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無題  作者: ねろ
17/81

罪悪

大抵の物語では人が死ぬ。

勿論それはバランスと裁量を弁えた上で、作者の意図を踏まえた上で、恣意的なものを織り交ぜた上での話だけれど、とにかく人が死ぬ。


そういう死への意識が変化してきたのは、そもそも人の死が意味するその恐怖を明確に、明瞭にイメージ出来る人間の減少なのか、()しくは観念的な、概念的な死──生命の欠落が稀薄なものとして扱われたのか、何が原因に直結するのかは分からないけれど、とにかく人が死んでしまう。

いとも容易く──意図も絶やすく、死んでしまう。


だがしかし、今に限ってはそういうものとは一線を画す話題として語らせてもらおう。

少なくとも物語において登場人物(キャラクター)が命を落とすのは、それ自体が鮮やかな色彩になるからだ。


色褪せたブラウン管テレビばっかり見ていればいつかは飽きる────やはり、人は鮮明な彩りの(もたら)されたカラーテレビを求めるものだろう。

いや、ブラウン管もなんだかんだ言って、あれはあれで綺麗に映るらしいのだけれど、そういうことではない──あくまでも比喩だから。


物語を語る上で、そして綴る上で、人の死は刺激になる。スパイスになる。作意と悪意が錯綜して、喜劇的な悲劇、刺激的な死劇が繰り広げられるのだ。


そしてこういう話を実際にすると、読み手としてバッドエンド至上主義者である洞木なんかは喜んで饒舌に熱弁するのだろうけれど、しかしどうなのだろう?


人の死はバッドエンドであるとは限らないじゃないか──寧ろ死は、直接的に表現するならば救いであることの方がずっと多いように思うのだ。


僕が死ぬことが僕にとっての救いであるように。

僕が死ぬことが誰かにとっての救いであるように。


僕もまた、誰かの死によって生かされているところがある────。


だから僕は詭弁を弄したい。

あえて蕪雑な言葉のみを用いて、雄弁に語ってやりたい。

人の死は救いであって、そして人を殺めることも誰かの救いになるはずなのだ、と。

わかっている。

暴論だ。


死が怖くないと言えば嘘になるし、はっきりとそんなことを臆面もなく恥ずかしげもなく断言出来る人間は人間でない──異常だし、異様だ。


でも。

でも、だ。


だからといって──例えばここで、旭川 黒羽に僕が殺されることで、同様に誰かが生きることが出来るのだとしても、僕はそこで納得してはいけない。諦めてはいけない。

どこまでも生に貪欲で、いつまでも命に執着していなければならないのだ。


だから僕は進む。

無辜な善人なのか、それとも今すぐ死すべき大罪人なのかは知らないけれど──僕は誰かを殺して進む。




さようなら。

お前を殺して、僕は生きる。






«最悪(ハッピーエンド)»が使えない。

それは僕にとって、唯一無二の個性(アイデンティティ)の喪失とさえ言えた────能力が使えなくなった上、その原因も理由も分からないのでは、流石に対処も対策も出来やしない。


だが。


それだけで敗北条件を満たしたとは思えない。

そのくらいで蹉跌を来すわけにはいかないのだ。

相手は生命エネルギーの操作に累加して、能力コピーまで持ち合わせている・・・・・・すると、«命題»の事務所を襲撃した時のフランベルジェってのも、実は案外誰かの武器具現化能力のコピーだったりするのだろうか?


「«殺人器(デスサイズ)»ッ!」

旭川は地獄を想起させる漆黒の大鎌を構えてこちらへ突進するように駆ける。勿論熱線で奪ったのであろう、洞木の武器と同じものだ────しかし、少女の腕力でどうやってあんなもんを持っているんだ?


バランスはとれるのだろうか。


「はあああああああっ──!」

旭川は大鎌を勢い良く振り下ろす。刃が獣の大牙のように地面に深く食い込んだ。

僕は間一髪のところで転ぶようにしてそれを避ける。


「あっぶねえな、ちくしょう・・・っ」

いや。

我ながら今更何を言っているんだろう・・・・・・その台詞は第2話か第3話くらいのところで言うべきもののはずだ。


しかし、そこでもまた僕はしくじってしまう────いや、厳密に言うとこれは僕の失敗ではない。責任逃れを目論む釈明や弁明になり得るとは思わないけれど、これは。


「っがあああああああああ!!」

僕は叫ぶ、いやもうその声は悲鳴でしかなかったと思うのだが、とにかくみっともなく、惨めったらしく叫んで、叫んで、叫ぶ。


幾度目かになろう再来────右腕の激痛。

怨恨やら怨念やらが込められているのではないかと本気で疑いたくなるような、或いはその正気を疑いたくなるような、痛みと形容するにはあまりにも表現がマイルドすぎる«痛み»が。

