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無題  作者: ねろ
25/81

覗く深淵、望む深淵

それから暫くの間、僕は部屋の床に寝そべっていた。


眉を(ひそ)め、顔を(しか)め、口を固く結び、天井を鋭く睨みつけている。


八橋 京は助からない──救えない。

その事実らしくない事実に、その真実ではない真実に、僕はとても遣る瀬無い気持ちに襲われた。

無気力と言ってもいい。

いっそ全てを放棄して、このまま投げ出して、逃げ出してしまおうかと思った──────そんなこと、出来るわけないけれど。



「そう落ち込まないでほしいですね、私が罪悪感に苛まれてしまいます──おっと、罪悪なのは先輩でしたっけね。


何にしたって、立場上あなたはこの依頼を受けるしかありません。不肖この私も、及ばずながら手伝わせて頂きますので、頑張りましょうよー。」

全身の力を脱いて仰向けになっている僕のすぐ側に、猫のように擦り寄る暗望──最近の女子にしては警戒心がえらく低い部類の女の子だ。



「頑張るったって・・・アテはあるのかよ?」

指針もなければ手がかりもないような状況では、何かを出来るわけがない──行動の起こしようがないじゃあないか。

そんなもん、全く知らない街の地図を描くようなものだ。



「ありません。ですが、方策ならありますよ────まずは会いに行けばいいんです、現在を生きる八橋 京ちゃんに。」

私の幼馴染に。


暗望 闇樹はそう言って、無邪気にくるりと身体を回転させる。



「・・・・・・・・・。」

僕は──それを見た僕は、無言のままで身体を起こし、そして漸く立ち上がった。







「会いません」

八橋 京──最初に彼女から告げられたのは、扉越しに突きつけられたのは、そんな一言だった。




会いたくありません。




まあ、そりゃあそうか。

僕と暗望は一緒に彼女の自宅へと来ているわけだが、暗望は旧知の仲であると言えども、もう片方の僕に関しては全く知らない人物なわけだし。

一度殺されかけたというなら、恐怖のあまりに扉すらも開けられない──なんてことがあっても、おかしくない。

無警戒よりは全然マシというものだろう。



本来のところ、関係も関連もない僕らが──否、僕が、無理矢理に関与しようとして、強引に関心があるフリをしているだけなのだから。


人の気持ちは理解できない。

決して。



しかし、そうと分かっていても言い切られてしまうとヘコむなあ・・・・・・。

わざわざ見知ったばかりの後輩女子と少しばかりの遠出デートをして、厳重なオートセキュリティの整った高級マンションのあらゆる防犯対策を掻い潜り(方法は秘密)、やっとここまで出向いたというのに。



「先輩、少し待っててくださいね。穏和な解決を試みます。壊血病並の解決です。」

僕を見かねたのか、そんな意味のわからないことを口走ってインターホン経由で説得しようとする暗望。

壊血病は全然穏和じゃないことを今度教えてやらなければならない気がするのだが。

字面からまず恐ろしいじゃねえかよ。



「京ちゃん、この人はいつも皆から心配されている人だから、大丈夫だよ。きっと問題を解決してくれるよ。」



「心配されているの!?余計イヤだよっ!頭のおかしい人みたいじゃん!」

暗望の謎のボケに対して、インターホンの向こうから可愛らしい女の子の声が響いた──が、その声色はやはり怯えているようで、如何ともし難い気分になってしまう。

ツッコミはなかなか上手いのだけれど。



「おーっと、間違えた。信頼されているって言おうとしたんだ。」



「心配なのは闇樹ちゃんの方だよ・・・?」

まあ、それには賛同する。

僕も心配だ。



「ひどいなー。正しくは信頼だってば。言い間違えたんだよ。信じられていて、そして頼まれているのさ、いろいろと。」



「頼まれているの?頼られていてほしいよ、そこは・・・なんだか常時パシリ系の後輩みたいだよ?不良によく遣わされてそうな人だよ?」



「不良に遣わされているパシリ系の後輩はどちらかと言えば私だね。遣わされているというより、体の良いように使われているのさ。


初めての女子とは話せないっていう不良先輩に同行するように命じられてしまってね。」



「ちげえよ、僕はそこまでビビりじゃねえ!ていうか、命令もしてねえし、僕は不良じゃないからな!?」

だんだん京ちゃんの『暗望の先輩を名乗る男』に対する視線が怪訝になってきた(見えないけれど)あたりで、僕は制止の意味も兼ねてツッコミを入れる。

双方の沈黙を確認してから、暗望と立ち位置を代わって、話し始めた。



「あー・・・えっと、暗望の先輩、つまり僕はそんな奇矯なやつじゃないから、警戒しないでくれ。──いや、警戒は最低限してほしいけれど、ここでは一時的に緩和してほしい。


