報われない歌を歌え
たった5時間程で、朝比奈ちゃんは大体の情報をまとめて送ってきた。
比類なき正確さと迅速さを誇るその情報蒐集の腕には毎度の事ながら感服するところがあり、そして寧ろ感服するところしかないので、僕は余計なことを言わずに一言だけお礼をしておくことにした。
「早く頭撫でてっ」と燥ぐ朝比奈ちゃん(本当に、どうしてこうもキャラが変わるんだ)を適当に遇って、僕はそのデータに目を通す。
屍兵──。
それは人間の死体に魂を宿すと生成できる怪物。
生命エネルギーが空の器に流れ込むため、それは文字通り人外のパワーとスピードを有する。
自我はある程度あるにせよ、恐らくそのほとんどが作り出した能力者によって操ることが可能だろうとされている。
そしてその中でも主である黒羽ちゃんに反逆を目論む奴らを複製品と呼ぶわけか──。
なるほどね。
「ついでに旭川 黒羽についてもより詳しいデータをまとめておいたわ」という彼女の言葉通り、そこには屍兵生成の使い手らしい黒羽ちゃんのことが綿密に書き連ねてあった。
その膨大なデータを漁るべく僕がパソコンをいじっていると、不意に右腕に激痛が走る。
「ぐう・・・っ!?」
咄嗟に腕を抑えて見てみると、何やら血塗られたように赤黒い『触手』が僕の腕に伸びていた。
────────?
いや。
僕の腕から、伸びている・・・?
その次の瞬間には触手は忽然と消滅し、いくら目を凝らしても見えなかった。
「疲れてるのかな・・・。」
緋雨さんとの組手の実践稽古(結構ハード)が堪えているのか・・・?
「なんなんだ、今の・・・?」
僕は嘆息し、パソコンを閉じて伸びをしてから席を立ち上がる。
腰のホルスターに収納されているS&W M15と殺戮用の弾丸1ダースの残量を確認してから、右手を一通り動かす──大丈夫だ、痛みはもうない。
自室を出て、その勢いで事務所を抜け出そうとしたその時。
「オイ、お前」
呼び止められた──もうさすがにこれは慣れたもので、振り向かずとも洞木の声であることくらい分かる。
「俺がいる限りお前に隠し事は無理だな──安心しろ、俺は止めねえよ。持ってけ、ホレ」
そう言ってソイツは僕に何かを投げつける。
ダガーナイフだった。いくらケースに収納されているからとは言え、危ねぇな、コイツ。
「サンキュー、洞木」
洞木は何も言わない。
僕は事務所を出た。
ナイフやら拳銃やらの扱いにはある程度慣れた──と言っても、素手のものから武器を用いたものまで、ありとあらゆる戦闘技術の大抵を緋雨さんに実戦形式で教えてもらったので、さすがに基礎的なところならば分かる。
「基礎じゃどうにかならないから問題なんだけどな・・・。」
僕はそんなことを呟きながら、街の外れの施設へとやってきた。
«鴉»のアジト──の、まあ予備施設みたいなものだ。
屍兵はここで増殖を繰り返しているらしい。
そこは研究所(?)らしき箱のような建物で、まともに生きていればまず関わり合いにはならないであろう類のものだった──ともすると、当然警備は厳重だと思うのだが。
2人の厳つい警備員がこちらへ寄ってくる。
「何者だ」
「«鴉»の関係者です、旭川さんの知り合いってとこですかね」
遊海ちゃんの依頼と素直に言うわけにも行かず、適当に誤魔化したらそれだけで通してくれた。
「・・・・・・・・・。」
セキュリティが甘々だ。
緩すぎるぞ、ここ。
多少怪しまれはしたものの、«鴉»の名前を出した程度でスルー出来るとなると、やはり警備員は金で雇われているだけなのかな・・・。
今のところ剥き出しの殺意も感じないし、屍兵の増殖は殆ど放ったらかしにされている感じなのだろうか?