迫り来る。


腕が痛む。腕が痛む。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


「────────────ッ・・・・・・!!!」


しかしそんな中でも、僕は腕に視線を向けるのだ────またこの激痛に伴い、正体不明の触手が伸びているはずで、それを確認しなければならないのだから。


あの触手。

なんとも(おぞ)ましい形相のソレが、やはりいつものように僕の腕の周りで動いていたのだった。

まるで意思を持つ生物のように。


「それよ」

旭川は大鎌を収納(身体に溶け込むようして消えた。洞木とは少し違うようだ)し、素手の状態で僕の方までゆっくりと歩いてくる。


「覚えているかしら?私が──«鴉»のボスである私が、切裂 遊海にあなたの始末を命じた理由。本人から聞いていると思うのだけれど。」

くすくす、と。

大層可笑しそうに、彼女は笑った。


「そりゃあ──────。」

僕が。

僕が只ならぬ存在──人間として他の世界に干渉を試みた«禍中»の存在だと看做(みな)されたから。


「そう。忘れないでね、あなたは«禍中»────人間じゃあないのよ。そんな奇怪な触手が身体から出現する時点で、相当に異常でしょう?死体に生命エネルギーと自我を注いで、600年も続き続けた私と同じ。決して人間じゃあないの。」

優しい口調で、諭すように僕に言い聞かせる。

その声色は、恐ろしくもあって、しかし同時に安心感に包まれるようでもあった・・・・・・なんなんだ、一体。


「あなたは人間のフリをしていても、所詮はただの(まが)い物。何をしたって君は変わらないし、何もしなくたって君は変われない。」

紛い物。

擬い物。

──────(まが)い物。


「だからもう忘れましょう?あの日あの時、あなたがしでかした大罪だって。たしかに君の友人も恋人も、死んで死にまくって死にすぎたかもしれないけれど────彼らは死ぬべくして死んだのよ。」


「もう背負う必要はない。逃げていい。避けていい。君は許された──かつての過ち。そんなものはあってないようなもの・・・・・・気にすることなんて何も無い。だからあなたは変な使命に突き動かされるようにして生きる必要はない。もちろん、責任も義務も有り得ない。」


「今回傷つけた«命題»の彼らだって、切裂 遊海だって、幸村 歪美だって、身の程知らずの命知らずは、どうせあんな風になったのよ、いつか────だから。」


「無視しましょう無視しましょう。屈従しましょう屈従しましょう。懺悔しましょう懺悔しましょう。忘却しましょう忘却しましょう。逃避しましょう逃避しましょう。後悔しましょう後悔しましょう。瞞着しましょう瞞着しましょう────」


「──────ね?」

幼い少女が笑顔を浮かべた。

ひどく怖く、ひどく恐く、そしてひどく蠱惑(こわく)的な笑みを。


僕は惨めに震える。

なんなんだ、こいつは────旭川 黒羽とは、なんなんだ?


こわい。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

恐ろしい!


狂っている!!


「・・・・・・・・・っ。」

閉口。

僕は返す言葉に行き詰まる。全身を迸る恐怖から考えると、上手く発声できるかどうかすら怪しかった。

どうせ声が出せたところで、丁々発止と言葉を交わす気にはなれない──これが僕の限界として、辟易していただろうけれど。


「──なにが、言いたい?」

これがやっとの思いで絞り出すように発せられた、一言だ。


「見捨てろ、と言ったの──洞木 唯一、そしてその仲間たちを。端的に命ずる────私の奴隷になりなさいな。」


「私は世界を支配したい。«禍中»を配下に置けば、その夢も夢じゃなくなる────事実になる。現実になる。真実になる。その渦巻く禍根を、渦巻く禍災を、私のために振るいなさいっ!」

誇らしげに、高らかに言う──まるで将来の夢を語って聞かせる子供の如く。


私のために絶望しろ。


私のために虐殺しろ。


私のために懇願しろ。


私のために奔走しろ。


──そんなことを、旭川は口走った。

どんな神経してやがるんだ、コイツ。


「・・・・・・はは」

僕は笑う。


「はっはっはっはっはっはっは──────。」

哄笑。

しかし一切の感情が込められていない、乾いて渇いた空笑い。




脊椎を無理に捻じられたような苦痛。




気力も気概も思わせない虚ろな眼差し──淀むところまで淀んで、澱むところまで澱んだ、希望を放棄して濁り切ったような眼差しが宙に向いている。




視界には黒々とした夜空が映るだけだ──さっき旭川が言った通り、曇天もまた、悪くないかもしれないな。




身体の芯が熱く、しかし首筋には冷や汗が落ちるように伝っている。




心臓が早鐘を打つ──たしか、そんな慣用句があったっけ?

