諦観
回想終了、そして現在に戻る。
「いや、いやいやいや。あの、え?・・・それ、先輩?え?」
遠慮なく臆面なくハッキリと何かを言う暗望が珍しくも口ごもる。
かける言葉が見当たらない──のではない、動揺している?
「・・・なんだよ」
「それ、考えるまでもなく、思い出すまでもなく、大仰に回想と銘打つまでもなく幸村さんという方が犯人ですよね?──え?まさかまさか、そこまでのヒントがありながらに、今まで散々に逡巡していたと?」
神経を疑う、正気を疑うと言うようにこちらをまじまじと見つめる暗望。
その視線には妙に心の底からの疑念が募っているようで、正直身構えてしまう。
「・・・・・・マジで?」
それにしても、そこまで言うか。
皆とっくに全てを分かっていた、と?
「大マジです。」
ふむ。
どうやら大マジらしかった。
本気で言っているのか、この後輩は。
「いくらなんでもそりゃあないでしょう、主人公とか語り部とか、そういう立場を差し引いても尚、鈍感すぎるとしか言いようがありません。」
いっそ、と言うべきなのか、頬を膨らませて怒ったように僕を批難するその表情が心に痛く刺さった。
遊海ちゃんとはまた違うベクトルの怒りだ・・・恐ろしい。
「いや、そんなに責めるなよ・・・悪かった。僕は主人公でも、探偵役には向いてねえんだろう。」
そもそもこれは推理エピソードじゃあないのだけれど、まあ。
時間を越えた事件だって、最近の推理小説では当然のように取り扱われているかもしれないしな。
閑話休題。
「まあ何にせよ、それでしたら、その幸村 歪美さんを探し出せばいいのでは?探し出して何らかの解決を図れば、それでめでたしめでたしでしょう。」
「めでたく行くかは分からないんだけどな・・・あの人、かなり気性が荒いし。つーか、そういうわけにもいかないのさ。」
「ほう、と仰いますと?」
僕は洞木からたった今送られたラインメッセージの表示されたスマホを掲げるように眺めてこう言った。
「ついさっき、幸村さんが逃走した──────らしい。あの洞木が、時間稼ぎに、食い止めるのに失敗した。」
・
流石は医者、と言うべきなのだろう。
それもただの医者ではなく、裏世界、戦闘と死闘にこれ以上なく満ち満ちた世界に身を置く名医ならではの技術──つまり、彼女は人体の急所を精密に、的確に全て把握していた。
幸村さんが戦闘技術において、例えば戦闘兵器として創造され、力を暴走させた屍兵と比べても一切の遜色がなかったほどの実力者なのも、恐らくはそういったところに起因しているのだと思われる。
「完璧にやられたよ。あの女・・・俺の身体に一切の傷を負わせることなく、俺を戦闘不能にしやがった。」
洞木は電話越しに弱々しい声でそう語る──しばらく行動がとれない彼は、どうやら声を出すことが精一杯らしい。
「先輩。お電話、代わってもらっても?」
小声で暗望がそう言うので、僕は洞木に一言声をかけてから、自分のスマホを彼女に手渡した。
「もしもーし。お電話代わりました、暗望です。」
「・・・よお、出来れば二度と話したくなかったんだけど。どうした?」
暗望はどうやらスピーカーをオンにしているらしく、洞木の澄んだ声がこちらにも確かに聞こえてくる。
「いえ。幸村さん、でしたか?私は出会ったことないんですけれども。その彼女、一体どういった経緯で逃走したのです?」
「別にー。不自然なくらいにコソコソしてたから、それとなく問い詰めただけだけれど。なんで?」
「いえ、洞木さん。あなたがわざわざメッセージを寄越すってことは、大方私たちと同じ結論まで至ったのでしょう──最終的には。
私が聞きたいのはそういうことではなく。
幸村 歪美は何故、過去の己を殺そうとするのに、ここまで時間をかけたんです?」
「・・・・・・?」
その言葉の意味は、当然僕には理解出来るはずもなく。
──が、しかし、流石は表裏一体と言うべきなのか、それは洞木も同じことだったらしく、彼の底抜けにおちゃらけた感じの声がそこでぽつりと途絶える。
「未来──というか、この世界に彼女が現れてから、随分時間が経過していますね?ならもっと早く動いても良さそうなものです。しかしながら彼女は突発的に──ではなく、寧ろ狙ったように計画的に、ピンポイントで行動に出たのは」
何故ですか、と。
暗望はそう言った──そんな彼女の言葉が、またも僕の心に引っかかっていた。
