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三章 『ストップ・スキップ/ジャスト・ステップ』 Ⅰ

    1:新宿区戸山公園/浅見朝霞(あさみ あさか)


「アサカ! そっちは任せた」

 チームメイトである幸也(ゆきや)が叫ぶ。彼とは中学の頃から友人だが、どんな場所でも常にリーダーシップを持っているのは変わらない。素直に彼に従うことにした。


「了解。悠斗(ゆうと)、着いてきて」


「分かりました」


 隣を走るのは鹿崎悠斗、彼も今はチームメイトだ。

 私たちは今、新宿区にある戸山公園で『カラーリング・ラン』の練習をしている。

 今回やっている練習では三人ずつ二チームが二個の《色相球(シンボル)》を奪い合う。その六人とは別に、二人の特別なポジションがある。


「アサミさん、左から紅葉(こうよう)が近づいて来るんで……俺が時間稼ぎますか?」


「いや、右に逃げるわ。無理に戦うより上手くおびき出して相手チームにぶつけたいの」


 今回の練習では紅葉くんがその特別なポジションだ。戦っている二チーム両方に属さず、ただ《制限状態(ホールド)》化だけを狙ってくる。厄介なことに、私や悠斗が彼にタッチしても《制限状態(ホールド)》にすることは出来ないことになっている。


 私は思わず昔プレイした横スクロールRPGで登場した顔の付いた鉄球のキャラクターを思い出す。それと同じで彼は撃退不可能なステージギミックのようなものだ。《色相球(シンボル)》を狙う私たちとは違って、彼のポジションはなるべく多くの選手を《制限状態(シンボル)》にすることだけが目的として参加している。私は心の中でこのポジションの人のことを《バーサーカー》と呼んでいた。


「……そう言えば、今回の射手って石川先輩でしたっけ」


「そうよ。タクマは気配を消して物陰に潜んでいると思うから、注意してね」


 今回の《バーサーカー》はタクマと紅葉くん。

 相手チームはサツキと葵さんと素甘さんだ。おそらく葵さんとスアマさんが二人がかりで幸也から《色相球(シンボル)》を奪おうとしているはずなので、その間に私と悠斗でサツキから《色相球(シンボル)》を奪うのだ。


「見つけました! 猫川先輩ですっ!」


 悠斗が斜め右を指差して叫ぶ。サツキもすぐにこちらに気付いたのか、奥へ逃げ出す。逃げた先は新宿区の片隅に存在する標高五〇メートル足らずの背の低い山、その名前は箱根山。山と言っても人工のもので山頂まで五分とかからずについてしまう程度のものだが。

 勢いよく登り始めるサツキ。上り坂と言うのは左右から回り込むことが出来ないので相手から逃げる際にはなかなか良い選択だ。


「俺が……っ!!」


 すぐに後を追う悠斗。彼は自分でサツキを捕まえるつもりのようだ。

 前方のサツキは山の中央に太く走った階段を一段飛ばしで上がっていく。対して、悠斗は右側に細く付いた階段から登るつもりのようだ。

 いや、これはマズい……!


「悠斗! そっちはダメ!」


「大丈夫です! 俺が猫川先輩を捕まえて見せます」


 細い階段も先で繋がっている。彼の作戦としてはサツキよりも先に回り込んで、私と一緒に挟みうちにするつもりなのだろう。


「違うの! そうじゃなくて、その道は――」


 不思議そうに私の方を振り返った悠斗。

 それと同時に、戸山公園に一度だけ乾いた銃声音を響き渡った。


「な……ッ!?」


 悠斗の驚く声をかき消すように《制限状態(ホールド)》化特有のブザーが鳴る。


「あちゃー…………。やっぱりか」


 数秒前に予想した通りの結末に、私は両手で顔を覆う。細い階段の脇の大樹。その影から姿を現したのは《バーサーカー》である射手、石川拓馬だった。


「石川先輩!?」


「そんな逃げ場のないところに行ったら絶対タクマの餌食になると思ったよ……」


 私はサツキを追いかける足は緩めずに掠れた声を出した。

そんな現状を知ってか知らずか、ポケットに入れた携帯が決められた着信音を発する。これは制限時間終了の合図で、同時に幸也からの電話が来たと言うことでもある。私はため息をつきながら電話を繋ぐ。


