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二章 『スタート・ライン』 Ⅰ

    1:井ノ頭(いのかしら)恩賜(おんし)公園/宮島(みやしま)紅葉(こうよう)


「ハッ……ハアッ……ハッ……」


 苦しい。息が乱れる。肺が酸素をつよく求めているのを感じる。

 四月二十一日、午前六時。西の空はすっかり明るさを増し、夜空の紺から水色のような澄んだ始まりの空へ染めあげていく朝陽。暦だけでなくしっかりと春を感じられるようになってきたとは言え早朝は気温が低い。シャツ一枚で出るには合わない時間帯だ。だが僕のランニングウェアはじっとりと湿り、それが背中に汗で素肌に張り付くような感覚に不快感を覚える。

 それほど汗まみれで、全力で僕は走っていた。

 これは僕の日課で、毎朝五時半に起きて必ず一〇キロメートルのランニングをしている。雨の日や受験期を除いてこれを僕は何年も続けている。


「……ハッ……ァッ」


 知り合いからはよく問われる。なんで走っているのか、と。

 別に僕は、長距離走のプロ選手になりたいわけではない。本当にそうならば陸上部に入った方が遥かに効率的だ。筋肉をつけたい等の理由なら他にもっと良いトレーニング方がある。

 それ以外にも日課を続けることによって僕に明確なアドバンテージが生まれるわけではなかった。


 だからこれは――ただの意地だ。

 子供じみた意地だ。一切の生産性もなく合理性もない。


『また俺の勝ちだな、紅葉!』


 頭の中に懐かしい声が響く。それは幼馴染である悠斗の言葉だ。

 僕は昔から、足が速かった。別にそれは全国レベルとかそういう話ではなかったが、少なくともそれを自分の長所の一つとして認識する程度には速かったのだ。

 しかし何度やっても悠斗にだけは勝てなかった。昔は毎日のように競っていたのに、もう何年か悠斗とは本気で勝負をした記憶がない。

 それは僕らが大人になったからだろうか。それとも負けることに慣れてしまったのだろうか。どちらにしても今の悠斗には勝ったところで意味があるとは思えない。あいつの心は今も、あの灰色の世界に置いたままだ。

 そんなことを考えていると横から見知った顔が近づいてきた。


「よう、紅葉」


「……どうしたのさ。急に」


「なんだよ。俺が走ってちゃ悪いか」


「いや悪いことはないけどさ、珍しいじゃないか」


 話しかけてきたのは、鹿崎(かざき)悠斗(ゆうと)だった。

 少なくともあのゲームが消えたあの日以降、彼が自主的にランニングをする姿と言うのは見たことが無かった。普段なら悠斗はまだベッドで眠っている時間のはずだが……。


「まぁ、確かにな。なんつーか、急に? 走りたい気分? みたいな感じだ」


「それは明日のことと何か関係あるのかな」


「そっ……れは、まぁ、関係無くもねーけど……」


 悠斗の声は次第に小さくなる。今週の土曜日――つまり明日、僕と葵は予定を開けておくように悠斗に言われていた。だが悠斗は何をするのかについては一切話そうとしないのだった。


「…………」


 細めた目で疑うように悠斗の顔を睨む。彼のこめかみを大粒の汗が伝った。


「……まぁ、いいか」


「お、おう」


 少なくとも悠斗が僕らを誘うのは善意からだ。その善意が結果に直結しないので、大変な目に遭わされたことも何度かあるが。そして、ここまで機嫌の良い悠斗を見るのは三年ぶりだ。

 まぁ油断せずに期待だけはしておこう。


「ところで、のど乾いたな」


 唐突に悠斗は立ち止まって自動販売機を指差した。僕は首を振る。


「悪いけど、僕はランニングする時に財布は持たないんだ」


 財布どころか携帯も何も持たない。

 何も持たなければ速く走れるからだ。僕は全力疾走をしたくて毎日ランニングをしている。


「いいよ、俺がおごってやるから」


 これには驚いた。悠斗が僕に飲み物をおごるなんて珍しい。これも三年ぶりなのではないか、と言いたいほどだ。


「……やっぱ何か隠してるだろ」


 自動販売機に近付いた悠斗は、僕の言葉が聞こえないフリをしてコインを入れた。ボタンを二つ押すと間をあけてガランガランと言う音が二回響く。悠斗を屈んで飲み物を取り出した。


