↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錯認の果て──不倫だと知らずに恋をした、私の物語。  作者: 髙山あきら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/52

第二十九話 声の残響

騒ぎが過ぎ去った病室で、真由はこれからのことを考えることになります。

そして、大久保君からひとつの提案をされます。



 病室の扉が閉まると、さっきまでの騒がしさが嘘のように遠ざかっていった。


 それでも耳の奥には、藤崎さんの声だけがいつまでも残っている。

 被害届を出さないでくれという懇願も、二人目が生まれるのだと告げた言葉も、何度も胸の内で繰り返された。

 

 目を閉じても、その声は消えない。


 「梶原さん」

 看護師が私の顔をそっと覗き込み、気分や吐き気、めまいの有無を一つひとつ確かめていく。大丈夫だと答えると血圧を測り、他に異常はないかと尋ねられた。

 

 一瞬だけ、お腹の奥へ意識が向いた。

 

 あの小さな違和感が頭をよぎる。けれど、まだ衝撃が残っているだけなのだと思い、私は何もありませんと首を横に振った。

 

 あとで警察が話を聞きに来るらしかった。病院からはすでに警察へ連絡が入り、事情も伝えられているという。


 廊下を走るストレッチャーの車輪の音が遠くで響き、私は掛け布団の端を指先で握り締めた。

 

 そして、安全のため病室を移すことが決まったと告げられる。先ほどのようなことが二度と起きないよう、すぐに部屋を移るという。


 大久保君は面会時間が終わるぎりぎりまで病室を離れなかった。

 時折スマートフォンへ短く返信しながらも、看護師からの説明には耳を傾け、必要なことは私に代わって確認してくれた。スマートフォンをポケットへしまい、静かに口を開く。


「梶原さん。これから藤崎さんから電話やメッセージが来ても、直接対応しないで」

「……でも」

 

「今日の様子を見る限り、冷静に話し合える状態ではないだろ?」

 

 少し間を置いてから、大久保君は続けた。

 

「一つ提案したいんだが、本格的に代理人を立てないか?」

 

「代理人……?」

 

「弁護士だよ。窓口を代理人に一本化すれば、藤崎さんは梶原さんに直接連絡できなくなる。会社との連絡も……。少なくとも、交渉はすべてこちらで受けられる」


「でも……そんな大事(おおごと)にしたいわけじゃないの」


 大久保君は、疲れたように視線を落とした。

「だからこそだよ」


「え?」


「大事にしたくないなら、なおさら当事者同士で話さない方がいい。こういうのは弁護士を通した方が、案外すんなり収まることも多い」

 何も言えなかった。

 電話に出たのは私だ。その結果が、さっきの騒ぎだった。

 視線は自然とシーツの皺へ落ち、その行き先だけをぼんやりと追う。


「もちろん、俺でもいいし、信頼できる先生を紹介することもできる。そこは梶原さんが決めればいい」


「……ちょっと考えさせてくれる?」


「勿論」

 大久保君は目を細め、口元だけで小さく笑い、それでも時間が経つほど話は長引くから、できるだけ早く決めた方がいいと静かに念を押した。

 それから顎へそっと指を添え、しばらく視線を落とした。ふと腕時計へ目をやると、小さく頷いた。

 

「また来るよ」

 

 それだけ言い残し、大久保君は病室をあとにした。

 扉が閉まりきる、そのわずかな隙間からだった。


「これからが楽しみだから」

 

 小さく呟く声が聞こえた気がして、私は思わず顔を上げた。

 

 けれど廊下には、閉まりかけた扉しかなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、藤崎さんとの直接のやり取りを避けるため、大久保君から代理人を立てることを提案される場面を書きました。

真由にとっては、まだ簡単には決められないことなのだと思います。

そして最後に、大久保君の意味深な一言を残しました。

ここから真由の周囲がどう動いていくのか、続きを読んでいただけたらと思います。

今回の話についても、率直な感想やリアクションをいただけると嬉しいです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。