渦巻く死
「?」
僕は不意に目を覚ました──って、あれ?
生きている?
生きているのか、僕?
前回であれだけ死にかけたのに?
「長い間ご愛読ありがとうございました」とか言ってたのに?
マジで?
散々シリアスな雰囲気で前回終わったのに・・・・・・?
「なんなんだ、一体全体──。」
メタ視点あり、ご都合主義ありのこの小説シリーズ、お好み次第で何でもアリのやりたい放題し放題シリーズ──だからと言って、いくらなんでも展開がおかしすぎないか?
「お、目ェ覚ましたようだね──«命題»のシンくん。」
女性が仰向けになった僕の顔を覗き込む。
眼鏡をかけていて、とても整った綺麗な顔立ちをしている。歳相応といったよりも若く、けれど可愛いよりも美しい、美少女よりも美人といった風貌──お姉さんタイプ。
ワインレッドの大きなコートを羽織っていて、しかしそれが彼女の長身にぴったりとハマる。
威圧感を漂わせる高圧的なつり目を除けば、モデルの人にも匹敵するような抜群のスタイル────つまり、僕の好みだ。
「うんうん、何が何だかわかんねーって顔してんなァ。死にかけのあんたを俺様が治してやったってのよ。ついでに残りの屍兵ちゃん達も皆倒しておいてあげたのよん。」
実に満足気な顔で大雑把な説明をした彼女は、感謝しやがれ、と僕の身体をばしばし叩く。
というか。
「へ?」
その現実味──というか、真実味のない話を唐突にされたことに対し、かなり間の抜けた声を出してしまった。僕の困惑する表情を見たその女は余計に面白がるのだ。
「治療よ、治療。・・・・・・何なら自己紹介でもしてやろうか?ン?この俺様が何者か知りたくて知りたくてたまんねェだろ?」
僕は状況処理の追いつかない頭脳でその言葉の意味をじっくり反芻し、そしてやっとのことで「お願いします」と頷いた。
「俺様はお医者さんアンド名探偵ッッ!ブラック・ジャックと江戸川コナン──ありとあらゆる全てを治して、ありとあらゆる全てを捜すッ!!未だ無敗の夢見る乙女、幸村 歪美とはこの俺様、イエエエェェェエエエエイッッッ!!!」
「・・・どうよ」
おお。
一人称が俺様って、また新しいな。
これは新機軸のキャラの予感がするぞ。
つまり、嫌な予感。
「かっこいいですね・・・。」
決めポーズ、決めゼリフと共に自己紹介を決めた幸村さんのドヤ顔に負けて、つい拍手してしまった。
「だろー?さッすがシンくん、センスがあるねェ、洞木の野郎とは違うぜィ──初めまして、やっと逢えたね。以後お見知りおきをってかァ??ギャハハハハハハッ!!ヒュー、俺様のセンス、イカしてるゥッ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
いや、イカレてるよ、アンタ・・・。
イカしてる→✕
イカレてる→〇
似てなくはないけど。
とにかく幸村さんは心底愉快そうに小躍りしながらそんなことを言ったので、つい聞き逃してしまいそうだったが、彼女はたしかに、その名を口にした。
「? ──幸村さん、洞木と知り合いなんですか?」
「あァ?・・・あーあーあー、なるほど。うん。わかったわ、そういうことね。」
彼女は何かに対して納得したように、合点がいったように頷いていた──そして僕を振り返る。
「うん、洞木のガキとは知り合いよ。つーか、元々俺様はあそこの組織とビジネスライクな関係にある人だからね・・・医者としてもそうなんだけれど、探偵としても情報屋のチビッ子と一緒に仕事をしていたりするワケ。」
「そんで今回は誰の依頼でここまで来たかっつーと、切裂ちゃん。」
「え?」
遊海ちゃん、だと?
輝色にして希色の殺し屋──«切り裂き蜂»の異名を有する、彼女が?