「……もしもし」


『もしもし。こっちは嬢ちゃん二人に《色相球》奪われずに逃げ切ったぜ』


「ごめん……。サツキに逃げられた……」


『ってことは引き分けか。そっちは二対一だろ、何があった』


「…………悠斗がタクマに撃たれた」


 携帯の向こう側で乾いた笑い声が聞こえた。


『そうかそうか。まぁ、一回合流するわ』


 そう言って通話は切れた。見ると、悠斗は地に膝をついてこの世の終わりのような泣き声をあげている。彼はとても負けず嫌いなようで、練習でも負けるととても悔しがるのだ。


「ちっくしょぉ…………クソ……!」


 私は悠斗のところに近付いて行って、肩にぽんと手を置いた。


「…………アサミさぁん」


 目尻に涙を浮かべた彼がこちらを見た。私は励ますようににっこりと笑う。


「帰りにアイス奢りね」




    2:十二号館‐四〇二/鹿崎悠斗(かざき ゆうと)


「悠斗は周りを見る能力ないよね」


 アサミははっきりと言い切った。


「ずいぶんストレートに言いますね。いや、その通りですけど……」


 アサミの指摘したことは正しい。一番最初の勝負でこそ、アサミから一度だけ《制限状態(ホールド)》を取ったものの、この部屋において俺の『カラーリング・ラン』前衛走者としての実力は幸也どころかアサミや読口にも明らかに劣っていた。


 理由は間違いなく現実世界の情報量の多さだ。

 灰色の世界には無かった情報の利用。その土地を生かした戦闘法。いや、もっとはっきり言えば、現実世界特有のノイズで俺が集中出来ていないのだ。


 俺がアサミたちに勝てるのは、周りに一切の遮蔽物がないバスケットコートの上でだけだろう。実際の試合にはもっと多くの不確定要素が含まれる。この世界が灰色だけではないように、色以外の情報も溢れすぎているのだ。あの灰色の世界のように無駄な情報が少なければもっと実力を出せると思うのだが……。いや、これが俺の実力か。悔しいが認めるしかないだろう。


紅葉(こうよう)くんもね。足は速いけど、相手のフェイントに振られ過ぎ」


「……そうですね」


 俺の隣に座る紅葉もまた不満そうに表情を歪めている。


「まぁ、とりあえず二人とも色々と勉強した方が良いかもね。二人とも後ろで作戦立てるタイプじゃないとしても、さ。これ去年のC・C・Cの映像ね」


「了解です……」


 元気なく答えた俺と紅葉の腕に、アサミがディスクの大量に入った紙袋をどさっと置いた。しばらくはこれを見て研究するしかないだろう。もう少し実力が付けば、『(アール)』でそうだったように俺が前衛走者として戦いつつ、他のメンバーに指示を出すことも可能かも知れない。


「あの、俺も一つアドバイスいいかな」


 手を上げたのは幸也(ゆきや)だ。俺たちの視線が幸也に集まる。

 彼は頬をかきながら、笑顔とも呆れとも形容しがたい表情を浮かべた。


「えーっと……素甘(スアマ)ちゃん」


「……ッハ、ハイ!」


 やはり今回も自分の名前を呼ばれたことに気が付かなかったのか、少し遅れて返事をするスアマ。幸也は苦笑しながら彼女の足元を指差す。

 俺たちの視線もそれに合わせてスアマの足元に集中した。


「とりあえず…………靴買ったら?」


「はい?」


「……ってスアマ、お前っ!?」


 信じがたい事実に遅れて驚く俺は、思わず大声でそれを指差す。


「なんでローファーなんだよっっ!!!!????」


 ツッコんだ本人である俺ですら信じきれない事実を、三秒遅れで皆が理解する。


「……はぁっ!?」

「……な、なんっ!!」

「んにゃっ!?」

「と驚きの声を漏らす猫川――ってマジか、上山素甘……」

「ってか今誰かにゃって……」

「口を閉じろ紅葉ぉぉ!!!」

「なんでローファーなの!?」

「ところでパフェ食べにいきたくないー?」

「俺も食べたいけど、葵もちょっと黙っててくれ……。ところで」


 俺はそこでセリフを区切って息をついた。スアマの方に身体を向け、


「……マジでなんでローファーなんだ?」


 改めて理由を尋ねる。いくら『カラーリング・ラン』初心者であるスアマでも、ローファーでは全力疾走出来ないことぐらい分かっているだろう。必ず完全停止状態で射撃するスアマでもそれは大きな障害となる。


