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無題  作者: ねろ
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穴を埋める絶命

人の死を久しぶりに目前にした僕は、限りなく動揺していたし、驚愕していたし、恐怖していた。

もちろん、その他諸々、思うことがないではないけれど──やはり、それらの感情がいの一番に先行したのだ。

だから変に脚色を混ぜてしまわないように、虚実を織り交ぜないように、出来るだけ端的に事実を語ろうと思う。



僕は嘔吐した。

旭川 黒羽──«大虚鳥(おおそどり)»の異名を持つ幼い少女の頭部が転がってきたのを見て、僕はそれが何なのか理解出来ないままに事務所の廊下を歩く──虚ろな足取りでふらふらと歩き、そして彼女の" 首から上が存在しない矮躯 "の存在を認識してから、すぐさまトイレへと駆け込んだ。


「がはっ・・・・・・うっ、ぐああ・・・・・・はあ・・・っ」

これでもかと言うくらいに胃液を吐き出し、口の中に広がる不快な酸味に悶えてから、漸く──と言っても強引ではあるし、無理矢理でもあるのだが、それでもやっと現実を呑み込んだ。


真実の前に、まず現実を呑み込んだのだ。


旭川 黒羽。

彼女は殺された。

殺し屋稼業──その団体のボスであるという立場上、彼女の首を討ち取ろう(()しくも文字通りになってしまったが)という人間も一定数いるのだろう・・・・・・いや、それは理解出来るのだ。


それでも。

黒羽ちゃんは、僕の前ではただの純粋な少女だったろう──屈託のない、眩しい笑顔を向ける、ただの幼い子供だっただろうが────!


「・・・・・・なんでだよ、畜生・・・・・・・・・。」

僕は嘆息して上を向く──視界の及ぶ限りで、渺茫に天井が広がっているのが見えるだけだった。



絶望を味わうのは実に幾年ぶりだ──あの時はもっと大人数が死んだものの、しかしそれが一人だったとしても、自分の目の前で人が死んでいるなんてのは、やっぱり。




つらい。




「よお、シンくん。終わったよ──黒羽ちゃんの簡単な埋葬と、そして他のメンバーの治療。出来る限りは。」

幸村さんが、珍しく沈んだ表情で──彼女らしく言ってしまえば、つまらない表情(カオ)で戻ってきた。


「・・・・・・ありがとう、ございます。」

そう。

問題はこれだけではない──僕と幸村さんが事務所の扉を開けて絶句したのは、黒羽ちゃんの首だけがそこに転がってきた、という理由だけではないのだ。


他の皆──この場合、«命題»のメンバーである皆、という意味で、それはつまり、洞木や緋雨さん、朝比奈ちゃんや桜木くんを意味するのだが──彼ら全員が、重傷を負っていた。


負傷していた。

傷を負っていたのだ。


洞木や緋雨さんは意識がない──桜木くんに至っては、左腕を完全に切り落とされている。

医者である幸村さんの見立てとしては、鉄製義手を用いるしかないとのことだ。

唯一、朝比奈ちゃんだけが傷が浅く、つい先程に意識が回復したらしい──と言えど、傷が浅いというのはやはり比較的、相対的にという意味合いしか持たないので、不幸中の幸いというか、一縷の望みというのか、(ある)いはもっと端的に" 禍災 "と言ってしまうべきなのか、僕には今ひとつ判断しかねるが。

禍福は(あざな)える縄の如し──なんて言うけれど、(およ)そその言葉が意味するものが、その時の僕には解らなかった。

禍災は永遠に繰り返し。

幸福も永久に繰り返し。

そして2本の糸が──2本の意図が絡まって、必ずどこかでプツン、と切れる。


僕は疲弊しきった様子の幸村さんに訊ねる。

「何があったんですか、こんな・・・洞木や緋雨さんまでもが、手も足も出ないようなくらいに(ダメージ)を追うなんて──そんな。」

そんなことって。

そんなことって、あるのか?

有り得るのか?