まあなんでもいいや。
僕は預かったカードキーをスキャンして認証を試みる。
『承認致しました。ID:Litaies096ner0』
何とも言えない無機質な機械音声が小型機械から発せられ、緑色のランプが点灯。
横向きに重厚な鉄扉がゆっくりと開く。
全体的に青を始めとする寒色を基調とした部屋が目に入った。
中は思いの外がらんとしており、子供なら自由に駆け回ることが出来そうなくらいのスペースがそこにはある。
「すげえな・・・近未来SFモノの漫画に出てきそうだ」
読んだことは無いけど。
まあだからといってというのか、だからこそというのか、その閑静さが余計に僕の警戒心を強める。嵐の前の静けさってヤツだ。
肝心の屍兵は何処だ?
僕は周囲をぐるりと見回す。
すると。
やはり背後から、僕に向けて飛びかかる殺意を──いや、敵意を感じた。
殺し屋稼業のヤツらが発する殺意なんてものじゃあないけれど、これはこれでタチが悪い、文字通りの無機質な敵意。生きていない敵意。
「うおおおおっ!」
ジャケットの内側からダガーナイフを引き抜き、横に薙ぎ払うように振るう。
刃が敵を斬り裂く確かな手応えを感じ、僕は心の中でこっそり得意顔をした。
振り返ると──。
「う・・・グう、ア・・・・。」
身体をズタズタに切り裂かれたことで、呻き声とも言えぬ呻き声を上げる異形の姿があった。
その姿は既にゼリー状に溶解しており、最早原型を留めていない。
やがて完全に溶け切った骸は、黒色に霧散して消滅した。
なるほど。
これが屍兵か。
すると当然、これだけで済む任務じゃあないことは想像に難くないわけだ。
1匹みたら30匹──なんつって。
害虫駆除とはワケが違う。
最初の異形が死滅したのを合図として、本当に数多の屍兵が突如として現れた。
何処からか──というと、壁や床の至る所を" すり抜ける "ようにして、まるでスライムのように、どろどろと。
「・・・・・・・・・・・・ッ!」
そんな恐ろしい姿を見せられると、流石に面食らってしまうなあ。
その姿は、文字通り«異形»だった。
人型のシルエットは辛うじて保っているものの、そこに人らしさは全くなく、そこに虚無を表す暗澹たる暗闇が渦巻いている。
うーん。
良い比喩がないけど。
なんていうか、その。
名探偵コナンの犯人像みたいだった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
異形──屍兵共はそう言った。
いや、何と言ったのか判別出来ないような声なのでそう表現するしかないけれど・・・そのノイズがかった逆再生みたいな呻き声を上げて、ヤツらは一斉に襲いかかってくる。
「クソォッ!!」
僕は叫び、ダガーナイフを一心不乱に振り回す──流石に扱うことは出来ても、それがいざとなった時に同じように行くのかと言えば、話は別なのだ。
ナイフ使いの殺し屋──それこそ、遊海ちゃんでもない限り。
それでも洞木が選んだだけのことはあって、その攻撃力は並大抵のナイフは容易に凌駕している。
その怜悧な鋭刃が一瞬触れるだけで、屍兵共は次々と消滅していった。
それでも尚、敵は際限なく湧いてくるのだ。
「数が多すぎるぞ・・・なんなんだ、こりゃあ」
こいつらが皆、1人の対象に反逆の精神を抱いているというのは、改めて考えると結構恐ろしいものがあるな・・・・・・。
ゾッとするぜ。
ナイフを振るい続けることでそろそろ体力が限界を迎えようとしている、その時のことだった。
「うぐああああああああああッ!!!」
僕は絶叫してしまう──右腕を抑えて庇うようにして。
あの痛みだ。
ついさっき、事務所でパソコンを扱っている時に突如響いた、腕の痛み──しかも、さっきよりひどいぞ・・・・・・かなりヤバい。
「なんだ、コレ・・・ぐうッ・・・・・・!」
そして痛みと共に、僕はやはりはっきり視認することになる。
僕の腕から生き物のように伸びる、血塗られた殺意の触手。
僕は動揺し、驚愕し、そして痛みに耐えかねて、ついその場に膝をついてしまった。
そしていくら屍兵──模造品、亜流品、誰かの物真似でしかないようなザコキャラと言えど、そんな大きい隙を無視するほどに生温くはないようで────。
「■■■■■■■」
人外の腕力を誇る拳を2発、それぞれ肩と脇腹に食らってしまった。
「があッ・・・!」
口から空気が突き抜け、肺が詰まったような感覚に襲われる。
口腔内には血の味が仄かに広がり、僕が生命の危機に瀕しているということはそれだけで充分に理解出来た。
僕は後ずさり、腰のホルスターから拳銃を取り出す。
呼吸を落ち着け、ゆっくりと照準を合わせて、そして────。
ドンッ、と重々しい音が周囲に響く。視界の中で、1匹の屍兵が暗闇に溶けるのを確認してから、僕は続けて2発、射撃する。
「■■■■■■」
やはり悲痛そうな、苦痛そうな声を上げて、その形は暗黒へと崩れ落ちる。
見渡すと、漸く少しだけ数が減ってきたように思える────
ん?
