«危険色»
死んだ。
間違いなく、間違えることなく、100パーセント確実に死を迎えた。
いつだったか、京さんに助けられた時みたいな、死んだと思ったけど実は生きてましたよってオチでもなく、完璧に絶命した。
«罪悪»がシャレにならない。
目を覚ますと、そこは闇に呑まれたような場所だった──が、目を凝らせば見渡せないということもないようで、実際、眼前に広がるその光景が僕の住んでいる町に酷似したものであったことに気がついたのだ。
「んぅ・・・ううん。」
えらく可愛らしい声が聞こえる。
右手側を振り向くと、遊海ちゃんがむずがるように寝返りを打っていた。
って、そんな場合じゃねえよ。
「おい、おい・・・起きろ、遊海ちゃん!」
女性の身体に触れるに際して、なるべく当たり障りのない場所、肩あたりを軽く揺すってそう呼びかける。
触りはしても障りは避けねば。
「嫌よ・・・むにゃむにゃ。」
「むにゃむにゃって言うな!それは起きている時のやつだろうが!」
「ぐーぐー」
「寝入るな!!」
「何よ、うるさいわね。捌くわよ。」
遊海ちゃんはまるでスイッチを入れられたパソコンが起動したかのように、前兆もなく急に目を見開き、素早く起き上がった。
「捌くのはやめてくれ・・・それよりも。」
僕は言いかけて、辺りを見回す。
周りが暗闇であるとなると、夜?
とすれば、僕らは夕暮れ時のあの瞬間に事故に遭った──ようで、実は気絶しただけ、時間経過で目が覚めた・・・とか?
いいや。
有り得ないか。
事故現場は壮大なもので、それも結構な人に目撃されているはずだし、倒壊したビルらしきものも見当たらない。
それにあれは直撃だろう・・・。
避けようがなければ、防ぎようもないのだとしか思えない。
「ねえ」
「あん?」
「ほら、あそこ。人影。倒れてるわ。」
そう言って遊海ちゃんは、どことも言えぬ方向を指さす──人影。
しかし裏の世界、つまり«対岸»に生きている人間ってのは、皆暗がりでも目が利くんだなぁ。
僕も慣れたには慣れたが、全然認識出来ないや。
「倒れてるなら・・・行ってみるか。」
そう言って僕と遊海ちゃんは、その人影へと駆け寄る。
一瞬、何らかの罠ということも考えたけれど、それを言い出したらきりがない。
いい加減、自分から動けるようにならないとな。
「えーと、あの・・・大丈夫ですか?」
反応なし。
生きているのか死んでいるのかも分からない──いや、僕らは元々死んでいるはずで、意識だけがある状態だから、この人も同様と見るべきか?
「・・・・・・あー。」
そこで聞き慣れない、耳に新しい声が響く。
「うーむ、おはよう。今日も今日とて良い天気だ。本当に変わらないね、地獄は。」
呑気な欠伸と共にその人影は飛び起きる。声からして、男性のようだ。
近くで目を凝らせば、流石にその身なりも漸く視認できた。
背の高い痩躯に、不健康そうな青白い顔。
伸ばされた黒い長髪とは対照的に、雪のように清白な着物を纏い、しかし他にそれらしき衣装は一切窺えない。
下駄なども履いておらず、当然のように裸足だ。
腕には多数の痣。
首には多数の切り傷。
傷だらけの、とにかく痛々しい怪しげな風貌をした彼は、僕らの目の前で突然に起き上がってから、やっと僕らの姿を認識したらしい。
「ところで、君たちは?」
何食わぬ顔で、そんなことを僕らに問いかける男──いや、その疑問は至極真っ当で、正しいものなのだが、その前に一つ、こちらから疑問を呈したい。
「それは追々説明します・・・え?あなた今、地獄って仰いました?ここ、地獄?」
マジで?
は?
なんで?
え?
