模倣品の屈辱
いつもの如く例の如く、今回も種明かしをしておこう。
僕にはその義務がある。
彼女の正体は旭川 黒羽だ。
しかしながらそれは別人と言ってもいい──否、彼女はまず人ではない。ならば単に生物らしく、生物として、別個体と形容するべきだろう。
人格も、記憶も、何かを引き継いでいるわけではない。
当然だ。あくまでも別物として、存在が切り離されているのだから。
旭川の能力は、以前に遊海ちゃんが教えてくれた通り、死体にエネルギーを宿すことで、人形として操るもので相違ない。己の複製品を作る能力で相違ない。
だから。
だからこそ。
ある日突然──あの日突然、僕らの目の前に現れたあの少女。彼女だって、天真爛漫な笑顔を振り撒いていた彼女だって、同様に複製品だった。
それだけのこと。
分かってしまえば、つまらないオチだった。
複製品でなく、複製品。
旭川 黒羽は、旭川 黒羽の複製品に過ぎない。
それだけ。
本当にそれだけ。
僕と旭川は背中合わせになって、そして互いに駆け出す────途中で全身を反転させ、互いに突進するように!
「つまりは、そういうことなんだろッ!!」
僕はナイフを力強く一振して叫ぶ。しかしその刃は虚しく空を切り、込めた力が変な方向に作用してしまうのを感じた。
身体がバランスを崩してしまう。
「そういうこと?何のことかしら──知らないわ!」
旭川は不格好に空転した僕の体躯を蹴り下ろす。
「ぐう・・・・・・っ」
視界が大きくブレる。
背中に旭川の踵(裸足だったことにここで気がつく)が食い込み、身体が軋む。
「うおおおおぉッ」
叫んで足掻くが、結局はそれも功を奏すること無く僕の全身は地面に勢い良く叩きつけられた。
体内に大きな音が響き渡る。
「ねえ、もうやめにしない?────あなたは愚かよ。そういうのを人は命知らずと呼ぶの。ご存知ないかしら?」
這い蹲るような体勢で倒れ込んだ僕を踏みつけて、唾棄するように旭川は言う。
それは優しく柔らかい口調ではあったけれど、同時に人の心の奥底を容易く抉るような容赦の無さが感じ取れた。
それでも僕は何も言わない。
幼女に踏まれるのは悪くないけれど────しかしこの場合は、話が別だ。そんなふざけたことを言っているわけにはいかない。
これでも必死なのだ。
地に伏して倒れ込む僕の顔を覗き込むようにして旭川は続ける。
「私は不老不死なのよ。死体を新しく創り直すことが出来るなら──造り直すことが出来るなら、その能力を自分にも適用させるのは、ある程度推察出来ることでしょう?」
まあ・・・・・・そうなのかな?
死体──即ち、生命エネルギーが底をついた空っぽの器に、別のエネルギーを注入し直すような能力だから、エネルギーが未だに有り余っている自分自身の器にそれをすれば、確かに不老不死の実現は可能なのかもしれない。
有り得ない話ではない──寧ろ、幾分か理屈と理論を伴っているだけあって、一考する価値は充分にある。
でも。
それでも。
それでも、僕は躊躇するわけにはいかないんだよ──────!
「だからどうしたアアアッ!!」
僕は咆哮と共に、後ろに退転するように立ち上がって距離をとる。
そして即座に旭川に向かって駆動し、彼女の白く美しい首筋に手をかけた。
滑らかで、透き通るほどの美麗な肌。子供らしい細首に。
「«最悪»ッ!!」
首を絞められたことにより、少しだけ苦悶の表情を浮かべる旭川の額に人差し指を突きつける。
よし────成功した。
見せてやる、«最悪»の夢をっ!
