第惨話 黒鳥・旭川 黒羽
僕は墓場にいた。
周囲には等間隔で数多くの墓石が広がっていて、それが妙に──奇妙に、神妙に、珍妙に、整然としすぎているような印象を受ける。
茹だるような暑さの中、戯れのように涼風が吹く。冷涼な空気が僕の首筋に触れ、その感覚が気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
刃物の側面で心臓の周りを撫でられているようだった。
まるでトーストにジャムを塗るような、そんな気軽さで。それくらいの気楽さで。
燦々と鬱陶しい日光が道を照りつけ、そしてそれに空気が揺らぐ。
深呼吸をして──口腔内が焼かれるような熱さに襲われた。
そして僕は気づくのだ。
この墓は全て、かつて僕が愛したために命を落とした人達のものであることに。
大好きだった友達とか。
大好きだった恋人とか。
この中に眠るのは皆、僕が殺した人達であることに。
────気づくのだ。
たとえば全てを破壊する«紅蓮»。
たとえば全てを操作する«蒼海»。
たとえば全てを理解する«翡翠»。
たとえば全てを殺戮する«希色»。
たとえば全てを代理する«対偶»。
たとえば全てを傍観する«白銀»。
たとえば全てを超越する«漆黒»。
たとえば全てを断罪する«執行»。
たとえば全てを推理する«探偵»。
たとえば全てを両断する«双刀»。
たとえば全てを吸収する«暴食»。
そして、全てを完結させる«禍中»でさえも。
そうか。
そういえばそうだった。
「初めから全部──僕が既に終わらせていたんだった・・・。」
力の抜けた声で、僕はひとりでに呟く。
だから、この物語は本来、もっと前から語られるべきだったのだろう。ずっと昔──僕が堕ちる前から。
失った人達の幸せそうな顔を脳裏で何度も思い出してから、僕は墓石の前をゆっくりと通過していく。一人一人、本当にゆっくり。
「──────────?」
そこで憶える、不自然な違和感。
いくら数えても、墓石の数が一つ多い。何度回想しても、世界の一部が欠落したように、自身の全てが欠落したように、辻褄が合わないのだ。
もしかすればそのまま気づかずに素通りしてしまうほどの、それは微細な違和感だった。
ならば。
ならば、なんなのだ?
「これは一体、誰の墓だ?」
『最高を嫌え。最低を愛せ。』
「・・・・・・・・・・っ!!」
実に不愉快極まりない気分で目が覚めた。呼吸は荒く、全身が汗ばんでいる。
何やらよく分からない夢を見た気がするが、その正体を全く覚えていないというのだから、その不完全燃焼感も相俟って尚のこと気分が悪かった。
辺りを見回す。
「・・・・・・・・・・・・。」
ああ、そうか。
5月──ゴールデンウィーク。僕は«命題»の仕事を手伝うべく、その事務所に泊まっていたのだった。
たしか家族には、「友達の家に泊まりに行ってくる」なんて適当な偽りの理由を伝えておいたので、まあ心配あるまい。
全身を支配する疲労感が半端じゃない・・・洞木曰く「長いこと«表»で生きていた人間が、実態も詳しく判明していないような能力を発動したから、その反動じゃね?」みたいな、如何にも後付け設定と言うような説明がされた。
そうか──能力を久しぶりに使ったから、反動が大きいってことか。
暫く運動していないから身体が鈍った、みたいなことなのかな?