当然のことながら、僕は平々凡々な高校生という体裁でキャラクターを通しているので(若干通せていないような気もするが)、地獄に落ちるほどの悪行をした覚えはない。
遊海ちゃんは仮にも殺し屋なので、分からないけれど・・・・・・。
「ここは地獄さ。紛うことなき地獄。間違うことなき地獄。私は不死身でね。事情があって現世と地獄を往来している者だ。今回のこれも言わば小旅行、かな?」
はっはっは、と快活な笑い声を上げる男。
情報量が多すぎて飲み込めない・・・不死身って何だよ。
現世と地獄を往来?何?
「混乱しているようだね、順を追って話そう。
私の名は柊 雪都。雪の都さ。良い名だろう?今まで" 現世 "と"地獄 "を24回往復したことがあるよ。」
奇しくも都と京で被っている気がするのは、流石に深読みのしすぎか。
前回の件をまだ引きずってしまっているのかもな・・・・・・。
「24・・・?」
「4の階乗さ」
「・・・・・・。」
その冗談は個人的にウケないぞ。
一応僕は理系高校生って設定だけれど、だからってさ。
やめてほしい。
「«対岸»の皆々様とはある程度面識があってね。生憎そちらの可愛らしいお嬢さんは知らないが、でも出で立ちからして裏側の住人と見て間違いないだろうね?うん、素晴らしい。
能力らしい能力は持っていない。ただ不死身なだけ。」
「さあて、まずは行動しようか。詳しいことはそれからだ。」
柊さんはそう言うと、僕らに背を向けて歩き始めた。
「ちょ・・・ちょっと。何処へ行くんです?」
慌てて追いかける僕と、未だに平然とした態度でついてくる遊海ちゃん。
「案内さ。地獄に来たら、" 挨拶 "に行かなきゃあな──そう、山茶花姉妹のところへ、私が案内してあげよう。」
山茶花姉妹。
それはさっきも、聞いた名だった。
・
分かったことがいくつかある。
まず、ここは本当に地獄で、本当に死後の世界であるということ。
僕らは«対岸»に少しでも関与してしまっているが故に地獄へと堕ちてしまったわけだが、現世に戻る術がないわけではないこと。
しかし何をするにも、一先ずはここの世界の管理者、あらゆる全ての権限を駆使して地獄を仕切る山茶花姉妹に会わなければならないということ。
「あの、柊さん」
何処とも言えぬ暗がりの中で歩みを進めながら、遊海ちゃんが呼ぶ。
「あなたはどうして、幾度となく世界を往復しているんですか?」
「うーむ。趣味の延長線、みたいな感じで誤魔化せたら楽なんだが。どうやら君らはそれで納得してくれそうにないねえ。
人探し──だよ。地獄へ堕ちてしまっているなら、鬼探しと言うべきかもしれないね。」
鬼探し?
それはつまり、地獄に鬼が存在するということか?
いや、地獄だというのだから有り得るのだろうが──僕らはどうしたらいいのだろう。
まさか、また戦闘パート?
「安心しなよ。戦闘ってことはまだない・・・はず。多分。そこも結局、あの姉妹の気分次第みたいなところがあってさあ──裁きも咎めも、彼女らの所業は全然フェアじゃないからね。」
「その山茶花姉妹ってのは、具体的にどんなことをしているんです?」
フェアじゃない。
その言葉に引っかかった僕は、ついそんな質問をしてしまう。
「人々を奇妙な力で引き寄せて、死に追い込むのさ。例えば、あるはずのない建物、聞こえるはずのない呼び声、起こるはずのない事故────とかね。」
見透かしたように、嘲るように、柊さんは笑う。
となると、菱森が言っていた噂話の被害者は──皆、地獄へ?
「でもそれは前置きみたいなもんでさ。寧ろ本題はここからだ。彼女らは呼びつけた人間の罪を文字通り«咎める»。現世での罪状に見合った分量だけ、罰を与える。」
罪、だって?