「…………買え、なくて」


 スアマは両手の人差し指をつんつんと合わせながら、蚊の鳴くような声で呟く。


「なるほど、別の靴を買った方がいいってことは分かってたんだな。時間がなかったのか?」


「……お、さんが」


「おさんが??」


「お母、さんが……時間無くて……」


「母親が? 母親が居ないとなんか困るのか?」


「……一人、じゃ……買えない」


「…………あぁ、ハイ」


 なぜだろう。もはや驚くこともなかった。

 薄々感づいてはいたが、上山素甘は……。


「お前って、いわゆるコミュ障なのか」


「……うん」


「うんって……」


 そこは肯定して欲しくなかった所だった。

 しかし、どうしたものか。ローファーのままで『カラーリング・ラン』を続けるのは難しいだろう。だが、スアマ一人では靴を買いに行くことすら出来ないと言う。


 思考を途切れさせたのは、葵の声だった。


「明日暇だし、皆で買いに行けばいいんじゃないー?」


 無言で紅葉と顔を見合わせる。


「「葵がまともなこと言ってる……だと……?」」


「この二人、すごく失礼なこと言ってる気がするのは私だけかしら……」

「そう呆れる猫川沙月。奇遇だな、俺も同感だ」


 とにかく葵がまともな意見を出すのが異常なのだ。普段は砂糖の話しかしないのだから。

 俺は膝に手をついて短く息を吐くと、首をアサミの方へ向けた。


「しょうがない。じゃ、明日靴買いに行くか……アサミさん、良い店知ってたりします?」


「……新宿だったら一個だけ知ってるかな。メインはサバイバルゲーム用のお店だけど『GUN&Warrior』ってとこなら女性用もあるはず」


「なるほど。じゃ、そこにするか」


「じゃ、私たちも……幸也も行くでしょ?」


「いいや、明日はちょっと用事があってな」


 言葉を濁してそう答える幸也は、一瞬だけ険しい表情をしたように見えた。

 その隣に立った読口(よみぐち)がふむと呟き、下顎に手をあてて宙を眺めた。


「新宿と言えば、欲しい本で地元で見つからないものがあったな……。ちょうどいい機会だから、紀伊国屋書店で探してくるか」


「あー私も新宿行くならちょっと回りたいとこあるかも」


「幸也は明日はパス。読口とサツキは用事が終わり次第合流って感じかしら。まぁ、靴を選ぶぐらいなら私が付き添えば大丈夫だと思うけど」


 アサミが明日の予定をまとめる。当然のように予定からハブられる石川については気にしなくていいのだろうか。石川本人は今日も部屋の片隅で俯いてノートパソコンを弄っている。


 今日の練習でも石川に狙撃されたが、彼が喋っているところは殆ど見たことがない。その長く前に垂らした黒髪に隠れて目元がほとんど見えないことも併せて、どこか不気味な男だった。


「それなら俺ら四人とアサミさんは、十一時に新宿駅東口に集合で」


「……うん。分かっ……た」


「うん、そうね。東口からなら『GUN&Warrior』も近いしね」


「パフェ……食べたい……」


「悠斗、葵が糖分の禁断症状で死にそうだから明日は買い物終わったら……頼む」


 苦笑と諦念の中間を取るような表情で、紅葉が俺に助けを求める。


「そうだな。終わったら適当に食いに行くか。……俺も食いたいしな」


 葵は脳みその八割が糖分だ。そこまでではないが、俺も甘党なのでパフェを食べに行きたい。ここ最近は放課後も『カラーリング・ラン』の練習が多すぎて、きのこもたけのこも生えない荒野のようなカロリーライフだ。


「じゃ、また明日ってことで」


「お疲れ様でした」

「でしたー」


 そして部屋を出て、俺たちは手を振った。



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