「ほらよ」


「あ、ありがとう」


 悠斗が差し出してきた缶飲料を、礼を言って受け取る。この辺りでは珍しくスポーツドリンクの缶を置いていたようだ。普段買わないので僕は知らなかった。悠斗が自分の缶のプルタブを引くとプシュッと言う炭酸の抜ける音が小気味よく響いた。僕は受け取った缶を開けて飲みながらそれを見ていた。


「どうかしたか?」


「いや、よくそんなもの飲めるなぁと思ってね」


 不思議そうな顔をした悠斗に言葉を返すと、なるほどと言う顔で彼は頷いた。

 僕は炭酸飲料が飲めない。それを知っていて自分と違う種類の缶飲料を買ってくれるとはたまに気の利く奴だ。いや、もしくは……ただ単純に自分はあの甘い炭酸水が飲みたかっただけかも知れないけれど。

 あっと言う間に炭酸を飲み干した悠斗は空き缶を少し離れたくずかごに投げ入れた。


「もう少し走っていくか?」


 今日のノルマの一〇キロメートルはもう走り終えている。


「あぁ。まだまだだよ」


「そうか。じゃ、俺も付き合うかな」


 久しぶりにランニングに出てきた悠斗と一緒に、学校に間に合う時間ギリギリまで井ノ頭公園の湖の周りを走り続けた。




    2:中央線/鹿崎悠斗(かざき ゆうと)


 今、俺は中央線の車内に居る。

 通勤ラッシュがひどいのは平日だけだなんて言うが、その理論が通用するのは関東の中でも都心から少し離れた電車だけだ。中央線と山手線だけは例外。例外と言うかもうこの状況は法外なレベルだろう。


 四月二十二日、土曜日。空には雲一つない快晴だ。

 学生が居ないとは言っても、朝九時までの電車は他の乗客に四方八方から押されるようにして乗らなくてはいけない。俺は人よりも背が高いからまだ良いが、背の低い紅葉などはいつも呼吸がしにくいとぼやいている。

 そんな紅葉や(あおい)と、今日は一緒に乗っていない。俺一人だ。

葵がどうしても今日の午前中に趣味の菓子作りをしたいと言い出したので、俺は先に池袋に向かってアサミ達と合流することにしたのだ。二人にはまだ何も言っていないが、とりあえず昼過ぎに池袋駅で一度待ち合わせすることになっている。


 そんなこんなで今日も俺は中央線の電車で揺られていた。

 車両が中野駅に停車。今日の目的地は弥附高(やふこう)のある九段下駅ではなく池袋駅だ。俺の場合だと吉祥寺駅から中央線で新宿駅まで行った後に、乗り換えて山手線で数分といったところか。だから今日の俺は中野駅で降りない。

 扉の横に立っていた俺はこの駅で降りる人たちに合わせて一度電車から降りた。入口付近を塞がないために一度降りるのはマナーだ。けたたましい発車のベルが鳴り、乗車する人たちに押されながらも辛うじて降車する女子高生の姿があった。


「…………?」


 あの制服は俺と同じ弥附高だ。うちの高校は土曜日は学校はないから部活か何かだろうか。

 そんなことを考えながら、俺も電車に乗り直そうとしている時だった。

 ひらり。その女子のポケットから何かが落ちた。紫色のパスケースだ。彼女は気づくそぶりもなくホームを進んで行ってしまう。


「……まぁ、仕方ないか」


 アサミ達との待ち合わせには遅れてしまうが、ここで見過ごしたら後からなんだか気持ち悪くなってしまう。大音量で鳴っていたベルは途絶えドアが閉まる。俺はホームに立ったままでため息をついた。落ちていた紫色のパスケースを拾って彼女を追いかける。