そこで僕は奇妙な光景を目の当たりにした。
次々と鉄葉の命が崩壊するのが見える。屍兵共は、あちらこちらで" 共喰い "をしていた。
「──────っ!」
僕は絶句する。
到底生物とも呼べやしないような存在同士が互いに喰い争うというその様は、やはり見られたもんじゃあない。
「つーか、かなり精神にくるな・・・・・・っ。」
それでもヤツらは僕を無視して共喰いし合っているため、僕にとってはあくまでも好機と捉えるべきだろう。
ダガーナイフで接近して屍兵同士の抗争に巻き込まれてもマズいと判断した僕は、再び退転して距離を取りながらS&Wの銃弾を再装填する。
何度か射撃を繰り返し、その頃には屍兵の減少は目に見えて瞭然と分かるほどになっていた。
しかしここで安心してしまったのが、やはり僕の甘さなのだろう────強いて言うならば。
脳内で、火花が散った。
重々しい音が耳の内側で響き、視界は刹那、暗澹たる漆黒へと溶暗する。
僕は頭部に迸る鈍痛に耐えかねて、どさりとその場に倒れ込んでしまう。
何やら生暖かい液体の感触を肌に感じた。
ぴちゃり、と。
ぬるり、と。
「血・・・か・・・────。」
ライトブルーの床に、それはそぐわない赤さ。
そうか。
僕の血は赤色なのだった。
きらきらとした赤。
僕は、まだ生きているんだった。
喃々と。
惰性で生きているんだった。
堕性で生きているんだった。
手に力を入れて立ち上がろうとしても、それは遅すぎる試みであることを知って、それならばと精一杯の力を振り絞ることで何とか後ろを振り返る。
やはり、予想通りというか──。
そこには既に見慣れてしまった黒色が渦巻いていた。
「■■■■■■」
呆気ないな。
屍兵の一匹に背後を取られて殺される、なんてさ。
「ぐ・・・・・・クソッ・・・・────!!」
僕はいろんなことを考えた。
痛みに軋む身体で。
痛みの響く身体で。
痛みの滲む身体で。
痛みが走る身体で。
痛み。痛み。痛み。
血。血。血。
──そして、死。
走馬灯が駆け巡る──なんて立派な表現をするのも図々しく、厚かましく、烏滸がましいようなそんな膨大な愚考を、死に際の愚考を締めくくるのは。
朝比奈ちゃんの頭を撫でてやるという約束を、ついに反故にしてしまったなあ──なんて少しの後悔だった。
洞木。
緋雨さん。
朝比奈ちゃん。
桜木くん。
黒羽ちゃん。
悠香。
父さんと母さん。
学校の皆。
その他諸々、今まで僕と仲良くしてくれた人たち。
スペシャルサンクス、読者の皆様。
長い間、ご愛読ありがとうございました──なんてな。
・・・・・・はは。
笑えねえよ、全く。
ごめん。
僕は今回も駄目だったみたいだ。
僕は安心した。
やっと死ねるんだ。
やっと、終われるんだ。
かつて僕が殺めた皆へ、最高に大好きだった皆へ、やっと贖罪が果たせるんだ──────────。




