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三章 『ストップ・スキップ/ジャスト・ステップ』 Ⅱ

  3:新宿駅東口/鹿崎悠斗(かざき ゆうと)


 薄いスマートフォンの液晶に二つ円形のボタンが映し出される。

 赤色と緑色の二種類。間違えて赤色のボタンを押しかけた指をギリギリで押しとどめて、左の緑色のボタンに軽く触れた。       

 画面には通話相手の名前が大きく映し出される。その番号は『上山(かみやま)スアマ』と言う名前で俺のスマートフォンに登録してあった。数回のコール音を挟んで相手とつながる音がした。


「もしもし、スアマか。今どこにいる?」


『……に、居るよ』


 後ろが騒がしいのか、返ってくる声は聞き取りづらかった。心の中で小さく舌打ちを響かせる。

 雑音の混じるコミュニケーションは嫌いだ。言葉は記号だが、声にはそれ以上の意味と価値がある。


「すまん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


『……私は……今、東口に居る……よ』


 辛うじて聞き取ったその言葉に俺は辺りを見回す。だが周りにスアマの姿はない。

 隣に居る紅葉(こうよう)(あおい)が不思議そうな顔でこちらを見返してきた。

 にへーと笑った葵はこちらに手を振る。いや、お前じゃねぇよ。


「あー。昨日言わなかったか。東口って言っても地上出たところで待ってるんだが……」


 俺は葵に手を振り返しながら、スアマにそう答える。

 スマートホンから聞こえてきたのは彼女は震えた声だった。と言うか震えていないスアマの声と言うのは射手としてのスイッチが入ってる時にしか聞いたことがないが。


『わ、私も……地上なん、だけど…………』


「地上? おかしいな。だったら近くにいるはず……いや、待てよ」


俺はスアマが勘違いをしている可能性にふと思いついた。


「スアマ、もしかして目の前にメガネ屋の赤い看板が見えたりしないか?」


『え、えっと…………あ、見える』


「やっぱりか。…………スアマ、それは新宿駅東口じゃない」


『……?』


「それは……新宿駅の中央東口だ(・・・・・)


 新宿駅は現代日本最大の迷宮ダンジョンだ。

 国内最大の利用者数と複数ある出口。前後左右だけでなく上下に絡む三次元な迷路。生まれた時から都民の俺ですら、数年前までその全てを把握し切れてはいなかったほどだ。東口と中央東口を間違えると言うのは誰でも犯しうるミスだろう。


『……え、えっと……』


「しょうがない、五分ぐらいその場で待っててくれ。アサミさんももう駅に着いているらしいから、合流したらそっちに迎えに行くから」


『わかった……』


 スアマの言葉を確認してから俺は通話を切った。すぐに紅葉が状況を確認してくる。


「上山さん、何だって?」


「東口と間違えて中央東口に行っちまったらしい。アサミさん合流したら向こう迎えに行くことになってて……って噂してたら来たみたいだ」


「皆早いね。おはよう。あとは素甘ちゃんだけ?」


「おはようございます。スアマは間違えて中央東口の方に行ったらしいんで、これから迎えに行く予定です。すいません、先に店の場所聞いてもいいですか?」


「えーっとここからだと……」


 アサミは口早に場所の説明をすませた。彼女自身も新宿駅はあまり利用しないのか、少し雑な説明だったがどうにか場所は把握した。歩いて十分もかからないだろう。


「それじゃ、行きますか」


 休日昼間の新宿駅前は混んでいたが、スアマはすぐに見つかった。




    4:新宿駅近辺/鹿崎悠斗(かざき ゆうと)


 新宿駅中央東口から徒歩約七分。靖国通りと柳通りのぶつかる大きな交差点を斜めに越えた先にミリタリーショップ『GUN&Warrior』はあった。

 店頭のショーウィンドウにはいくつかのモデルガンが、〇がいくつも連続した値札を添えて展示されていた。モデルガンに一切興味がなく相場を知らない俺はそれを見て驚く。ガラス超しに興味深そうに眺めているスアマを見て、俺はふと疑問を抱いた。


「そう言えば、スアマはこう言うモデルガンも扱えるのか?」


「多分……無理、かな」


「やっぱりそうか。まぁ、《着色銃装(シューター)》とは仕組みが全く違うからなぁ」


「……でも、興味はある」


「とりあえず靴買ってから見ようぜ。今日は靴買う方がメインの目的で来たんだから」


 こくりと頷いてスアマはようやくモデルガンから目線を逸らした。

 だが、俺たちが店の入口を開けようとするのと同じタイミングで、中から出てくる客の姿があった。店内から勢いよく開く扉にぶつかりそうになったので、俺は後ろに居た四人に止まるように腕で抑えた。


