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無題  作者: ねろ
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第烙話 悪魔狩り・鷺沼鷲巣

悪魔と聞いて思い浮かべるあれこれ。


戦々恐々とした風貌。

人智を超越した異能。

命や魂を引換にした禁忌の取引。

そこには無い意思。

底には無い意志。

場合によっては獣の形で。

場合によっては人の形で。

場合によっては人の言葉を語らう。

場合によっては人に言葉を騙らう。

欲につけ込み、弱みにつけ入り、内側から貪り喰らい、果ての果てまで滅ぼし尽くす、人間よりも上位の存在。


と言ってもやっぱり、一般人にはゲームやらアニメやらで定着した希薄なイメージしか持てないのだろう。

仕方がない。

悪魔なんて存在は、それほどまでに荒唐無稽で、それほどまでに現実離れしていて、それほどまでに突飛なのだ。

真面目な顔をしてそんなことを語ろうものならば、妄言だと嘲笑の的になること請け合いである。



ただ、僕は違う。



異能力の一環として、«悪魔の右手»を有している僕においては、話が違う。

悪魔がいると言われたならば、恐らく疑うものの、躊躇うものの、戸惑うものの、最終的にはやっぱりそれを信じてしまうことだろう。


だからもし、あなたが今これを読んでいるならば、僕はこっそりと教えてあげたい。

今後の為を思って、念の為を思って、あなたのためを思って。


悪魔とは、意外と身近にいるものなのだ──僕が言うのだから、間違いない。


高校二年生の真夏日、実際に出遭ってしまった僕が言うのだから、間違いはない。


あるとすれば、勘違いだ。




『三つの願いを叶えてやる。一つ目はどうする?』

『四つにしてくれ。』




「あれ・・・何でこんなところにいるの?」

八月某日──夏休み。

珍しく八宮高校の夏期補習にやってきた僕に、クラスメイトであり、隣の席の華道(はなみち) 林檎(りんご)は不思議そうな表情で訊ねた。

・・・・・・・・・・・・。

悪意は無いのだろうが、言い方がやや刺々しい。


「僕だって来たくて来たわけじゃないよ。強制だ。成績が芳しくないわけでさ・・・。」

そう。

いや、学生の本分は勉強であるわけで、結果を出せていない者はそれに文句をつけるべきではないと思うけれど、しかし言わせてほしい。

最近«命題»の方の依頼がいろいろとハードスケジュールすぎて、学習面がどうしても等閑(なおざり)になってしまっていたのだ。

欠課分を上手い具合に補えなかった。


「ふーん。シンくんが補習って相当珍しいよね。びっくりしちゃったよ。補習常連、強制講習皆勤賞の私からしたら、その頭脳は羨ましい限りだけれどー。」

さして興味も無いように、林檎は言う。

彼女は誰にでも分け隔てなく接することの出来る人間なので、誰かに対して何かを強く思うということはそうそうないのだろう、大体の会話がこんなテンポで進むのだ。

興味が無いのではない、他人にはどの方向からも、どの角度からも、決して深入りをしないのだ。


しかし──。

誰にでも分け隔てなく平等というのは、なかなかどうして恐ろしいものに思える。

他人に一切の干渉をせず、自分との間に越えられない境界線を引いているようで、或いは難攻不落の城塞を建てているようで、そういう面ではどこか奇妙なものがあるような気がする。

どうなのだろう?


表情は豊かだし、いつもニコニコと楽しげだし、優しいしで、決して悪いヤツではないんだけれど。


「羨ましいとか言うなよ・・・僕はあくまで平均さ」


「む。ひどいなー。それは私への嫌味のつもり?なーんかシンくん、最近性格歪んでない?」

あれ。

そうかな?

洞木の影響かもしれない。


「まあいいけどさー。そんじゃあそろそろ授業始まるし、今日は頑張ろうねっ。」


「お前の場合は今日" も "だろ・・・まったく。」

授業開始のチャイムと共に、僕は号令に従い、やる気のない礼をする。

林檎の長い髪が大きく揺れた。


華道 林檎。

軽音部所属。

身長は163センチ。

艶のある、滑らかな黒髪ストレートのロングヘアーが魅力の女子。

鼻梁の通った高い鼻に大きな目。

緩やかな口元。


高校一年生の時も同じクラスで、そこそこ会話を交わしていたような気がするが・・・まあ、その頃から一貫して、とにかく人ウケの良いヤツだったという印象がある。

それはもう、ひたすらに。


男女問わず人気者でクラスの中心、みたいな。

僕はそういう人間がどこか苦手だったので、身構えてしまう向きもあったのだが、珍しく彼女に対しては気兼ねなく話すことが出来たため、それなりに信頼しているのも事実である。


