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翌日から僕はブレウワルド王国の地理や歴史を勉強することになった。どこを誰が治めていて特産品は何か、そしてどの政治的派閥に属しているのかなどをおぼえていくのであった。これが、数が多くそれに前世の日本語とは違った響きの地名、人命だからおぼえるのがつらい。だが幸いにも、公爵様が本邸から侍女を貸してくれる件を了承し、その結果アンジュさんが家事を手伝ってくれることになったので、その分僕は勉強に集中することができた。
そうして過ごしているうちに季節は冬となり、いよいよバルディウス殿下が独立することができるようになる叙勲式が行われる日となった。
「いよいよ殿下が独立する時が来ましたね。おめでとうございます」
「叙勲式はこれからです。おめでとうにはまだ早いですよ」
そう言いながらも殿下はニコニコとうれしさを隠せない様子だ。
「待ちに待った叙勲式です。遅刻しないよう早めに家を出ましょうか」
「はい。準備はできております。いつでも出発できます」
「それでは王城へと向かいましょうか」
「行ってらっしゃいませ、殿下」
アンジュさんに見送られて僕達3人は公爵邸の離れから王城へと出発した。今日は3人とも徒歩で王城へと行く。殿下は叙勲されるのがうれしいのか足取りも軽やかに道を歩いて行く。そして僕らは王城へと着いた。
「我らはバルディウス殿下一行である。本日とり行われる叙勲式に参加するため参りました。入城の許可を願いたい」
「バルディウス殿下一行ですね。確認しました。どうぞお入りください」
門番の許可をもらい王城へと入る。そして使用人に案内され王城の一室へと通される。
「叙勲式までまだ時間がございます。それまでこの部屋でおくつろぎください」
控えの間に案内されて僕達は一息ついた。
「どうやら思ったより早く王城についたようですね」
「ええ、少しはりきりすぎたみたいですね。それより、ここまで歩いてきて流石にのどが渇きましたね。お茶をもらいましょうか」
王城で働く侍女に頼んでお茶を淹れてもらう。
「ここのお茶はおいしいですね」
王城のお茶ともなると一級品を使っているのだろう。倹約のため二級品を使用してるうちのものとは風味がちがうのであろう。
「このクッキーもおいしいですね」
お茶と一緒にお茶菓子として出されたクッキーを食べて殿下が感想を言った。すっかりリラックスしている。
「殿下は叙勲式があるのに緊張しないんですか?」
自分の将来がかかった儀式だ。僕が疑問に思ってそう言うと殿下は答えた。
「長いことこの日を待ち望んでいたのでうれしさはありますけど緊張はないですね」
殿下は再びクッキーを食べてはお茶を飲んでいる。不意に部屋のドアがノックされる。
「間もなく叙勲の儀式が執り行われます。移動をお願いします」
「さて、いよいよですね。参りましょうか」
使用人に先導され叙勲の儀式が執り行われる部屋へとやって来る。
「ここから先は叙勲の儀式を受ける本人様だけでお願いします。従者の方は隣室が控えの間となっておりますのでそちらでどうぞお待ちください」
「それではここからは私一人で参ります。くれぐれも他の方の従者ともめ事を起こさないように」
「わかりました、殿下。行ってらっしゃいませ」
僕らはそう言って殿下と別れて控えの間に入った。
「殿下が叙勲されるところを見たかったんですけど残念です」
「まあ、仕方ないな。従者全員を入れるスペースなんてないしな」
「ところで叙勲の儀式ってどんなことやるか知ってますか?」
「陛下から剣を受け取って臣下となる忠誠の宣誓をするんだ」
「へえ、そうなんですか」
僕らが話していると他の叙勲を受ける人達の従者らしき人達が控えの間に入ってきた。少しずつこの部屋に人が増えてくる。すると、その中の1人が僕に絡んできた。
「おい、子供がいるぞ。なんでここに子供がいるんだ?場違いだぞ出ていけ」
年のころは15,6歳くらいの若い従者である。それが横柄な態度で僕にちょっかいをかけてくる。殿下には他の貴族の従者ともめるなと言われているしどうしようかと僕が考えていると、僕に絡んできている人が怒鳴った。
「無視してんじゃねー。俺は若くして名門エルウェイト男爵家に使えるマーシャル様だ。小僧がなめた態度をとってるんじゃねーぞ」
「子供だろうがうちのアルベルトは立派に主に使える従者である。妙な言いがかりはやめてもらおうか」
サモンドさんが間に入ってくれる。
「何だ、お前?エルウェイト男爵家に使える俺に意見するんじゃねー」
相も変わらず横柄な態度をとり続けるマーシャルという男はいったい何を考えているのだろうか?王城で騒ぎを起こすなんて非常識な真似が良くできたものだ。僕がそう思っていると殿下の声がした。
「騒ぎはそこまでです。私の家臣達への意見は私が聞きましょう」
「この小僧はあんたの家臣か?教育がなってないんで俺が特別に教育してやってただけだぜ」
「貴様、殿下に向かって無礼な口を……」
サモンドさんが殿下とマーシャルの間に割って入る。
「貴様じゃ話にならん。エルウェイト男爵はどこにいる?」
「私がエルウェイト男爵です」
青い顔をして小太りの男がやってきた。やって来た男爵を見てマーシャルが言った。
「男爵様もこいつらに言ってやってください」
男爵は真っ青な顔から真っ赤な顔に変わり青筋を立ててマーシャルを怒鳴った。
「馬鹿者!バルディウス公子殿下とその家臣に何という口をきいているのだ」
マーシャルはなぜ自分が怒鳴られたかわからないといった様子でポカンとしている。男爵はこちらに向き直り頭を下げて謝罪した。
「我が家臣がとんでもない失礼を働きました。このものは即刻クビにしますのでどうかお許しください」
男爵の言葉と態度にようやく自分がしでかしたことの重大さを理解したのかマーシャルは真っ青になった。マーシャルは今まで男爵領を出たことはなかった。そこでは男爵に仕える自分のいうことを領民はなんでもきいた。そうして自分は偉いのだと勘違いしてしまったのだそうだ。
だが、殿下とその家臣に無礼を働いたことには違いない。男爵のいう通りマーシャルを首にすることでこの一件は手打ちとなった。




