執行猶予期間・モラトリアム
「まさか・・・まさか、お前ッ!?」
焦燥に耐えかねたのだろう、身を乗り出すようにする周防。
動揺のあまりに言葉が出てこないと言わんばかりの慌てようで、しかしそれは僕にとって、勿怪の幸い以外での何でもなかった。
「ああ、その通りだよ・・・ヒントをくれたこと、心から感謝するぜ────山茶花 周防。」
「僕が遺言なんて・・・増してや悔いなんて、遺して死ぬと思うのか?だとしたら愚かだ──現世での所業を見張る地獄の番人のくせして、観察眼が足りないんじゃあないのか?」
「死ぬ時は黙ったままだ。負け犬にはならねえぜ──二度とな。」
失敗しても。
後悔しても。
挫折しても。
頓挫しても。
瞞着しても。
二度と昔の惨めな僕には、戻らない。
それでは今回も今回で、お得意のネタバラシだか種明かしだかを派手にやってやろうじゃあないか。
「山茶花 周防──あんたはさっき、僕のあらゆる言動の裏の裏まで見透かしていると言ったよな?
「それは正しい。正しいのだろう。でも今回はその正しさが仇になったわけだ・・・・・・皮肉なものだ。裁きの場で正しさが仇になるとはな。
「殺人者は地獄に堕ちると相場が決まっているように、その裁きは浄玻璃の鏡で行われると相場が決まっているんだよ。
「そう、鏡。
「その性質上、やはり仕方の無いことではあるんだけれど──それでもあんたは注意すべきだったな。」
浄玻璃の鏡。
亡者の現世における行いを映し出すアレだ。
まあ現代裁判らしく言うなら、あらゆる証拠品の代替という感じなのだろうか。一切の隠し事が出来ず、ありのまま、そのままの生前の姿が投影される。
しかし。
鏡に投影した姿。
その時見ているのは、その像は、あくまで«真逆»であることを忘れてはいけない。
心得るべきだった。
「«表裏一体»も逆になることを、失念してはいけなかった。」
「つまりあんたら姉妹は、最初から僕と洞木の区別がついていなかったんだよ────!」
端的に言えば、彼女らは洞木の罪を僕に償わせようとしていて、僕はそれを勝手に己の内の狂気と重ねて解釈してしまっていたわけだ──って、なんだそれ。
カッコがつかない。
自分でまとめておいてあれだが、こんなにも上手く畳めない話があるだろうか。
チープに言えば勘違い。
陳腐に言えば思い違い。
「オチまで持っていけねえよ、こんなもん・・・・・・。」
嘆くように、僕は呟く。
「? 貴様はもう堕ちたではないか、地獄に」
「やかましいわ」
何だ?
地獄ですらも僕はツッコミ役なのか?
どんな罰だよ、勘弁してくれ。
「・・・・・・とにかく、これはいけない。戴けない。無辜なる善人であるところの僕を、何かの手違いで、何かの間違いで、ここまで苦しめちまったわけだよ──«公平»と«公正»に重きを置くあんたら山茶花姉妹は、こういう時、どう対処するのかな?」
「僕的には、ひとまずここから即刻解放してほしいところだ。もちろん長門と渡り合っているであろう遊海ちゃんもね。そして後日、謝罪の態度と菓子折でも持って出直してきなよ。」
小馬鹿にするように、やや強気で僕は詰め寄る──周防は何も言わず、ただ得意気な僕に対して、鋭い敵意を剥き出しにしていた。
「それは詭弁だな、«罪悪»。」
「何?」
「確かに浄玻璃の鏡で貴様と洞木を取り違えてしまったのはミスだ。認めよう。そして相応の謝罪もしよう。
しかしながらどうだ?貴様らは«表裏一体»の関係──全てが反していて、全てが釣り合っているのだろう。
ならば彼奴の罪を貴様が罰として背負うことに、何の不思議がある?」
「・・・・・・おおっと」
反論されてしまった・・・しかも、結構筋が通っているように聞こえるぞ。かといって諦めるわけにもいくまい。
うーん。
どうしたものだろう。
「じゃあ僕の処遇は、結局のところ、君たち的にはどうしたいわけ?」
「精々が減刑だ──«無代覇刀»をあと一万撃も食らってもらえれば、それで勘弁してやらんこともない。」
やっぱり冷淡な声色で、そんな恐ろしいことを言ってのける周防。
つーか、それでまだ減刑レベルなのか・・・どんな技なんだ、さっき放とうとしていた大技ってのは。
流石に僕の悲鳴をあと一万回も書くわけにはいかねえよ。
字数が大変なことになる。
「はあ・・・・・・じゃあ仕方ないな。それじゃあ。」
「うむ。止むを得まい。それでは。」
「「交渉決裂だ」」
それで、オチがどうなったのかというと。
僕らは無事に解放された。
まあ話の流れ的に、オチまで持っていけねえなんて言っても、終わりはいつか来てしまうものなのだ。
始まりがあれば終わりがあって。
終わりがあるから、また始まりがある。
聞き慣れた、よくありがちな文言だけれど、しかしこれ以上なく今回の件をまとめるのに適した言葉だ。
「────それで?交渉決裂したんじゃないの?」
某日、東京都内のカフェテリア。
長門を軽く遇ってやったらしいことを妙なドヤ顔で報告してきた遊海ちゃんには、僕の側の首尾も報告しておくことにした。