勿論、最初は僕もなかなか納得出来ずに洞木を疑ったけれど(何せ僕の鏡写しだ、嘘を吐かないはずがない)、立て続けに3日も熟睡──いや、そこまで言うともう昏睡なのだが、とにかく眠っていた事実を考えると、さすがに納得せざるを得なかった。
だからまあ──そんなこんなで、と言っても最たるは当然「自分の能力」だったり「自分の正体」だったりと答えの存在しない問題に解を強引に宛てがうような理由で、ここ最近の僕はなるべく積極的に依頼──雑務を片付けることとしていたのだ。
自分のことを解りたくない──そんな心情も、僕の胸中では少しずつ渦を巻いて変化しつつあった。
「失礼するわよ、新入りくん」
思考していると寝室の扉がノックされて、小柄な幼女が入ってきた──朝比奈ちゃんだ。
「おはようございます」
「ええ、おはよう。よく眠れた?」
「いえ、全然」
僕は肩を竦めて答える。
「ところで朝比奈さん、そろそろ僕のことを" 新入りくん "って呼ぶのやめません? そろそろここに関わってから2ヶ月くらい経つんですけど・・・・・・。」
「私の方が先に所属したのだから、私にとっていつまでもあなたは新入りなのよ。」
まさか。
そんな馬鹿な。
後輩って言うなら分かるけども。
「というか、さん付けで呼ばないでよ。何度言ったら分かるの・・・物覚えの悪い人は苦手なんだけど。」
苦言を呈されてしまった。
ここで念のために注釈を付け加え置くとするならば、僕の記憶力が悪いのではない────世界に存在する情報の全てを巧妙に操作する朝比奈ちゃんの記憶力、というかその頭脳が規格外なのだ。
相対的に僕が見劣りするのは致し方のないことである。
「いや・・・ちゃん付けと敬語って、どうしてもミスマッチじゃないですか?敬意を表す言葉遣いなわけですし。」
実際、それに本当の敬意が伴うのかといえばそうではないのが現代社会の歪みだとも思うのだが。
「ふうん?」
彼女は立ち止まって僕を振り返り、そして幼さを如実に感じさせるほどの可愛らしい少女の笑顔を浮かべた。
漆黒に染まったゴシック服の裾がふわりと揺れる。
「じゃあ、タメでもいいよっ」
ていうか、タメがいいな──と、そんな風に彼女は言った。
「・・・・・・・・・・・・・」
やべえ。
可愛いぞ、この子。
笑顔が愛しすぎる。
「どうしたの?」
「いや、その──朝比奈ちゃん、笑うとすごく可愛いなって」
「でしょ?でしょでしょ?」
再度微笑む。
にぱっ、と。
「にぱっ」
「効果音を口で言うな」
セルフ演出かよ。
寂しいヤツめ。
しかしこれも、まだ慣れるには時間がかかるんだろうけど・・・よく考えてみるとどうだろう、齢11の少女に、齢16(今年で17だけど)の僕が敬語を使って話していた──なんてのも、想像するとなかなかどうして面白い絵面ではあるんだよな。
女子小学生と、男子高校生か。
そこまで他愛ない会話をして、僕らは各々の寝室がある事務所2階の階段をゆっくりと下りる。扉を開き、他のメンバーにも挨拶して朝食を摂ろうと思ったその時だ。
目の前には、4人の人間がいた。
1人は桜木くん。彼は眠たげな目で本を読んでいたが、今にも耐えきれずに二度寝しそうな感じだった。
2人目は緋雨さん。
彼は壁に腕を組んで凭れかかっており、僕と朝比奈ちゃんを見つけると「よお」と軽く手を上げることで挨拶を済ませた。
3人目は洞木。
あいつはあいつで、不服そうな表情になりながらもテキパキと働いている。そこはさすが«何でも屋»を名乗るだけの根性はあるな、みたいなことを思わせる働きぶりであった。
で、4人目とは。
「あ、おはようっ!お兄ちゃん、黒羽は今日も元気だよ、お兄ちゃんも元気出してっ!」
眩しい無邪気な笑顔をこちらに向ける少女。ちらりと見える八重歯が実に子供らしくて可愛らしい。
クリームの乗った高級そうなプリンを食べている、旭川 黒羽だった。
名前の読み方は黒羽だけど、呼ぶ時は黒羽って呼んで欲しい──なんて注文を本人から受けたのをなんとなく覚えている。
というのがこの娘、僕と緋雨さんと洞木の3人に道端で拾われたものの、実はとんでもない幼女キャラだったと・・・単純にそういうオチだ。
いや、決して単純ではないと思うが・・・・・・。
なにせ驚くべきことに、彼女は殺し屋ギルド«鴉»の頂点なのだから。
「・・・おはよう、黒羽ちゃん。僕は元から元気だよ。朝に弱いだけなのさ。」
