殺される正しさ
僕と暗望は京ちゃんの家を去り、狭い歩道を歩きながら思考する。
あんな大仰な締め方をしてしまったものの、多分それは自己満足に近いのだろう。
いつだったかに洞木に話したように、陰翳へと、安全へと逃げ込んで、自分が傷つくことを徹底して避け続けている、そんな臆病者の身勝手な傲慢でしかない。
それでも、そんな僕が動けるのは、京ちゃん本人の確固たる強い意志によるものなのだろう。
僕が何でも屋という立場であることを差し引いても、僕は僕でしかなくとも、僕個人としても、やはり自分の意志だけで行動することなんて──────。
「あのですね、先輩──私が側にいる時だけ、過剰に卑屈になるのをやめて頂けませんか?こちらまで陰鬱な気分になってしまいます。」
呆れ返ったような表情で、暗望が言葉を投げかける。
それを聞いて僕ははっとした。
「あ・・・いや、ごめん。しかし、話を聞けば聞くほど分からなくなってさ。一体、未来の八橋 京は何をしたいんだろうか?」
何かしらの事情が伴った行動なんだろうけれど、しかし過去の自分を殺せば、自身も消えてしまうのではないか。
どんな遠回りな自殺だよ、とツッコミたくなる。
「さあね。分かりませんよ。ただの«式神遣い»である私には、皆目見当がつきません。」
暗望は首を竦めてそう言うと共に、やや自虐的に笑った。
「気になっていたんだけれど、お前の使役する式神って、具体的には何が出来るんだ?」
「何も出来ません──というのが、最も尤もらしい答えですかね?式神は本来、人為的に使役できる便利道具ではありません。昔からあるべくしてそこにあり、きっとこれからもそこにあるべくしてあるのだろう────そういうものですから。」
「でもまあ、強いて言うなら、«狂気»の誘発──精神の破壊くらいなら容易いですよ。」
狂気の誘発。
精神の破壊。
充分に恐れるべき性質だ・・・迂闊に敵に回すことは出来ないな。
「いや──話が逸れちまったけれど、しかし八橋 京を捜索するに際して、その式神を遣うことは出来ないのかってことさ。」
「出来なくもないです。というか、普通に可能です。札に封印してある式神の数には限りありますけれど、例えばこのように────。」
そう言いながら暗望は、黒いポシェットから古めかしい雰囲気の札を取り出す。
そこに在るだけで重々しい空気が張りつめるような、鋭く突き刺すような冷たいエネルギーが逆流するような存在を放つ札だった。
次第に濃い紫色の煙が一定の形に渦巻いて、それは足下で細々と畝ねるシルエットを作り出した。
「«蛇»の式神──とかね。」
「蛇?」
僕は唐突に発せられたその名を復唱する。
この形は蛇──なのか。
ひたすらに蠢いているところを見ると、成程たしかにそう見えなくもない。
「ええ。この蛇は言わば" 怨恨 "を突き止める神ですね。突き止めるというか、司るというか。
紫煙と私怨がかかっているわけです────それにほら、蛇はその細長い身体で蜷局を巻くんですが・・・・・・。」
彼女の言葉に合わせて、その煙の蛇はぐるぐると形を変える。
「煙に巻く──とは、かかっているわけでもないんですけれど。でもほら、いくら鈍い先輩でも、この形にはピンと来ますよねえ?」
この形は──たしかに、わかる。見覚えがある。
そうか。
蜷局を巻いた蛇はつまり、«螺旋»と酷似しているんだ。
この蛇は──私怨。
そしてもう一つ、時間の流れを司っているのだ。
「ぴんぽーん。大正解です。誰だって、過去の自分を嫌に思うことはありますよね?
あるいは、未来に持ち越したままの«恨み»とか────ね。」
この蛇はつまり、過去に様々な遺恨を残す人に取り憑き喰らう、そういう式神なわけか。
「でも、だからといってそれが何だって言うんだ?」
これが犯人である八橋 京を探知してくれるわけでもあるまいに。
私怨──恨み?
「いえいえ。手がかりです、先輩──式神はあるべくしてそこにある存在、そう言ったじゃないですか。逆に言えば、«有り得ないものは有り得ない»のです。」
暗望はまたも意味ありげな言葉を語り、僕をなんとなく不安にさせる。
「つまり今回、この蛇神も«在るべくして在る»というだけですよ──そこにいるだけ。
でも解ることはありますよね?今回の事件の動機、八橋 京が過去の自分を殺そうとするという暴挙の動機は────«怨恨»ですよ。」
トラブルに巻き込まれた男が、というのでもなく。
ただ自分が、昔の自分を恨んでいる──。
八橋 京。
だとしたら彼女は、時の螺旋階段から滑り落ちたのではなく。
ただ憎悪を憎悪するべく。
ただ嫌悪を嫌悪するべく。
ただ過去を過去のものとするべく。
風化させるために。
消滅させるために。
意図的に過去へと流れた、のか──────?
「・・・・・・・・・。」
思わず黙り込む。
「おや。何か" 思い当たる節 "でもあるような顔をしていますね──────ふふっ。」
暗望は──それこそ自身は全て思い当たっているような、正解へと思い至っているような後輩は、意地悪く微笑んで僕の顔を覗き込んだ。
何か思い出されましたか──と。
どこか余裕ぶって。
どこか勿体ぶって。
その通りだ。
僕は知っている──知っていた。
知っていたことを知らなかったが、知らないことを知っていたが、しかしそうではなく、けれどそういうことではなく、知っていることだって、それすらも僕はとっくに«知っていた»のだ。
「思い出したわけじゃない・・・・・・忘れていたわけじゃあ、ない。」
訥々と、僕は絞り出すように話す。
暗望に告げるわけでもなく、目の前の空虚に語り続ける。
「へええええ?でしたら教えてくださいよ。先輩の脳裏、奥底の奥底に在り続けていた、ことの真相を。」
わざとらしく、彼女は、暗望 闇樹は問いかける。
「ああ、教えてやる────洞木は推理を間違えたんだ。
八橋 京は八橋 京でもあるけれど、それと同時に八橋 京ではない。」
八橋 京以外の全てであって、されど決して八橋 京だけにはなれない。
そんな、そんな朧な存在。
そこに生じた、誤植のような存在。
彼女はここからそう遠くない未来に、八橋 京としての自分を捨てているのだから。
いや、そうじゃあない。
«歪んだ存在»と、そう言うべきだ。
「八橋 京は──«彼女»だ。」
「八橋 京は──────。」
「幸村 歪美だ。」