それは一体、どういう────。
「雑談はそこまでだ」
「歓談はそれまでだ」
僕が質問を続けようとしたその時、突如何処からか声が響いた。
いや──これは。
何処からか、と言われれば、答えは既に明確だ。
僕と遊海ちゃんの、" 影の中 "から。
続けて、彼女達は僕らの影から姿を現した。
「うわあああっ!」
驚愕のあまり、みっともない声を上げてしまったが・・・無理からぬことだろう。
隣の彼女はあくまでも冷静なままだったが。
「そう驚くな」
「そう慄くな」
二人は口々に言う。
「私は山茶花 周防。ありとあらゆる罪を裁く。«東芳鳴»の名を持つ山茶花姉妹の姉だ。」
左側の彼女が名乗る。
その高貴な黒いドレス姿からは、なんとなくゴスロリファッションの朝比奈ちゃんを彷彿とさせた──が、彼女とはまた異なったベクトルで、並々ならぬ威厳が放たれている。
いや、威厳ではなく威圧──だろうか。
長髪ストレートの艶やかな銀髪が、ゆったりと揺れる。
「私は山茶花 長門。ありとあらゆる罰を与える。«東芳鳴»の名を持つ山茶花姉妹の妹だ。」
右側の彼女が名乗る。
姉・山茶花 周防に対して、これもまた高貴そうな、真っ赤なドレスを着ている。
しかしながら状況が状況だ、それはまるで血塗られた装飾のようで、目の前で荘厳と構える彼女の恐ろしさをより一層と増したようにしか思えない。
姉と同様に、長髪ストレートの滑らかな金髪が、ゆっくりと揺れる。
二人とも、随分小柄な少女だ──大人びた雰囲気を備えてはいるのだが、中学生くらいに見える。
しかし姉妹キャラの確立ってだけあって、顔立ちはそっくりだな。
見分けが全くと言っていいほどつかないぞ・・・・・・。
「貴様らの要望は何だ」
「貴様らの希望は何だ」
貴様ら、というのは多分、僕と遊海ちゃんのことなのだろう。
柊さんは何度も出会っているはずだし。
「現世へ帰るか──大抵の者はそう言うが」
「俗世へ還るか──大体の者はそう願うが」
「・・・・・・っ。」
彼女らの読みは本当に正しく、僕はその問いを肯定するべきなのだろうけれど、あまりにもその不可思議な状況、不可思議な人物、そしてあまりにも戦々恐々としすぎたその威圧感に呑み込まれてしまい、答えという答えを答えかねてしまったのだ。
藁にも縋るほどの思いで、まるで助けを求めるかのように柊さんの方を振り向くと、彼は何を考えているのか、神妙な面持ちで彼女ら姉妹を眺めていた。
「何も言わぬか。死人らしいな。」
「何も言えぬか。死人らしいな。」
「私達は何事も無く現世に戻ることが出来ればそれで良いのよ。あなた達に裁かれるつもりはないし、咎められるつもりはないわ。──増してや、罰せられるほどの謂れなど。」
あるはずもない。
遊海ちゃんは、さながら蛇に睨まれた蛙の如く喋れなくなってしまった僕を見かねてか、いつも通りの平静なトーンでそう言い放った。
「─────────────────────────────」
それを受けて、山茶花姉妹は顔を見合わせて何やら相談をしているようだ・・・大方、僕らを元に戻せるかどうかを検討していると言ったところか。
「駄目だ」
「駄目だ」
しかしながら結論から言えば、下された決断は、判断は、そんな虚しいものだった。
「愚かしいな──切裂 遊海。人殺しは地獄行きと相場が決まっているのだ。知らないのか?」
姉の周防が嘲笑気味に言う。
「あらあら。そんなくだらない相場で私を止められると思ったのかしら?」
「私はいくら殺し屋と言えど、人を殺すべく人殺しを行ったことはないのよ──一度も。」
何処から取り出したのだろう、いつの間にやら美麗な曲線を描いた小型ナイフを一本ずつ、両手に構えて彼女は続ける。
「忠義の為に人を殺す。」
「忠誠の為に人を殺す。」
それこそが切裂 遊海の──誇り高き矜恃。
«鴉»に捧げる、«大虚鳥»に捧げる、人間としての在り方。
「それを阻むなら容赦はしない──────黒き双羽の鋭刃を以て、塵も残さず両断してやるッ!!」
僕は初めて、それを目にした。
輝色にして希色の殺し屋が。
危険色の殺し屋が。
切裂 遊海が本気の«戦闘態勢»に入ったのを──僕は初めて、目にしたのだ。