時間軸に執拗に拘るよなあ・・・不思議なくらいに、そして。
不自然なくらいに。
「──────────?」
その時、僕の脳裏に何かが過ぎる。
深く鋭い大傷が、一瞬にして脳に刻み込まれたかのような、そんな感覚────これは。
時間軸。
螺旋階段。
時間遡行。
渦巻く私怨。
揺らめく紫煙。
蛇の式神。
未来への怨恨。
過去への遺恨。
八橋 京、幸村 歪美。
物語の傍観。
「そうだ────螺旋の、内側・・・・・・!」
それは最初、暗望が発した言葉だったように思う。
内側。
内側から物語の顛末を眺める傍観者──彼女はたしかに、そう言っていた。
だとすると、やはり暗望も知っていたのだろう。
事の顛末。
結末を。
「暗望、ちょっと悪い」
僕は彼女からスマホを半ば強引に奪い取り、荒くなる鼓動、荒くなる呼吸を整えて話す。
「洞木、時間の螺旋軸を、物語の行く末を、何にも干渉されず、何にも影響されず傍観出来るとすれば────それは、" 何処 "からだ?」
「は?」
それほど間を空けずに向けられた彼の反応は、至極真っ当なものだろう。
荒唐無稽で意味不明なことを言っているという自覚くらい、僕にだってある。
「そりゃあ、外側からじゃねえの?傍観者なんだからよ。似たようなことを訊ねられた経験があるけれど、確か同じような答えを返した気がする。
物語だろうと何だろうと、普通は外側から見るものだろう────内側から視えるなんて、それこそ。」
「禍中でなきゃあ、有り得ねえ────。」
禍中。
禍中。
「洞木、他のメンバーは?」
「桜木がいる」
「今すぐ車を出せ、場所は公立近衛高校近くだッ」
僕は八橋 京が通っている──というか、籍を置いているらしい学校の名前を告げて、電話を切り、全力疾走でその場所を目指す。
「あ、ちょっと、先輩──!?」
暗望の慌てたような声が聞こえるが、それにも僕は構わない。
よく考えれば判然とすることだったろう。
幸村 歪美が、あの人が、どんなに狂っちまったところで、自殺なんてするわけないんだ────ましてや、過去の自分を殺すなど。
そんなことを、するはずが。
ない。
「だから、向かうところなら────あそこしかないだろっ!」
僕は走る。
走り続ける。
そうだ──暗望 闇樹の言う通りだった。
回想なんて言うまでもなく。
過去の記憶を縷々と辿ればいいだけだ。
たしか彼女は知っていた。
たしかに彼女は、知っていたのだ。
近衛高校前の大きな道路に到着した時、辺りは暗く、既にその車がヘッドライトを光らせていた。
メルセデス・ベンツ。
暗望が唖然としている・・・・・・いや、僕も同様だけれど。
「やあ──待たせたね。
わざわざ人を呼び寄せたってことは、まあ何かしらあったんだろう。何も聞かないさ、俺は協力するよ・・・・・・おっと。」
桜木くんはそう言って僕を振り向いたが、すぐさまその視線は暗望の方へと向いた。
「へえ──お嬢さん、なかなか面白い眼をしているね。«式神»の子、か。初めまして、桜木 葉落でーす。」
「・・・どうも。暗望 闇樹です。」
あれ?
妙によそよそしい態度で応じる暗望を見て、何となく首を傾げるような気持ちになる。
こいつ、まさか桜木に対して距離をとろうとしているのか?
「うーん?あんまり上手くいかないなぁ。──まあいいや、ほら、急いでいるんだろう?早く乗りなよ。」
「いや・・・ちょっと待って」
僕はここでやっと口を挟む。
寧ろここでツッコまなきゃタイミングを逃し続けるぞ。
「その車、誰の?」
「? ──俺のだけど」
「・・・君、いくつだよ」
「今年で18──ああ、無免許運転って言いたいのかな?心配するなよ、俺らみたいなのは法律の枠内に収まらないし、それなりの技術はある。」
いや、かっこいいこと言っているようだけれど、それはただ犯罪なのでは?
「そうかよ・・・じゃあ、乗せてもらうぜ。」
桜木くんを苦手としている(らしい)暗望をあまり待たせるわけにもいくまい、そもそも状況が状況、ことは急を要するのだ。
僕に続いて、未だに沈黙を続けている暗望が車に乗り込み、ゆっくりと重厚な扉を閉めた。
「行き先は────」
僕はタクシーを利用するかの如く、そんな感覚で運転手である桜木くんに行き先を告げようとして、口を開く。
行き先は。
僕の行くべきところは。