「ふふっ」
しかし、旭川は実に呆れ果てたように微笑しただけだった。
600歳と言えど体は幼年のそれなので、矍鑠と笑う──という表現が嵌るのかは分からないが。
「食らいなさい──!!」
腹部に強烈な衝撃が迸る。
重々しい一撃──覚えのある痛み。
「ぐああ・・・・・・・・・ッ!?」
いや、«最悪»が発動しないことにも驚いた──が。
何より驚いたのは、やはりその攻撃。
旭川がたった今放ったその一撃は、僕の友人・神凪 緋雨さんの操る«破壊»そのものだったからだ。
なぜ。
なぜ旭川が、«破壊»を使うんだ!?
「クソォッ!!」
人類の極限とまで呼ばれる«破壊»の威力をまともに食らってしまったため、遥か彼方まで吹っ飛ばされる────と言えど、僕は空中で体勢を立て直し、なるべく衝撃を吸収するように着地した。
半ば無理があったか・・・・・・それでも迫り来る痛みはそこそこ抑えられたはず。
僕は立ち上がる。
旭川はなぜ、緋雨さんと同じことが出来た──?
考えろ。考えなければ僕は死んでしまう。
「そんなにじろじろ見つめられても困るわ・・・・・・・不快、いえ不愉快よ。」
そう言って旭川は指をこちらに向ける。僕の(なぜか不発に終わった)«最悪»でもあるまいし、遠く離れた僕に向かって、指を突き立てたところで何かがあるわけではないのでは──────と、そこで。
「ッ!?」
左腕に突然走る、鋭い痛み──痛みと言っても、その正体は" 熱 "。
見やると、黒い焦げ跡のようなものが僕の肩付近に刻まれている。
紫煙を発する小さなそれは、さながら敗北を宣告された負け犬のようだった。
最早遠吠えすらも許されない────負け犬。
思い出す。
「熱線──畜生、これか・・・・・・っ」
洞木も緋雨さんも桜木くんも、謎の熱線に襲われて、そして。
気づいたら負けていた・・・!?
いや。
わけがわからない。
一方、旭川は怪訝そうな顔をして──というよりは不思議そうな顔をして、何やら考え込んでいる様子だった。
「? ────あなた、能力も無いままでこの私に戦いを挑んだの?」
眉を顰めている。
「言っている意味がわからない、意味不明だね────挑んだのはあんただろうが。」
僕は刻印を抑え、左腕を庇うようにして答えた。
「・・・・・・熱線で能力を奪えない奴が、いるというの──────?」
?
なんだ?
今あいつ、何と言った?
「おい、旭川 黒羽────あんた、他人の能力を«奪える»ってのか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
しまった、という顔をしている。
やってしまった、余計なことを口走った、迂闊だった──────てな感じの顔。
馬鹿なのか、こいつ。
「そうなんだな・・・そのトリガーが熱線かよ?あんたが襲撃した«命題»のメンバーは、皆あんたにやられていた──そしてそれ以前に、皆が皆、共通してその熱線による攻撃を受けていたんだ。」
──────?
自分で発した言葉に対して、思わず素で首を傾げてしまった。
すると、どうなる?
僕は今熱線を受けたが、«最悪»の能力が奪われていない・・・・・・のか?そもそもさっきは発動すらしなかったぞ。
「・・・・・・あんたのその能力、«最悪»とか言ったっけ?────それ、もう多分発動出来ないわよ。」
同様に考え込んでいると、旭川は僕を指さして突然にそう言った。
そのポーズに、思わず僕は熱線による攻撃の再来を予想して身構えてしまったが、どうやら本当に彼女にとっても予想外らしかった。
ん?
いや、ちょっと待て。
「«最悪»の発動が出来ない────だと・・・・・・ッ!?」
予想外どころじゃあない。予定外と言っても足りない。
これは僕にとって、文字通り意味通りの最悪──最悪を越える最悪の展開だ。
「冗談じゃあないぞ、クソッ・・・・・・!!」
僕はどうしたらいいんだ。