暗望の紹介通り・・・じゃないかな。僕は何でも屋の人間だよ。こいつと同じ、八宮高校の生徒でもあるんだけれど。」



「僕はあくまで、君に絡む問題を解決したいと思っている。いろいろと鬱陶しいしがらみを未来に持ち越したりせずに、全てを解決したい──その手伝いを、したい。」

数年後の近い未来に死期を持ち越すことも。

もちろんしない。



「・・・・・・わ、分かりました。はわわ、えっと、ええっと。


と、とりあえず、お入りくださいっ。詳しくはそこで・・・お話、します、から・・・・・・。」

やけにおどおどした様子で対応する八橋 京。


暗望のボケに対してツッコミ役をしていたものの、気弱なのだろうか。

だとしたら僕の先程の口調に、つい気圧されてしまったのかもしれないな・・・それは困る話だけれど、有り得ない話ではない。



「分かった。お邪魔させてもらうぜ。」

僕はそう言うと共に、小さく開かれた茶色の扉の向こう側へと足を踏み入れた。






八橋 京の部屋は、たとえ女の子の部屋に踏み入ったことのない男子が想像してみても、大方外れにはならないだろう、そんな女子らしさの溢れた部屋だった。


ふわふわとした可愛らしさを全力で前面に、というか全面に押し出したような部屋で、思わず僕の方が圧倒されてしまう。



八橋 京。

京ちゃん──そういう呼び方がやはり相応しいような、小柄な可愛らしい見た目の女の子だった(年の差がたった1歳であることが信じられない)。

薄い桃色のフリル付きワンピースを着ていて、長い前髪を揺らしている。



「えっと、その・・・そんなに見つめられても、困ります、お兄さんっ。」

長い間言うことを躊躇ったのだろう、謎の" 言い切った感 "が漂っていた。

つーか、呼び方。



「ああ、ごめん・・・というか、そんなに緊張しないでくれ。一つ歳上の奴に、そこまで畏まることはないぜ?」

そもそもその呼称は、結構あざといからな。

妹でもないのに、悠香以上に妹キャラを狙っているみたいになってる。



「そうそう。京ちゃん、敬語っていうのは、本当に心の底から敬っている人に使うべきなんだよ。」

それでも、敬語を使っていないから敬っていない、なんて逆説は成り立たないけどね────そんなことを飄々と言う暗望。



おい。



「なんですか?あなたの扱いを蔑ろになんてしていませんよ。私はしっかりきっちり敬語を使っているじゃあないですか。尊敬してますよー、先輩だーいすき。えへへ。」

ぎゅー、と僕に抱きつく暗望。

うわ。

うざってえな。

ぶん殴ってやろうか。



「だったらもっとそれらしくしろ、わざとらしいんだよ。」

暗望を無理に引き剥がしてからそこで言葉を止め、再び京ちゃんに向き直る。



「・・・と、まあこんな感じだ。だから京ちゃん──でいいよな?京ちゃんも、なるべく身構えずに、気軽に話してほしいんだ。」



「そう──ですか。」



「うん。私に話すつもりで話してごらん?きっと気が楽になるさ────だって、言葉には不思議な力があるからね。」

最後に意味深なことを言って不気味に笑う暗望だったが、京ちゃんはそれに気づいてはいないようだった。



「じゃあ、話すね──あ、いや、話しますね。」



「3月が始まったばかりのことなんです。私は高校受験が終わった解放感から、今まで溜まってたストレスを全て発散するように、今考えると馬鹿みたいなくらいに遊び回っていました。」



