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公爵邸の離れで暮らし始めた僕らは次第に王都の生活に慣れ始めていった。
「暇ですね」
お茶の入ったカップをテーブルにお気ながら殿下が言った。ついに言ってしまった。公爵邸の離れで暮らし始めてから、特に何のイベントもなくて、朝は剣の稽古をして、昼間はお茶を飲んで過ごす。そんな生活を繰り返していた。
「僕は貴族様はお茶会を開いたり、晩餐会を開いたりとそんな生活をしているものとばかり思ってました」
「確かにお茶会や晩餐会を開くことはありますが、それは毎日のことではありませんし、それに開くのも呼ばれるのも父上になるでしょう。公爵家の血筋とはいえ3男の私は滅多なことでは呼ばれませんよ」
「それじゃあ、しばらくは暇なままですか?」
「そうなりますね」
「公爵様に何か仕事はないか尋ねてみてはいかがですか?」
「父上の仕事ですか。試しに尋ねてみましょうか」
こうして殿下をはじめ僕らは本邸へ行き、公爵様を訪ねた。
「父上、毎日部屋に閉じこもってるのも飽きてしまいました。何か私が手伝える仕事はないのでしょうか?」
「ふむ。バルディウスに割り振れるような仕事か。何かあったかな?」
公爵様が思案顔になる。
「たまっている伝票の書類の検算をさせてみるか」
公爵様はそう言って、使用人に書類の束を用意させると、サモンドさんに渡した。
「その書類は決裁前のさまざまな伝票だ。これらの伝票の検算がお前の仕事だ」
「了解しました、父上。早速やってみようと思います」
殿下はそう言って公爵様のいる部屋を出て、仕事をするために空き部屋に入った。
「この部屋で行いましょう。伝票を3等分します。みんなそれぞれ頑張るのですよ」
当然のごとく僕にも仕事は割り振られた。公爵家の伝票なんて新参者の僕が見てもいいのだろうかと思いつつ作業を始める。検算の作業は難航を極めた。まず伝票を書いた人によって書式が違う。それはもう全然違う。だから1枚ごとに目を通す場所が変わってやりにくい。それに字が下手だったり、妙な癖があったりで単純に読みにくい伝票もそこそこあった。
「殿下、これはなかなか大変な作業ですね」
僕がそう言うと殿下も同意した。
「ええ、思っていたより大変ですね。気合を入れて取り掛かりましょう」
そうしてしばらく作業していると、おかしな伝票が混じっていることに気づいた。
「殿下、発注量や物品単価の桁がおかしい書類がいくつかあるのですが?」
「父上に報告します。その書類は別に分けておいてください」
「わかりました、そうします」
そんなふうに伝票の検算をしているうちに日も傾いてきた。そしてようやくすべての伝票の検算を終えた。
「アルベルト、お前なかなか仕事が早かったな」
「はい。読み書き計算はしっかり学びましたから」
僕は褒められて少しうれしくなった。
「では、検算し終えた伝票を持って父上のところへ行きましょう」
公爵様の部屋に行って検算を終えた伝票を使用人に渡す。
「もう検算を終えたのか。予想より早かったな」
「優秀な家臣たちがいますので予想より早く終わりました。いくつか内容に疑問が残る書類がありましたので別に分けておきました。確認をお願いします」
「わかった、確認しておこう。ご苦労だった」
「では、仕事も終わったことですし退出します」
「少し待て、バルディウス」
「何か御用ですか?」
「明日所用により登城することになった。お前も久しぶりに王都へ来たのだ、一緒に登城し陛下たちに挨拶するがよい」
「明日ですね。わかりました。それでは失礼します」
「ああ、また明日にな」
公爵様の部屋から出て僕らが暮らしている離れへと向かう。殿下の部屋につき一息ついた。
「今日は2人とも本当にご苦労様でした。予想より大変な仕事でしたが、2人のおかげでうまくできました」
「殿下もお疲れさまでした。ちょっとした退屈しのぎのつもりでしたが、大変なことになってしまいましたね」
僕達はお互い予想以上にきつかった仕事をこなしたことを労った。
「ところで、明日登城して陛下たちにご挨拶するとのことですが、何を用意すればいいのでしょうか?」
「登城用の服があったはずですからその準備をお願いします。後は特に必要ないでしょう」
平民出の僕には登場して陛下に謁見するというのはとても恐れ多くて、ビビってしまうようなことだが、殿下にとっては親戚のおじさんに会いに行く程度のことらしい。
「国王陛下はどんな方なのですか?」
僕は国王陛下のことを全く知らないので殿下に聞いてみた。
「気さくで気の良いおじさんですよ」
それは単に殿下が国王陛下と親戚だから言える評価ではないのだろうか。僕はもっと一般的で客観的な評価が欲しかった。それよりも僕は重大なことを聞き忘れていた。
「殿下たちが陛下にあっている間、僕は明日は勿論留守番ですよね」
一般庶民である僕がいくら殿下の家臣だからといって王城へ行くなんてとんでもない。そう思って聞いてみた。
「何を言っているのですか。私の家臣なのだからアルベルト君も当然一緒に行くに決まってるじゃないですか。今後何か用事があって王城へと僕の代理で行ってもらうことがあるかもしれません。王城の人達にアルベルト君の顔をおぼえてもら必要がありますからね」
「わかりました。一番いい服を用意しておきます」
僕はそう答えるのがやっとだった。明日は王城へ行って国王陛下たちと会うのに立ち会う。別に僕がメインで会うわけでもないのに緊張してくる。そんな僕の様子を見て殿下は言った。
「本当にただの気さくなおじさんだから緊張することはないですよ」
この後僕は夕食の支度をするが、緊張のためか火加減を間違え、スープの野菜をくたくたに歯ごたえがないほど柔らかくさせてしまうのだった。
「申し訳ありません、殿下」
「味は問題ないですし大丈夫です」
殿下の優し言葉が身に染みた。
夕食も終わって就寝の時間になる。だが僕は緊張してなかなか寝付けないのであった。