 黒く艶のある長い髪、紫のヘアピン。その後ろ姿はすぐに見つかった。


「あの、すいません。パスケース落としまし――」


 後ろから声をかけると彼女は立ち止まった。だが、なぜか振り向かない。


「――たよ?」


 おかしい。なぜこの女子は振り向かないのだろう。

 不思議に思った俺が右側から回り込もうとすると、彼女は反時計周りに素早く身体を回した。


「…………」


 逆に俺が左側に回り込もうとすると、今度は時計回りに身体を回す。

 何度か試してみても、無言の彼女を正面から見ることはかなわなかった。


「あの……」


「ぇ……えっと!」


 急に大声を出した。思わず俺も固まる。


「……」


 だが、そこから続く言葉はない。これはいったいどうすればいいのだろう。

 とりあえずパスケースだけ渡して早く池袋に行こう。そう思って近づいた俺のパスケースを握った手に――急に振り返った彼女の手がぶつかった。


「ありがとうござ――――って、あぁ! すいませんすいませんすいませんすいません!!」


「おっと!」


 ぶつかった手からこぼれたパスケースを、辛うじてもう片方の手で空中でキャッチする。だが開いたパスケースの中に挟まれていた紙だけはそのままひらりと滑り落ちた。


「あわわわわ、すいませんすいませんすいませんすいません!!」


 頭をぶんぶんと縦に振って謝罪を示す彼女だが、傍から見れば完全にただのヘドバンだった。

 彼女の長い黒髪が盛大に宙を舞っている。ふわりと花のようないい匂いを感じた気がした。

 とりあえず謝罪が不要なことを示しながら俺は屈んで、落ちた紙を拾おうと手を伸ばし、


「いや、大丈夫だから……」


 そこで凍りついた。


「…………?」


 俺が硬直していることに気付いたのか、彼女は顔をあげて怪訝そうな顔でこちらを見た。だがその時に俺が意識を向けていたのは、その灰色の紙だ。名刺サイズの灰色の紙には虹色の枠と共にとある文字列がつづられていた。

 俺はこの紙を知っている。これと似たものを自分も持っているのだから。


 ――通称『彩階紙(インハルト)』。

 あの灰色の世界の第一回大会で上位入賞したチームのプレイヤーに現実報酬(リアルボーナス)として贈られた賞状のようなものだ。

 それだけではない。さらに驚いたのはそのチーム名とプレイヤー名。俺は彩階紙(インハルト)を拾うと、何度も呼んだ記憶のあるその名を読み上げた。


「…………《まあす》」


「??」


 彼女は怪訝そうな顔をした。俺がただその紙に書いてある名前を読み上げただけだと思ったのだろう。だが俺は、彼女の瞳を見つめながら自分が何者かを宣言した。


「俺だ。三年前、あの世界で『(アール)』のリーダーだったU10……鹿崎悠斗だ」


 長い黒髪がぴくりと震えた。彼女の目がゆっくりと大きく開かれていく。


「あっ!? え……えと、その……!」


 彼女は言葉を探すように視線を彷徨わせ、たっぷり十秒ほど悩んだ後にようやく一言だけ、見つけた返事を口にした。


「…………ひ、ひさしぶり」



「いや、驚いたよ。まさか『R』のメンバーが同じ学校に通っていたなんて……」


 パスケースを返した後、彼女と共に中野駅のホームのベンチで座って少し話をすることになった。彼女は頷く。


「私も……だよ。……えと、《Red》と《Blue》は……元気?」


 その質問に俺はたまらず苦笑した。


「そっか。俺らが幼馴染なのは《まあす》にはバレてたんだっけか」


「……素甘(すあま)


「?」


「私の、名前……上山(かみやま)素甘(すあま)


「あ、あぁ。なるほど」


 もうここは灰色の世界ではないと言うことを一瞬本気で忘れていた。


「……ん」


「それじゃ《まあす》じゃなくてスアマだな。うん、二人も元気だよ。ちなみに二人も弥附高」


 スアマはなぜだかくすぐったそうな表情をする。

 向こうの世界でも、どもりながら喋っていたスアマに関しては、なんだか予想通りの人物だった。ただ、俺が《U10》であると知るまでの反応は少しテンパりすぎていて驚いたが。

