歪曲
行き先は──八宮高校。
またもまたまた、例のあそこだ。
僕はその名を桜木くんに告げる──彼も彼で、僕の意思を既に端から端まで読み切っているらしく、一も二もなく快諾してくれた。快諾と言えど、それは事が事だから、苦々しくもあったのだが。
とにかく、僕はこれで幾度目かになろう、他人に支えてもらうという経験をした。
彼の、下手に他人に干渉しようとしない、無理に関与しようとしない、そんなスタイルが好きだ。
随分と助けられている────それに、多分憧れているのだろう。
無干渉も、無交渉も。
無関係も、無関与も。
人は人で、自分は自分で、そこに介入する余地など、介在する余地など、最初からありはしない──そう言わんばかりの、その主義が。
僕とはまるで、正反対だ。
何はともあれ、そんなわけで、高級車が夜の大型道路を颯爽と走り抜けている。
「なあ、桜木くん」
いや、普段は饒舌な暗望が急に沈黙を貫き通しているのだから、無理に話題を作らないと、地の文だけで内容が埋め尽くされてしまう。
それはまずい、という焦燥感から、熟慮(?)の末に、僕はシート越しに彼を呼ぶ。
「なんだよ」
こちらもこちらで、普段は穏和なくせに、今に限ってはやけにぶっきらぼうに返事をする。
平常運転なのは僕だけなのか。
車だけに。
「どうやって手に入れたんだ、この車・・・・・・?」
「俺としては君のつまらんギャグに疑問を呈したいがね。いや、呈するべきは苦言だろ────何、ちょっとした依頼でさ。とある組織を潰したらお金がたんまりと貰えたってわけ。」
組織ってよりは家系、血筋かな──なんて曖昧模糊とした、漠然とした返答をされた。
不審な高級車の出どころがそんな確度の低い情報では困る。
不安が増すじゃねえか。
「・・・・・・あの」
僕が半ば呆れ返っているところ、隣で蛇に睨まれた蛙のように、つまりは何かに萎縮したように小さくなっている暗望が僕を呼ぶ──ただし桜木くんには聞こえないであろう小声、本当に小声で。
僕を呼んだ。
「この人は、何なんですか?」
彼女はまるで訝しむかの如く、そして実際に訝しんでいるのだろう、突然にそう訊ねる。
「? ──僕の友人・・・であり、恩人でもあり、仲間でもあり・・・・・・って感じだけど。」
どう答えたものか、しどろもどろな返答しか出来なかった。
そもそも質問が広義的すぎる。
" 何 "とは何だ?
どういう意味だろう。
「おいおい、内緒話は戴けないね。なんだい後輩ちゃん、俺の運転が不安かな。それとも────」
桜木くんはこちらを振り向き、嘲るように、皮肉るように笑う。
なんて嫌な笑みだろうか──そして、なんて彼らしい笑みだろうか。
つーか、運転中だ!
やめろ、こっちを振り向くな!
前を見ろ!
「いえ、なんでもありませんよ。先輩といちゃついていただけです、実は恋人関係でして。ところ構わずキスしまくりです。」
「あれ、そうだっけ・・・?」
暗望が言葉を遮るように発した謎の虚言に対して、運転席の彼は割とそれを鵜呑みにしそうな雰囲気だったので、すぐさま僕は否定しようとする。
というか、実際に否定した。
「やめろ、お前は勝手に僕の恋人になるな!そして桜木くんもこういう時に限って信じようとしないでくれ!」
何がキスしまくりだ。
キスで黙らせてやろうか。
暫しの沈黙。
「・・・桜木くん、あとどのくらいで着きそうだ?」
定間隔で並立する街灯。
高層ビルを彩るカラフルなネオンの看板。
その他諸々、まるで誤魔化しのような、嘘偽りばかりの光を車窓から見つめ、僕は微かな苛立ち、そして不安と共にそう訊ねる。
「そう急かされても困るさ──ああ、いや、今の君は一刻を争う事態なのは把握しているがね。
安心してくれ、あと5分もすれば着くよ。」
5分。
安堵した──とは、言い難い。
だって本来、いつ時間切れ、タイムオーバーになるのか分かったものではないのだから。
気まぐれな彼女のこと。
変な気を起こして、今にでも«最悪の事態»を起こしかねないという危惧が全くないと言えば嘘になるし、その可能性は────やはり、ゼロではない。
