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無題  作者: ねろ
36/81

獄刀一流

霞のかかった頭で、意識さえも朦朧としながら、それでも必死に考える。

洞木 唯一が、その名が、この一件にどう関わってくると言うのだろう。


「うおおおおおおっ」

周防は低く風のように唸りながら駆動し、僕に追撃をかけるようにその災禍の短刀を振るう。


朧刀(オボロガタナ)『白百合』!」

まず横に閃光の如き一撃。

大きな傷口が勢い良く開き、血が噴水の如く噴出する。


「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ──!!」

迸る激痛、広がる苦痛。

僕は半ば枯らした声で無理矢理に叫ぶのだが、流石は地獄、不死身という菱森 雪都の言葉はやっぱり虚言ではないらしく、その傷口が徐々に回復していた。

尤も、その痛みだけは残り続けるのだけれど。


「遅いぞ──愚刀(オロカガタナ)『八重桜』ッ!!」

軽やかな足運びで、僕の死角を取り続ける周防──彼女が次に攻めるのは、僕の脇腹だった。

斜めに響く斬撃と傷、当然またもや悲鳴を上げる。

血液も傷口も、即座に回復してしまうため問題という問題がないとも言えなくないが、しかしその形容し難い激しい痛覚だけが永遠に残留するのはまずいだろう。

痛みによるショック死──なんてのも、多分間髪入れずに生き返ってしまうのだろうが。



何だ?

考えろ。

考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。

周防が洞木の名前を叫んだ理由は──僕を洞木と呼んだ理由は。

一体、何なのだ?


愚考(わるあがき)は止せ、八ツ裂きにしてやるッ」

そんな僕の思考思索、脳内で展開される思慮思案の一欠片すらも無視し、周防は大層威圧の宿った声で怒鳴ってから、奇妙な拳法の構えのような体勢をとる。


先程の荒々しい動きとは一変、滑らかで、靱やかで、緩やかで、そして──穏やかだ。

目を閉じ、深く呼吸を整えるその姿にも、まるで隙を見い出せない。


流刀(ナガルガタナ)(はす)』──」

一つ。


奇刀(キガタナ)柘榴(ざくろ)』──」

二つ。


祓刀(ハライガタナ)鳳仙花(ほうせんか)』──」

三つ。


疎刀(マバラガタナ)『牡丹』────」

四つ。


傾刀(カブキガタナ)沈丁花(じんちょうげ)』────」

五つ。


虚刀(ウツロガタナ)仙人掌(さぼてん)』────」

六つ。


鉤刀(マガリガタナ)『水仙』────」

七つ。


宵刀(ヨイガタナ)『彼岸花』────」

八つ。


死刀(シニガタナ)『椿』────」

九つ。


永刀(トワガタナ)『黒薔薇』────」

十──先程放たれた『白百合』と『八重桜』を加えれば十二。

そして周防は、さらに声を大にして宣言するように堂々と叫ぶ。


「獄刀一流──十二(とおあまりふたつ)の型、最終奥義。」





「«無代覇刀»ッ──────!!!」





「は・・・・・・・・・っ?」

僕はそんな素っ頓狂な声を上げたが、上げてしまったが、決してそれはその大仰な技名に拍子抜けしたからでも、逆に心底臆してしまったからでもない。

寧ろそんな生温いことを考える前に、既に僕の身体は両断されてしまっていた。



罪を咎める短刀で。

完膚無きまでに、寸分の狂いもなく、寸分の惑いもなく、しかし充分な狂気と充分な当惑に塗れた刃で切断されていた。



髪が、頭が、眼が、鼻が、口が、歯が。

切り裂かれた。



首が、肩が、腕が、手が、指が。

切り裂かれた。



胴が、胸が、腹が、腰が、腿が、膝が、脛が、脹脛(ふくらはぎ)が、踵が、爪先が。

切り裂かれた。



斬り裂かれた。




目の前が赤黒く染まる。

視界が幾重にも振れる。震える。

ゆっくりと、じっくりと、風景写真を焼き炙っているかのような感覚。

痛い、苦しい。そして熱い。


「あああああああああっ・・・・・・・・・────!!」

はっ、と意識が覚醒する。

どうやら気づかない間に、幾度となく重複して死を繰り返したらしい。切り離された身体の部位も、気づけば何事も無かったかのように結合されていた──あれほどの負傷を完全回復させたのだ、体感はともかく、それなりには時間が経過しているのだろう。

つまりあの大技──獄刀一流の十二の剣技を合わせた奥義・«無代覇刀»は、生死の往復、死んで生き返るその復活の過程(プロセス)を、気づかないほどの一瞬、刹那に生じる意識の盲点の間でひどく痛感させしめることが可能なほどの威力ってわけだ。


「そう。当然貴様は復活するわけだな。」

そしてそんなことは、周防も計算に入れて行ったに決まっている。

だとすれば彼女の狙いは、この後に残る滞留した感覚、永遠に渦巻く思念と死念。




即ち" 痛覚 "だ。




「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

周防が発したその言葉の後、無意識に僕が行った荒い一呼吸を契機(トリガー)にしたかのように、意味のわからないくらいの猛烈な激痛が迫り来る。


「ふっ──────」


「はっははははは!!愉快愉快、その心地好い阿鼻叫喚を聞くことこそが至高の嗜好っ、(おの)が裏側を見透かされた悲哀なる愚者の顛末!」

心の底から愉快そうに、手を叩いて無邪気に笑う周防。

それは単純な見てくれも手伝って、楽しげに(はしゃ)ぐただの幼子のようにしか見えなかった。


「さあ絶叫しろ。さあ叫喚しろ。さあ懇願しろ。さあ抵抗しろ。」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


「さあ泣き喚けバケモノよ、裏の裏まで後悔しろっ、崩壊しろっ、懺悔しろッ!!」


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

裏の裏。

裏────だと?

