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錯認の果て──不倫だと知らずに恋をした、私の物語。  作者: 髙山あきら


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第二十七話 ひび割れた画面

病室でスマートフォンを手にした真由は、昨日の出来事が現実だったことを改めて知ります。

そして、またひとつ、向き合わなければならないことが訪れます。



 ふと荷物のことが気になり、看護師へ尋ねた。

 バッグや財布、携帯電話は床頭台の金庫へ移してあると教えられた。鍵は引き出しの中に入れてありますから、ご自身で開けられますよ、と言われ、私は小さく頷いた。


 床頭台の金庫からバッグを取り出し、スマートフォンを手にした。

 画面には一本のひびが走っていた。

 指先でそっと触れてみても、傷は消えない。その傷を見つめているうちに、昨日の出来事が現実だったことは、もう疑いようがなかった。

 

 充電器もない。着替えもない。

 

 病衣へ視線を落としながら、自分がまだ病院の中にいることを改めて意識した。


 画面を開いた瞬間、メッセージと着信の通知が一気に並んだ。

 そのほとんどが、藤崎さんからだった。


 震える指でメッセージを開く。

 『ごめん』

 『本当にすまない』

 『話をさせてほしい』

 『真由、今どこにいる』

 『電話に出てくれ』

 『頼む』

 同じような言葉が、時間を置きながら何通も並んでいた。

 

 最後に見た藤崎さんの顔だけが、頭から離れなかった。

 見開かれた目は私を捉えたまま動かず、わずかに開いた唇だけが、言葉を失ったように止まっていた。あんな表情をした藤崎さんを、私は五年間で一度も見たことがなかった。

 

 スマートフォンを閉じ、枕元へそっと置いた。

 あとで看護師さんに、充電器や入院中に必要なものを聞いておかなければならない。

 頭の奥は鈍く脈打ち、身体には鉛を抱えたような重さが残っていた。

 瞼を閉じても眠気は訪れない。誰かがまた病室の扉を開けるような気がして、意識だけが冴えたままだった。

 

 せめて目だけでも閉じていようと、呼吸だけを整えていた。

「梶原さん」

 名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開ける。

 

 いつの間にか、医師がベッドサイドへ来ていた。


「頭痛はどうですか」

「まだ少し痛みます」

 医師はタブレットを操作しながら小さく頷いた。

「昨日のCTでは、大きな出血はありませんでした。ただ、外傷性くも膜下出血がありますので、一週間ほどは入院して経過を見ましょう。産婦人科とも連携していますので、そちらも含めて経過を見ていきます」

 カルテを閉じた拍子に、その左手へ視線が止まる。

 薬指には細い結婚指輪が光っていた。


「何か心配なことがあれば、遠慮なく言ってください」

「……はい」

 けれど、頭の中では、別の言葉が繰り返されていた。

 

 藤崎さんの「ごめん」は、何に対しての謝罪だったのだろう。

 結婚していることを隠していたことなのか、私を傷つけたことなのか、それとも初めて知ったお腹の子の存在に向けられたものだったのか、その言葉の意味だけが何度考えても分からなかった。


 枕元に置いていたスマートフォンが震えた。


 ——藤崎さんからの電話だった。


「もしもし?」

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、病室で藤崎さんから届いたメッセージを読む真由の場面を書きました。

「ごめん」という言葉が何を意味するのか分からないまま、真由はその意味を考え続けています。

まだ整理できないことばかりですが、少しずつ現実が動き始めています。

今回の話についても、率直な感想やリアクションをいただけると嬉しいです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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