何にもなれなかった僕
「語るに足らない雑談ではあるが、まあ聞いてくれ。」
「私は«不死身の世捨て人»という体裁で通していただろう?そう、丁度そこの君が«平凡な高校生»という肩書きを無理に押し通していたように。」
「多分その呼称に意味は無い。物語の前置きのようなものなのだろう。」
「しかし私の場合、不死身というのは初めて地獄を旅した時に身についた後天性の能力だし、世捨て人にもなりたくてなったわけじゃあないよ。だからその名前は、厳密に言えば、綿密に言えば、私を表したものだとは言い難いわけだ。」
「実際のところ、困惑もしたさ。不死身という性質はあまりにもタチが悪い。余りある程にタチが悪い。背負った十字架は、正しく最悪だ。」
「便利か否か以前に、戸惑うに決まってる──だって私は、その時点で既に人間をやめているのだから。」
「そして" 死なない "という枷──ああ、どちらかと言えば鎖かな。とにかくそんなものに雁字搦めに縛られてしまった私は、生きていることが出来なくなった。」
「随分おかしな話だろう?死なないくせに、生きることも選ばなかった。選べなかった──私は実に愚かだ。だから、半ば自暴自棄になった私は、愛する家族を捨てて──世界ではなく、自身でもなく、家族を放棄して、地獄で«掃除人»を始めたわけだ。」
「そうか、その説明をまだしていなかったね──言わば君たちの«命題»みたいなものさ。地獄に蔓延する、跋扈する、«何にもなれなかった者»を始末する仕事だよ。」
「何にもなれなかった者。例えば平々凡々な人間でもなく、例えば人の心に憑き狂う式神でもなく、例えば«対岸»の殺し屋なんかでもなく。
中途半端な逸れ者──そして、禍々しき紛い物の種を掃討する稼業だ。」
「思えばそれから、私は大きく変わったね。それとも変わってしまった、と言うべきだろうか。
何せ己を殺し詰めた、«不死»の呪縛を今では完全なる利点と考えている。
私は呪いを呑み込んだ。逆に言えば、己を殺して、家族を捨てて、得たものと言えばその狂気だけだ。
他の全ては──失った。」
「うん、きっと聡明な少年ならば即座に気づくのだろうね──そして愕然とするのだろう。」
「冗長な前置きも、煩雑な梗概も最早必要ない。」
「私は柊 雪都。そして本名を、菱森 雪都と言う。」
・
「────────ッ!!」
無意識の内に立ち上がっていた。
先程まで酷く身を締め付けていた、縛り付けていた、焦燥や不安さえもその全てを無理矢理振り切るかの如く、まるで奇妙な因縁のような力が、僕を衝動的に突き動かしていたのだ。
「あんたは、菱森の・・・っ!」
「そうさ。血の繋がった父親だ。」
飄々と、僕の憤慨を気に留めることもなく、僕の憤怒を意に介することもなく答えた。
「大丈夫。地獄にも噂は届いているよ。何でも、娘は健やかに育ち続けているようだね──何事もなく、平穏無事に。」
「«罪悪»ッ!!」
僕は呼び寄せた悪魔の腕で、勢い強く地面を押して駆動する。
それが。
それが実の父親が言う言葉かよ──────。
まるで他人事じゃないか・・・!
「ぐッ・・・──?!」
その時、腹部に予想だにしていない鈍痛が迸る。
目線を向けると、柊さん──否、菱森 雪都さんが、僕の下腹部に掌底を撃ち込んでいた。
気づけなかった、クソッ・・・!?
予備動作を一切勘づかせることなく、こんな靱やかな動きが出来るってのかよ!
いや・・・・・・。
注目するべきはそこじゃあない。
まるで磁力で引き寄せられたかのように、掌底を撃ったその掌が、僕を離さないのだ。
僕の身体を吹っ飛ばすのではなく、寧ろ引力のような力で宙に固定し、激痛のみを体感させている。
これが能力じゃなくてなんだってんだ、畜生──!
「そしてこうも聞いている。«我が娘»は精神の破滅を迎え、«大虚鳥»を取り込んだ、とね。
«不死身»の呪縛を取り込んだ、私と全く同じじゃあないか。父と娘は似るもんだ────くくっ。」
そう言って、ようやく僕は解放された。
妙な力から離れるように、勢い良く身体が吹っ飛ぶのを、遊海ちゃんが緩衝して受け止めてくれた。
口から微量の血液が流れ出す。
鉄に似た嫌な味が、口腔内に広がる。
「そう慌てるな。いずれ私と君は死闘を繰り広げる運命なのだろうが、宿命なのだろうが、今は休戦と行こうぜ。
いくら不死だからって、無理するもんじゃあない──死に続けていたら、やがて君も呪われるぜ。」
「だからって・・・・・・っ!」
僕は唇を強く噛み締める。
屈辱だ。
「貴様ら、そろそろ止せ」
長門がそう言って、僕と菱森 雪都の間合いに一歩踏み込む。
「地獄で無闇に戦うな」
「地獄で無意味に争うな」
「場合によっては罰するぞ」
「場合によっては滅するぞ」
「ふん、悪いね。さあ、そろそろ始めようじゃあないか。二人とも、彼らを裁いてやってくれ。私はここで立ち去るとしよう。」
菱森 雪都はにやりと笑んで、くるりと背を向けた。
「それじゃあ二人共。" 道を間違った時
" は、是非また会おう。」
そんな言葉を──そんな意味深長な言葉を残して、菱森 雪都は、決して彼女の父親などでない彼は、暗澹たる闇に姿を消した。
「では、始めるぞ」
周防の声と共に、山茶花姉妹が僕と遊海ちゃんの身体の周りを囲むように歩き回る。
するとその跡に、毒々しい色をした紫の茨が現れた。
まるで魔術のように、僕らの身体をきつく縛り付け、その痛みに思わず膝をついてしまう。
「我が名は山茶花 周防。貴様らの過去を縷々と辿り、其に公平なる重罰を下す。その制裁に感情は無く、その正解に感傷は無い。」
「我が名は山茶花 長門。貴様らの未来を縷々と辿り、其に公正なる厳罰を下す。その安寧に干渉は無く、その安定に寛容は無い。」
「「尊厳ある«東芳鳴»の名を以て、貴様らの罪禍を咎めよう。」」
「ぐ・・・・・・ッ」
彼女ら姉妹の奇妙な詠唱を合図に、茨の締め付けがより一層力を増した。体力が意識の奥底から恐るべき速度で吸い取られていく。
頭がくらくらして、視界に薄暗く霧がかかる。
全身に嫌な痺れが走り、小刻みに手足が痙攣する。
大気の流れに敏感になり、皮膚を焼かれるような痛みを感じる。
そのうちに思考力を奪われ、そうして僕は──────。
そうして、僕は。
«何にもなれなかった僕»は倒れ込み、その全身を地に伏した。
なんとなく、心地よかった。