僕は軽く微笑んでそれに応じる。朝から可愛い女の子を見れるのは目の保養だから基本的には喜ばしいけれど、危なっかしいのばっかだからな・・・・・・。
性格的にも、立場的にも。
「そうなの、じゃあ良かったっ!今日も私の遊び相手になってね、よろしくねっ!」
僕は一言、「洞木が黒羽ちゃんと遊びたくて遊びたくて堪らないらしいから、洞木と遊んであげてくれよ」と言い残して逃げるようにして食卓へ向かう。
洞木と桜木くんと緋雨さんは既に朝食を食べ終えているので、つまり洞木は僕のように逃げることが出来ないわけで──だから背後から剣呑な目つきの睨眼と共に「待て、オイッ!お前ッ!」と慌てふためいたような叫びが聞こえるのも何ら不思議は無かった。
まあ。
子供とか苦手そうだもんな、アイツ。
僕も得意ではない。
当然、無視。
あいつも突き詰めれば結局僕みたいなもんなんだから、僕だろうと洞木だろうと同じだろ。
そうして僕と朝比奈ちゃんは決められた席に座る。
既に苺ジャムの塗られたトースト、目玉焼き、サラダ、ヨーグルトなどの簡易な朝食が用意されていた。
作ったのは桜木くん。彼は意外と家庭的なのだった。
「ねえ、シンくん」
突如、朝比奈ちゃんが僕の隣でトーストを齧りながら小声で語りかける。
「シンくん??」
「新入りくんの略」
なるほど──一応僕の意向を汲んでくれたわけか。新入りくんよりはマシだろうと妥協した僕はそれ以上突っ込まず、彼女の話を聞き続けた。
「あの幼女は何なの?」
おや。
声に少なからずストレスが溜まっていると見えるぞ。
いや、声は見えないけど。
「3日前の任務の帰りに僕らが拾ったんだよ・・・«鴉»のボスらしいんだけれど、どうもそうは見えないよね。幼すぎるっていうか。」
「そういう事ではなくて」
?
違うの?
「私とキャラが被ってる」
「・・・・・・・・・・・・。」
朝比奈ちゃん、11歳幼女。
黒羽ちゃん、14歳少女。
「ロリは1人で充分じゃないかしら?何よあの女──私より歳上のクセして、私より幼女らしくしやがって。呑気に朝っぱらからプリンなんて食べやがって・・・。」
「落ち着けよ、朝比奈ちゃん・・・。」
どうどう、とさも馬を窘めるようにして朝比奈ちゃんに応ずるが、それはまあ、たしかにと言わざるを得ない指摘だった。
14歳に見えないくらい幼いもんな、あの娘。
「子供扱いされるよりはいいんじゃないの?朝比奈ちゃんも立派な大人ってことだよ・・・ホラ、いつも僕らを支えてくれているじゃん?そんな女の子を容易く子供扱いは出来ないよね。」
「本当?私って立派な大人?」
こちりを振り向いた朝比奈ちゃんは、既に涙目だった──というか、大粒の涙をぽろぽろと垂れ流し始めている。
やめろよ、僕が幼い少女を泣かせたみたいな絵になるから・・・。
「うん、立派な大人」
「朝比奈ちゃんは最高の大人?」
既に一人称が変わっていた。
この子もどういうキャラなんだよ。
初期のキャラ設定を一貫しろ。
「うん、最高の大人」
「あんな幼女とは違う??」
「うん、黒羽ちゃんとは違いすぎて違いすぎて、とても比較すら出来そうにないね。比肩すべくもないぜ。」
「やったーっ!!」
鼻歌を口ずさみながら肩を揺らして心底嬉しそうな朝比奈ちゃん。
もし今朝食を食べているのでなければ、走り回るか跳ね回るかくらいの行動はしていたのだろう。
どんだけキャラに執着があるんだよ・・・・・・・・・・。
「私、あんなロリロリ幼女とは違うもんねーっ!やっほーい!」
おい・・・。
そのテンションのまま行くと、今度は性格が黒羽ちゃんと被っていくんだぞ・・・・・・。
早く気づいてくれ。
「朝比奈ちゃん」
「うん?」
「幼女ってのは黒羽ちゃんのようなロリロリした性格も良いけれど、朝比奈ちゃんみたいなツンデレ幼女も需要的には結構あるんじゃないのかな。」
ツンデレ幼女なんて文言のせいで、既に「立派な大人」「最高の大人」のどちらも満たしていないけれど。
「そうなの?」
きょとんと首を傾げる朝比奈ちゃん。
「そういう性癖の人がいるのさ」
ていうか、僕だ。
さすがに「だから頼む、いつもの性格に戻ってくれ」──とは言わなかったけれど。
「分かった、じゃあツンデレ幼女になるわ」
「ありがとう、嬉しいぜ」
はあ。
ツンデレって自分で言ってしまうのはどうなのだろう?