それはつまり、どういうことだ?



例えば菱森 希心の裏は旭川 黒羽で。

例えば神凪 緋雨の裏は神凪 舞姫で。

例えば八橋 京の裏は幸村 歪美で。

例えば有栖川の裏は殺された仲間達で。

例えば切裂 遊海の裏は大虚鳥で。


裏とはつまり、自分の抱える問題、心の傷、懊悩とした苦悩──そして。

自分を構成する、" 何か "?


すると僕の裏は、やはり洞木 唯一、なのだろうか。

僕は彼に生かされていて、彼は僕に生かされている──釣り合った関係、«表裏一体»の関係。


「────────!」

僕は炎に包まれ焼かれるような激痛の中、痺れの纏わりついた身体を強引に動かす。


「がはあっ・・・・・・」

先程から吐血が止まる気配がない。

底知れぬ不穏さと不快さが、足元から数多の蟲のように全身の内側を這う。

それでも僕は、結合、回復しきったばかりの腕を引きずり、のたうち回るかのように体勢を変える。

苦心の末、漸く空間の限界、つまり視認不可能な壁に背を凭れることに成功した。

へたり込むようにして全体重を背後に預けたまま、僕は周防に不敵な笑みを向け、加えて人差し指を突きつけた。


「・・・? ──ふっ。なんだ?その体勢は。惨めと言わざるを得ないな。」


()し、私も戯れに飽きてきた頃合いだ。そろそろ制裁を下すことにしよう。


獄刀一流の咎と裁の為にのみ編み出された業だ。«無代覇刀»を軽く超越する痛みを貴様に与えるぞ。」


「なっ・・・・・・」

思わず息を呑む。

アレを越える痛みなんて、本当に存在するというのか。


「貴様は(やが)て放置していても、痛みのショックで永遠に死に続ける──これが裁きよ。

さっさと消えろ。」

そう言うが早いか、周防はその短刀を斜めに構え、刃先を下に向けるように持った。

剣の煌めきが、人体外に飛散して乾いた血液の嫌な色を映し出す。


「獄刀一流・咎の匕首ッ──」


「ぐッ・・・ま、待て。待ってくれ!」

即座に詠唱を始めた周防の声を遮る声が響く。

僕の叫びだ。


「遺言めいたものくらい、言わせてくれよ・・・・・・かつての仲間を殺した罪に問われているんだからさ。彼らに向けてメッセージくらい遺しても、いいんじゃあないか?それとも地獄の番はそこまで寛容ではないかい?」

何せ喉を一度切断されてしまっているので、今ひとつ上手く声が出せない。

呟くような、嗄れた声で語る僕。


「・・・・・・・・・・・・。」


「ふむ。貴様が何と言って死ぬか、それもまた一興──私の独断に過ぎないが、良かろう。


遺言と共に、悔いを遺して死ね。」


「そうか・・・サンキュー」

それじゃあ遠慮なく。

語らせてもらおう。






「いつから道を踏み外したのか、それを覚えているやつは実際すげえだろ。

「いっそそれを忘れてしまったから、道を踏み外してしまったのだという考え方も一概に否定することなんて出来やしないと思わないか?

「僕も同様だ。数年前に災禍に巻き込まれてから、渦中に呑み込まれてから、そこからのことはよく覚えていない。

「よく覚えていないし、よく思い出せない。

「でも忘れたことはないんだろうな──変な嫌悪感だけが、身にひどく染み付いてしまっているぜ。

「トラウマだ。

「そこから先はどうしたのだろう。そう問われれば、どうもしなかったと答えるべきだ。

「僕は変わることが怖くて、その場で普遍たる毎日を、不変たる日常を過ごすことを決意した。」

「その場にいつまでも留まり続けた。

「停滞した。

「しかし僕は心底驚いたぜ──気づけばいつの間にか、僕の裏面を名乗る奴とつるんでるんだからな。

「洞木 唯一って名前の奴さ。」

「僕の裏面──精神の裏面。

「かつての罪で生まれた、撞着と批判、陶酔と逃走に塗れた、惨めで穢れた深層意識の体現って事なんだろうか。

「お前はどう思う?

「僕は今幸せなんだよ──自分の裏側を覗き見ることが出来たから。自分というバケモノの本性を知ることが出来たから。

「無知という罪を犯さずに済んだ──今更だけれど。

「否、お前だったら無知は罰と捉えるんだろうな。

「とにかく僕は変わってしまった。変わり果ててしまった。

「有り体に言ってしまえば、とっくの昔に死んだお前らのことなんて、忘れて気楽に生きているくらいだ。

「お前はそんな、楽観的な諦観を続ける、不変の怪物をどう思う?

「不定形の化物を、どう思う?」

そこまで騙り終えたところで、僕の疑惑は確信に変わる。


山茶花 周防が、らしくもなく短刀を取り落とし、ひたすらに青ざめた顔色で震えていたのだ。




ああそうさ。

お前の考えている通りだよ。


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