「ああ、交渉決裂した──と言っても、最終的には済し崩し的に和解したよ。いや、全然和やかじゃあなかったけれど・・・。」
僕は珈琲を啜って、苦々しい声色で答える。
結局のところ、遊海ちゃんの罪は不問になったらしい。
それも長門に勝利した故のことらしく、しかし勝利したからと言って罪が不問になるというのは裁きとして体を為しているのか、と僕としては是非とも疑問を呈したいところだけれど、それに関して言えば、周防と決着をつけられず終いの僕は何の文句もつけられないところだ。
そして僕の罪には──執行猶予が付けられた。
具体的な数字が伴うわけではないが、とにかく僕と洞木が死んでから、二人一緒に«無代覇刀»一万撃──ではなく、それを遥か超越する大剣技・«咎の匕首»を受けてもらう、代わりにそれまでは二度と物騒な件での関与はしないとの約束で。
まあそれなら相当に先の話になりそうだしオッケー、ということでギリギリ手打ち、示談成立にはなったのだが、当然ながら洞木の許可はとっていない。
めっちゃ怒るだろうな、アイツ・・・・・・。
内緒にしておこう。
「ふうん、まあ良かったじゃない。こうして生き返ることが出来たのだから。めでたしめでたし。」
蔑ろというか、些か投げやりなように返事をする遊海ちゃん。
こちらも話す気力がとんでもない速度で失せていく。
「僕はあんまりめでたくないけどな・・・・・・あのねえ遊海ちゃん、君、物事の興味を失うのが早すぎるよ。おざなりな返事はよしてくれ。」
台詞の展開がしにくいのだ。
語り部の都合だが。
「はいはい分かりましたよっと。ほら、会計。たまには奢ってもらおうかしら。」
「いつもこういう時って僕が払ってるよな・・・・・・?」
「うるさいわね。バラすわよ。今度こそ裁きを受けてもらうわよ。」
「そのネタはシャレになってないから言わないで・・・!」
服従。
いや屈従。
トラウマが増えた気がする。
まあ、死ぬよりマシか。
生きていられるだけ──────。
どんな苦しみも、まだマシだ。
カフェを去って街道を散歩している最中。
「今回の件の解決は、どう菱森に伝えようか・・・。」
皆が皆、それも八宮高校生徒だけで結構な人数が呼び込まれた──言わば、死んでもないのに姉妹の気まぐれか何かで地獄に堕ちたようで、その全員があれほどの苦痛を伴う裁きを受けていたのだとすれば、なかなかに怖い話ではある。
勿論僕が受けたものはかなりひどい仕打ちで、それに比較するなら一般人である彼らは小突かれた程度なのだろうが。
まあ全員、«対岸»に関わりを持つ僕らを除いては、それに関係する記憶はしっかり抹消されているのだろうから、問題無しか・・・?
「謎の引力の正体が地獄そのもので、何回か死んできた──なんて、まともに語ったら、頭の変なやつと思われるよなあ。」
「そんな気にすることないんじゃない?元から頭は変だし。」
軽くスルーする遊海ちゃん。
長門もこんな調子で対処されたのか?だとしたら彼女には同情の念を向けざるを得ないが。
「そろそろ君も毒舌キャラが板についてきたな・・・その程度じゃ、もうツッコむ気にすらなれないよ。」
「おや。もっと酷いのをご所望で?主人公はマゾヒストなのかしら?」
「それに関しては断固否定するぞ!?」
しかし。
本当にどうしようか──というのは、今回の件についてではなく、菱森 雪都と菱森 希心について。
彼女をこれ以上巻き込むわけにはいかないし、あの父親を名乗る不気味な男と遭遇させるわけにはいかない。
決して。
あれは最早人間をやめている──怪物だ。
この世に、そしてあの世にも、存在していいものじゃあないだろう。
だから多分、僕はそのうちに彼とも対峙することになるのだろうな──────誰でもないアイツと。
誰にもなれないアイツと。
その時は、菱森 希心の抱える全てを、僕が解決してやろう。
彼女に憑き纏う旭川 黒羽のことも含めて、全て。
こんなことを言うと洞木なんかは嘲るのだろうけれど──人は人を変えられない、人は人に代われないと言うのだろうけれど。
それでも僕が、変えたいと思うのだ。
変えられるさ。
これは誰の寄越した依頼でもない────ただ単に、脆くて、薄くて、浅くて、柔くて、弱い、そんな僕自身に芽生えた覚悟であるというだけだ。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕」
「──────え?」
不意に背後から、二人分の気配を感じて振り返る──が、そこには何も無く、すぐさま向き直って再び歩き出した。
多分、それも気の所為だろう。
穏やかな微風が吹き、僕と遊海ちゃんの影が色濃く伸びている。
大丈夫。
何も問題はない。
今日も変わらず。
何も変わらず。
空は広いし、日は昇る。
木々は茂って、陰影は揺らぐ。
そんな世界。
何も心配することはないぜ。
だって僕はまだ、生きているから。