「遊び?」



「はい。少し危ないこともしちゃったり・・・したんです。実は。それが原因で、トラブルも起こっちゃって・・・・・・。」



「トラブルねー。そっかそっか。そりゃあ例えば、色恋沙汰──とかかな?ふふっ。」

楽しそうに相槌を打つ暗望。

その反応を見るに、どうやらこいつも、ことの発端──梗概までは詳しく知らないのか。


いや、そうじゃあない。


明らかに解っている──それを楽しんでいる。



「!──・・・そう、だよ。ちょっとしたトラブルで、男の子からすごい嫌われちゃって・・・・・・。」



「へえ・・・。」

色恋沙汰ね。高校1年生に似つかわしくない表現だけれど、いやしかし、そういうことがあったというのなら受け入れざるを得まい。

嫌われて、というのは京ちゃんの性格から考えると大分ソフトな表現な気がする。

実際はもっと深く、もっと酷く、恨まれたはずだ。


恨み骨髄、か。

骨身に沁みるほど、それは、その傷は深く刻まれたのだろう。


しかし、それだけでは今回の件に繋がらない。彼女を殺そうとしたのはそんな生半な真実じゃない。



「それから、誰かに尾行──というか、観察されている気がしてたんです。気味が悪い、気持ちが悪い、そういう嫌悪の積み重ねの行く末、その果てに、その日はありました。」



「駅前のショッピングモールを闇樹ちゃんと2人で歩いていた時なんです。長身の女の人──から。」

殺されかけました。

なんて、言えないだろう──当たり前だ。

この子は永遠に、彼女の正体を知るべきではないのかもしれない。


そしてそのピンチを、暗望の式神でなんとか脱却したわけか。

ふむ。



「分かった。とりあえずそこまででいい、ありがとう。」

しかし。

彼女を恨んでいるというその男が未来の八橋 京と関係しているのだろうか?

すると、その未来に至るまでに何らかの転機があって、挙句の果てにはその男に協力──というより、手を貸したことになるけれど。


いや。

そもそも暗望は、何故トラブルの原因が色恋沙汰だと知っていた?

もしかして、その男と繋がっていたのは暗望──なのか?



「嫌だなあ、先輩。そんなふうに私を睨まないでくださいよ。私は何かではありませんし、そして何でもないのですから。


«式神遣い»は平和主義でして──言わば仲裁人ですよ。意味もなく、意志もなく、幼馴染を殺すように仕向けるわけがないじゃあないですか。」



「じゃあどうして、お前はそんな知ったふうなことを言えたんだ?」



「さあ。何故でしょう。

私の立ち位置は真ん中ですよ。全ての比率を1:1に保つ──何にも縛られず、何にも影響されない。何者にもなれない、内側から物語の顛末を眺める傍観者ですから。」


「・・・・・・・・・?」

なんだろう、この違和感。

今の暗望の発言、すごく引っかかる────奇妙な違和感、修正しなければならない齟齬のような、意味のわからない噛み合わなさが、どこかにズレがある。



「ああ、ごめんね京ちゃん──このどうしようもない先輩と内輪ネタで話を進めてしまっていたよ。さて、今聞くべきは君の話で、今聞くべきは君の願いだ──いや、依頼、かな?」

悶々としたままの僕より一足先に話を立て直した暗望は、京ちゃんの後ろに回って、ぐるりと腕を肩に乗せる。


これだけなら旧知の仲である幼馴染同士のスキンシップだが、取り立てて取り上げることもないような些事なのだが、刹那その瞬間、何故かその光景が非常に渦巻く邪悪のように見えた。



「私の、依頼────?」

京ちゃんは首を傾げる。


「君はどうしたいんだい?自分を尾ける人間をどうしたい?殺したいかい?それともその男と関係を修復したいのかい?それとも──」



「おい!」

京ちゃんの耳元で煽るようなことを囁き続ける暗望に、思わず僕は怒鳴ってしまった。


「何です──甘ったれたことをまだほざく気ですか?笑わせますねえ・・・・・・ホント、先輩はお優しいです。」



「・・・・・・ッ、何なんだよ、お前は!何がしたいんだ!!」



「あのっ!」

暗望は意識に任せ、僕は感情に任せ、互いに(たが)い合う丁々発止の激論に展開するその直前──京ちゃんが珍しく声を張って、僕らの侃々諤々たる(いが)み合いの雰囲気を制した。

部屋に沈黙が走る。



「私は、誰も殺したくない・・・それに、今更、彼との関係も戻せるとは思わないよ。

私と周りの人達が無事なら、それでいいの。」



「お願いします。

依頼を受けてください──私を、助けてください。


但し、誰も傷つけることなく。」

僕を見つめて京ちゃんはそう告げる──堂々としたそれは、宣戦布告のようでもあった。

その眼差しは、こちらをしっかりと見据えるそれで、燦然と輝く意志を有している。



「分かった・・・僕は何でも屋だから、そのくらいお易い御用さ。


けれど、こちらからも条件を出させてくれ。」



「この依頼が終わったら、僕らみたいな" 普通じゃないもの "のことは完璧に、完全に忘れること。忘れられなくても忘れることだ。


そして絶対、これ以上関わりを持たないでほしい。」



「分かりました、約束します。」

京ちゃんは力強く頷く。



「・・・オーケイ、承ったぜ。


そんじゃあ、始めるか。」

僕の依頼(けつだん)を。

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