 俺はさっきから気になっていた疑問を投げた。


「スアマは今日は何しに学校に?」


「えと……本でも読もうかなって、図書室に……」


「つまり、暇ってことだな」


「えっと……?」


 俺は立ち上がってスアマの手を握る。

 三年ぶりの再会は今週二回目だ。この奇跡を生かさない手はないだろう。


「最高の景色、見たくない?」


「…………へっ?」


 これが俺と上山素甘の三年ぶりの再会であり、上山素甘が『カラーリング・ラン』を始めることになった瞬間でもあった。




    3:十二号館‐四〇二/鹿崎悠斗(かざき ゆうと)


「なんで悠斗はさっそく女の子を連れ込んでるのかな」


「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」


 俺の目の前にはぷすーっと頬を膨らませたアサミが座っていた。

 部屋には今日も変わらず段ボールが山積みになった机が壁際に寄せられている。それでも前来た時と違って人口密度が若干高い。俺とスアマと《楽しんだもの勝ち》の五人。と言っても広い部屋なので窮屈とは全く感じない。机に肘をついて座る幸也(ゆきや)が俺に質問を投げた。


「誘ってくるのは二人って言って無かったか?」


「あ、その二人はもうすぐ別で来る予定です」


「…………」


 紅葉と葵には連絡を入れて待ち合わせ場所を池袋駅からこの部屋自体に変えてある。

 ある程度予想していたことだが、スアマはこの部屋に入ってから一度も言葉を発していない。この五人のことや『カラーリング・ラン』については来る途中に一通り説明はしたので大丈夫だろう。


「鹿崎悠斗はそう答えた。それならば、彼の連れてきたこの女子は何者なのだろう」


「読口、初対面の女の子の前でその喋り方するのやめなさいよ。はっきり言ってイタいわよ」


 窓際の椅子に並ぶように座っているのは読口直樹( よみぐち なおき )猫川沙月( ねこかわ さつき )だ。読口は今日もおかしな喋り方を続けている。対して猫川の方は今日は落ち着いているようだ。俺は少しだけ安心した。

 部屋の中をぐるりと見回してようやく最後の一人の姿を見つける。目元が見えないほど長い前髪のぶっきらぼうな男。名前すら把握していないのでアサミに助けを求める。


「あの、あの方は?」


「うん? あぁ、タクマね。本名は石川拓馬( いしかわ たくま )よ」


「……それだけですか? 何かこうキャラ設定とか」


「キャラ設定?」


 思わず口が滑った。当の本人は部屋の隅で持ち込んだノートパソコンをいじっている。こちらの会話には興味がないようだ。それともそもそも聞いていないのか。


「いや、なんだか他の皆はキャラが濃いから……」


「タクマは、幸也のおもちゃよ」


滝原(たきはら)先輩の……おもちゃ?」


 答えたのは猫川だった。彼女は興味無さそうに肩にかかる髪を指で弄りながら欠伸をした。

 なんだろうその意味深なポジションは。うちのクラスの女子が喜びそうだ。


「……あの!!」


 突然、叫んだのはスアマだった。黒髪が揺れる。部屋の中に居た六人の視線が集まる。いや、石川だけはパソコンから目を離していなかった。


「……ええっと」


 視線にたじろぐスアマ。

 だが、続く言葉は扉をノックする音に遮られた。


「どうぞ」


 まるで今それが来ることが分かっていたかのように、幸也は視線を向けることなく入室を促した。木製の扉が擦れる音。入ってきた二人を見て「うわっ」と猫川が驚く声を漏らした。