「そーそー。あの娘、あんたにしたのと大体同じ依頼を俺様んとこへ寄越したのね。まあ探偵としての調査って形でさ。まあ今となっちゃあ、多分シンくんは戦闘慣れしてない分、怪我するだろうからって──そういう意味なんだろうけれど。」
「・・・それに彼女、かなりの怪我してたんだぜ?まあ今はウチで療養中。なーんか、ここに来る途中に«鴉»の幹部の奴らとバトったみたい。複製品の掃討依頼は切裂ちゃんの独断で行ったらしいからさ、それを気に入らない奴も────────当然。」
幸村さんはあくまでも続きを口にせず、代わりに真剣な表情で小さく溜息をついた。
当然、それはいたのだろう──勿論少なくなどない。寧ろ殆どがそうだったはずだ。
ボスの命令に逆らうのと、意味することは大差ない。となれば、殺し屋ギルド全体から総力を上げて追跡され、そして始末されるのは明白。
それは火を見るよりも明らかで、血を見るよりも分かりやすい。
「そう・・・なんですか。」
僕は俯きつつ、何ともなしに頷いた。
言葉が出てこない。
遊海ちゃんは、そこまでして──。
僕を助けるため、なのか?
なぜ?
どうして?
「まーアレよ。そうつまんねえ表情すんなっての。それこそ切裂ちゃんに──あの健気な娘に、申し訳が立たない。今度飯でも奢ってやれよ?・・・そんじゃ、いつまでもこんなとこにいたくねえし、帰ろうぜ」
立てるかい、と優しく僕を起こしてくれる幸村さん。
結局、僕は彼女の肩を借りながらなんとか帰ることになった──女性に肩を貸してもらうのも、情けないというか気恥しいというかで出来れば遠慮したいところだったけれど、そんな悠長なことをぬけぬけと吐かす余裕は、どうやら今の僕には無いらしかった。
残念ながら。
僕の身体は。
擦過傷がいくつか残るだろうけれど、最終的には負傷の殆どが時間経過で完治するだろうから、それまでは絶対に戦闘系の依頼を受けるなよ──なんて、そりゃあもう強く念を押された。
いや、この場合釘を刺されたと言うべきなのか?
何にせよ僕は、また雑用係への逆戻りで──しかし、そんなのもまあ悪くはないのだと割り切れる。
何故だか僕は、安心しきった平和な気分で«命題»の事務所まで戻る道程をゆっくりと歩んでいたのだった。
踏み締める終焉の道。
噛み締める胎動の味。
それが現実から目を逸らしているだけの──若しくは、目を隠しているだけの夢現の妄言だとも知らずに。
この時の僕の、なんと愚かな事だろう──後悔先に立たずと言うけれど、先に立てないならそもそも後悔なんてするべきではないということを、僕は深く思い知ることになる。
揺れる夕暮れが閑静な道を嘲笑うように鮮明に染める。
咆哮するような風が僕を痛いほどに睨みつける。
傍観するような木々の緑が鬱陶しいほどに生い茂って。
そして、空は死の色をしていた。
『旭川 黒羽の劣性複製品掃討 任務完了
負傷者:«僕»』
Congratulations.
あれから暫くの時が過ぎた──それ以来、僕は«命題»に行けていない。というのも、言ってしまえば僕の専門職である書類仕事すらも底をついてしまったらしく、完全な手持ち無沙汰になってしまったのである。だから屍兵掃討の傷を癒すべく、僕はここ最近は表の世界で平凡な高校生としての平穏な日々を満喫していた。
「おーい、シンくん?」
愚考に耽っていた僕の視界の中で、彼女はひょこっと顔を覗かせた。
ここで言う彼女というのは、表の住人、僕の同級生──菱森 希心のことである。
菱森 希心。
身長158cm、体重は女子のプライバシーに配慮して秘匿──スリーサイズも勿論同様。
血液型はO型のRhマイナス。
肩までかかるショートカットが可愛らしい、幼さ──いや、どこかあどけなさが残る少女。
私立八宮高校 2年1組の委員長。
天真爛漫、純真無垢で誰にでも分け隔てなく優しい。女子バスケットボール部に所属していて、スポーツが得意。
勉学はまるで不向き──本人曰く「数学と理科が出来ない理系女子」らしいのだが、さて、何が出来るのだろう?