「おっと」


 幸い後ろに居たスアマは少し距離が開いていたので、ぶつからずに躱す。

 店内から出てきたのは学生服の男子高校生三人組だった。よれた学ランとだらしなく裾が出されたシャツ、第二ボタンまで開けられ胸元が大きくさらされている。男の胸元なんて需要ないと思うのだが何のためにやっているのだろうか。そして、ワックスでガチガチに固めて反り返るように立っている前髪。人のことは言えないが、容姿から察するにあまり良い人間ではなさそうだ。


「……」


 その中でも先頭を歩く目つきの悪い男。開いた扉から外に出てきた彼と、不意に目があう。俺は視線をわずかに上に逸らす。その髪型は正面から見るとどこか既視感を感じさせた。


 少し遅れて俺は自分が連想したものが何か思い出した。

 猫避けマットだ。あの等間隔に生えた針を連想したのだ。


「チッ……」


 その男は威嚇するように舌打ちをして顔を背けると、そのまま店から出て行った。あとの二人も後ろについて行く。型破りな髪型のくせに、その挙動は鴨の親子を見ているようでなぜか笑ってしまいそうになる。と、そこで俺は気づいた。


「……ん」


 それを拾うと、すぐにその三人の後を追った。

 紅葉が心配そうな顔で俺を見る。別に喧嘩売ろうってわけじゃないから安心して欲しい。


「おーい、そこの少年」


「あ?」


 後ろから声をかけると先頭の男が振り返った。ワンタイミング遅れて後ろの二人も振り返る。ドスを聞かせた声で睨んでくるが、髪型のせいで全く恐くない。むしろ笑いを堪える努力が必要なほどだった。


「これ、落としたよ」


 そう言って俺は『GUN&Warror』の入口で拾った黒い長財布をかざす。


「…………」


 それを見た先頭の男は、俺を睨んだままで自分のポケットを軽く触った。そしてその財布が自分のものであることを確認したのか、近づいてくる。そして勢いよく俺の手から財布を掴みとった。


「…………チッ」


「そこは舌打ちじゃなくお礼を言うべきところだぜ、少年」


 そのまま立ち去ろうとした男の背中に俺は声をかける。俺が幸也の喋り方を真似ていることに気付いているのか、後ろでアサミが小さく笑い声を漏らしたのが聞き取れた。


「……うるせぇな。あと俺は曽我辺(そかべ)だ。あんま調子乗ってっと……」


 身体を振り向かず背中をこちらに見せたままでその男……いや、曽我辺はドスを聞かせた声を響かせる。

 俺は落し物さえ届けられればもう用はないので、両手を開いて振ってみせる。


「そうかい。それじゃ曽我辺くん。財布はしっかり鞄にしまっておくんだな」


 ベルトを緩めて腰より低く穿いたズボンの後ろポケットに入れていれば長財布はすぐに落ちてしまうだろう。


「…………おい、お前ら。さっさと切島さんトコ行くぞ」


 俺の忠告は聞こえないフリをして曽我辺はもう一度舌打ちを繰り返すと、そのまま駅の方へ歩いて行った。彼のセリフで後ろの二人もすぐに後を追っていく。


曽我辺(そかべ)修輔(シュウスケ)……か」


 財布が開いた状態で落ちていたので彼の学生証はたまたま見えていた。まぁ、もう会うこともないだろうし、名前などどうでもいいけれど。

 しかし、店の入口の方に視線を戻すと口元を手で隠すようにして、何かを考えこんでいるアサミの姿があった。


「どうかしましたか、アサミさん?」


「今の三人、切島って…………いや……ううん、なんでもない。私の思い過ごしかも」


「……?」


 小さな声でブツブツと何かを口走ったアサミのセリフの前半はよく聞き取れなかった。だが、彼女がなんでもないと言うならば気にしなくていいだろう。そう言えば、曽我辺が最後に口走っていた切島と言う名前は最近どこかで聞いたような……。


――『《全てを我らに(ディスク・レッド)》のリーダーの切島って奴がなかなかぶっ飛んでる奴でね。チーム自体の登録は消えてないんだが、他のメンバーが愛想尽かして脱退したらしい』


 思い出した。たしか幸也たちが話していた《全てを我らに(ディスク・レッド)》のリーダーがそんな名前だったかもしれない。


「……」


 仮に曽我辺たちがその切島とか言う男と知り合いだったとしても、俺らにはあまり関係のない人物だし、とりあえず今はスアマの靴選びの方が重要だろう。気分を変えるように俺は首を左右に振ってパキパキと鳴らすと、他の四人と共に『GUN&Warrior』の扉を開いて店内に入った。



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