「失礼します」

「しまーす」


 会釈をしながら入ってきたのは兄の宮島紅葉、明るく挨拶を口にしたのは妹の宮島葵だ。


 二人はすぐに俺の姿を見つけると近づいてきた。その表情は予想していたよりも警戒の色が濃い。

 『おいおい、幼馴染を信用しろよ』

 そんな軽口をどうにか自分の胸の中だけで抑えつける。


「よう紅葉」


「悠斗、この子達が君の言っていた元々の二人?」


「そうです、アサミさん。家が近くて昔から幼馴染だった二人です」


「はじめまして。宮島紅葉です。双子の妹である葵と一緒に、今日は悠斗に誘われて来ました」


「入室してきた時はその容姿から女性かと思ったが、彼はどうやら男性だったようだ」


「読口、アンタそれ失礼だから。私は猫川沙月。よろしくね」


「……これは失敬。俺は名を読口直樹と言う」


「あ、よろしくお願いします」


「サツキの言う通り読口は死ねば良いのにね」


「待て浅見朝霞。猫川沙月はそこまで言ってないだろう」


「葵ちゃんだっけ? 私は浅見朝霞。困ったことがあったら何でも言ってね」


「あさみ、あさかさ……お姉さん?」


「うん、そう呼んでくれて構わないわ!」


「おい浅見朝霞。俺のことを無視するな」


「葵ちゃんは出来た子みたいね。世の中には苗字でしか呼べないヘタレも居るのに」


「??」

「……勘弁してください、アサミさん」


「悠斗。別に、君のことだなんて言ってないけど?」


「…………」


「浅見朝霞。貴様、どうしても俺の話を聞く気がないようだな?」


「うるさい黙れ」「ってかアンタ誰」


「扱いが酷すぎる!? しかも猫川も!?」


「……とりあえず読口さんが面白い方だってことは分かりました」


「お、紅葉。分かってるじゃねーか」


「ところで悠斗。そちらの弥附高の制服の女性は?」


「あー。先輩方にもまだ紹介する途中だったんだ。彼女は……自分で言える?」


「…………上山……素甘、です」


「と言うわけだ」


「悠斗はどうして上山さんと?」


「それはだな。まぁ、いろいろと奇跡的偶然が重なってだな――

「……さてと」


 パン、と音が響いた。それは奥に座った幸也が自分の胸の前で手を叩いた音。

 瞬間、わいわいと賑やかだった室内が静かになった。

 言い争っていた猫川と読口も。仲良く喋っていた葵とアサミも。

 この部屋の中で起きていた会話が全て止んで全員が幸也の方を見た。気づけば部屋の片隅で黙々とノートパソコンを見ていた石川拓馬も顔をあげていた。


「まずは挨拶だ。俺はここのリーダーをやっている滝原だ。よろしくな。葵ちゃん、紅葉くん、それに素甘ちゃんも……ん? どうかしたか、紅葉くん」


 見れば、俺の隣で紅葉が右手をあげていた。まるで授業中に疑問点を見つけた時のように。

別にわざわざ挙手する必要はなかっただろうが、幸也が喋るために用意された静寂がそうさせたのだろう。幸也が発言を許可するように手で指し示す。


「リーダーと言うのは、何のリーダーでしょうか?」


 紅葉の質問を聞くと、わずかに間をあけて幸也が短く笑う。


「ははっ! いや、君の疑問はもっとだ、紅葉くん。君たち三人は、今日何をするかを聞いてないんだな?」


「はい。悠斗からは何も説明されていません」

「私もでーす」

「…………私は、少しだけ」


 三人がそれぞれの返事をする。


「なるほどな。いや馬鹿にしているわけじゃない。俺は感心してるんだぜ、悠斗くん」


「どこに感心してるんですか?」


「何も話さなくても、信用して着いてきてくれる仲間が居るってことに、さ」


 幸也は真剣な表情で言い切った。たしかに、その言葉には偽りがないように思えた。

 そして表情を緩めると、紅葉の方に向き直った。


「紅葉くん、俺が何のリーダーなのかと訊いたな。それに答えよう。俺は……」



 なぜか、俺は幸也の言葉を聞きながら全く関係のないシーンを思い出していた。

 それは三年前のあの世界での記憶だ。あの世界が消える最後の日、五人目のチームメイトは俺にとある言葉を残した。なぜ今それを思い出したのかは分からないが、俺はその言葉のことを思い出していた。その瞬間まで一度も喋らなかった彼が残した言葉。


『強くなれ。速くなれ。そしていつか――』




    4:十二号館‐四〇二/上山素甘(かみやま すあま)


 ヤバい。三年ぶりにたくさん会話したから肺がめっちゃ痛い。


 弥生大学附属高校に入学することが決まって、東京に引っ越してきて一人暮らしを始めて以来、会話らしい会話をしたことがないわたしにとって呂律や肺なんてものはもはや退化し始めている器官だ。ここ二年間で人間相手に言葉を発したのなんて授業で当てられた時を除けば、コンビニで肉まんを頼む時ぐらい。必然的に会話が必須となる体育祭・文化祭などの学校行事は全て休み、東京で一人も友達を作らなかった……いや、作れなかった。