今の僕はまさにそんな感じで、今すぐにでもはち切れんとばかりに不規則に乱れた鼓動を続ける心臓を胸の上から抑えつける。




それでもまだ、笑い続けるのだ。

哄笑を続ける。嘲笑を続ける。




「忘れているんじゃないか?僕はあんたを殺すためにここにいるんだぜ・・・・・・ほら、見ろよ──────。」

僕は無意識の内に右腕を掲げていた。

高く上げてはみたものの、そこに力が込められているわけでもなく。

そんな人形のような、或いは死体のような感じで、ぶらん、と。

掲げる。


無意識に。

理由もなく。

無自覚に。

根拠もなく。

────しかし、無意味ではなかった。


「な・・・・・・っ!?」

旭川が僕の右腕を見て、思わず口元を手で覆う。

驚愕している──それもそうだ。

僕だって驚いている。




僕の腕から伸びていた狂気の触手が──右腕にまとわりついて、そして" 硬質化 "しているのだから。




硬質化?

いや、一体化というべきかもしれない。

無数の血塗られた触手が隙間なく僕の右腕に絡みつき、それが腕と一体化するように硬質化している。

強固になっている。


やがてソレは僕の肘あたりの高さまで到達したところで成長を終え、完全なる異形の腕と化したのだ────痛みはない。

暗澹たる黒色の中に、まるで鳴動する血脈の如き深紅が無数に迸っている。

指先は獣の爪のように尖っていて、全てを八つ裂きに出来てしまいそうな様相だ。


熱い。

血の鼓動を感じる。

どくんどくん、と。

体内で鳴り響いている──!


「な──なによ、なんなのっ、それ!?」

動揺。

あたふたとしている旭川───その見てくれが少女の体であるだけに、愛でたくなるほど可愛らしい。



殺したくなるほど、狂おしい。

抱きしめて、愛してやりたくなる。


「・・・・・・さあ、なんなんだろうな ──僕にもよく分からないよ。」


「分からないけれど、物語にもそれなりの締めくくり方があるだろ?・・・・・・僕の友達はな──いや洞木 唯一のことなんだけどさ、バッドエンドを何よりも良しとするんだぜ?後味の悪さがクセになるとかなんだとか言ってさ。」


「・・・・・・っ!?」

たじろぐ旭川。

もう殺し屋ボスの風格を少しも感じられなかった。


「しかし僕的にはそういうオチはいただけないね。ほら、なんつーか、もうそれすらも在り来りじゃん。・・・・・・つまらないんだよ、簡単に言ってさ。けれど、だからと言ってあんたに賛同するわけにもいかない────世界征服で絶対支配、万々歳のハッピーエンドに拍手喝采を送るわけにもいかない。それもつまらない。」




世界の存在そのものに触れた漆黒絶無の厭世士すらも。


人喰いと化して苦悩した、非特異な高校生すらも。


絶対に名を明かすことはない無名の名探偵すらも。


決して逆境に屈しない、英雄を目指した戦士達すらも。




「強いて言うなら──恣意で言うなら、ありとあらゆる物語(エピソード)の«最悪»を凌駕する、壮絶する、超越する、最低最悪の最高峰(クライマックス)。」


「«罪悪(デッドエンド)»とでも、名付けようか──────。」

幸福でも、不幸でもない。

有無を言わさず、因果因縁のあらゆる全てが零へと帰す結末を選ぼう。

死ねばそれまで──零へと帰れ。

虚無へと還れ。




「何なの──あんたにそこまで言わせしめるアイツらは・・・・・・ただの高校生だったやつにそこまでさせるやつらは、一体何者なのよォッ!!」

半ば泣き叫ぶように問う旭川────まるで癇癪を起こした子供そのものだ。


新たな能力──«最悪(ハッピーエンド)»の延長線のその先、«罪悪(デッドエンド)»の胎動を全身をもって感じた僕は、シニカルに微笑んでこう答える。


僕にここまでさせる奴らは。

僕に" 自分を捨てる決意 "をさせる奴ら──" 自分を棄てる決断 "をさせる奴らは。


彼らは。




「なあに、大したもんじゃない」






「────«命題(ともだち)»さ。」



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