↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錯認の果て──不倫だと知らずに恋をした、私の物語。  作者: 髙山あきら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/52

第四十話 The Chain

最後に一度だけ話せば、すべて終わる。

そう思っていた真由でしたが、その決意は簡単には通りませんでした。



「真由。一度だけ話をさせてくれないか」

 

 代理人を通して――。


 そこまで思ったのに、喉はひくりとも動かなかった。

 握られた手首が、ぎり、と締まる。

 

「あ……。ふじ……さき……さん」

 絞り出した声はあまりにも細く、本当に口から出たのかさえ分からなかった。


「真由。ちゃんと話をしたいんだ。開けてくれないか」

 何度も私を安心させてきた声だった。

 あの声に名前を呼ばれるたび、嬉しくて、それだけで一日が報われたこともあった。その記憶だけが、不意に胸の奥から浮かび上がる。けれど、手首を離さない指先だけは、その頃とは何もかも違っているような気がする。

 開けたら終わる。その考えだけは、消えなかった。


「藤崎さん……。痛いです」

「この手を離したら、もう君と会えない気がするんだ。開けてくれないか?」


 私だって、話したかった。


 どうして結婚していることを黙っていたの。

 私、あなたの子を妊娠していたの。

 あなたが好きだったの。


 ……あなたも、私を好きだったの?


「真由。お願いだ」 

 藤崎さんがため息混じりに私の名を呼んだ。穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずいた。


「待って、チェーン外しますから手を離して」


「……真由」

 藤崎さんの手が名残惜しそうにゆっくりと離れ、私は開きかけたドアを閉めると、ためらいながらチェーンの金具へ手を伸ばした。話すだけ。それだけで終わりにする。最後に一度だけ話して、全部終わらせる。その約束を胸の中で何度も繰り返しながら、私はゆっくりとチェーンを外した。

 

 カチャン


 チェーンが落ちた。


「真由」

 乾いた金具の音とほとんど同時に、ドアが大きく開いた。

 

 次の瞬間には、藤崎さんの腕の中だった。

 

 汗の匂いが鼻先をかすめ、頬が胸板へ押しつけられる。硬すぎないその感触は、何度も抱きしめられた記憶を嫌でも呼び起こし、息が詰まるほど強い腕の中で、言葉は脆く、伝えたかったことは声にならなかった。

 

 藤崎さんは、何度も私の名を呼んだ。

 そのたびに、私は小さくうなずいた。

 

「な? 真由。一旦落ち着いて」

 藤崎さんが背中を一定のリズムで軽く叩く。その手つきは、付き合っていた頃と何も変わらなかった。

 

「真由。被害届取り下げてくれよ。まだ怒ってるのか?」

「え?」

 顔を上げると、藤崎さんはもう笑っていなかった。

 藤崎さんの手が私の頬に触れる。私の頬をすっぽりと覆う、大きく温かな手。その手が、小さく震えていた。


「な? お互い会社にいられなくなったら困るだろ?」

 

「私は――」

 言葉を遮るように、藤崎さんの親指が唇の端へそっと触れる。それだけで、続きは喉の奥へ押し戻されてしまった。

 

 藤崎さんは再び私を抱き寄せ、私が抗う隙を与えないように耳元へ顔を寄せると、「真由、頼むよ」と低く囁く。その声に縫い止められたように身体は強張り、何かを言おうと開いた唇は、とうとう一言も声にならなかった。

 


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、真由が藤崎さんと直接話すために、もう一度だけ向き合おうとする場面を書きました。

かつて安心を与えてくれた声や抱きしめられた記憶が、今の真由を縛るものにもなっています。

「好きだった」という気持ちと、「もう終わらせなければならない」という現実。その二つを簡単に切り分けられないところが、今の真由なのだと思います。

それでも、真由はまだ自分の言葉で最後まで話すことができませんでした。

この先、真由が自分の意思で何を選ぶのか。続きを読んでいただけたら嬉しいです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。