 でもこうして、まさか三年も前に熱中していたゲームの知り合いに再会するなんて夢にも思ってもいなかった。もちろんわたしはあのゲームのことを忘れたことはない。そして悠斗さんたちのことも。当然だ。生まれてこの方、彼氏や親友どころか友達と呼べる関係の相手もなく生きてきたわたしにとっては、唯一自分が心を開いた相手と言ってもいい。

 特に悠斗さんに関しては、始めからわたしに積極的に喋りかけて来てくれた。《Blue》さんと紅葉さんについても、ずっと会ってみたいとは思っていた。あと、《Blue》さんは本当は葵さんと言うらしい。彼女が間違えて呼ぶので他の二人の本名は知っていたけれど、彼女自身の本名は初めて聞いた。

しかし、双子である紅葉さんと葵さんがゲームでは《Red》と《Blue》と名乗っていたと言うのは。なかなか面白いネーミングだ。本名を逆から読んで《まあす》と名乗っていたわたしは少し恥ずかしくなってしまう。いやまぁ、悠斗さんの《U10》よりかはマシだと思うけれど。はっきり言ってあれはダサい。

 そう言えば、ここに居ない最後のメンバーである《It》さんも本名のもじりなのだろうか? 三人と奇跡的な再会をしたのだから、せっかくなら彼とも一度会ってみたい気もする。彼に関してはゲーム内で喋っているところを見たことがないけれど。


「……『カラーリング・ラン』のチームのリーダーだ」


 広い部屋の中で、滝原さんは質問に答えた。


「カラーリング・ラン?」


 初めて聞いた言葉に、紅葉さんは首をかしげる。

 わたしは表情や声に出すことなくふふっと笑った。なぜなら、それが中野駅のホームで悠斗さんに『カラーリング・ラン』の話を切り出された時のわたしと全く同じ反応だったからだ。


「えっと、ちょっと映像見せるね」


 そう言うと、浅見さんは部屋の壁際の机に置かれたモニターをいじり始める。すぐにモニターは映像を映し始めた。悠斗さんはこの映像を見るのは二度目なのだろうか。それを見ながら近くの猫川さんにいくつか小声で質問をしていた。

 映像に合わせて説明をする浅見さん。画面を睨むようにして黙って眺めている紅葉さん。葵さんの方は何度か「おー」とか「うわー」とかよく分からない叫び声をあげていた。


「……とまぁ、こんなとこかな。何か質問はある?」」


 最後まで説明し終わると、浅見さんは私たちに確認を取る。

なるほど。これが悠斗さんの言っていた『カラーリング・ラン』か。たしかにあのゲームによく似ているし面白そうだ。問題はチーム戦だと言うことだが、三年前に何度もチームとして共闘していた三人と一緒ならば問題ないだろう。わたしは悠斗さんの誘いを受けることに決めた。

 浅見さんの言葉に、紅葉さんが答えた。


「一つだけ。聞いておきたいことがあります。……悠斗」


 紅葉さんは浅見さんではなく悠斗さんの名前を呼ぶと、彼に何歩か近づいた。その顔には特に強い感情が浮かんでいなかったが、どこか威圧感を感じさせる語調だった。


「……なんだ」


 悠斗さんは答えた。緊張している声に聞こえた。さっきまで『カラーリング・ラン』の映像を流していた――今は暗くなっている――モニターを指さす紅葉さん。


「悠斗はこれをやりたいってことだな」


「あぁ」


「僕の勘違いじゃなければ、その理想のチームには僕と葵が居ることを望んでいる」


「その通りだ」


「…………なんでだ?」


 ぞくり、と背筋を這う恐怖。わたしは気づけば呼吸を忘れていた。

 紅葉さんの言葉には返答を間違えれば何か取り返しのつかないことが起きるような不吉な色が滲んでいた。まるで、悠斗さんを試しているかのような。


「それが一番、楽しいからだ」


 間髪を容れずに悠斗さんは答えた。紅葉さんの目を見て、臆することなく当然のことだと言うように言い切る。


「…………」


 少しの間を挟んで、紅葉さんは目を閉じて深く息を吐き出した。


「断る」


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