「ある程度の話は朝比奈ちゃんから聞いた──彼女は本来、口を動かすだけで大きな負担になるはずなのに、大まかなことの経緯と、そしてその周辺の予備知識・・・っつーか、そういう情報を既にまとめてくれていた。これがどういうことか、シンくんは分かるかい──分かるだろ?」

幸村さんはつまらなそうな顔を少しだけ歪め、心底愉快そうに、そして心底不快そうに言った。

唾棄するように、言った。


「全ての後始末をシンくんに任せたってことだ──生かすも殺すもお前次第。決着をつけようが逃げようが構わない、要はお前を信じているということなんだよ・・・・・・どうする、お前にそれを背負う覚悟が、信用を、信頼を背負う覚悟があるのか?その責任を背負うことが出来るのか?」

無理なら事情なんて聞かないことだね──と、彼女は言う。

幸村 歪美は確かにそう語る。



「・・・・・・くはは」

だから僕は笑ったのだ。

笑って、嗤って、わらってやった。

鏡面越しの、狂人のように。



まったく。

御伽噺、夢物語──王道バトル漫画の読みすぎだよ、アンタ。

主人公が正義って──必ずしも、そうとは限らないんだぜ?


滑稽すぎて、突飛すぎる。

荒々しすぎて、馬鹿馬鹿しすぎるぜ。


「僕に責任なんて高尚なものがあるわけないじゃないですか────ただ僕にあるのは」

僕は言う。

僕は言う。

僕は言う。




「借りたものは必ず返すっつー、執拗な(こだわ)りだけですよ。」

僕は貸し借りにはうるさいんでね、なんて不敵に微笑んでみせる。

自分でも分かるほどに歪な笑みを浮かべていたのは、例の如く──そして霊の如く、右腕を支配するあの激痛が再び僕を襲っていたからだった。




血塗られた殺意──飛翔する死蝶。

血塗られた狂気──英断する凄惨。

血塗られた衝動──裂悪する劣悪。

血塗られた欲望──刻弔する黒鳥。

血塗られた憤怒──切望する絶望。

血塗られた復讐──罪悪する最悪。




「オーケイ。じゃあ聞けよ、この«私»も腹ァくくって、一から十まで、そして-から+まで、ありとあらゆる全てを話してやる。」

覚悟を決めろ──幸村さんは鋭く眼を見開いたのだった。






「情報屋のちびっ子、つまり朝比奈ちゃん曰く──だ。時間的にシンくんが屍兵との戦闘を開始した頃だろうな・・・・・・事務所に、謎の少女がやってきた。」


彼女(ソイツ)は目にも止まらぬ速さ──つーか、スムーズさ。とにかくスピーディーに滞り無く、一切の無駄と合切の無理も無く、さながらそれこそが、それだけが模範解答であるかのような迅速さで、" 旭川 黒羽に襲いかかった "。どうやらフランベルジェを使うヤツだったらしいぜ。」

フランベルジェ──刀身が波を(かたど)っている大剣、だっけか。


「当然、その場に居合わせた洞木の野郎や緋雨の兄貴、桜木ちんは抵抗したさ。アイツらみたいなぶっ飛んだ戦闘能力がありゃあ、実際、止められたと思う。止めることは容易だったはずだ──けれど。」


「ヤツらには出来なかった。接近した瞬間、滑らかに揺れる熱線のようなモノに襲われたらしくて──そして次には、何をされたのか殆ど分からないまま、不明なまま、そこにぶっ倒れてたんだとよ、気づいたら。」

そして黒羽ちゃんは殺された・・・・・・簡単なことだ。旭川 黒羽の殺害こそが侵入者(ソイツ)の目的で、それを邪魔するもの、阻むものは攻撃して再起不能にする。それからは単純、至極簡単。

阻害されることはなくなったのだから、予定通りに黒羽ちゃんを殺せばいい。

相手側の都合を考えるならば、あらすじとしては大方そんなところだろう。

多分・・・というか恐らく、桜木くんの左手を斬り落としたのも、同じく黒羽ちゃんの首から上を分断したのも、そのフランベルジェ。


気づいてはいたさ。

切り口、切断面が滑らか、異様なまでに真っ直ぐで、美しい形を描いていたことくらい──。



そしてやはり彼女は語り続ける。

収束すべき事件の幕引き──そして、収斂すべき事変の幕開け。

欠落も欠陥も欠損も欠乏も、全てを孕んだ矛盾集合。


幸村 歪美──彼女は真相を語る。

「そして朝比奈ちゃんは死力を尽くして調べ上げたんだ。その少女の正体を。」


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