「なんでその渾名を君が知ってるんだよ・・・本当、どこから知ったんだ?その名前。」
シンくんという呼び名があまり一般に普及してほしくないのは、そもそもがその由来を考えれば判然とすることである。
要するに" 新入りくん "の略で付けられた渾名が伝わっているということは──彼女が少なからず、«命題»とそれに関わる人に接点を持っているということで。
間違って、接点を持ってしまっているということで。
それは──マズい。
やはり知らない少女を巻き込むわけにはいかないだろう。
知らない少女だとしても。
知らない少女だからこそ。
「んん?いや、何でだろう?そういやどこで知ったのかな・・・わかんないや。えへへ。」
「・・・・・・あっそう」
やれやれ。
こうなったらどうしようもない──思い出したら話してもらうことにしようか。
そんなこんなで今日一日の授業を滞りなく済ませ、それから放課後の時間を迎えた。
帰宅部である僕は、部活に所属する生徒の活気盛んな雰囲気に気圧され、逃げるようにそそくさと帰ることにしたのだ。
「予定もないし、事務所へ向かってみようか・・・右腕の骨折も調子が良いからな」
僕は呟くでもなく呟いてみた──今日は土曜日、つまり午前中のみの授業なので、空き時間はたっぷりある。
そう言えばこの前、やっと右腕のギプスが外れたのだということを思い出す。
右腕──────。
思い出す、奇妙な激痛。
屍兵と対峙したあの任務以来、その痛みは一切として現れない。
急に症状がぱたりと途絶えたようで、その不思議な、不自然な様にはまるで恐怖すら憶えたものだ。
しかし、アレが学校とかで出たらヤバいぞ・・・・・・。
まあ仕組みが分からない以上、下手に気にしても意味が無い───よな。
考えるのは止めておこう。
そんな益体もないことをだらだらと考えつつ、僕は家へ帰宅してから私服に着替え、コンビニで買った菓子パンを昼食代わりに齧りつつ、«命題»の事務所へ向かう。
途中、幸村さんに出会った。
「お、シンくん。久しぶりィィッ──なァんだ、最近顔見せないと思ったら、雑用係もクビになってたんだっけ。たしかに骨折してたら、お茶すら淹れらんねェからな。ギャハハハハハハッ!!イッェエエエエエエエイ、俺様は今日も元気ィッ!」
「さすが名探偵、ホームズも顔負けの推理力ですね・・・当たりですよ。本当に元気そうで何より、そいつはまた重畳です。」
「あァン?何よシンくん、随分テキトーに流しちゃうねェ君、テンション高く生きようぜェッ」
「はいはい・・・今日は何しに来たんです?」
「ん?・・・ああ、うん。今日は桜木ちんのお手伝い。アイツは拷問担当だろ?俺様は道具の調達。」
「・・・・・・?」
え。
桜木くん、拷問担当?
初めて聞いた──というか、彼は人の心を読めるんじゃないのか?
え?
もしかして、その上でやってんの?
猟奇趣味・・・?
やばい、怖いけど気になる。
「はっはーん。真に受けやがったな?冗談よ。まあ桜木ちんのお手伝いなのはホント。────まあいいや、ホレ、早く中に入ろーぜ。」
僕は呆れるのにも疲れたので「そうですね」と短く返し、とっくに見慣れてしまった扉を開ける。
すると。
ゆっくりと、何かが転がってきた。
何かと形容したのは当然、その正体が不明であり、不鮮明であるからであって、その見当を付けようにも仕方が無い──しかし、それは一目見れば判り、人目見てしまえば解るほどに簡単なものだった。
それは賽子と呼ぶには大きすぎて、しかしながら岩石と呼ぶには小さすぎる。
まるで学校のグラウンドにて放置されたボールのように、それはころころと、ごろごろと転がってきた。
ころころと。
殺々と。
ごろごろと。
殺々と。
そうしてつま先に当たった«ソレ»を視認するべく、僕は視線を下へと──自身の足下へと向ける。
目を見開く。
旭川 黒羽の頭部だった。




