・なあ、朝比奈ちゃん。最近何か、変わったことなかったか?依頼とかでさ。悪魔の部品がどうとか、頭部がどうとか。」
事の事情を隠しつつのため、拙い説明しか出来ないのがもどかしい。
「いや?別にないよ。悪魔なんていると思ってるの?もしそう思ったのだとしたら、それは人間の間違いだよ。」
くすくす、と可笑しそうに笑う朝比奈ちゃん。
まさか、悪魔の«頭部»に憑かれたことに気づいていない──のか?
「じゃ、じゃあさ。誰かに付け狙われているとか、そういうのは?」
「だからないって。そんなことがあったらすぐに警察へ向かうよ。」
「君は警察に頼っていいのか・・・・・・?」
どちらかと言えば、警察が君を頼るくらいのものだろう。
実力的に。
しかし、手詰まりだ。
何も無いと本人が言うのなら、それで納得せざるを得ない。
問題に対するアプローチを変えてみるか。
「そうか。ところでさ、そう、さっきも言っていた、菱森 雪都についての調査はどれくらい進んだ?上首尾に進んでいるか?」
「うーん。微妙なところ。なかなかに謎めいている奴だね・・・・・・とりあえず今のところはこんな感じ。」
そう言って、手元の資料を僕に手渡す。
柊 雪都
年齢不詳 男性。
19■■年に京都府内の病院で誕生。
幼少期から示した並々ならぬ薬学・医学の知識と技能は、両親を含めた周囲の人間を震撼させた。
マスコミによってその異質な才覚が大々的に報じられ、必要以上に世間からの視線を浴びたストレスにより母親は自殺。
父親は失踪、行方不明のままである。
それから十数年後、一人の女性・心との間に子供をもうける。
娘の名は希心。
しかしそれから間もなく失踪。
アメリカに渡るべくして搭乗した飛行機の事故で亡くなっていたことが後に判明。
「うーん・・・・・・。」
予想通り、死亡という形で途絶えているな。
後の動向が全く掴めない。
渡米の飛行機、心という女性、理科系等の知識、京都・・・。
駄目だ。
結びつけられるものがないぞ。
「でもその人、不死身なんでしょ?飛行機事故から復活して、それからそう何年も正体を隠して生きられるのかな?」
「あ・・・いや、違うな。不死身という言い方は適切じゃあないのかも。現世と地獄の往復ってことはさ、死んでから復活しているだけで、死なないわけじゃあないんでしょ?生体反応が一度途絶えているなら、たしかに隠遁は楽かもね。
体温も脈拍もないし、心臓も止まっている。そういう状態を作れるわけだから。」
心臓──────?
心臓。
心臓が止まって。
そしてまた、動く?
生と死を繰り返す。
胎動と終焉の無限往来。
「いや、まさか・・・・・・。」
僕がそう言いかけたその時、下の階で事務所のインターホンが鳴らされた。
リズム良く、2回。
「「?」」
僕と朝比奈ちゃんは揃って首を傾げる。
なんだ?
来客か?