そこは少し問題な気がするけど。
そんなこんなで2人とも朝食は食べ終わり、時計が午前9時を過ぎたその頃に、僕は子守りをする洞木に見つからないように部屋に戻って、いつもの雑務に戻ったのだった(途中、部屋の窓から睡魔に負けた桜木くんが見えた)。
「旭川 黒羽、ね・・・。」
«鴉»って言うと、あの輝色にして希色の殺し屋、切裂 遊海ちゃんを思い出すけれど。
洞木が言うには、彼女はあの中でも期待の新人なんだっけ?
ということは黒羽ちゃん、あれよりもっと卓越した能力を有するってことなのだろうか──真人間の感覚が今ひとつ抜けない僕に言わせてしまえば、正直なところ遊海ちゃんで既にお腹いっぱいという感じなんだよな。
そう言えば最近、会ってないよな──殺し屋だからそう何度も会うわけには行かないけれど、一応変な縁があるんだから、仲良くしたいもんだ。
そして何より、僕は背の高い女性が好きだったりする。遊海ちゃんは目つきこそ悪いものの、抜群のスタイルを誇る美人だし。
「あら、嬉しいわね」
声がした──上から。
驚いてそこに視線をやると、噂をすればなんとやら、切裂 遊海ちゃんが張りついていたのだ。
いや、怖えよ。
蜘蛛か、お前は。
「・・・・・・・・・・・!」
僕は思わず身構えて、バッと退転する。距離を取ろうとしていたのだ。
「逃げなくてもいいじゃない。久しぶり。今日は依頼をしに来たの。」
そう言って音も立てずに着地した遊海ちゃんは、僕に1枚、小さなメモ書きを手渡した。どうやら依頼内容をまとめたものらしく、公式な依頼書を用いないのは、ボスである黒羽ちゃんのいるところに通せないような依頼であるのだ──と。
どうやらそういうことらしかった。
『依頼内容
旭川 黒羽の劣性複製品の掃討
依頼人:切裂 遊海
概要:旭川 黒羽は死体に意思を持たせ、屍兵として操る能力者である。しかし最近は屍兵の自我が発達しすぎたことにより、ボスに成り代わろうとする者共が現れ始めた。そういった反逆の意思を有する屍兵を我々«鴉»の人間は劣性複製品と呼ぶことにしている。
このままでは黒羽がいつ不意を突かれるか分からない。
これを機に、複製品の屍兵をまとめて掃討してほしい。
複製品は皆気性が荒いため、厳重に注意すること。』
────まとめると、概ねこんな感じだ。
「ボスには内緒よ」
遊海ちゃんは妖艶に微笑み、僕の返事を待つことなく窓から出ていった──いつも通り、逸脱した跳躍技術を用いて。
パルクールの極限バージョンみたいなやつ。
にしても、黒羽ちゃんの能力をこんなに容易く教えていいのか?仮にもボスだろう──いや、だから内密にして出された依頼なのだろうが。
つまり今回の依頼人は«鴉»全体ではなく、あくまで遊海ちゃん個人であると。
ふむふむ。
話が見え始めてきた。
となるとやることはひとつか──。
僕は携帯で別室の朝比奈ちゃんに電話をかける。
「もしもし、ツンデレ幼女ちゃん」
「もしもし、ムッツリスケベのお兄さん」
「これまた不名誉な称号を貰ったもんだな・・・・・・いや、そんなことを言ってる場合じゃないんだよ。能力によって人為的に生産されるゾンビの生態について、調べてほしい。」
「報酬は?」
「は?」
「報酬。良好な関係を保つにはお礼って大事よ。」
「それは自分から言っていいようなことではないと思うぜ・・・そうだな。頭を撫でてあげよう」
「やったー!」
そこで電話が切れた。
ブチッと。
チョロいよ、朝比奈ちゃん。
もう少し交渉しろ。
「さて、それじゃあ調べが着くまで一休みでもするかな・・・」
僕は呟いて、自室の布団に身を投げる。
しかし、屍兵ね──。
厄介なことに、僕の«最悪»は通じそうにないぞ。




