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無題  作者: ねろ
26/81

殺される正しさ

僕と暗望は京ちゃんの家を去り、狭い歩道を歩きながら思考する。


あんな大仰な締め方をしてしまったものの、多分それは自己満足に近いのだろう。

いつだったかに洞木に話したように、陰翳へと、安全(セーフティ)へと逃げ込んで、自分が傷つくことを徹底して避け続けている、そんな臆病者の身勝手な傲慢でしかない。


それでも、そんな僕が動けるのは、京ちゃん本人の確固たる強い意志によるものなのだろう。

僕が何でも屋という立場であることを差し引いても、僕は僕でしかなくとも、僕個人としても、やはり自分の意志だけで行動することなんて──────。


「あのですね、先輩──私が側にいる時だけ、過剰に卑屈になるのをやめて頂けませんか?こちらまで陰鬱な気分になってしまいます。」

呆れ返ったような表情で、暗望が言葉を投げかける。

それを聞いて僕ははっとした。



「あ・・・いや、ごめん。しかし、話を聞けば聞くほど分からなくなってさ。一体、未来の八橋 京は何をしたいんだろうか?」

何かしらの事情が伴った行動なんだろうけれど、しかし過去の自分を殺せば、自身も消えてしまうのではないか。

どんな遠回りな自殺だよ、とツッコミたくなる。



「さあね。分かりませんよ。ただの«式神遣い»である私には、皆目見当がつきません。」

暗望は首を竦めてそう言うと共に、やや自虐的に笑った。



「気になっていたんだけれど、お前の使役する式神って、具体的には何が出来るんだ?」



「何も出来ません──というのが、最も(もっと)もらしい答えですかね?式神は本来、人為的に使役できる便利道具(ツール)ではありません。昔からあるべくしてそこにあり、きっとこれからもそこにあるべくしてあるのだろう────そういうものですから。」



「でもまあ、強いて言うなら、«狂気»の誘発──精神の破壊くらいなら容易いですよ。」

狂気の誘発。

精神の破壊。

充分に恐れるべき性質だ・・・迂闊に敵に回すことは出来ないな。



「いや──話が逸れちまったけれど、しかし八橋 京を捜索するに際して、その式神を遣うことは出来ないのかってことさ。」



「出来なくもないです。というか、普通に可能です。札に封印してある式神の数には限りありますけれど、例えばこのように────。」

そう言いながら暗望は、黒いポシェットから古めかしい雰囲気の札を取り出す。

そこに在るだけで重々しい空気が張りつめるような、鋭く突き刺すような冷たいエネルギーが逆流するような存在を放つ札だった。



次第に濃い紫色の煙が一定の形に渦巻いて、それは足下で細々と()ねるシルエットを作り出した。



「«蛇»の式神──とかね。」



「蛇?」

僕は唐突に発せられたその名を復唱する。

この形は蛇──なのか。

ひたすらに蠢いているところを見ると、成程たしかにそう見えなくもない。



「ええ。この蛇は言わば" 怨恨 "を突き止める神ですね。突き止めるというか、司るというか。


紫煙と私怨がかかっているわけです────それにほら、蛇はその細長い身体で蜷局(とぐろ)を巻くんですが・・・・・・。」

彼女の言葉に合わせて、その煙の蛇はぐるぐると形を変える。



「煙に巻く──とは、かかっているわけでもないんですけれど。でもほら、いくら鈍い先輩でも、この形にはピンと来ますよねえ?」


この形は──たしかに、わかる。見覚えがある。

そうか。

蜷局を巻いた蛇はつまり、«螺旋»と酷似しているんだ。

この蛇は──私怨。

そしてもう一つ、時間の流れを司っているのだ。



「ぴんぽーん。大正解です。誰だって、過去の自分を嫌に思うことはありますよね?


あるいは、未来に持ち越したままの«恨み»とか────ね。」

この蛇はつまり、過去に様々な遺恨を残す人に取り憑き喰らう、そういう式神なわけか。



「でも、だからといってそれが何だって言うんだ?」

これが犯人である八橋 京を探知してくれるわけでもあるまいに。

私怨──恨み?



「いえいえ。手がかりです、先輩──式神はあるべくしてそこにある存在、そう言ったじゃないですか。逆に言えば、«有り得ないものは有り得ない»のです。」

暗望はまたも意味ありげな言葉を語り、僕をなんとなく不安にさせる。



「つまり今回、この蛇神も«在るべくして在る»というだけですよ──そこにいるだけ。


でも解ることはありますよね?今回の事件の動機、八橋 京が過去の自分を殺そうとするという暴挙の動機は────«怨恨»ですよ。」

トラブルに巻き込まれた男が、というのでもなく。

ただ自分が、昔の自分を恨んでいる──。



八橋 京。

だとしたら彼女は、時の螺旋階段から滑り落ちたのではなく。


ただ憎悪を憎悪するべく。

ただ嫌悪を嫌悪するべく。

ただ過去を過去のものとするべく。


風化させるために。

消滅させるために。


意図的に過去へと流れた、のか──────?



「・・・・・・・・・。」

思わず黙り込む。



「おや。何か" 思い当たる節 "でもあるような顔をしていますね──────ふふっ。」

暗望は──それこそ自身は全て思い当たっているような、正解へと思い至っているような後輩は、意地悪く微笑んで僕の顔を覗き込んだ。



何か思い出されましたか──と。

どこか余裕ぶって。

どこか勿体ぶって。



その通りだ。

僕は知っている──知っていた。

知っていたことを知らなかったが、知らないことを知っていたが、しかしそうではなく、けれどそういうことではなく、知っていることだって、それすらも僕はとっくに«知っていた»のだ。



「思い出したわけじゃない・・・・・・忘れていたわけじゃあ、ない。」

訥々と、僕は絞り出すように話す。

暗望に告げるわけでもなく、目の前の空虚に語り続ける。



「へええええ?でしたら教えてくださいよ。先輩の脳裏、奥底の奥底に在り続けていた、ことの真相を。」

わざとらしく、彼女は、暗望 闇樹は問いかける。



「ああ、教えてやる────洞木は推理を間違えたんだ。


八橋 京は八橋 京でもあるけれど、それと同時に八橋 京ではない。」

八橋 京以外の全てであって、されど決して八橋 京だけにはなれない。

そんな、そんな(おぼろ)な存在。


そこに生じた、誤植(エラー)のような存在。


彼女はここからそう遠くない未来に、八橋 京としての自分を捨てているのだから。



いや、そうじゃあない。



«歪んだ存在»と、そう言うべきだ。



「八橋 京は──«彼女»だ。」



「八橋 京は──────。」






幸村(ゆきむら) 歪美(ひずみ)だ。」

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