「──────?」

授業を聞き流してそこまで考えていたところ、不意に何者かに肩を叩かれた。

辺りをそれとなく一瞥するも、その主とされる人物が見当たらない。

見当たらないというか、見当がつかないというべきか。

ただその代わりに、僕の机の上に小さく折り畳んだメモ用紙が置かれていた。


なんだろう、これ・・・・・・。

いや、回し手紙なのだろうけれど。

僕への宛名が書いてある。


開かずにスルーしてしまおうかとも考えたが、それで重要な要件とかでも困るなあ。

数分に(わた)る逡巡の末、僕は指先でゆっくりとそのメモ用紙を開くことにした。



『今日の放課後、一緒に帰ろう りんご』



とのこと。

丸みがかった、如何にも女子らしい文字で端的にそう書いてあった。

ピンクのボールペンで描かれたハートまで添えられている。


「・・・・・・?」

いや、林檎とは日頃から時々一緒に帰っているので(帰路が一緒なのだ)、今更改まってこんな手紙を寄越す必要はないのだが・・・。


まあいいか。

詳しいことは、後に本人に聞くとしよう。

そうして僕は、そのメモを制服のポケットに突っ込んだ。







授業終了。

正直なところが出席日数の不足を埋め合わせる目的だったため、内容はまともに聞く必要もないわけで、つまり僕はずっと例の手紙について思考していた。


ちなみに林檎の方は、未提出課題を仕上げなければならないらしく、まだ解放されるには時間が少しかかるらしい。


「だったらまだ自習室にいても良かったかな・・・・・・?」

いや。

自習室とか図書館とか、ああいう窮屈なところは苦手だし。

それならここで数十分待たされる方がマシってもんだろう。


僕は鬱陶しいほどに照りつける日光を避けるべく、道の端、木陰の中で身を休めていた。




その時の事。




『林檎というのは、君のガールフレンドかい?』

声が響く。

振り向くと、そこには確かに、得体の知れない何かがいた。


何か──そう、何かだ。


正体不明であるが故に" 何か "という形容をしたわけではない。

寧ろ拍子抜けするくらいに明瞭だ。

こいつの正体が" 何か "であるという意味で用いたに過ぎない。


この透き通るような蒼天に不相応な、ボロい真っ黒なコートを纏っており、そのフードを深く被っている。顔は見えない。


車椅子に腰掛けており、その脚部はよく分からない重厚な医療器具で固定されていて、痛々しさを連想させるには充分すぎる見た目をしていた。


「林檎を──どうして、知っている。」

半ば確信めいたふうに、確認めいたふうに僕は訊ねる。

こいつは、ヤバい。


『おいおい、そう警戒するな──身構えるなよ。友達にならないか?同じ穴の(むじな)だ。せいぜい仲良くしようぜ・・・。』

同じ穴の狢?

同じ?

何を言っているんだ、コイツ・・・?


『別にどうということはない。俺に視えないことはないからさ。俺の持つ«両眼»は、ありとあらゆる全てを見通す────。』

そう言ってそいつは、フードをゆっくりと脱ぐ。

その姿は、若い男だった。

緋雨さんと同じくらいの年齢だろうか──眼鏡をかけた若い男が、心を抉るような冷笑を浮かべたまま、そこにはいた。


その眼は──────紅い。

黒目の部分が、血のように真っ赤に染まっている。


なんだ、こいつ・・・・・・。

怖い。

恐怖だ。


『そう畏怖されては、些か話が進めにくいのだがなあ──。


そうだ。なあ君。一つ提案があるのだが、いいかな?』

心に優しく添うような、溶け込むような──つけ込むような。

そんな妖しげな声が、恐ろしいことに僕の耳には、魅惑的に聞こえてしまっている。


『なあに、交換条件さ・・・・・・そう萎縮しないでくれ。』

違う。

萎縮ではなく、恐怖ではなく。

今の僕は、声が出ないのだ。

喉の奥が痺れたように動かない。


僕が動けずにいるその内に、やがてその男は左腕を目の前に掲げて言った。

これもまたゆっくりと、黒い長袖を捲っていく。


「─────────────・・・・・・ッ!?」

その光景に、思わず僕は息を呑む。

絶句せざるを得ない。


それほどの恐怖が。

それほどの驚愕が。


僕の眼前に、広がっている。




『俺に殺される気はないか?«悪魔の右腕»の少年よ────。』

僕と同様、異形と化した左腕を見せつけるように掲げ、その男は穏やかに微笑みながら、しかし冷たく鋭い声で言った。


『俺の名は鷺沼鷲巣(さぎぬまわしず)──«悪魔狩(デビルイーター)り»とも呼ばれているよ。』






『君を殺して、俺は人間を超える。』

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