「先輩。ところで、私にはあなたの意図が未だ図りかねるんですが────何をする気です?」
今度は声を潜めることもなく、寧ろ桜木くんを意識的に無視しているように、僕だけを視界に捉え、暗望はそう質問を投げかける。
「別に。何をするのかと言われれば、何もしない──と言うべきなんだろう。」
しかしこれは、菱森と旭川、彼女らと対峙し、己の無力さを味わった時とは大分ニュアンスを異にする。
" 敢えて "、僕は何もしないのだ。
「それでも無理に、無理矢理に、答えを当てるとするのなら──そうだな。」
「当たり前のことだ。」
僕は大して何でもないように、そう言い放つ。
そう。
何でもない。
八橋 京は──否、幸村 歪美は、最早何でもない。
何とも言えない。
歪むだけ歪んだ、虚無の存在。
「当たり前──ですか。当たり障りのない物言いですね。当然でも、必然でもないのですから。」
「うん。僕がやっているのは、行き当たりばったり、成り行き任せの瞞着だからな。偶然だし、自然──なんだろう。」
それでも恐らくは、当たりも障りも避けられまい。
承知の上だし、覚悟の上だ。
「でも、歪んでいても、正しくなくても、困っている人を助けようとするのは、至極当たり前──だと、僕は思うけれど。」
僕にしては珍しい。
これは心の底から出た言葉、つまるところが本音だった気がする。
「勿論、人が人を助けることは出来ない──とか、人は人を変えられない──とか、いろんなことを言う奴はいるんだろうな。そして多分、それに正解はない。」
正解に見えるものだって、他方面から見たら不正解で。
不正解に見えるものだろうと、他方面から見たら極めて正しい。
だから、多角的視点において、" 絶対 "なんて概念は、絶対にないのだ────だから、あの全てを見透かしたような歪みだって、なんとかできるはずだろう。
僕は今まで、そうして生きてきたつもりだ。
「着いたぜ」
シリアスな雰囲気を一気に払拭するような、そんな声が車内に響く。
またも車窓に視線をやると、外には見慣れた建物が聳え立っていた。
私立八宮高校──僕の学び舎。
いろんな意味で、思い出深い場所。
「そんじゃ。何かあっても俺は助けないし、救わないよ。どんでん返しの茶番劇なんかは、精々君ら2人でやってくれ。」
桜木くんはそう言って、僕らを追い出すようにしてから、車をまたも走らせる。
あっという間に消えゆくその姿を最後まで見送ろうとは、やっぱりならなかったけれど。
「そんじゃ、行こうぜ」
やや斜め後ろにいる暗望に一言だけ声をかける。
それから間を置かずに、さも当たり前のように校門を素早く乗り越えた(既に慣れてしまっている)。
一応、か弱い歳下女子であるところの暗望は大丈夫なのだろうかと振り返るも、器用に身を捩り、難なく校門を越えていた。
そして、時は行き当たる。
成り行く。
「よお────待ってたぜ。シンくん、と・・・見ねえ顔だけど、懐かしい顔ではあるね。暗望 闇樹。安心しろ、あんたに手出しはしないから、その辺の物陰に隠れてな。」
広大なグラウンドのド真ん中、その医師と探偵の二面性、歪みに歪んだ正しさは、そう言って笑った。
くだらねえ、と言わんばかりに。
「お待たせしました、幸村 歪美さん──あなたを、救いに来ましたよ。」
「へえ?そりゃあ随分、お待たせされちまったもんだな。わざわざソイツまで引き連れて────殺されてえのか、お前?」
その鷹の目のような鋭い睨眼は、一瞬で益々威圧を増した。
「いいえ、ちっとも」
「そうかい、そりゃあ重畳」
可愛い歳下のガキと生きたがりを殺すのは、どうにも楽しくて愉しくて堪らねえからな────そんなことを言って、彼女は僕の前に飛び寄る。
それも多分、本音なのだろう。
そして本音で迫られると、僕としても──嘘つきとしても、本音で対応せざるを得ないのだ。
彼女においては。
彼女に限っては。
「死にやがれッ、«罪悪»────!!」
「生きてくれッ、«歪曲»────!!」




